同日、第5研究所発掘調査について
いい話と、悪い話。一体何のことだろうか。わかっていないのは天音だけのようで、夏希はつまらなそうに毛先を弄っている。
「いい話ってのは、発掘の許可の話か?」
「察しがよくて助かるよ」
天音が配属された後、夏希はすぐに遺跡の発掘申請を出していたらしい。天音が転属していたらどうするのか。その問いに、彼女は「適当に誤魔化してやろうとしていた」と役人の目の前で言ってのけた。
「あたしがわかんねぇのは、その程度のコトをわざわざお前が言いに来たってトコだ。書面でいいだろ、んなモン」
「そうだね」
「ようするに、悪い話ってのがメインなんだろ?」
「ご明察」
話が長くなりそうな雰囲気を感じ取ったのか、夏希は天音を自身の横に座らせた。緊張のせいで、座っても体がカチコチである。
雅が用意したのか、テーブルの上には湯呑が置かれていた。温かな茶を一口飲んで息をつくと、真子は口を開いた。
「初め、上層部はこの申請を棄却するつもりだった」
「あ?」
「そう威嚇しないでおくれ。私はそれに反対したよ。基準は満たしている、ここで断るのはおかしいってね」
「それで? 回りくどいのは嫌いなんだよ、さっさとしてくれ」
夏希は足を組みながら話の続きを促した。
袖のラインを見る限り、魔導師としては復元師の夏希の方が上だ。しかし相手は魔導考古学省の役人。それも研究所の担当となれば、かなり位の高い人物だろう。そんな彼女を相手に、夏希は普段どおりの態度で接している。真子とは親しい仲なのかもしれない。
「そもそも上のオッサンどもはなんで棄却しようとした?」
「それは……」
真子はちらりと天音を見て、言いづらそうにしながらも答えた。
「伊藤天音魔導解読師の、急激な魔導生成値低下が理由だ。魔導師資格剥奪の恐れがあるから、と」
「私のせいで……」
「それは違うよ」
俯く天音の頭を、真子はそっと撫でた。流れるような、自然な仕草だ。下にきょうだいがいるのだろうか。
「オッサンどもはどうしてもあたしらに発掘させたくないらしい。だから難癖つけてやめさせようとしてんだ。別にお前のせいじゃねぇよ」
「そういうことさ。もし君の生成値が下がっていなくても、研修が終わるまでは難しいとでも言って断られていただろうよ」
「……はい」
「で? まさかこれが悪い話だとは言わねぇよな?」
話を変えるように、夏希が声を張り上げた。テーブルを叩く勢いで身を乗り出す。
「ああ、勿論違うよ。悪い話と言うのは、今回の発掘調査にはいくつか条件がつけられたということさ」
「あ? 出土品は全部第1研究所に提出しろってか?」
「いいや。それはないよ。ただかなり厄介だね。条件は2つ」
1つ目。発掘調査を行うのは、第5研究所が希望していた乙種遺跡ではなく、丙種遺跡にすること。遺跡にはそれぞれランクがつけられており、魔導資料が多く遺されているとされるものを上から甲乙丙の順で管理している。丙種遺跡は、規模も小さく出土品にはあまり期待できないとされている。
「ま、できりゃなんでもいい。発掘するってのが目的だからな」
「だろうね。だから私も特に何も言わなかったよ。問題は2つ目さ」
2つ目。発掘調査までに伊藤天音魔導解読師の階級を魔導解析師にすること。
「は?」
「ま、待ってください! 流石にそれは無理ですよ!」
魔導解析師になるには、適性値80以上が求められる。天音は卒業したときこそ75を記録していたが、現在は生成値の低下に伴い適性値も下がっていた。
「ちなみに、許可が調査は何日になった?」
「4月30日さ。そうでないと、所長が学会発表から『帰ってこない』だろう?」
「え?」
所長が学会発表でいないというのは、天音を監視するための嘘ではなかったのか。先日の所長の口ぶりだと、彼は初日から研究所にいたように思うのだが。
「上層部は誰も気づいていないけどね。人形に術をかけて誤魔化すの、やめた方がいいんじゃないかな。零の魔力量なら心配はないけど、学会だのなんだの、全部身代わりに行かせているだろう。バレたときが面倒じゃないか」
「はっ、んなモン気づかなかった方が悪いんだよ」
会話の内容から察するに、所長は外へ行かなければならない仕事は全て魔導で誤魔化しているということか。上層部は2人をできるだけ離そうとしているが、零も夏希もその考えにとっくに気づいている。身代わりの人形を送って離れたように見せ、実際は研究所に共にいて、監視の目を欺いているらしい。高難易度の術もそうだが、魔導考古学省を敵に回してもおかしくない行動に思わず身震いした。
「あと、休日を除くと2週間くらいだね。清水夏希魔導復元師殿の意見をお聞きしたいな。できそうかい?」
「……ああ、任せろ」
「なっ、副所長! それは無理なんじゃ……」
「天音」
「はい?」
「悪いが前言撤回。メニューは減らさねぇ、むしろ増やす。3週間でお前を魔導解析師にしてやる。覚悟しとけよ」
上のオッサンどもに一泡吹かせてやる。夏希の目はそう言っていた。
やる気を出した彼女を見て、真子が嬉しそうに笑う。
「久しぶりに見たよ、君のそんな顔。良かったね、伊藤さん。君、愛されてるじゃないか」
「殺されそうの間違いでは……?」
少なくともしごかれることは確定である。余計な条件を出した魔導考古学省を恨んだ。震えが止まらない。
「夏希は嫌いな人間にここまで尽くしたりしないよ。10年以上の付き合いなんだ、彼女のことはよくわかっているつもりだよ。だからね、伊藤さん」
「はい?」
「あの子を、どうか最後まで信じて、救って欲しい。私じゃあの子は救えなかった……」
「……え? すみません、どういうことですか?」
「……いや。気にしないでおくれ」
夏希を信じて欲しいと頼むのはわかるが、救うとはどういうことだろうか。目を瞬かせる天音だが、真子は穏やかに微笑むだけだった。
言うだけ言って満足したのか、真子は席を立った。
「突然悪かったね。今日はもう帰るよ」
「お見送りは必要ですかー?」
茶化すように夏希が問うた。それを無視して、真子は夏希に近づくと、彼女をそっと抱きしめた。真子の見た目の年齢からしてありえないが―天音には、その様子が親子のように見えた。
「じゃあね、夏希。いい子にしていなくてもいいけど、身体には気を付けるんだよ」
「……ああ」
抱きしめられたことに反発もせず、やけに素直に夏希は頷いた。
そのときの表情は、「副所長」でも「清水夏希」でもなく、ただの子どものようで、天音は何故か泣きそうになった。
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