第10話 限界ヲタク、影山 陽夏③
ハルカは幼少の頃、父親の影響でヒーローに憧れていた。と言ってもそれはもう、父親にもハルカ本人にも記憶に残らない朧げな記憶。原初の体験は5歳の頃。毎週毎週積みあがっていく父親自身の為の戦隊ヒーローの録画。暇を持て余したハルカが何の気なしに再生ボタンを押したその番組はハルカの脳に鮮烈な興奮を焼き付けた。
「うわぁ、すごい」
女王自らが陣頭に立ち、自らもヒーローとして戦っていく。実際、5歳のハルカには言っている事の半分も理解できていなかったが、その麗しく雅な立ち振る舞いは、ハルカならずとも当時の大小のお友達を夢中にさせたという。
「はるかね、おっきくなったらおひめさまでたたかうの」
「ん? おお、陽夏はヒーローになるのか」
「そう」
ハルカの父親はこの時、ヒーローが自分の趣味である戦隊ヒーローを指す事をまだ理解していなかった。お姫様と言えば、女児向けアクションアニメの新しいシリーズが始まったのか、くらいに考えていた。異変に気付いたのは、我が娘が戦隊の変身ポーズを真似したり、必殺技を叫び始めたあたりである。
「ひかりにかえりなさい! シャドーム!!」
「は、陽夏!?」
一時、驚きはしたものの、元々自分の趣味でもあったし、我が子と一緒に楽しめるのならと父親は喜んだ。クリスマスプレゼントに変身セットすら買い与えた。だが、一過性のものであろうとも考えていた。シリーズが変われば興味も移ろうだろうと。
――そうはならなかった。
回を追うごとに熱中度が増したのだ。どちらかというと外では内気な我が子も、家の中では元気にはしゃいでいたので両親は心配していなかったが、思春期を迎えたあたりでも画面に食い入るように録画を再生していたところで少し不安にはなった。
だが、学業を疎かにするでもなし、外では最早おとなしい子と認識されていようとも、疎外されていたりいじめを受けたりしている様子も無いので、何かに熱中出来る事は良いことだと自分に言い聞かせた。
「ああ、今回は動物モチーフか。四期ぶりかな? でも、まぁ逆に新鮮な気もするか。え、パンダ? 少し外してきたけど大丈夫かな。変わり種も嫌いじゃないけど、まあこれも始まってみてからだね。脚本は……配役は……監督……ブツブツブツブツ……フフフフフ」
頻繁に独り言をつぶやき、自室にこもりがちになって少し不安が増した。それでも、ご飯はダイニングで食べてくれるし、毎日の会話も欠かさなかったので殊更方針転換を迫ったりはしなかった。
激怒したのは、進路希望調査の段になってからである。現実と空想はキチンと区分けできている、と信じていたからこそ、うるさく小言を言うつもりも無かったがこれはやり過ぎだ。親として我が子を指導しなくてはならない。そう、決意していた。
しかし、両親の希望とは裏腹に、ハルカの願いは叶ってしまった。ハルカはヒーローに成った。まごう事なき本物のヒーローに。そして、その初期衝動は間違った形で彼女の特性へと反映されたのだった。
「すごい! 体中から力が溢れてくる!」
普段、内向的で通っている彼女は力と共に溢れてくる自信を感じていた。敵対するモノへの攻撃的な衝動も。
「そうか、武器。ボクにピッタリな武器!」
ハルカは胸に描かれたヒョウの様な生物に手をかざした。すると、その手には猛獣使いが手にするような鞭が握られていたのである。そう、ハルカの中の『ヒーロー=女王様』が謎の誤変換をされた結果、彼女の内なる衝動に呼応するように武器が変化したのだ。
「喰らえ!」
ハルカの鞭が音速を超えたスピードでファングウルフを打ち据える。四体の内一体が、何が起こったのか理解する間もなくUQを残して消える。残された三体は咄嗟に距離を取るも、その有効範囲を見誤った一体をさらに撃破。ヒーローとして活躍できている。その実感が、ハルカを昂らせる。
時間が経つにつれ、魔素の供給が期待できなくなったファングウルフたちが劣勢になっていく。もはや少しすばしっこい、大きな狼と化したファングウルフを恐れる少女はどこにもいない。
「さぁ、次はどっち!?」
ハルカはヒーローとしてぜっち――絶好調を迎えていた。彼が間に合ったとばかりに到着したのはそういうタイミングだった。
☆☆☆
「血反吐は吐いても弱音は吐くな! 回生の騎士、ゲンカイジャー! ギリギリレッドここに参上!!!」
ギリギリ、間に合った……っぽい。ブルーがケガをしている。
そして、なんか増えてる。
「とおっ!」
俺は咄嗟の判断で狼みたいなモンスターに斬りかかった。というのもなんか隙だらけだったからだ。どうやら、ピンク色の仲間? に意識を集中していたらしい。俺が名乗った意味とは。を考えて少し恥ずかしくなる。
「さぁ、残るは一匹だ。大丈夫か? ブルー!」
ブルーは、背中を怪我しているようだ。あの頑丈な満身装衣が切り裂かれるとかどんな爪だよ。そして、もう一人、いつの間にか増えてるピンク。手に鞭を持ってる。
超怖い。
なんだよ、その武器。インディージョー○ズでしか見た事ねぇ。
「僕は大丈夫です! 彼女のサポートを!」
ブルーは懸命に声を振り絞る。ベアリーもコクコク頷いている。
「最後の一匹はボクの獲物だよ!!」
持っている鞭をブンブン振り回すピンク。超危ない。ヒュンヒュンいってて音近いから。あれ? なんかちょっとイラついてる? 中身どういう子なの? 鞭を扱い慣れてるご職業の方?
