198話:憧れのあの人に向けてダイブ
「この辺りに私の勇者様がいる気がするわ!」
「は? うおっ!?」
【転移】でフェイルさんの研究室へとやってきた俺だったが、そこで見た光景はこちらに向かって飛び込んでくる美少女の姿。
突然目の前に現れた俺を見たその美少女は、ぶつかると思って回避……するわけもなく、むしろ「勇者様ぁあああああ♡」と目と語尾をハートに変えて加速した。
危ないので一瞬は抱きとめようと思ったのだが、その様子に嫌な予感を覚えた俺は再び【転移】を使用して位置をずらす。
その直後、彼女はちょうど俺の後ろにあった本の山へと突っ込んでいった。
「な、なんだ、今のは……」
本の山から突き出ている足がくねくねと、まるで得体のしれない軟体生物のように動いている様子にゾッとしていると、今度はローブの裾を誰かに引かれた。
また変なのが来たか? と警戒しながら振り返れば、そこにいたのは琥珀の瞳を伏せる少女の姿。
俺と同じ空間魔法を扱う俺の弟子、ティラ・ミラディンガがそこにいた。
「あの、師匠。驚かせてすみませんが……今のがリュミネール様です」
「……あれが一国のお姫様の姿か?」
「あれでも普段は、すごく優秀なお姫様なんです……」
嘘だろ? ともう一度本の山から覗く足に視線を向ければ、先ほどまで得体のしれない動きをしていたそれはピタリと動きを止めていた。
そしてガッサァ! と中から山を崩して美少女……件の王女様が姿を現す。
「あら? てっきり勇者様を抱きしめていたと思ったのだけれど……これ、フェイル女史の木だったのね。もう、抱きしめて損しちゃったじゃない」
プリプリと怒りながら手に持っていた折れ木をポイ捨てした彼女は、今度は「勇者様どこですかぁ~」と自身の立つ本の山の中を探し始める。
そんな彼女の行動を見てため息を吐くミラディンガと、やべぇ奴だと冷や汗を流す俺。
王都での件はともかく、以前ダンジムで会った時に感じたが……本当に王女様、《
……あれ、まさかミラディンガを護衛にしてるのって、俺との繋がり目的だったりします?
「……護衛、大変なんだな。よ、よく頑張ってると思うぞ?」
「師匠……王女様って、大変なんです」
「お、おう……どっちの意味かは聞かないでおくよ」
何かを察してしまった俺がねぎらいの言葉をかけると、隣にいたミラディンガが真顔で呟いた。
「あら? ……あらあらあら! ティラ? もしかしてそちらの方が……」
ようやく気付いたのだろう。本の山をまさぐっていた王女様がこちらを向き、そしてミラディンガと俺とを見て……いや、あれ俺の事しか見てねぇわ。
ハートになってる目をまっすぐに向けて、俺の頭から足先まで視線を行き来させている。
「はい、リュミネール様。こちら、間違いなく私の師匠である――」
「私の勇者様ねぇえええ♡」
「二度目だとぉ!?」
見事なルパ〇ンダイブで再び宙を飛び上がる王女様。
まさかの二回目に仮面の下で驚く俺を他所に、隣に立つミラディンガがボソリと呟いた。
「【接続】」
瞬間、俺と宙をダイブしていた王女様の間に穴が出現。
当然ダイブ中だった王女様が止まれるはずもなく、自らその穴へと飛び込んでいったかと思えば、次の瞬間には「クペッ」という少しおまぬけな声が研究室に響いた。
声のした方へと視線を動かせば、先ほどのダイブの格好で王女様がソファーに倒れ伏している。
「リュミネール様。今はそんなことをしている暇じゃないんですよ。早く聖女神国をなんとかしないといけないんですから」
「……ぶー。わかってるわよ、そんなこと。でも少しくらい頑張ったご褒美があってもいーじゃない!」
起き上がってぶーぶーと駄々をこねる王女様と、そんな王女様へと歩み寄り、疲れた表情でため息を吐くミラディンガ。
一人残された俺は、先ほどの彼女の魔法を思い返す。
先ほどの【接続】に加えて【転移】まで既に習得しているのだ。空間魔法の修行は今でも続けているらしい。
「よしっ、弟子よ! ちょっとこっちに来なさいな」
「え? あ、はい」
俺に呼ばれて、首を傾げながらもこちらへとやってくるミラディンガ。
そんな彼女の頭にポンと手を乗せた俺は、ニッと笑って視線を合わせる。
