168話:ダンジョンを出たその後1

「ダンジョン、閉まっちまったな」


「そうだね。今年のダンジョン探索はもう終わりかなぁ……まさか、こんなことになるとは思わなかったから、仕方ないんだけどね」


「……」


「あくまでも噂だが、ダンジョンをクリアしたのはあの《竜殺しの魔法使いドラゴンスレイヤー》という話だ。王都の時もそうだったが、それならダンジョンを制覇してしまったことにも納得がいくというものだよ」


 まるでグラスに入ったワインをゆっくりと回すように、優雅な仕草で木製コップのエールを飲むヴィーヴルヴァイゼン。

 そんな彼の言葉に、「たしかに」と納得して頷き酒を煽る二名と、無言のままテーブル席に突っ伏して項垂れる一名。そう、俺である。


「それ、ダンジムにたまたま視察に来ていたっつーお姫様が言ってたんだっけか? にしても、姫様ってのは働きもんなんだな。お城で優雅な生活をしているだけかと思ってたぜ」


「前まではそうだったらしいけど、王都の騒動以降は《竜殺しの魔法使いドラゴンスレイヤー》の婚約者として恥ずかしくないよう、精力的に働いていらっしゃるんだって。すごく立派だよね。王族としても尊敬できる方だよ」


「ふむ、素晴らしい心意気だ。王国民としても、リュミネール様には尊敬の念を抱かざるを得ないな。おまけに、この僕にも勝るとも劣らない美貌まで持ち合わせているんだ。まさに、才色兼備の人格者と呼べるお人だろうね」


「……あれが、か」


 ボソリと呟いた俺の言葉は酒場の喧騒へと消えていく。

 直接会ったからこそわかる。あれは決して、婚約者として恥ずかしくないように、なんて理由ではないということを。そして容姿が良いことは認めるが、百年の恋も冷めるであろう顔を前にしても、こいつらは同じことが言えるのだろうか。

 というか、そもそも婚約者じゃない。


 抗議するように、黙ったままテーブルをドンッと叩けば、なんだなんだと三人がこちらに目を向けた。


「どしたトーリ。トイレか? 奥行って右だぞ」


「なんでトイレなんだよ。というか、お前はいつまでそのネタを擦るんだよちげーよ」


「存外、腹が弱いのだな。いい薬屋を知っているから、後で紹介してやろうとしているのに関節が極められていくぅううう!?」


「違うって言ってんだろ手が出るぞ」


「出てるが!?」


 立ち飲みのお店だったから、すごく手が出しやすかった。

 ヴィーヴルヴァイゼンの背後に回って逆関節を極めていると、「まあまあトーリくん、それくらいで」とハインツが宥めてくる。

 仕方ないので放してやれば、ヴィーヴルヴァイゼンはドサリと地面に倒れて項垂れていた。


「な、なじぇこの僕が、こんな目に……」


「一番手っ取り早いからな」


「わぁ……ヴィリエッタちゃんと同じこと言ってる」


 ヴィーヴルヴァイゼンの隣にしゃがみこみ、「大丈夫?」と話しかけているハインツ。そんな中、アデルハイトはこちらを見ると、「トイレじゃなかったのか?」と首を傾げた。


「違うっての。そもそも、食事中にそういうことを聞いてくるなよ」


「じゃあどうしたんだ? 急にテーブル殴ってよ」


「……ナンデモナイヨ?」


 誤魔化すように視線を横に向ければ、アデルハイトは「そうか?」と不思議そうな表情を浮かべるのだが、すぐにマンガ肉にかぶりついているのを見るに、特に気にした様子はない。

 ハインツもヴィーヴルヴァイゼンのお世話でこちらを見ていなかったため、俺は内心でため息を吐いた。


 言えるわけがないのだ。なにせ今回の件については、そのお姫様直々に口止めをされているのだから。


 それは俺があのダンジョンから地上へと帰還した後の話である。



 何食わぬ顔で地上へ戻った俺は、誰にも見られていないうちに宿へと【転移】で移動したのだが、その直後にマリーンが俺を尋ねてきた。


 どうやらマリーンの目が覚めて俺と合流するまでの時間は、本当にギリギリだったらしい。内心でホッと安堵の息を吐いた俺は、何があったのかと聞いて来るマリーンに対し、気づけばダンジョンの外にいたと説明することにした。


 内容的には、マリーンの奥の手でもあの女エルフからは逃げ切ることができず、もうダメだと思った時に《竜殺しの魔法使いドラゴンスレイヤー》によって助けられた、というもの。


 あのまま九五階層の魔法陣から逃げられたと嘘を吐くこともできたのだが、万が一のことを考えて事実に嘘を混ぜている。気絶していてもマリーンほどの魔法使いであれば、何らかの手段で魔力の感知ができても不思議ではない。

 

 ただその話をした途端、「ごめん……」と肩を落として謝られたことにはびっくりした。魔力不足の状態で使用した奥の手だったとはいえ、九五階層から逃げきれなかったことに責任を感じているらしい。