「やぁっ!!」
十分に加速した鞭がファングウルフを……捉えなかった。中々素早い敵だ。仲間がやられて警戒もMAXまで上がっている。闇雲に攻撃しても躱されるばかり。ここは一丁先輩として即興で合わせてやるか。どれっ!
「こっちだ!ファングウル――ふひぃっ!」
鞭が脇腹を掠める。後数センチで甚大なダメージを心身に負っていただろう。なるほど、どうやら奢り高ぶりが過ぎたようだ。
「良し! オッケー! その調子だ!」
無理矢理成功したかの様に取り繕う。
「さぁ! 行くぞぉぅぉっ!?」
今度は頭上をとんでもないスピードで鞭の先端が通っていった。コントロールはいまいちのようだ。
「少し……離れてて……ください!」
あれ、先端がクリーンヒットしてたらヤバかったよな。しかも何? ちょっと邪魔者扱いされてない?
「了解!」
社会人である俺は瞬時に距離感と状況と雰囲気を理解し、飛び退いた。荒れ狂う鞭が最後の一体を仕留めたのはそれから数秒後の事。
「フフフ、ボクの鞭からは逃れられない!」
かっこよさげな決めポーズと決めゼリフだ。どういう中身なのかますます気になってきた。俺は変身を解いてピンクとブルーの下へ駆け寄った。ベアリーも近づいてきた。
「ゴウ、大丈夫か?」
「なーに、全然平気です……よ」
「血を流しすぎてますね。早急に治療が必要です」
「そんな……ボクのせいで……!」
ピンクも変身を解く。高飛車なセリフと態度からは想像もつかない、素朴な少女だ。女子高生ぐらいか?
「聖石があれば傷は塞げますから」
ベアリーはチラリと俺を見た。万年金欠の俺とはいえ、仲間のピンチに石をケチるようなセコイ人間ではない。
「やってくれ」
震える手でサムズアップをキメた。それを見たベアリーは応急処置に取り掛かった。
しかし、実際問題金銭不足は深刻だ。ブラックサラリーマンに入院患者(扶養家族付)と女子高生。俺の身が、財布が持たない。何しろベアリーの食費もかかっているのだ。
新しい戦士は女子だったが、実家暮らしだったらベアリー押し付け計画も失敗に終わる。次こそは真っ当な資金力のある人に仲間になってもらわねば。
「あ、あの、さっきは……スミマセン。何か……変身したら高ぶっちゃって。い、色々と失礼を」
「えっ!? あ、あぁ。全然構わない」
むしろ、思ったより真っ当な子で安心した。ハンドルを握ると性格が変わるような人もいるし、きっとこの子もそんな感じなんだろう。
「フィールド消滅確認、っと」
「え、それベアリーがやってたのか?」
「いえ? 敵を全て倒した時点でフィールドも消えますよ? 魔素発生装置もです。今やったのは全滅の確認ですね」
知らなかった。思えば、敵にしても異世界の事にしても知らないことだらけだ。今後はそういうことも覚えなければ。それにしても、新しい仲間が増えたのは喜ばしい事だ。これで(実務の)負担は減るし。そうとなれば、親睦を図らなければなるまい。
「よし、じゃあ仲間も増えたところで自己紹介といくか」
「あ、あの、ぼ、ボクは遠慮します!!」
少女は顔を真っ赤にして走り去っていった。戦闘中と態度が違いすぎるが。あ、戻ってきた。
「あ、あの! これ、ボクの連絡先です! た、対面じゃなければお話出来る……かもしれません、ので!」
「あ、じゃあこの腕時計型通信機を」
「つ、通信機!? すごい! これに向かって話すんですね!? 変身の時に使いますか!? 光りますか!? どんな機能が!?」
「あ、あの、えーと」
「ひゃ、はあぁぁぁぁぁ!! スイマセン、つい興奮して! それじゃ! さようならです!」
また、走り去っていった。個性的なメンバーだな。ハハハ。ハァ……。
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