打ち上げ
確かに、入学説明会で説明された多様なカリキュラムの中に、研究科との連携授業があった。当時は大分先のことのように感じていたが、もう一年生の秋だ。そろそろ始まってもおかしくはない。
「異能力関連研究学の授業では、研究科と協力し、来年二月を期限として好きなテーマで論文を一本書いてもらいます。配属先は好きに選んで構いませんが、必ずその研究室の代表生徒に許可を得てください。学内共有システムに各研究室の過去の研究内容や担当教員、所属生徒のデータが上がっていますので、それぞれの研究室の特徴を見て、よく考えて選んでくださいね」
武踏峰の研究科の生徒たちは皆、高校生とは思えない程成果を上げており、世界にも名を馳せている。異能力に興味のある者なら誰しも憧れの研究者というのがいるものだろう。クラスメイトたちはわくわくした様子で資料を見つめている。
(私は、茜ちゃんのところかな……)
研究科に茜以外の知り合いはいない。気心の知れた相手の方が何かとやりやすいだろう。それに、茜以外を選んだら茜が怒りそうだ。
「あたし、紫雨華茜さんのところに希望出してみようかな……日本のトップの研究、見てみたいし」
「え~絶対倍率高いでしょ。許可してもらえる気しないわ」
近場の席の生徒たちが早速こそこそと小声で話し合っている。
研究科の中で最も優秀とされている、天才研究者の茜。彼女たちの言う通り、茜の元に配属されることを希望する生徒は学年全体で見てもかなり多いだろう。
しかし、配属を決定するには代表生徒の許可が必要であるという点で仄香は有利だ。茜は興味のない人間には許可を出さないだろうから。少し狡いような気もするが、仄香はこっそり茜の研究室に希望を出した。
放課後、教室から出ようとしていると、後ろから生徒がわざとぶつかってきた。盛大に転けて教科書が床に散らばる。ぶつかってきた生徒はくすくすとおかしそうに笑いながら教室を出ていった。だんだんこういう扱いにも慣れてきた自分がいる。
ぶつかった拍子に落ちたメガネをかけ直した時、むしろかけた方が見えにくいような気がした。
(この間度数変えたばかりなのに、もう合わなくなってる……これならメガネ外しても日常生活は困らないな)
まだ黒板が見える程の視力ではないが、どういうわけか、未来視を重ねるごとに視力が良くなっている気がする。原理は分からないが都合がいい。
仄香はメガネをメガネケースにしまってから歩き始めた。
寮に戻った時、まだ咲はいなかった。前の授業が長引いているのかもしれない。今日は一緒に夕食を食べたいと思い、椅子に座って待っていると、高校から支給されている端末が震えた。知らない番号からの電話だ。もしかして、とつい期待しながらボタンを押す。
『俺だ』
詐欺? と思ってしまうような始まりだった。
しかし、声を聞くだけでも仄香にはすぐにそれが誰だか分かる。
「志波先輩!」
『よく分かったな』
「分かりますよ!」
思わず大きな声を上げてしまい、はっとして隣の部屋を気にする。寮の壁は薄い。あまり騒いでいると怒られてしまうかもしれない。
こほんと咳払いして小声で聞く。
「……それで、どういったご用件でしょうか?」
『班員を集めろ。打ち上げをする』
「打ち上げ!? 職場見学のですか?」
『職場見学が終わった後は担当者が打ち上げ会を開き、生徒たちに奢る慣習があると同僚に聞いた』
東京MIRAIタワーで渡してきたお土産といい、志波は同僚に聞いたことは素直に受け入れ実行しているらしい。絶対にそんな暇はないくらい忙しいだろうに、わざわざ時間を作ってまで。
微笑ましくてふふっと笑ってしまった後、ふとそういえばどうして番号が分かったのだろうと不思議に思う。
「……あの、私って番号教えてましたっけ?」
『異犯のデータベースから引っ張ってきた』
異犯とは、異能力犯罪対策警察の略称だ。異犯のデータベースには全国の異能力者の個人情報が全て収容されている。いつでも閲覧する権限があるのは、異犯の中でも志波など上級の警察官のみである。勿論、事件解決のため以外の目的で利用するのはご法度のはずだ。
「……それ、割と駄目だと思うんですけど……」
志波の、意外と規範意識のない部分を垣間見てしまった。
このような本質がいずれ大きな事件を起こすのではと心配になる。
『必要な情報があって、俺にはそれを利用する権利がある。なら使わない方が損だ』
ルールなど知ったことではないということらしい。さらっと情報の不正利用に及んでいるところが怖いと思いながら、打ち上げについて承知した。
志波との通話を終え、端末に入っている連絡先を開く。咲には寮に戻ってきた時に伝えればいい。でも尚弥は、仄香からの連絡を見てくれるだろうか。
(もし無視されたら、咲から連絡してもらおう……)
駄目元で尚弥とのトーク画面を開き、連絡を入れる。今日の夜七時、打ち上げのために志波先輩が駐車場に迎えに来るらしいから、五分前集合でよろしくお願いします、と打ち込んだ。仄香の言うことは聞きたくないだろうが、志波の名前を出しておけば反応するかもしれない。さすがの尚弥も異犯の大物からの誘いを断る肝っ玉はないだろう――そう予想していた時、端末が震える。尚弥からの着信だった。
「も、もしもし」
『どういうことだよ』
「え?」
『何でお前が志波さんから連絡受けてんだよ』
何でと言われても、仄香も分からない。尚弥からしたら、班内で一番成績が悪い仄香に一番に連絡があったことが気に入らないのだろうか。不機嫌丸出しの声だ。
「えーっと……」
『あ? ごにょごにょ言ってんじゃねぇ。はっきり喋れよ。ダル』
「ごめん……」
尚弥と喋るといつもこうだから嫌なのだ。すぐ苛つかせてしまう。
「私にも分かんないけど、私のこと班リーダーだと思ってるんじゃないかな。多分そんなに意味はないと思う……とにかく、七時に集合だから」
『――お前さ』
さっさと通話を終わらせたくて仄香は話を切り上げようとしたが、意外にも尚弥の方が話題を振ってきた。
『七年前、俺が誘拐された時、どこにいた?』
七年前。懐かしい響きだ。仄香と尚弥はまだ小学三年生で――確かにその頃、尚弥が誘拐された事件があった。同じ小学校だったので、当時学校内でもかなりの騒ぎになったことをよく覚えている。
「……どうしたの? 何でそんな前のことを今更? 何かあったの?」
『……あー、やっぱ何でもねぇ』
ブチッと通話を切られた。
自分から聞いておいて勝手な人だ。
◆
夜、咲と仄香は約束の十五分前から駐車場で待機した。仄香は楽しみすぎて一時間前から準備完了していたのだが、咲のメイクが長引いたので結果的に十五分前の到着となった。尚弥はきっちり五分前に歩いてきた。
七時ちょうど、迎えが来た。予想外にも駐車場に入ってきた車は職場見学の時に見た志波の車ではなかった。真っ赤で派手な、大きな車だ。異犯の人々は職務用とプライベート用で車を使い分けているのだろうか。不思議に思いながら眺めていると、車は仄香たちを轢く勢いで入ってきて、仄香たちの前で急停止する。
運転席から出てきたのは――――志波ではない、見知らぬイケメン。
髪はライトベージュのふわふわパーマで、顔は中性的。どちらかと言えば可愛いと表現できる系統の男性である。見た目は若いがおそらく成人しているだろう。
(…………誰?)
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