第29話 ゲンカイジャー、NewTuberとも戦う⑥

 時は遡り、ピンクとグリーンはスライムの駆除を続けていた。カンナは得意の素早さで受け持ちの範囲を片付け、一番近くにいたハルカを手助けにやってきたのである。


「ほらほら! 君達の敵はここだよ! ボクの可愛い獲物達!!」

「い、行くですにん!」


“グリーン、さらに迷走中”

“キャラ探しの旅は続く……”

“『にゃん』と『にん』じゃほとんど変わってないぞ”


 ハルカが鞭を振るいスライムを弾き飛ばせば、カンナは二刀流でスライムを細切れにしていく。そんな、旋風の如き二人の戦いをつぶさに観察している男が一人。NewTuber、白馬 王子その人である。


「えー、ついに現場に辿り着きました。白馬です」


“危ないよ! 白馬君!”

“顔に傷でもついたらどうするん!?”

“戦うの!?”


「まさか! 僕はここでゲンカイジャーの戦いを見せてもらいますよ。今のところ、圧倒的に優勢なようですがね。それはそれで怪しいというか。八百長臭くはありますがね」


“確かに!”

“スライム相手に無双しててもねぇ……”

“目の付け所がHAKUBAなんよ”


 白馬は排除しようとする警察官にも目を向けた。


「公権力が一配信者と癒着するんですか!? それっておかしくないですか!?」

「ちょっと君! 前に出ないで!」


 白馬は押し戻そうとする警察官の腕をこれ見よがしに撮影しながらなおも叫ぶ。


「彼らが特別な力を持ってるとでも言うんですか!? 僕にはそうは思えませんけど!!」


 白馬の声に呼応するように周りの人間も騒ぎ出す。


「そこの人の言う通りだ!」


 これらの一部は白馬の用意しただ。画面外で騒がせることによって、白馬の意見があたかも大衆の意見であるかのように偽装しているのだ。


「政府と繋がって配信やるなんて卑怯じゃないですか! ちゃんと公募したんですか!?」


 実際は順序が逆で、この世界の誰にも対処できない厄介事に対応しているゲンカイジャーにお墨付きを与えただけなのだが、そのような裏側は誰も知る由が無い。


「なんか騒がしいのが居るみたいだね……」

「待って、ピンク。反応したら向こうの思うツボ」

「さっさとここの敵を片付けて離れよっか」

「そうね。スピード上げてくよ!」


 ピンクは鞭の、グリーンは自身の速度を加速させて一帯のスライムを駆除していった。白馬も負けじと周りの大衆を扇動するが、ピンクとグリーンはゲンカイジャーの中でもファン層の多い二人であったため、火の付きは悪い。ならばと、白馬は隙を見て警官の間を縫うように戦いの場へ躍り出た。


「女の子に戦わせるなんて、僕は指を咥えて見ている訳にはいかない!!」


“白馬君カッコイイ……♡”

“白馬の王子様そのまんまじゃん”

“ゲンカイジャーはとっととしっぽ巻いて逃げ出しなさいよ”


 二人に男性ファンが多いと見るや、白馬はそれを利用して女性ファンを増やすことにした。元々、男性人気はおまけ程にしか考えていない白馬だ。徹頭徹尾自己プロデュースにしか興味が無い白馬は素早く自分を最大限よく見せる立ち振る舞いをした。


「危ないよ! そこの一般人!!」


“白馬君を一般人扱いとか何様”

“脇に控えてなさいよ”


「離れて!」


 突如参戦してきた白馬に混迷する現場。そして、追い打ちをかける様にベアリーからの通信が入る。


『ピンク! グリーン! 近くに魔素濃度の異常に高い場所があります! もう一カ所はイエローが向かってるので二人で急行してください!』

「オッケー!」

「任せるにん!」


 一方、ゲンカイジャーチャンネルを視聴していた白馬の部下からもベアリーの通信内容が共有される。


「僕もきっと役に立てる! 行きます!」


 部下から指示を受けながら二人が向かった先へ白馬も向かう。そこは、避難が終わった、地下通路だった。


「なんかイヤーな空気」

「十分に警戒してね。ピンク」


 足音をたてないように、細心の注意を払って進む二人。しかし、後方から迫る白馬はそんな事はお構い無しに配信を続けている。もうそろそろベアリーが指示した場所だ。白馬は配信を止める気配はない。


