第12話 限界力士、肥川 聖志②

「う、嘘だろ……?」


 そこには、泡を吹いて倒れるオークが一体。俺達が満身装衣を着用して戦う、異世界から来た本物の魔物モンスターだ。それが、生身の人間に制圧された、だと? ゴブリンですら一般市民は逃げ惑うしかないのに、あろうことかオークを!? 素手で!?


「絶対仲間にしよう」


 決意を固めた俺は、ひっそりと変身すると消えゆくオークからUQを回収し、店の中に舞い戻った。


「アンコママ!!」

「あ、あら。さっきのお兄さん。どうしたの? 慌てちゃって」

「大事な話があるんだ」

「大事な話?」

「そう、(地球の)将来に関わる大事な話だ」

「しょ、将来!?」


 アンコママは接客で疲れたのだろうか、少し顔が赤いようだ。いや、モンスターを倒したのだ。そりゃあ、興奮もするだろう。


「ああ、今度、場所を変えて話せないだろうか」

「そう……分かったわ。アタシが必要なのね?」

「!? そう!! そうなんだ!! 頼む!」


 巷に出回っている動画でも見てくれていたのだろうか。事情を察するのが早くて助かる。妙に艶めかしい態度を取っているが、彼女もまたヒーローヲタクなのだろうか。ハルカとも気が合うかもしれない。


「会って欲しい人も居る!」

「!!!!!????」

「これが連絡先だ。詳しい話は次回会った時にする!」

「良いわよ。じゃあ、ワタシは店があるからこれで失礼するわね」


 そう言うと、アンコママは店の奥へと引っ込んで行った。去り際に「せ、積極的な男子……」とかなんとか聞こえたが、そりゃあ、あんな“力こそパワー”を見せつけられたら積極的にもなるってもんだ。俺達の負担減は間違いない。俺は店を出ると帰宅の途についた。


 そうだ。そう言えば、余計な出費しなくて助かった……。




  ☆☆☆




 現役時の身長185cm、体重135kg。力士の平均からすると、やや軽いがその内実は筋肉の鎧と言っていいほど高密度の筋繊維に覆われていた。現役時代に彼と対戦した力士の中には「鋼の塊とぶつかった様だ」と評した者もいる。取組相手を豪快に投げ飛ばし、あるいは力で捻じ伏せ、どんな土俵際からでも全力を賭して盛り返すスタイルには幕下ながらファンも多数いた。


 学生相撲時代から既に角界の至宝とも呼ばれ、誰もが横綱さえも通過点に過ぎず、生涯どれほどの勝ち星の山を築くかに興味を移すほどの逸材、それが、アンコ ザ ナイトフィーバー☆こと、玉聖たまひじりの過去である。


 だが、世間の多くは彼を知らない。何故か。それは彼が横綱はおろか、幕内力士にすら至らなかったからである。生涯戦績幕下14勝無敗。本来なら伝説となってもおかしくない記録だ。だが、既に十両昇進が確定していたにもかかわらず彼は引退を宣言。突如として角界を去ったのだ。当時こそ、彼の謎の行動に世間の一部は沸いた。しかし、黙して語らずの姿勢を貫く彼に、注目は長続きしなかった。そして、マスコミもまた不自然なほどにこの話題を避けたのである。


 彼が再び注目を集めたのは、引退から八年後の事。突然、マスコミを通じて性自認をカミングアウトすると共に、自らの経営する居酒屋のオープンを発表したのである。一部のファンの間では語り草となっていた当時の謎の行動が時を経て氷解するかの如き展開に再び世間が沸いた。


“がっぷり四つ(意味深)”

“うほっ! いい男!”

“現役時代は興奮しとったやろなぁ……”

“たまひじりじゃなくてたまいじりかよwww”


 などの誹謗中傷もあったが、世間の受け止めとしては概ね好意的なものだった。彼は、いや彼女は立ちはだかる壁を、空を塞ぐ天井をいくつも打ち破り覚醒した。しかし、それらはまだこの世に蔓延はびこる困難の一部でしかなかったのである。




  ☆☆☆




「え、えっと……。何がどうなってるんだ?」


 ウチの最寄りのファミレスで始まったベアリーを交えた会談は不思議なムードになっていた。まず、何よりお見合いにでも行くのかというぐらいおめかししてきたアンコママは一際周囲の目を引いていた。


 随一のイケメン力士として話題になったというアンコママ。体格その他を除けば、顔立ちは極めて整った彼女が派手に着飾って現れれば目立たぬはずがない。このままではヒーローの勧誘など出来るはずも無い。


「ガケップ値も体格も戦士として申し分ありませんね」

「えっと、この失礼な金髪の子はだぁれ?」


 目を輝かせるベアリーとは対照的にアンコママの目は鋭さを増していた。


「念のため場所を移した方が良いかな」

「どこへ?」

「汚いとこで申し訳ないが、じ、自宅へ」

「え? じ、自宅? もう? キワムちゃん見かけによらず大胆……!」


 大胆? 何か壮大な、危険な勘違いをされている気がする。


「まぁ流石に若い子もいるし大丈夫ね。いざとなったら張り倒せばいいし」


 は、張り倒す……だと? 変身する準備だけは怠らないようにしておいた方が良さそうだ。


 という訳でベアリーとアンコママを伴い、我が家へ帰ってきた。そして、これまでの状況と情報を共有したのである。


「集合場所がファミレスって時点で粗方察してはいたけど、それにしても荒唐無稽な話ね」

「こないだ店の裏に現れたのも魔物だぞ」

「え、あれいつの間にか居なくなってたけどコスプレか何かじゃなかったの?」

「紛れもない異世界の生物です」


 アンコママは呆れたように口を開けている。まぁ確かに俄かには信じがたい話だ。こうなったら異世界の技術を見せつけるしかない。


「ベアリー、今使える魔法はあるか?」

「こちらにキシカイ星の神は居ませんので、行使するとなると聖石を使いますが」

「よし、俺が変身して見せよう」

「変身?」


 俺は、即断で変身して見せた。


「リヴァイヴ!」


 眩しさに目を細めていたアンコママが驚きのあまり目を見開いた先には赤き戦士、即ち俺。が、立っていた。


「まさか……ほんとに……?」

「タイミングが良いことにすぐ近くでフィールド反応です!」


 おいおい、本当に都合が良すぎるだろ。狙ってやってるのか? しかも妙に近くで発生することが多い。極端な話、アマゾンの奥地なんかで発生させられたら俺達に打つ手は無い。


「よし、ゴウとハルカに連絡を。俺は出る!」

「アタシも行くわ! この目で見てみないことには信じられないもの」

「危険ですので私も行きます」


 こうして、アンコママとベアリーを伴い、俺達は現場へと向かったのである。

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