#096 1st TRV WAR 本戦 銀翼VS村人A 終幕
「《嗚呼、目覚めるよ》」
一面が平らな水面に、雫を落としたかのように広がる波紋。明鏡止水の境地に至った男は、瞳を薄く開いたまま言葉を紡ぎだす。
「《地に堕つる翼は、二度と空の夢を見ない。その瞳から光を失い、無力なまま堕ちていく》」
男の身体から魂が抜けていく。魂を失った身体は黒く染まっていき、力尽きるように瞳の輝きを失っていった。
「《無力な我が身を顧みて思う、我は何者にも縛られぬ程の力を欲さんと》」
すると、どこからともなく光の粒子が舞い降りて銀翼の身体を覆っていく。
「《二度と搾取されないように。自由を、尊厳を、栄光を》」
淡く輝く光の粒子は、黒く染まった身体から離れると、その身体の上に一つの形を作り出してゆく。
「《そして、今》」
それは人の形。かつてそこに横たわる人間だった物が、もう一度立ち上がらんとその執念が起こした奇跡は、明確な形へと変わっていく。
「《輪廻の果て、願い焦がれた美しき大空へと今一度羽ばたく時》」
「《王は再臨する》」
光がベールのように、男を包み込むと、新しく創造された身体は動き出し、ゆっくりと開かれた瞳に生気を宿す。
「《王が歩む果てなき旅路に栄光あれ》!!」
そして、男はゆっくりと手を振りかざすと、身に纏う光の輝きを一層強め、力強く解き放った。
「【
全身に薄く輝く光を纏い、背中から翼のように広がる派手なライトエフェクトをまき散らしながら、死と言う概念を超越した男は地上に降り立つと静かに歩み出す。
そして瓦礫に背を預けながら、静かに起き上がるのを待っていた宿敵を目にすると男はにこやかに微笑んだ。
「……そこをどいてくれるかい?王の凱旋だ」
「床ペロ王万歳ってか?……全力で断るぜ、ふんぞり返った愚王をぶん殴る役目なのは、いつの世も
最後の決戦が、火ぶたを切って落とされた。
◇
弱体化?とんでもない、これは
あいつはこのスキルを弱体化が酷いスキルと言っていた。それは間違いない。事実、予選終盤でのあいつの動きはいつもよりも鈍く感じた。
しかし、今対峙している奴の動き一つ一つが先ほどに比べて早くなっている。それも、目に見えて違うというレベルでだ。
今のこの状態は蘇生スキルに関係する条件付き超強化なのは間違いないだろう。
だが、予選時に復活した厨二と遭遇した時は、こんな派手なライトエフェクトをまき散らしていなかった。恐らく遭遇した時は何かしらの条件で、この強化モードが解けた後だったのだろう。考えられる中で一番現実的なのは時間制限。
時間制限ならば逃げる選択肢もありかと考えたが、動きが早くなった厨二に対して、逃走する選択はむしろ悪手だ。通常時ですら余裕で追いつかれていたというのに強化状態で逃走など確実に不可能だ。後ろからバッサリ斬られて床ペロがオチだ。
では、俺が取るべき行動は何か。答えはただ一つ、厨二が文字通り
恐らくあれこそが厨二の蘇生スキルの最大の
予選の時、俺とポンが地上に飛ばされてすぐに厨二の抜け殻に遭遇した際を思い出す。今思い返せば、あの時に厨二がすぐに現れたのは、あの抜け殻に触れられるとマズイからこそ、俺達がアクションを起こす前に接触したのだろう。
そして、三時間経過時の追加ルール、隕石落下時にはあの黒い抜け殻はいつの間にかどこにも見当たらなかった。消滅したか、吸収したか――――どうなったのか分からないが、あの抜け殻が明らかに怪しい以上、消えてない今畳みかけるのが正解だ。
――――だから。
躊躇いも、思考も、全てを置き去りにして駆け抜ける。
相対する厨二の刀に対し、短剣を鋭く穿つように振り続け、激しい剣戟を繰り返しながら時折引いて、矢を放つ。
厨二は矢を刀で両断すると、再び刀を構えて俺の短剣による攻撃を受け流す。
そこにあるのは、極限まで高まった緊張を感じさせない程楽しそうに刀を振るい続ける厨二の表情。それを見て、俺も思わず口元が緩んでしまう。
「楽しいか、厨二ィ!?」
「ああ、凄く楽しいよ!この時をずっと待っていたのさ!」
甲高く鳴る金属音。通算何度か分からない激しい鍔迫り合いの後、力任せに厨二を押し切ると歯を見せて笑いかける。