「空間魔法、俺との修業が終わった後も使えるように頑張ってたみたいだな。本当によくやったぜ、お前。師として、誇らしく思うぞ」
「え……あの………え、えへへ。ありがとうございます、師匠。私、ちゃんと頑張ったんですよ……?」
「聞いた聞いた。長距離の【転移】まで使えるようになるとは、俺の想定を超えやがてこいつぅ!」
頭に置いた手で、彼女の頭を乱暴に撫でる。
されるがままの彼女は、「や、やめてくださいよ~」とどこか嬉しそうな声で笑っていた。
すると何かを思いついたのか、「あの!」とミラディンガが声をあげた。
その声に頭を撫でていた手を止める。
「師匠! 私、師匠が褒めてくれるくらい頑張ったんです」
「……? ああ、そうだな」
「なので……その、私のことは弟子じゃなくて、ティラって名前で呼んでほしいです!」
めちゃくちゃ覚悟を決めたような顔で、今度から名前呼びしてほしいとお願いされてしまった。
結構頑張った結果お願いするのが名前呼びとは……なるほど、うちの弟子はかなり謙虚な子であるらしい。
そのくらいのことならお安い御用だと答えると、ティラはパァッと花を咲かせたように笑うのだった。
「だったら私のこともリュミネールと……」
「ああ、名前呼びくらいなら……っ!?!? いつの間にいた!?」
「あぁん、勇者様のいけず……頭も撫でてほしかったのに……」
俺の知らぬ間にティラの隣に立っていた王女様に、思わず驚いて距離を取る。
今度は体全身をくねくねさせながらこちらを流し目で見ている王女様……かと思えば、すぐ隣のティラへと手を伸ばすと、ニッコリとしたアルカイックスマイルでティラの頬に手を伸ばした。
「ティ~ラ~? 私にはご褒美がないのに、あなただけいい度胸ねぇ……一国の王女である私を前に見せつけてくれるじゃない? ん?」
「いひゃいいひゃい!!ヒュヒヘーフふぁまいひゃいへふ~!?」
「不公平よ不公平! 言ったでしょ私! あなたのことは第二夫人として認めてあげるって!! 裏切り行為ね!? 万死……はやりすぎだから、減給に値するわ!!」
何を言ってるんだろうかこの王女様は。
ご乱心の王女様と、そんな王女様に頬をこねくり回されて涙目を浮かべているティラ。
え、これ俺が止めないといけないのか? といよいよ王女様に声をかけようとしたところで、突如バーンッ! と部屋の扉が開いた。
「やあやあ待たせたねぇ《
「あ! トー……ド、《
現れたのは二人。
一人はお馴染み、ボサボサの長い金髪と、そこから顔を覗かせる長耳が特徴的なエルフ、フェイルさん。
そしてもう一人。ハンルドで出会い、その後フェイルさんのところに預けていた魔眼の少女、ピューリスちゃん。
フェイルさんと同じく、彼女もまた俺の正体を知る一人である。
俺の名前を言いかけてしまったようだが、ティラや王女様のことを思い出して誤魔化してくれたのだろう。
気を遣ってくれたことに感謝しなければならない。
そしてそんなピューリスちゃんだが、意外なことに今は眼鏡をかけているらしい。
ハンルドで出会った時にはなかった眼鏡だが、眼鏡越しに見た彼女の瞳は魔眼を現す桃色ではなく綺麗な緑に染まっていた。
「おっと、これが気になるなんてお目が高いね。ふふふ……瞳の色を誤魔化し、かつ魔眼の力を抑える優れものの魔道具……そう! 魔眼殺し、《カクセルクン!》の開発者はこの私さ! あ、ちなみにアリットくんは隣町に買い出しを頼んでいるから今はいないよ」
「相変わらずだな、あんた……」
ふふん、と得意げな様子のフェイルさんは、そのままピューリスちゃんとともにソファーへと座る。
そしてティラ、王女様、俺の順に視線を向けると、少しかっこつけたように言った。
「全員そろったんだ。さっそく、話を始めよう」
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皆さん、落ち着いてください。
彼女はまだ、彼と面と向かって会ったのは二回目です。
ごめん、やっぱりわちゃわちゃしてしまった……
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