第67話:一つ屋根の下……ってこと!?

「さぁ、ここが私の研究室だ! 少々散らかっているが、そこのソファにでも座っておくれ」


 フェイルさんに案内されてやってきたのは、魔法学校内の彼女の研究室。

 といっても、魔法学校がかなりでかい建造物だからなのか、研究室もかなり広い。それこそ、テニスくらいはできそうな広さだ。


 それくらい、広いのだが……


「……なぁ、マリーン。これは少々……なのか?」


「ん。先生にしては片付いている方」


「マジかよおい……」


 本、本、本。

 書類、書類、書類。


 それらが研究室内のあちこちに積み重なった状態で並べられていた。

 窓はカーテンで閉ざしているわけでもないのに、本や書類の塔が影を作って全体的に薄暗い。

 中には俺よりも背の高い塔になっているものもある。いつ倒れて来るか不安でしかない。


「ちょっと触れただけで全部倒れそうなんだが……」


「おっと、気を付けておくれよ? どこに何があるかは把握しているが、バラバラになったら意味がないからねぇ。そうなったら片付けてもらうよ?」


「自分からここに招いておいて、なんて理不尽な物言いなんだ……」


「人生は理不尽なものさ……覚えておくといいよ、若人!」


 そう言って「よいしょ!」とフェイルさんが腰を下ろしたのは、研究室内では唯一足の踏み場があるくらいには片付いているソファだった。


 ここはちゃんと陽の光も当たって他よりも明るい。

 俺とマリーンは小さなテーブルを挟んだ向かい側のソファーに並んで座った。


「いやはや、流石人間は成長が速いねぇ。たった三年であのマリーンも立派になったじゃないか」


「ん。先生も変わってない」


「そりゃエルフだからね。三年なんて、欠伸していればすぐに来るさ」


 そう言ってクシシ! と笑うフェイルさんは、一頻り笑った後「で?」とこちらに目を向ける。


「君がマリーンの言ってた、四属性全部使える冒険者……でいいのかな?」


「……どうも。星3つとまだまだ若輩者ではありますが、ボーリスで冒険者をしているトーリと言います。フェイルさんには、今回の依頼で色々と無茶を聞いていただいたようで――」


「いーよいーよ、そんな堅苦しい挨拶は。もっと気楽に行こうじゃないか」


 俺の言葉を遮ってだらりとソファーに背中を預けるフェイルさん。


 随分とリラックスするような恰好だが、こちらは指名してもらって依頼を受注した冒険者で今は彼女に雇われている形になる。

 つまるところ、依頼の範囲内であれば彼女と俺たちは上下関係にあるわけだ。


 これでいいのか? と隣に座るマリーンの方へ目を向けるが、特に気にした様子もない。

 むしろ陽の光が温かいのか、いつもよりも雰囲気がポカポカしているようにも見える。


「では少し、気楽にさせてもらいますね」


「……うーん、まだ固い気はするが……まぁいいだろう。慣れてきたら是非フェイルちゃんと読んでくれたまえっ」


 キャピッ、と効果音でも突きそうな仕草でウインクするフェイルさん。

 そんな彼女の様子を見ていたマリーンが、隣で何か言いたげな様子でジト目を向けていた。


「……何かなマリーン。言いたいことがあるなら聞こうじゃないか」


「先生。歳を考えた方がいい」


「まだまだ現役の321歳だよこっちは」


 失礼だねこの娘は、とこちらも負けじとジト目をマリーンに向けて頬を膨らませているフェイルさんびゃくにじゅういっさい。


 やはりこの世界のエルフは、俺が物語などでよく知るエルフのように長寿なのだろう。

 321歳とは言うが、その見た目は20代と言われても信じてしまいそうになるほどだ。


「そんなにエルフが珍しいかい?」


「え? ……ああ、いや。じろじろ見てしまってすみません。エルフの方は生まれて初めて見たものですから」


「おや? ということは、私が君にとって初めてのエルフか! まぁボーリスは東の端だから仕方ないと言えばその通りだが……図らずとも、君の初めてを奪ってしまっわけだね! 悪い悪い!」


