第7話 限界患者、鰯田 剛②

「教えてください。あなた達は何者なんですか?」

「私は、キシカイという星からやってきた召喚士ベアリー。故あって戦士に選ばれたキワムと共に異世界の魔王と戦っています」


 鰯田は中空を見上げ、考え事をした。異世界だとか魔王だとか戦士だとか、頭から信じる気は毛頭ない。だが、今目の前で起こった事、起きている事だけは認めざるを得ない。男が変身し、窓の外に飛び出した事。そして、悲鳴の主は妹であろう事。


 鰯田もまた、飛び出したかった。目に入れても痛くない大事な妹だ。両親が他界してからはその度合いは益々強まった。だが、この病に冒された体が何の役に立つのか。


 逡巡は一瞬の内だった。


「ベアリーさん、僕も戦士にしてください」

「兄妹の絆の力……ですかね。羨ましいです」


 迷っている暇は無い。妹を救うためなら、悪魔にだって魂を売る。



  ☆☆☆



 黒い煙が朦々と立ち昇っている。よく見ると、その煙は2、3箇所から吹き出しているようだ。あれが辺りに魔素を充満させているってわけか。

 そして今回の敵はゴブリン。単体なら楽勝だ。だが、厄介なことに今回は数で勝負することにしたらしく、二十匹ものゴブリンが送り込まれていた。相手も色々試しているみたいだ。


「血反吐は吐いても弱音は吐くな! 回生の騎士、ゲンカイジャー! ギリギリレッドここに参上!!!」


 ベアリーに言われた通り呪文にてまずは自己強化を図る。しかし、グズグズしている暇は無い。すでに囲まれている人や、手足を押さえられている女性がいる。

 まずは、その辺りを蹴散らそうと駆け出すが三匹のゴブリンが行く手を塞ぐ。ここは、相手にしていると泥沼になるので真ん中を踏みつけて飛び越える。


「クッソ! 間に合え!」


 ゴブリンに集られているのは、さっき病室ですれ違った娘。ヒナちゃんとか言ってたな。身内びいきするわけじゃないが一番抵抗力が無さそうなので急いで駆け寄る。


「助けて! 誰か!」

「ギシャシャシャシャシャ」


 馬乗り状態のゴブリンの腹を蹴り飛ばし、まずは一匹処理。手足を抑えていた二匹が殴り掛かってきたのでこれも棍棒を受け止め、遠くに殴り飛ばす。勢いで倒せていれば幸い。運がいいのか悪いのか、他に散らばっていたゴブリン達が一斉に俺を排除しようと向かってくる。


「数が多すぎる!」


 こっちが殴られるぶんには大した問題じゃないがヒナちゃんを守りながらとなるとかなり分が悪い。さっきぶっ飛ばしたゴブリンも弱々しくながら起き上がりこちらを目指してくる。俺はヒナちゃんを守る為に、覆いかぶさり攻撃に耐える準備をした――その時。


「お待たせしました」


 ヒーローは遅れてやってくる、を地でいく登場。その勇姿、俺は目に焼き付けた。あの、病室に横たわっていた今にも昇天しそうな貧弱な男とは正反対の輝ける男の姿を。


「病は気から! 輝け命の力!! 回生の騎士、ゲンカイジャー! ギリギリブルーここに参上!!!」


 そして、がっかりした。割と微妙な名乗りに。


「こ、これでいいんですよね?」

「え? あ、うん。たぶん」

「よーし、行きますよ!」


 ブルーは叫ぶと単身、ゴブリンの群れに突入した。スーツの色は病院着みたいな青だが、その働きぶりは似ても似つかない。殆どのゴブリンを一撃の下に撃滅し、わずかに討ち漏らせばそれをすかさず俺がフォロー。

 そうして、ヒナちゃんは病院の入口まで誘導した。入口付近ではベアリーが待機していてヒナちゃんを中につれて行ってくれた。


「レッド、今回はまだ魔素の発生装置が残っています! まずはそれを叩いて下さい! あれが無くなればさらに戦いやすくなるはずです!」

「了解だ!」


 俺はベアリーの言う通りまずは、魔素の供給を断つことにした。発生源は見える限り三箇所。一番近いところを目指しダッシュ。

 敵はブルーが引き付けていてくれる。チームプレーも中々良いものだ。正直、もっと増えて欲しい。


「オラッ! くらえ!」


 俺は黒い煙を発生させている機械に鋭く拳打をくらわせた。

 ――が、響いたのは重い金属音と俺の骨が軋むような音。つまり、


「か、硬っ!! 痛ぇっ!!!」


 ゴブリンやオークの骨を素手で砕く拳が悲鳴をあげている。どういう物質で出来ているのかわからないが殴るのは無意味そうだ。


「クソっ、どうすれば」


 俺は、何か方法がないかと思いを巡らせた。呪文はもう無いし、あれ? なんか忘れているような。えーと、確か前回オークを倒した時に魔王が出てきて有休がどうので……あっ! 思い出した!


