6-2

 洋服を買い終えた聡太と紫乃は、次は何を見ようかとショッピングモールの中をゆっくり歩いていた。

 紫乃は、紙袋を大事そうに抱え、小さな笑顔を浮かべている。その表情は、ここ最近見た中で一番穏やかだった。


「洋服、本当にそれで良かったのか?」


 聡太がふと声をかけると、紫乃は「あ、うん」と少し照れたように頷いた。


「こういうの、自分じゃ絶対選べなかったし……。本当にありがとう」


「そりゃよかった。紫乃さんがあぁいうの好きだとは思ってなかったけどな」


 冗談めかして言うと、紫乃は少しだけ微笑み、「好き、なのかなぁ」と控えめに返した。そのやり取りに、聡太は自然と口元が緩むのを感じる。


 しかし、穏やかな空気は突然壊された。


「……あれ、紫乃じゃね?」


 甲高い声が背後から聞こえた瞬間、紫乃の足が止まった。

 聡太は横目で彼女を見た。楽しそうだった表情は一瞬で硬直し、紙袋を抱える手が微かに震えている。


「ほんとだ。久しぶりだねー、し、の、ちゃん」


 振り返ると、派手な服装をした女子高生の三人組が立っていた。

 中心にいるのは化粧の濃い、少し派手な髪色の女子。その後ろに控える二人も、彼女を囲むように立っている。

 コイツ等の存在は室谷から事前に話を聞いていた。

 真ん中の女が紫乃を虐めている主犯格だ。


「いやいや、紫乃が買い物とか笑えるんだけど。どんな服買ったわけ?」


「え、待って待って。それ『シクライ』? 私と同じなんですけど! 今すぐ捨ててくれる?」


「あそこのお店消毒しなきゃ~。最悪~!」


 真ん中の女が、好き勝手に紫乃が抱える紙袋を指差しながらニヤリと笑う。

 それに続いて、後ろの二人もクスクスと笑い出し紫乃に暴言を吐いた。


「てかさ、友達と来たわけ? まさか、男?」


 その言葉に、聡太を見た三人の目が侮蔑の色を帯びた。


「えー、ウケるんだけど。男におごらせて服買うとか、必死じゃん」


 聡太は、紫乃が耐えるように俯いているのを見て、胸の奥に冷たい感覚が広がるのを感じた。

 この場にいるだけで、紫乃がどれほど辛い思いをしているのかが、痛いほど伝わってくる。


「紫乃さん」


 聡太は前を向いたまま静かに声をかけた。その声に、紫乃が微かに顔を上げる。


「大丈夫。ちょっと待ってて」


 紫乃は困惑した表情で、ゆっくり頷いた。

 涙が溢れて止まらなくなっている紫乃を見て、怒りの感情を覚えた聡太は、なるべくその表情を出さないように一歩彼女たちの前に出た。


「……あれ? お前、舞じゃん」


 中心にいた女子に声をかけると、彼女は一瞬驚いたような顔をした。


「は? 誰?」


 不機嫌そうに言い返す彼女に、聡太は軽く肩をすくめて言った。


「あはは、しらばっくれんなよ。――俺が紹介した『パパ』とは上手くいってんの?」


 その一言に、舞の表情が一瞬で変わった。目が見開かれ、頬が真っ赤に染まる。


「は!? 何言ってんの! 私アンタに紹介なんてされてないんだけど!」


「いやいや、俺に自慢げに話してたじゃん。ほら、これ」


 そう言いながら、聡太はスマホを取り出し、画面を操作して彼女に見せた。

 そこには、派手な服装の女性が小太りの中年男性と腕を組んで歩いている写真が映っている。

 後ろの2人にもよく見えるように、グッと近付きスマホを見せつけた。


「何これ! これ……違うし!」


 舞は必死に否定するが、言葉に語彙力がない。その様子を見た後ろの二人も、明らかに動揺していた。


「え、舞。本当にやってんの……?」


「嘘でしょ……。それはちょっと引くわ……」


 ぼそぼそと呟く声に、舞は振り返って否定しようとするが、言葉が詰まる。


「だ、だから、違うって! あんなの私じゃないってば!」


「でも、これどう見ても舞じゃん……。顔そっくりだし」


 必死に叫ぶ舞の声は、もう誰にも響いていなかった。後ろの2人は微妙な表情を浮かべたまま視線を逸らし、距離を取るように少しずつ後ずさっていく。


「あれ? もしかして君たち、加奈子ちゃんと由美ちゃん?」


 聡太に名前を呼ばれたことで後ろの2人はギョッとする。

 声を聞かなくても『なんで私の名前を知っているんだ』と表情が物語っていた。


「舞から聞いてたよ。2人のこといつか紹介するって言われてたし」


「……は?!」


「アンタ、自分だけじゃなくて私たちのこと売ろうとしてたの?!」


「そ、そんなことする訳ない! 本当に!」


 もうそこからは舞と他2人の対立でお互い罵詈雑言の嵐だった。

 紫乃は目を丸くして、ただそこに立ち尽くしている。

 1人が「もういい! 帰ろ!」とでかい声で言うと、舞は聡太を睨みつけ「覚えてなさいよ」と捨て台詞を吐き、逃げるように去っていった。


 静けさが戻った広場で、紫乃は小さく息を吐いた。彼女の目には涙が滲み、紙袋を抱える手の震えは収まっていない。


「……ありがとう。でも……なんで……」


 掠れた声で呟く紫乃に、聡太は頬をポリポリと掻きながら答えた。


「名前は室谷さんから聞いてたんだ。写真もその時にもらった。実際、これが合成かどうかは分からないけど、まぁあの様子だともしかしたら本当にやってるかもな」


 そう言いながら、聡太はスマホをポケットにしまった。


「……私のために……そこまで準備してくれてたの?」


 紫乃が驚いたように聡太を見上げる。その目には、涙と感謝の色が混じっていた。


「一応な……。いつも室谷さんが言うんだよ。『備えあれば憂いなし』って」


 聡太が少し照れくさそうに頭を掻くと、紫乃は静かに涙を拭った。


「ありがとう……。本当に、ありがとう……」


 紫乃はそう言って微笑むが、その笑顔は震えており、胸の奥から湧き上がる感情を抑えきれない様子だった。

 そして、静かに涙が頬を伝い落ちた。


「いいんだよ。紫乃さんは何も悪くないんだから」


 聡太の言葉に、紫乃は声を押し殺して涙を流した。

 その肩は微かに震えていたが、その姿はどこか安堵の色を帯びている。

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