同日、10時23分
「話してる間にぃ、ほい、書斎にとうちゃーく!」
「家」の北側、ほとんど日の当たらない場所に書斎はあった。本が焼けないようにするためだろう。
そこには、どこを向いても背表紙が並ぶほどの量の本棚と、小さな机があった。
「……え?」
天音は本棚を見渡すと、信じられない、というように声を上げた。
書斎にある本は全て、魔導に関係のないものだったのだ。
小説、詩集、植物や鉱物の図鑑。様々なジャンルの写真集。絵本や画集。あちこちの国の言語の辞書に、レシピ本。どう見ても、研究に関係のない本ばかりだ。
「どういうことですか!?」
「焦んない焦んない。言ったでしょ? ウチは結構しっかり対策してるって。貴重な魔導資料や論文を、侵入されるかもしれないすぐ見える場所に置いてないってだけ」
言うと、夏希は書斎の本を1冊取った。
その瞬間、床の一部がゆっくりと動き出す。
「んじゃ、次は研究所の中を案内してくよ」
開いた床下からは、地下へと繋がる階段が見える。この下が研究所であり、今まで彼女が案内していたのは施設の一部だったのだ。
「今の、どうやって……」
「あの中の1冊だけ開錠の魔導文字彫ってあるからそれに魔力流せば開くよ。ただまあ、正式配属になるまではどれか教えられないし、教えても週に1回変わるから意味ないかもしんないけど」
確かに、先ほど夏希は手元を一切見せずに本を手に取った。天音からは、表紙の色すら見えていない。
「開いてる時間、ちょっと短いから気を付けてね」
「あ、はい!」
慌てて階段を降りる。頭上で床が再び動き出して、何事もなかったかのように閉まった。
「地下は6階まで。5階が副所長、つまりあたしの部屋で、6階が所長の部屋ね。なんか用があったら来て」
「は、はい。ありがとうございます」
階段を降り、地下1階へ到着した。地下とは思えない明るさだ。
「ここはトレーニングルームとラボ。普通のジムみたいな部屋と、術の実践ができる耐魔導素材でできた部屋両方あるよ。基本的に、誰も使ってなかったら入って大丈夫」
「予約とかは必要ないんですか?」
「ジムはともかく、魔導実践は思いついたときに思いついた子がやってるからね。予約制にするのが難しかったからやめたの」
「なるほど」
魔導実践ができる部屋は使うかもしれないが、ジムは天音には縁がなさそうだ。自ら進んで運動をしたことなど数えるほどしかない。
「こっちはラボ。技術班……魔導衣とか、その他にも頼めば色々作ってくれる頼もしい子たちがいるよ。今は研究室に籠ってるけど」
「そういえば、山口さんの魔導衣は変わったデザインでしたね」
天音が教本で見た魔導衣は、軍服のようなデザインだった。実際、夏希が着用しているものも同じものだ。
「ああこれ。実はあたしの普段着てる方は直してもらってる最中だから予備用のフッツーのヤツだよ。ある程度デザインは決まってるけど、魔導考古学省の紋章と袖のラインさえ合ってれば全然違う形にしても怒られないし」
「なぜ違う形にするんですか?」
魔導衣はいわば魔導師の制服。
わざわざ異なるデザインにする必要はないように思える。
制服のスカートを折ったこともない天音にとって、不思議で仕方なかった。
「特定魔導現象って知ってる?あとは、固有魔導」
「魔導生成値など特定の数値のみ高いため起こる体調不良や、他者には再現できないその魔導師特有の魔導のことです」
「100点満点の回答ありがとう。魔導衣のデザイン変更は、そのためにあるんだよね」
「……どういうことでしょうか?」
教本にはなかった知識である。
素直に天音が質問すると、夏希は僅かに間をおいてから答えた。
「簡単に言うと、その人が動きやすいように、術を使いやすいようにデザインを変えるってこと。足りない部分を補ったり、逆に多すぎる部分を削ったりね。足だけ魔導耐久高い子とかいるけど、ミニスカで上きっちり着てたりとかするし。ただ……」
「ただ?」
「ウチの子たちの魔導衣が皆デザイン違うのは、技術班の子の趣味かな……」
「しゅ、趣味ですか」
「お裁縫好きらしくて。あたしたちも、着れればいいって言ったせいもあるんだけどさ。段々凝ってきてるからキミのもすごいのになるかも」
ま、正式配属までは魔導衣ないからそんな気にしないでよ。
さらりと流す夏希は、天音がここに残ることはないと考えているのかもしれない。案内をしながらも、その時は来ないのだろうと諦めているような眼をしていた。
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