 そんな彼女の様子に俺はいたたまれなくなるのだが、アイシャさんたちが話を聞きたいということで続きはパーティハウスで話すことになった。


 ただそこには、俺にとって予想外の第三者がいた。


「……っ!?」


「あら、あなたは……見たことある顔ね」


 そう言ってパーティハウスを訪れた俺を席に座って出迎えたのは、以前はフードで隠していたはずの顔を晒した、いつぞやの王女様だった。


 アイシャさんと二人で待ち構えていた彼女を見た途端、内心帰りたい気持ちでいっぱいになるのは当たり前のことだろう。しかし、彼女はこの国の王女様だ。あちらが正体を晒している状態で逃げては不敬と言われかねないため、諦めてマリーンとともに九五階層で何があったのかを話すことになった。


 なお、俺たちがどうやってダンジョンから出ることができたかについては、《竜殺しの魔法使いドラゴンスレイヤー》に助けられたからだと答えておいた。理由としても最適だし、変に疑われるようなこともないだろうからな。


 ただ、《竜殺しの魔法使いドラゴンスレイヤー》の名前が出た際には、「ああんっ!」とか「キュンっときたわ!」とか「さすが私の旦那様……」などと、おおよそ王女様がしていいはずがない表情で百面相していたので、内心でドン引きである。


 そしてある程度俺とマリーンから説明が終わった時点で、アイシャさんと王女様の二人はため息を吐いた。

 前者は額に手を置いて困ったように、後者は上気した両頬に手を当てながら。同じため息でも、ここまで違うのかと逆に感心したほどである。


「女エルフの魔法使いに、魔道具によるマリーンの突然変化。ダンジョンの九一階層から九五階層のことも含めて、はっきりしないことが山積みですわね……」


「うふふ……私の勇者様……えへっ、ふへへ……」


「……リュミネール様。はしたないですわよ」


「あら、いけない。それで、私と勇者様の式の段取りだったかしら?」


「違いますわ」


 王女様相手に一蹴するアイシャさん。そんなアイシャさんの言葉に、「冗談よ」とでろでろに惚けていた顔が急に真面目なものへと変貌した王女様。突然すぎて逆に怖いまである。


「トーリさん、だったわね。確認だけど、その女エルフが《ダリア》と名乗ったのは本当かしら?」


「は、はい。たしかに、そう聞いております」


 名前を聞いたのは《竜殺しの魔法使いドラゴンスレイヤー》である俺ではあったが、マリーンはそのダリアという女エルフに命を狙われている以上、このくらいの情報共有はするべきだろう。


「理由もわからないのにそんな相手に目を付けられるなんて……困ったものですわね」

 

「アイシャ、ごめん……」


「マリーンが謝る事ではありませんわ」


 優しい言葉を投げかけるアイシャさんがその視線をマリーンへ向ける。

 つられて俺も隣に立つマリーンを見てみるのだが、マリーンの表情は暗く、俯いたままだった。


 今回の件について、自分が悪いと思っていたりするのだろうか。


「マリ――」


「マリーン。よく聞いてくださいまし」


 俯いたままのマリーンに声を掛けようとした俺だったが、その前にアイシャさんが席を立った。

 ビクリと肩を震わせたマリーンは、その声にゆっくりと顔をあげる。


 そんなマリーンを、アイシャさんは優しく抱きしめた。


「ごめんなさい。皆を率いるリーダーとして、私もよく見ておくべきでしたわ。そのせいで、大変な目に合わせてしまって……」


「ち、違う。ボクが――」


「でもね、マリーン。これだけは、はっきりと言わせて」


 マリーンの肩に手を置いたアイシャさんは、真っ直ぐに目を合わせた後、心底嬉しそうに笑いかけた。


「本当に、よく……無事に帰ってきてくれましたわ。ありがとう、マリーン」


「……うん」


 再度アイシャさんに抱きしめられるマリーンだったが、今度は自分からもアイシャさんの背中に手を回していた。

 そんな中、ふとアイシャさんの視線が俺に向けられる。


「トーリさんも、改めて感謝を。おかげで、大事な家族を失わずに済みました」


「え……あ、いや。そんなことは……第一、俺もマリーンには助けられたんだ。それに、最終的に助かったのは俺の力じゃ……」


「たしかに、結果だけ見ればそうかもしれませんわね。けれどその過程において、あなたがマリーンを助けていることは事実ですわ」


 ですわね、とアイシャさんが胸に抱きしめるマリーンへ問いかけると、胸に埋まったマリーンの頭が二度小さく縦に振られた。


 そんな二人の反応に、俺はどうしたものかと返答を躊躇った。

 隠していることに対する後ろめたさだったり、感謝に対する気恥ずかしさだったりと、色んな感情がまぜこぜになる中で、「助けられたのなら、よかったよ」と小さく呟く。


「ふふっ……感謝くらいは、素直に受け取ってくださいまし」


「ん。トーリ、ありがと」


「も、もういいって。わかったから」


 トーリもやる? とアイシャさんから離れ、両手を広げてにじり寄ってくるマリーンから距離を取れば、そんな様子を見たアイシャさんがくすくすと小さく笑う。

 そんな俺たちを見ていたのか、席に座ったままの王女様は「コホン」とこちらに聞こえるくらいの咳ばらいをしてみせた。


「いちゃつくのはいいけど、もういいかしら? 私だって私の勇者様といちゃいちゃしたいのを我慢してるっていうのに……」


「っと、失礼いたしましたわ。リュミネール様」


「微塵も思っていないことは言わなくてもいいわよ、アイシャ。それよりも、話をまとめてもいい?」


 尋ねる王女様に対して、俺たち三人は目を合わせて頷いたのだった。


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