宵宮千遥の過去 ②
父さんを殺した犯人はその日のうちに捕まった。現場の状況についても数日のうちに分析され、後日正式に発表された。
あの日、たった数秒の間に父さんは何度も狙撃を受けていた。最初の一発は父さんの頸部に命中、次の一発は父さんを貫通した上で父さんの隣にいた議員を負傷させ、最後の一発が父さんの頭部に命中し、致命傷を与えた。
現場ではSPを含む十人の警察官が父さんを警護していたはずだった。
「警察のくせに、無能すぎだろ」
ホテルでニュース記事の文章を読みながら、僕はちっと舌打ちした。
犯人は異能力反対主義の過激派だった。単独犯というよりは組織犯で、この日父さんが演説に来ることを見越して計画的に犯行を行ったようだ。奴らは情報も事前に集めていて、警備の数まで把握していたらしい。
犯行に及んだ過激派集団の言い分は、「異能力者によって滅びるこの国を救うため」「大多数である無能力者の立場を守るため」など、論理的であるとはとても言えない内容だった。
「異能力推進派の政治家筆頭だからって殺すのかよ。お前ら無能力者の方が危ねぇじゃん」
――いっそ、無能力者の方がいなくなった方がいいんじゃない? それこそ、〝この国を救うため〟になるだろ。
そんな考えが僕の中に生まれたのは、この時が初めてだった。
ニュースは父さんの話題だらけになった。皮肉なことに、父さんがここまで世間で話題になったのは二年ぶり、あの失言以来のことだった。
父さんを批判していた連中までもが急に態度を変えて追悼ムードに入り、哀悼の意を表する文を公開する政治家も後を絶たなかった。
賛否両論あったにせよ、父さんの存在が日本国民の心に残っているのは間違いないようだった。
『しかし、今回の警備は杜撰だったと言わざるを得ないのではないでしょうか……』
『一般的な政治家の演説の警護は、十人でも多いくらいですよ』
『しかし、私にはどうしても他にもっとやりようがあったのではないかと思えるんです。ほら、例えば、異能力犯罪対策警察の第三課はレベルの高い異能力者が集まっていると聞きます。異能力者であればあの突然の事態にも対処できたのではないでしょうか。今後、犯罪の複雑化が予想されていますし、要人警護は全て彼らに任せた方がいいのでは……』
ニュース番組の中のコメンテーターの発言を聞いて顔を上げる。
――異能力犯罪対策警察。特に気に留めたこともなかったが、最近話題の警視庁の内部組織だ。聞くところによると構成員全てが異能力者だという。
……異能力者だったら、か。
異能力者は進化した人類で、無能力者は文字通り〝無能〟。そう考えると、大多数である無能力者の方がむしろ邪魔な存在に思えてくる。
「異能力者だけの集団、ねえ。そこにいけば平穏に暮らせるのかなー?」
最初はそんな、ほんの気紛れだった。
翌週東京に帰った僕は、早速担任の先生に異能力犯罪対策警察に興味があるという話を持ち出した。
「今から武塔峰に志望変更? お前凄いな……。いやまぁ、宵宮の成績なら無理ということはないか……」
中三の冬。名門校を目指すには遅すぎる志望変更だが、僕は学業面では都内一、二を争う進学校を目指していた身だったので、教師も納得してくれた。
父さんの殺害事件は、一部で差別とも言える扱いを受けていた異能力者への同情を生み、幸か不幸か異能力者への風向きをやや変えた。父さんが唱えていた異能力を活かす政策についても見直され、世間では異能力を取り締まりすぎるのも悪であるという風潮が生まれた。
父さんは命をかけて功績を残したのだ。
その頃、僕も順調に武塔峰異能力高校の異能力科に進学した。
武塔峰は国が金を出している異能力研究の機関でもあり、勉強だけできても受かることはできない。勉学、身体能力、異能力のどれも高水準を叩き出さなければならず、狭き門であることは間違いなかった。けれど、僕にはたまたま高レベルの異能が三つもあった。武塔峰が喉から手が出る程欲しいであろう、国内でも数人しかいない異能複数種持ち。合否通知を見ずとも結果は分かりきっていた。
異能力者しかいない異能力科では、異能力者であることを隠す必要もなくて楽だった。
「千遥くん、三種類も異能持ってるの凄いよねぇ」
「ねぇねぇ千遥くん、連絡先教えてよ~」
「千遥くん、もしよかったら今度……」
僕はいつもクラスで女子生徒に囲まれていた。中学の時は僕が心を読めるということを知って僕から距離を置く女子の方が多かったのに、ここではむしろ強力な異能はステータスで、四六時中女が寄ってくる。それはそれで面倒だった。
女子たちの話を適当に流しながら、ふと窓の外を見下ろす。
舞い散る桜並木の間を、僕と同じように沢山の人に囲まれながら歩いている高身長の男子生徒がいた。制服の新しさからして同じ新入生だ。
「あ、高秋くんだ~」
隣にいた女が甘ったるい声を出す。僕たちのいる教室は三階なので本人に聞こえるわけもないのだが、女子たちはキャッキャと沸き立ち「もしかしたらこっち見てくれるかも!」などと言って手を振り続ける。
「有名なの? アイツ」
「え~千遥くん知らないのぉ? 千遥くんと同じ、異能三種類持ちの新入生だよ。今年トップで入ってきた」
「へえ。マジ?」
さすが武塔峰、化け物揃いだ。
そういえば入試順位の通知を見た時、僕の上にもう一人いた。受験番号しか書かれていなかったので名前までは知り得なかったが。
僕がまさかの二位。異能力に関する点数で負けるはずがないのでどこで負けたのだろうと不思議だったが、同じ三種類持ちがいたというなら納得だ。
遠くに見えるその男をじっと眺める。
身長が高いせいで頭一つ飛び出ていて分かりやすい。
どんな異能なのかねぇ、と少し面白みを感じた。
僕は最初の授業で渡された玩具の拳銃を取り出し、外にいる高秋とやらに銃口を向ける。
「ちょ、千遥くん? 何してんの?」
「ヘーキだって。遊戯銃だし。当たっても死なないよ」
衝撃でちょっと気絶するくらいだ。
周囲の人間に当たらないように狙いを定め、引き金を引こうとした――その時。
こちらとは真逆の方向を向いて歩いていたはずの高秋がこちらを振り返る。
――――その目がゆっくりと僕を捕らえた。
高秋の黒い髪が風に揺れる。想像していたよりも綺麗な顔の男だった。人の心を奪うあやかしだと言われても納得する程の美形。その目は酷く冷ややかで、ゾッと全身に寒気が走る。
銃口を向けているのは僕なのに、直感的に〝殺される〟と思った。
「…………」
思わず銃口を下に向け、遊戯銃を引っ込める。
――視線を気取られた? この距離で?
「……千遥くん? どうしたの? 大丈夫? 汗かいてるよ」
隣にいた女が心配そうに覗き込んでくる。
僕は、は、と乾いた笑いを漏らした。
あいつ、本物じゃん。
それ以降、僕は志波高秋への闘争心を燃やして日々訓練に励む――などということは全くなく、「凄い奴もいるもんだなぁ」程度の気持ちで日々を過ごしていた。
僕はこの学校の他の生徒たちのような崇高な意思もなく、ただ無能力者と関わりたくないからという理由だけで進学している。仲間と切磋琢磨する気など皆無だ。
適当に高校生活を過ごして、できれば異能力犯罪対策警察に就職、そうでなくともできるだけ無能力者のいない環境で働く。異能力者同士で過ごせる場所でそれなりの人生を過ごせれば十分、というのが僕の考えだった。
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