「言い方よ」


「……?」


 体を起こして自慢気に胸を張るフェイルさんの言葉に思わず言葉が零れた。

 隣のマリーンは意味が分かっていないのか、俺とフェイルさんを見比べて首を傾げているが、お前はそのまま純粋でいてくれ。


「ふふん……さて、トーリくんが私の大人の魅力に目を奪われたところで、だ」


「む……でも先生の方が貧相」


「おっとマリーン。三年しか経っていないというのに、随分と言うようになったじゃないか。いいかいマリーン。男はこのくらいの方が好きなんだ。そうだろトーリくん」


「……その話題を俺に振らないでもらえませんかね」


 二人の視線がグンとこちらを向いたので、俺はさりげなく顔を逸らして研究室の隅っこに目を向けた。


 あと言わせて貰えば、フェイルさんのそれはマリーンよりも控えめである。ウィーネのような壁! とまでは言わないが、控えめである。

 よって俺の好みからは外れている。QED


 しかしフェイルさんはすぐに諦めて目線を外してくれたのだが、俺の隣……マリーンからの視線を未だに感じる。


 そっと目だけ動かして確認してみれば、いつもよりジト目成分が配合された目が真っ直ぐに俺を見つめていた。


「……あの、マリーン。そろそろ俺は依頼についての話が聞きたいなぁ……と思うんだが」


「……ん」


 俺の言葉で漸くフェイルさんの方へと目を向けたマリーンだが、その雰囲気は何故か不機嫌そうに思える。

 俺の方が困ってるんだが? とため息を吐きたい気持ちを抑えて前を向けば、そこにはそれはそれは楽しそうなにやけ面を浮かべているフェイルさんがいた。


「へぇ……あのマリーンがねぇ……本当に変わったものだ」


「何か面白い?」


「気にしないでくれ。さ、それよりも本題に入ろうじゃないか!」


 マリーンの問いかけに対してあからさまにシラを切ったフェイルさんは、姿勢を正すと二枚の書類を近くの塔から引っ張り出して俺たちの前に置いた。


「君達二人に送っている内容と同じことを記載しているが……相違はないか確かめてくれたまえ」


 差し出されたのは今回の指名依頼の内容について。

 書かれているのは手紙でも見た内容とその報酬について。よくよく読んで、隅っこに小さく書かれていないかなども確認したが、異なる内容は見当たらなかった。


 そんな俺の様子を見てフェイルさんは「用心してるねぇ」と笑う。


「そこに書いている通り、マリーンには私が授業を受け持っている生徒への魔法の講義。それと学校で選抜した生徒一名と模擬戦を頼むよ」


「わかった」


「トーリくんは、私の研究への協力依頼が主だね。魔法の実演だったり、色々と話を聞かせてもらうよ。ああもちろん、採血はなしだ。ひっっっっっっっっっっじょ~~~~に! 残念でならないけどね! あとは学校で募った希望者に『纏い』を教えてやってほしい。まぁ、こっちはついでのようなものだよ。事前に募った希望者も少ないから、気楽にやってくれたまえ」


「わかりました」


 随分とはっきり言うんだなとは思うが、楽ができるのならありがたい話だ。

 それに以前ヴィーヴルヴァイゼンが言ってた通り、魔法使いになれるほどの魔法が使えるう上で『纏い』を習おうとする奴は少ないのだろう。


「さて、じゃあ簡単だけど話はできたし、今日はこれくらいにしておこうか」


「え、もう……?」


「いいんだよ。それに、君たちは今日学園都市に到着したばかりだ。依頼は明後日からだし、明日は君たち二人でこの学園都市を回ってみるといいさ。というわけで、今日はゆっくりと休んでくれたまえ!」