「出てこい! ゲンカイソード!!」


 祈りを胸に獅子の意匠に手をかざすと、その手には剣が握られていた。その鋭い刃面はまるで断てぬもの無しといわんばかりに輝いている。


「これならイケる!」


 両手で束を握り、無心で振り下ろす。自重で加速する剣を邪魔せぬよう真っ直ぐに。スーツの導きでもあったのか、剣など握った事もない俺があっさりと謎の装置を両断した。


「っし、次っ」


 さっきの手応えを忘れないよう即座に次の目標へ。途中、一匹のゴブリンを袈裟斬りにすると『生物を斬る』という感覚が手の平に染み込んだ。スパリと斬ってもそれはそれ。肉を斬り骨を断つという感触はこれからも生涯慣れる事は無いだろう。

 斬り伏せられたゴブリンの姿はどう見ても日曜の朝にお届け出来る姿ではない。


「コイツで二個目だ、畜生」


 機械相手は気が楽だ。またしても無心で剣を振り下ろす。煙が止まる。少なくともこれで、モンスター共の活動限界は早まるはずだ。魔王の幻影の様に一瞬で枯渇するという事はないだろうが。


「次は……、見つけた!」


 直線状には、先ほど吹っ飛ばしたゴブリンが二匹、よろよろと道を塞いでいる。身長が低い敵がさらに背を丸めているせいで、まるで子供みたいな高さに首がある。すれ違いざま、身を捻じって大きく剣を振り、二匹同時に絶命させた。想像したとおりに体が動く。スーツを着ている間は体が軽く感じる。満身装衣などという物騒な名前とは真逆の効果である。


「コイツで最後……だっ!」


 最後の発生装置を叩き斬ると魔素の供給が止まる。奴らが消費した分だけ、黒い靄が晴れていく。


「よし、次!」


 辺りを見回す。一般人は既に病院や敷地の外に逃げ出したようだ。フィールドの中でしか活動できない分、モンスター共は深追いは出来ないという事だろう。その代わり、ブルーが十匹ほどに集られている。


「ブルー! 今行く!」


 急いで駆けつけてみれば既に三匹は片付けられていた。半死人も戦えるというスーツの性能とやらは本物のようだ。


「すごい! 本当にこれが僕の体なのか!?」


 ブルーもスーツの性能にテンションが上がっている。さっきまで絶望の淵に居た男。もう、立ち上がることすら困難になっていた男がだ。


「おし、仕上げるぞ!」


 ブルーに声を掛け、残っているゴブリンを始末していく。結果、現れたゴブリンは全て灰のようにボロボロと崩れ、後にはUQこと幻水晶が多数残されていた。俺達はそれを急いで回収したが、包む物が無いので抱えたまま立ち去ることにした。


「よし、目立つ前に消えよう!」


 俺とブルーはUQを抱えて物陰に移動。変身を解いてさらに病室に移動することにした。が、


「うっ……!」


 変身を解いた鰯田は膝から崩れ落ち、肩で息をしていた。正しく満身創痍だ。俺は、鰯田の体を支えて病室へと戻り、ベアリーとヒナちゃんと合流。どうにかこうにか言い繕って、正体を誤魔化した。


「そうですか、あなた方が兄の避難のお手伝いを」


 そう言うと、ヒナちゃんはペコリと頭を下げ、さらにお礼を重ねた。中学生くらいなのに良く出来た子だ。


「いや何、同じ入院患者のよしみで」

「そうです、こんな時は力を合わせないと」


 俺とベアリーは君のお兄ちゃんをむしろ危険に巻き込んでいるんだ。すまない。真っ直ぐな瞳で見つめられると心がチクチク痛む。


「いや、僕からも改めてお礼を言わせていただきます。ありがとうございました」


 俺は、『良いんだ』と手と目で合図した。


「でも、アレは一体なんだったんですかね?」

「うーん、よくわからないけどその辺は警察とかが調べてくれるんじゃない?」

「正義の味方っぽいのもいましたケド」

「うん、多分あっちは普通に正義の味方だよ。多分」


 流石に存在自体は隠しきれないな。ヒナちゃん以外にもバシバシスマホで撮られてたけど、拡散されるのも時間の問題だ。その辺の対策も考えておかないといけない。ヤバい。問題が積みあがっていく。休んでいた間の仕事も。か、体がががが。

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