「どうした厨二、王の力とやらはそんなもんかぁ!?」
「ああ!嗚呼!そうだよ、君のその楽しそうな表情が見たかったんだよ!僕も今、最高に楽しいのさ!!一瞬でも気を抜けば敗北になるというギリギリの綱を渡る感覚!交える一撃一撃が奏でるハーモニー!!最高の強敵と戦っているという高揚感!!!堪らないねぇ、楽しいねぇ!!」
「それはそれは恐悦至極にございます愚王様ァ!!!」
メインウェポンに装備した【
相手は刀一本だというのに、ステータス差を利用して俺が持つ両方の武器を器用に捌き続ける。だが、押し切れるのも時間の問題だ。いずれは必ず隙が生まれる。
Aimsで手慣れた高速ウインドウ捌きを駆使してメインウェポンをディアライズに切り替えると、【
「【
「無駄さ、君の攻撃は僕に通用しない!」
最高速、腕を犠牲にして放つ射撃すら、奴は卓越した剣技を持ってしてねじ伏せる。
しかも、正面から斬り伏せているのだから尚更驚きだ。
「やるなぁ、厨二……!」
舌打ちをしてから、再び下がってメインウェポンを切り替える。
徐々に、奴の光は薄くなってきている。あの超強化状態が切れるのも時間の問題だろう。このまま、攻撃を続けて制限時間まで凌げればいいのだが、そうも上手くいかない。
奴が持つ、黒刀が黒いオーラを纏い始めると、鞘に吸い寄せられるようにその刀身が納められる。
そして、厨二は深く腰を落とし、居合の構えを取った。
「《刹那の閃き、一撃にて全てを斬り伏せる》」
ズズズ、と身体が奴の近くへと引き寄せられていく。くそ、踏みとどまろうとしても無理矢理引っ張られてやがる!これは奴の黒刀のウェポンスキルに違い無い。確実にこのスキルだけは食らってはならない!
だが、抗おうとしても身体は引きずられていくばかり。力任せに逃れようとしていたものだから、思わず体勢を崩して腰が落ちたその瞬間。
「【絶刀・一閃】!」
「ッぶねえ!?」
ほんの数ミリ頭上を、不可視の斬撃が通り過ぎる。一拍遅れて、凄まじい風圧と衝撃波が発生し、俺の身体を吹き飛ばす。
チン、と鞘に納められる刀を見て、後から冷や汗が噴き出すような感覚に陥った。
「体勢崩してなかったら完全に死んでたぞ今の……!」
「ラッキーだったねえ!でも、次は外さないよ」
厨二が纏う光が小さくなり続ける。ここでの大技の使用を見るからに、奴も強化の時間が少なくなってきて勝負を焦っているのかもしれない。明確な弱点が見えている今、俺もここで勝負を仕掛けようじゃないか!
矢を放つ前に、一つスキルを使用してから矢を引き絞る。
「【
「無駄だと言ったばかりなのに、バカの一つ覚えかい!?」
先ほどの射撃でもう既にボロボロになった腕を更に酷使し、再びスキルを使用して矢を放つ。
だが、その射撃は大きく厨二から逸れ、見当違いの方向へと飛んで行った。
「その使い物にならない腕じゃあもう僕に矢を当てる事も敵わないのかい?」
「るっせ、砂専だって外すことぐらいあるさ!」
矢を放ったのを最後に、ディアライズを手放すと【
「長かったこの試合もこれでフィナーレだぜ厨二!てめえの敗北を持ってしてこの試合にケリを付けようじゃないか!」
「ほざけ、敗北するのは君の方さ!」
駆け出した俺を見た厨二は再び居合の構えを取ると、黒いオーラを纏い始めた。
「《刹那の閃き、連撃にて全てを斬り刻む》」
先ほどと違う詠唱、あの居合斬りの、連撃バージョンと言ったところだろう。
厨二がスキルを発動したタイミングで、厨二の身体から光が抜けていくのと同時に、後ろに横たわる抜け殻も先の方からポリゴンとなって消失を始める。
あれが完全に消えた時が俺の負けだ。弱体化しているとは言え、厨二と一からやり合うのは集中力的にも限界が来ている。
「うおおおおおおおおおッッ!!」
厨二のスキルによって引きずられる勢いを利用し、加速したまま跳躍する。それと同時に、厨二が刀を抜き放った。
「これで終わりだ!【絶刀・三閃】!!!」
刀が閃く。シュイン!と風を切り裂いて振りぬかれた神速の一撃。その一撃で俺の両腕と握られた短剣とコンバットナイフもろとも、宙を舞う。
宙を舞った両腕と、ここまでずっと戦い続けてきた相棒を見ながら、俺は絶望すること無く更に闘志を燃やす。
―――まだだッ!!