 さぁこっちだ! とソファーから勢いよく立ち上がったフェイルさん。


 とそのとき。

 立ち上がった際の衝撃によるものなのか、彼女の背後の塔がグラリと大きく揺れた。


 そんな塔の様子を見て「あ」とその後の未来が見えた俺だったが、何かを言う前に揺れた塔がフェイルさんの背後から崩れ落ちていく。


 「ああああああああああ!?」と埋もれていくフェイルさんの悲鳴を聞きながら、俺とマリーンは目の前で舞い散る埃を払いのけ、研究室から一足先に退室するのだった。





「さぁ、ここが君たちの寝床となる部屋だよ!」


 ボサボサになった金髪を整えながら前を行くフェイルさんに連れていかれたのは、校舎を出て暫く行った先にある一軒家だった。

 なんでも、来客が寝泊まりするためものらしい。


 部屋じゃなくて建物と言うのが、スケールの大きな話である。


「随分と立派なんですね……」


「まぁ卒業生とは言え、星6つの冒険者だからね! 寝床もそれなりのものは準備するさ」


「おお……」


 暫くの住居となる建物を見上げていたマリーンが感嘆の声を上げて中へと入っていく。

 俺も中を覗いてみようとその後に続いて入った。


 まず目についたのはだだっ広いワンルーム。

 寝ころんで寛げそうなソファーや足元が柔らかそうなカーペット。壁際には大きな本棚と、いくつもの本が並べられている。


「台所にトイレまで……本当に立派だなこりゃ」


「トーリ、見て。ベッドがある」


 ててて~、とマリーンが向かったのはワンルームの奥の寝室。

 扉が開いているため、中のどでかいベッドがよく見えた。


 そのベッドにマリーンがボフンッ、と腰を下ろす。


「……ふかふか」


「といっても、『白亜の剣』のハウスも似たようなものじゃないのか?」


「それとこれとは、別」


「別かぁ~」


 寝室の入り口からベッドを堪能しているマリーンに話しかける。


 だがしかし、自宅がベッドでも旅行先のベッドは何かこういつもとは違う特別感があるのは同意しよう。


「……ねむ」


 何となくわかるわ、と一人で頷いていると、疲れていたのかマリーンはそのまま横向けに倒れて小さな寝息と共に寝入ってしまった。


 ……いや、早いって。


「……まぁ、野営続きだったし疲れてるんだろ」


 マリーンの寝顔を見てると、俺も眠たくなってくる。

 俺は一度寝室の扉を閉めると、外への扉の前で待機していたフェイルさんに「すみません」と声をかけた。


「おや、どうしたんだい? 部屋に何か不満でもあったのかな?」


「いえ、マリーンは満足そうでしたよ。ただ、俺も早く休みたいので、案内してくれるとありがたいんですが」


「ん? だから案内したじゃないか」


 その言葉に、俺は「ん?」と首を傾げた。


「いやここ、マリーンの泊るところですよね? 俺の泊る場所はまた別なんでしょ?」


「何を言ってるんだい。ここは君とマリーンが泊るところだよ?」


「……すみません、どうやら長旅の疲れで耳が遠いようです。ここはマリーンが泊るところで、俺のはまた別にあるんですよね?」


 フェイルさんの言葉が受け入れられず、抗うようにもう一度聞きなおす。

 

「だから、君もマリーンもここだと言ってるんだよ。二人でここ一つだ。わかったかい?」


「……嘘、ですよね?」


 震えそうになる声でフェイルさんを見れば、それはそれはとってもいい笑顔で「本当だよ!」と元気よく言われた。


 いやいや


 いやいやいやいや


「何で男女で同じところにしたんですか!?」


「お、やっと遠慮なくツッコんでくれたね! これで大分仲良くなれたんじゃないかな?」


「これでよく仲良くなれたと思ったなあんた!?」


 しかもよくよく考えてみれば、ベッドは寝室のどでかいやつ一つ。つまりベッドに寝るなら同じベッドで寝る必要があるときた。

 ふざけんな!


「じゃぁ今日明日はゆっくりしてくれたまえ! 疲れを癒すんだよぉ~!」


「あ、ちょっと!? まだ話は――」


 頭を抱えていると、話は終わりだとフェイルさんがこの場から去ろうとする。

 そんな彼女を呼び止めようと手を伸ばすと、「あ、そうだ」と立ち止まってこちらを向いたフェイルさん。


「防音だからヤっても問題ないよ! 私も三属性と四属性の子の属性がどうなるのか、是非知りたいからねぇ!」


「するかぁ!!」





「クシシッ……思ってたよりも面白そうな子じゃないか。マリーンも、学生時代の頃とは変わったねぇ……ある意味では変わりはないようだが、余裕が出たかな?」


 研究室で崩れ落ちた塔を片付けながら、フェイル・モルガルは先程の二人のことを思い出していた。

 一人は学生時代、一年ほど研究室で面倒を見ていた天才。

 そしてもう一人は、その天才が見つけてきた四属性を使える剣士。


「あのの三属性でもすごいのに、まさか四属性なんてのが出てくるなんて……目の前にそんなのが現れたら、そりゃあの娘なら興味を持つのは当然のことだ。あ、『ちょっとそれとって』」


 床から伸びてきた木の枝が、その先端で本を持ち上げて彼女の元へと運ぶ。

 本を受け取った彼女は、何事もないようにその本を塔の最上段へと積み上げた。


「これでよしっ! 次は倒さないようにしないとね!」


 さて、と再びソファーに腰を据えた彼女が手にしたのは一枚の封書。

 それは彼女の元教え子であったマリーンが送ってきた手紙。


 内容はトーリの依頼内容の変更……つまり採血をしないという条件交渉についての手紙だった。


「クシシッ……何か隠している、と私の研究者としての勘が言っている。何とか採血させてもらいたいものだが……手紙でするなとあの娘に言われてるからねぇ。残念だが、採血は強要しないとも。私も、『奥の手』は受けたくはない」


 たがしかし、とフェイルはカチャリと眼鏡の位置を直す。


「一か月あるんだ。採血はできなくても、この目で見てしまえばどうとでもなるさ」


 クシシシ、と研究室内に彼女の笑い声が静かに響くのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

作者の岳鳥翁です。


そりゃ、裏だってあるよね!

ちなみにフェイルさんの話し方についてですが、私は某ウマの娘の仮想粒子の名を冠したアグネスのヤベー奴を意識していたりします。


「面白い」「続きが楽しみ」と思っていただけましたら、是非レビューやフォロー、応援コメントをよろしくお願いします!

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