幽霊少女は薄くない

玉舞黄色

第1話 結婚したい

 ああ、羨ましいなあ。羨ましい……

 真っ白なドレス、豪華な式場……

 そして、新郎新婦のうれしそうな顔。

 羨ましい、羨ましいなあ。

 私は結婚式を見ながら、つい思ってしまう。

 それに比べて私は、招待されてばっかり……

 確実に、取り残されてるわ……

 はあ……誰とでもいいから結婚したい……

「なに? 結婚したいの? 君」

 うわっ、誰?

 驚いて見ると、知らない男の人が立っていた。

 あら、なかなかのイケメンじゃない。

 じゃなくて、声に出てた? 恥ずかしい……

「恨めしい、恨めしいって聞こえたんだけど、気のせいだった?」

 恨めしいじゃないわよ。羨ましいって言ったの!

「ねえ、君。おーい、無視かい? ひどいなあ、せっかく一人だったから話しかけてあげたのに」

 プチッ

 私の何かが切れた音がした。

「何なの、あなた。初対面なのになれなれしいわよ!」

「ん……確かに。すまない。いつも言われるんだ。注意していたんだが……」

 ええっ……なんなのこの男、いきなりしょんぼりとしちゃって……

 勢いそがれるじゃない。今から本気でキレてやろうと思ったのに。

 なのにそんな顔されたらこっちが後ろめたく……

「だまされないわよ!」

 その男は驚いた顔で私を見た。

「しょんぼりしただけですべてが許されるなら、警察はいらないのよ! 一人でいる女の子に話しかけるなんてナンパよ、ナンパ。周りから見たらあなたは変態よ! 分かったなら私に謝罪してからどっか行きなさい!」

 ふう、言ってやったわ。

 せいせいしたと思っていたら、いきなりその男が笑い始めた。

「なによ、なにがおかしいのよ」

「だって、周りから見たら、確かに僕は変態だろう。でも、それは君をナンパしてるからってわけじゃない。君と話せるから僕は変態なんだよ」

 うーん。言いたいことは、わかった。

 ……やっぱり、私が何かわかって話しかけてきたのね。

 自分の体を見る。

 足は地についているものの、肌は少し透明で、目を凝らせば地面が見えそうだ。

「君、やっぱ幽霊だよね」

 その男は言った。

「……そうよ、私は、幽霊」

 この結婚式だって、勝手に入ってきた。

 招待されただなんて、嘘。

 でも、見たかった。私の、死ぬ前の夢がどれほど美しいのかを、見たかった。

 今から結婚なんて、できないと知っている。

 だって私は死んでいるから。

 でも、夢を見るのはいいじゃない……

 私が黙ってうつむいていると、いきなりその男は走り去った。

 どうしたのかしら……

 行った先を見ると、ちょうど花嫁がブーケを抱え、後ろを向いていた。

 ブーケトスだ。

 まもなくして、花嫁がブーケを宙へ放り投げた。

 みんなが取りに行こうとする。

 でも、急に現れたあの男が、ブーケの落下地点に入り込みブーケをキャッチした。

 みんないきなり入ってきた男にびっくりしてるわ。

 というか、女性に譲ってあげなさいよ。

 遠目から見ていると、ブーケを片手に私の方へ近づいてくる。

 そして私の前に立つと、ブーケを差し出し、ひざまずいた。

「僕と、結婚してくれないか」

 ……はい?

 な、なにを言っているの?

 周りからもすごい視線浴びてるよ?

 あなた、いきなり一人でプロポーズしているように見えているんだからね?

 と思っていたら、いきなり拍手が鳴り響いた。

 え? 何で? みんな私のこと見えているの? これってなんの拍手なの?

 まあ、こんなプロポーズされたいと思ってたけどさ!

 えーい、こうなったら流れに身を任せよう!

「分かりました。結婚しましょう!」

 でもまさか、幽霊になってからプロポーズされるなんて。

 人生、何があるかわからないわね。

 ……あれ? そういやまだ名前聞いてないんですけど。

 それに、私の名前も言ってないじゃない。

「ねえ、まだあなたの名前を教えてもらってないんだけれど」

「ああ、確かにそうだ。名前も知らないのに結婚だなんてよく言えたもんだな。僕はハンス。家名はまあ、言わないでおくよ。あなたの名前は?」

「私は、ユノ・ベンジャミン。ユノって呼んで」

 ハンス、ね。

 ちらっと、ハンスを横目で見る。

 さっきからずっとニヤついてるんだけれど、なぜかしら。

「ねえ、ずっとニヤついてること気がついているの? ちょっと気持ち悪いわよ」

 ハンスは手を口に当てて頬をほぐす。

「ああ、嬉しくてつい。それにしてもよかったよかった。さっきのタイミング、完璧だったよ」

 どういうこと?

「あのとき、新郎新婦がキスをした。それで拍手が巻き起こった。だが君は、拍手を受けているのは私? と勘違いし、プロポーズを断れないという作戦だったんだ。見事にはまったよ」

 ハンスはしてやったりという顔で、私に説明した。

 はめられたのね……

 まあ、返事しちゃったし、今更なしにするなんて言わないけどさ……

「でも……私、幽霊だけどいいの?」

 ずっと疑問に思っていたことを聞いた。

「まあ、あんまり関係ないよ。僕も同じようなもんだし」

 同じようなってどういうことなのかな。

「それに、あなたは美しい」

 やだなあ、もう。

 ちょっとイケメンだからうれしくなっちゃうじゃない。

 その時、ちょうど結婚式が終わり、みんな帰り始める。

 みんな、帰り際にハンスのことをチラチラと横目で見ているが、当の本人はどこ吹く風だ。

 とりあえず私たちも式場の外に出て、広場のベンチに座った。

「えっと……これから私たちはどうすればいいのかしら?」

 幽霊と結婚するなんて事例、聞いたことがないもの。

 というか、この世界で初めてじゃない?

「ただ普通に婚姻届を出せばいいんだよ。まあ、ユノは死んでいるだけどね」

 そうよ、死んでいるのよ。

 婚姻届にもどう書けばいいのかしら。

 僕はこの女の人と結婚します。ただし、その人は死んでいます。

 とでも言うの?

「まあ、そこらへんは僕がやっとくよ。君の情報を書き換えればいいだけだ」

 ……そんなことできるのかしら。

 そんな権力は持ってなさそうなんだけど。

「なーんか疑ってるよね?」

 私の顔をのぞき込んで、ハンスがそう言ってきた。

「別に。幽霊と結婚するなんて物好きならそんなこともできるのかなって思っただけ」

「うん、そうだよ」

 物好きな点は否定しないのね。

「とりあえず、今後なにをするのか決めたいわ」

「うーん、そうだなあ。僕は仕事の途中だから、それに付き合ってもらおうかな。きっとユノも役に立てるはずだよ」

 ハンスは頼りにしてるよ、とにっこりと笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る