「止める?」

「息の根を?」

「そこまではいってないにん」


 二人が白馬に離れる様に伝えようとしたその時、通路の奥からズルリと黒い影。魔素を限界まで溜め込んだ、巨大なスライムが現れた。


『こ、こっちはエビルスライムですか!?』


“名前からしてヤバそう”

“所詮はスライム……てことはないんやろなぁ”

“ドロドログチャグチャベッチョベッチョ”


 墨汁が蠢いているかのような漆黒のゼリー状の生物。いや、生物と呼ぶべきか疑わしいそれは、ナメクジの様に地面を這いながらゆっくりと二人に近づいた。


「そこのあなた! 本当に離れないと死ぬわよ!」

「ご親切にどうも! グリーンさん! でも僕だってやる時はやりますよ!」


 白馬は高揚していた。かつてないアクセス。かつてないコメントの数。かつてない同接数。ここでリスクと引き換えに漢を上げれば、どれほど自分の評価が上がるか考えるだけでも破顔しそうになる。


 エビルスライムなどと御大層な名前がついていても所詮はスライム。ここは行くべきところだ。今までその判断を誤った事はない。


 白馬は道中拾った鉄パイプを手にエビルスライムと対峙した。


 だが、白馬は気付いていなかった。自信という適量なら薬になりうるものが、過信という致死量の毒に変貌していたことを。


「ウジュ……」

「危ない!!」


 エビルスライムがなんの予備動作も無しに吐き出した液体は、真っ直ぐに白馬に向かって飛んだ。白馬の見てきたスライム、それはただ一方的にやられるだけの雑魚キャラ。攻撃方法も体当たりと酸性の液体の吐き出し攻撃がメインで、注意していれば回避など容易い……はずだった。


 だが、今眼前に迫る液体はどう見てもメジャーリーガーの球速より早いし、何より広範囲だ。その上、強い酸性を有しているとしたら。白馬の頭に走馬灯にも似た、情報の渦がうねりを打つ。白馬の配信を見ていた視聴者も目を背けるほど、絶望的な状況。


 棒立ちの白馬を押しのけたのは、ゲンカイグリーンだった。


「グリーン!!!!」


 ピンクの叫びも空しく、グリーンは肩から背中にかけて、強酸性の液を浴びてしまう。そして、白馬もまた防ぎきれなかった液を一部浴びていた。


「っあああああぁぁぁぁぁっ!!!!」


 白馬と、グリーンの体から白い煙が立ち昇る。白馬はリスクを完全に見誤っていた。多少怪我をしたとしても、ものともせず立ち向かう自分を思い描いていた。しかし、現実はNewTuberを続けていくにあたって命とも言える顔。その顔の右側、額から目にかけてを焼け爛れた無惨なものに変えただけだった。


“いやああああああああぁぁぁぁっ”

“え? は? え?”

“ダメダメダメダメ!!!”

“白馬君の顔が!!!!”


 そして、グリーンもまた深刻なダメージを左腕と背中に受けていた。スーツが溶け、生身が一部露出してしまっている。


“ごめん、不謹慎な事考えてるわ”

“白馬はどうでもいいけど俺達のグリーンが!!!!”

“いや、流石にこれはいけない”


「グリーンに何してるのさ!!!!」


 ピンクは激昂して鞭を振るう。しかし、いくら叩けど、砕けど、瞬時に元通りになり、ダメージらしきものがあるようには見えない。


「く、う、うぅ……」


 グリーンも力を振り絞り、白馬を投げ捨てる様に遠ざけると、エビルスライムに対して片手で短刀を振るう。が、これも切り付けた側からすぐに再生していく。


「ウジュジュ」


 エビルスライムの体から無数の拳状の塊が飛び出す。ダメージはただのスライムの比ではない。UQによって強化された満身装衣を突き抜けて痛みが広がる。


「なんて手数なの……」

「僕の鞭で……、対抗……しきれない……」


 グリーンとピンクは、崩れる様にその場に倒れた。

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