「【空中床作成】!!」
跳弾用ではなく、本来の用途で足場を作成して片足でその足場を踏み、宙に放り投げられた【
踏み抜いた瞬間に割れる床。スキルレベルが低いせいで、まともな運用は出来ないが十分だ。続く厨二の二撃目は二段目を踏んだおかげで空を切った。
そして、最後の三撃目。これを回避出来るかどうかで、俺の勝敗が決まる!
抜け殻が消失し始めているのを見る限り、これがラストチャンス。
これで最後だ!どこまでも調子づいたこいつに牙を突き立ててやる!!
俺は、こちらに飛んでくる
◇
――――狂ってる、そうとしか言いようがない。
自らの腕が両断されて尚、怯みすら見せずに食らいつく闘志。いくらゲームと言えど、身体の一部を失った違和感は、拭いようもないし、少しぐらい怯む。
完全なるゲーム脳。この世界を現実じゃないと割り切っているからこそ、今の行動が出来たのだろう、彼は。
だが、その底知れぬ闘志を見せられても、無駄だ。この三撃目で全てを終わらせる。
彼の【空中床作成】は恐らく二つまでしか作成が出来ない。それは、二つ目に出てきた足場が割れたのを見て確信した。
あとは、彼が落下し、着地した瞬間に一太刀振るだけ。それで、この試合も終わる。
その後彼が生き延びようと、抜け殻が消えさえすれば彼が僕に勝つ未来は絶対にない。
「さあ、来い!地面に降り立った時が君の最後だ!」
二段目の足場は、高度を上げるための物だった。下に向けて加速するために踏んだ足場じゃない。あくまで二撃目を回避するためだけに作られた足場だから、後は下へと無防備に加速する彼を仕留めるだけ。
無防備な、彼を―――?
「なんだ、それは」
思わず、目の前の光景を見てぽつりと呟く。
遥か彼方から高速で飛来してくる一本の矢。
先ほど、彼が見当違いの方向に放った、【
「なんだ、それはッ!?」
空中で身を捩るように、体勢を変える宿敵。
そして、体勢を変えた彼は、飛来してきた矢の、
「ははッ!そこまで君の思惑通りか!凄い、凄すぎる!狂ってるよ本当に!!人間技じゃない!!」
あの一瞬で、このタイミングで踏み抜くための
「僕の生涯のライバル、傭兵A!!!君との戦いは、本当に―――」
「心が躍るなあっ!!!」
◇
「ぬあああああああああ!!!!!」
口で咥えている短剣のせいで、雄たけびもどこか気の抜けた物だ。
今しがた踏み抜いた、【
あれを見れただけでも僥倖だ。
だが、負けるつもりなど毛頭ない。奴の不意を突いた一撃、とくと味わうが良い!
「「ああああああああああ!!!!!」」
重力の影響で更に加速していく身体。俺と同じように雄たけびを上げた厨二は、刀を構えて俺と交差する瞬間を待つ。
より一層歯を食いしばり、下にある厨二の抜け殻へ短剣を突き立てるイメージを固めると。
交差は一瞬。
厨二は俺の身体を二つに両断し、俺は抜け殻に刃を突き立てた。
―――訪れる静寂。刃が突き立てられた抜け殻は、一瞬でポリゴンへと瓦解していき、消えてなくなった。
それと同時に、厨二の身体も光の粒子となって消え始める。
口から落ちる短剣。カランカランという音は、静かなこの場に良く響いた。
そして、一つのログが続けざまに表示される。≪VITスキル、【ド根性】が発動しました≫、と。
「嗚呼、僕の負けみたいだね」
光の粒子となって消えていく厨二は、刀を鞘に納めると、柔らかく笑う。
身動き一つ取れない俺は、不敵な笑みを浮かべると。
「運ゲーで勝ってすまないな」
「運を味方に付けてこそ、強者だよ。僕は幸運の女神に見放された、ただそれだけさ」
どこか満足気な様子の厨二。そんな彼に対し。
「……お前の退屈は埋められたか?」
俺が消えゆく厨二にそう問うと、厨二は、最後に爽やかな笑みを浮かべて。
「満点だよ、相棒」
――――そう言い残して、消えていった。
『遂に決着!1st TRV WAR本選第二回戦!!『村人A』選手VS『銀翼』選手!!今大会注目のダークホース同士の戦いを見事勝ち抜き、準決勝へとコマを進めたのはッッ!!』
『『村人A』選手だぁーーー!!!』
身動き一つ取れない俺は、遥か頭上に広がっている青空を見上げながら、勝利の余韻に浸るのだった。
────
【後書き】
VS厨二、決着。
勝利の裏側、他のプレイヤー達の時間が止まっているわけではない。
物語は動いてゆく。主人公達の寄り道の間にも、少しずつ…。
【
発動条件:HPがゼロになった後の死亡猶予期間内。
制限:【
厨二謹製の起死回生の蘇生スキル。デメリットがデカすぎるのであまり使うのは好まない。
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