元カノよりも今彼です
柚木 彗
本編
本編
掃除
洗濯
料理
全てやってみせるから専業主婦にして!
そんな話をして押し掛けてきた彼女。
話を聞いたらこの不景気で会社が傾いて来ていて転職したい。だがしかし、今の会社を辞めると寮を出なければならない。
新しいアパートに入るにも、引っ越しするだけのお金がない。
今の会社を辞めるにしても給料も減って来ていて大変だ。
経済的な理由で援助して欲しい。
仕方ないな、と。
転職出来るまでの間で良かったら。
そんな条件を出して頷いた彼女と同棲して一ヶ月。
何時まで経っても転職しない彼女。
彼女の、諸々のボロが見えて来た一ヶ月。
「あの女…」
彼女は見事に浮気をして、元彼女になり。
元彼女はあろうことか、俺の学生時代から地道に貯めていた貯金通帳を持ち出し、冷蔵庫とPC(冷蔵庫は兎も角、PCはパスワードが必要だったのと怪しんでいたため、盗難防止用のワイヤーロックを掛けていた)以外の家電製品もすべて持ち出し。
何故か服が入っていたタンス等の家具を一体どうやったのか、見事に破壊して出て行った。
勿論俺の背広やネクタイもブランドでは無いが、比較的【高い品】のみ何着か切り刻まれていて、端切れになって部屋に散乱していた。
安い背広は無事だったのが、何だかこう…色々と頭が痛い。
そうして、何故か、彼女の『身内』と言う男を一人部屋の中央に置いて。
「意味わからん」
「ですよね」
「どういうことやねん」
「ですよね」
「エセ関西弁出ちゃうぐらい腹が立つのだけど」
「ですよね」
「で?」
「で?」
「お前は何時まで破壊尽くされた部屋の中央で土下座しているんだ」
「許して貰えるまでです」
いや、意味わからんし。
許すわけ無いし。
大変申し訳ありませんでしたって言われても、な。
「因みに此処、オートロックだけど」
ああ、面倒臭い。
明日か明後日には何とか部屋の鍵を交換しないと。
あの女のことだ。鍵を変えずにいると、後から窃盗とか諸々やらかしに来ると言うケチが付きそうだ。
と言うか、目の前の土下座している男が彼女に渡した鍵を持っていそうだよな。
いっそ思い切って引っ越してしまおうか…。
「あの」
「ん?」
「すいません、あの、今迄この部屋の掃除や洗濯に料理等の家事は全部、僕がしていまして…」
「やっぱり」
「え」
「君には悪いけど元カノが毎日きっちり埃も残さず掃除するような性格とは思えないし、料理の腕だって普段の包丁さばきを見ていたら違うだろうって思っていた。あいつキャベツの千切りなんて出来ないし。それなのにトンカツには綺麗な千切りが出るしこれは怪しい、絶対違うなって。更には洗濯だって色物全部一緒くたにするような女だ。それなのに俺と生活するようになって一気に改善。変だと思っていたんだよな…」
「ですよね…」
土下座している名も知らぬ男を見詰めつつ、
「悪いが警察を呼ぶぞ」
「あ、はい。すいませんでした」
「ところで、君は」
「はい」
「今現在不法侵入をしている君は、器物破壊をした元カノ、三年以下の懲役、または三十万円以下の罰金等の犯罪者の身内ってことだよね?」
「え…」
犯罪者、と小さく呟く声が聞こえる。
「朝俺が仕事に出る前は、こんな無残な状態の部屋では無かったし」
「無残…」
「そ。しかもお宅のお姉さん、どうやら俺の貯金とか色々持ち出しているみたいなんだよね」
スマホを取り出し銀行に連絡をし、早々に窓口に来て再発行して貰えば預金通帳だけでは盗まれることはまず無いと言われて安堵する。判子盗まれなくて良かった…。暗証番号も元カノには教えていないし、取り敢えずは大丈夫だろう。
アイツ頭悪いし。
次に警察に連絡。
その間可愛そうだなと思いながらも『身内』と自称した彼、未だに土下座状態の彼の方を見詰め、
「君は何時までそうしているの?」
「あ、の」
「ん?」
「あの、そ、の…」
彼の視線がチラリと玄関を向き、それから下を向く。
…すっげー嫌な予感…
「もしかして」
「はい」
「あのクソ女」
「はい」
「君が身内って言っているのは、まさか」
「…はい。僕、貴方と同棲していた『母』の正真正銘の血の繋がった実の『息子』です…」
あんの、女狐浮気女!!!
年齢まで嘘をついていたのかーい!
※
「つまり、君は犯行に及んだ女性が学生の時に産んだ子だって言うんだね?」
「はい」
「この惨状ってことは君の母親は彼に対して恨みがあると言うことかね?」
「いえ、母の性格から言って、自分より高い給料を貰っている彼に対し、やっかみと憂さ晴らしを兼ねてしでかしたのでしょうね」
「うわぁ…」
えー今現在警察が来ていて事情徴収を受けている最中です。
俺の部屋は証拠という事で只今お巡りさんが「申し訳無いけど、暫く我慢してね」と、憐憫を含んだ眼差しで俺を見詰めつつ、バシャバシャと元俺の背広であり現在大雑把に刻まれ、端切れへと変化を遂げた品が散乱している現場を写真に収めるため撮影に勤しんでいる。
その間別のお巡りさんは先程の男とお話中。上記の会話をし、元彼女の話を聞いてドン引き中。
俺も聞こえて来た会話にドン引き。
元彼女、ほんっと猫被っていたんだなぁ…。
そうして彼、土下座を続けていたからイマイチ良くわからなかったのだけど、彼は俺の身長よりも高かった。
しかも、結構なイケメン。
ただ幼い感じがするなぁと思ったら、彼は現在現役の男子高校生。
いや、学費どうした。
そうして住まいは。
等と思っていたら普段はアルバイトをして学費を支払っており、住まいは元彼女が此処で食費代わりに家事をやらせ、普段は俺の家の天井裏に無断で小さな部屋を作って無理矢理住まわせていた、と。
此処、賃貸……。
修繕費嵩みそう。
しかもその部屋は俺の了解を得ていると嘘をついて。
…勿論俺は初めて聞きました。
俺の職場、最近忙しくて帰宅時間が遅くなって居たので家に寝に帰るだけになりつつあった。
もしかして繁盛時を知っていて、狙っていたのかな…。
はぁ…。
光熱費とか諸々やけに掛かるなって思っていたし、時折天井からガサゴソ物音がするので不気味に思っていた。
ネズミかな?と思っていたが、天井から音がするとその度にビクビクしていた元カノ。
話もそらされるし、いい加減元カノから話を聞こうかと思っていたらまさかのトンズラ。しかも家の中は破壊&強盗被害。
更には息子を置いていくと言う状況。
それ以前に、俺は天井裏に人間を住まわせる人だと思わされていたってワケか。
ちゃんと理由を伝えてくれたら……。
どうだろう。
無理だな、うん、無理。天井に人を住まわすような人では無いです。
息子が居たって居るのはまあ、ちゃんと話してくれたら考える位はしそうだけど。それが隠されていたって言うのだから、何だかなぁ。オマケに俺が浮気相手で、本命は別に居ると言うのは、この置いていかれた息子くんの言葉から聞いてからりショックを受けたし。
つまり俺、住居兼生活費の男だと思われていたって言うことだろうな。
「僕、この先どうしたら…」
それは俺が言いたい台詞です。
そして、この男子高校生。
徐々に母(俺にとっては元カノ)に言い聞かされている事が違うのでは?と違和感を感じており、問いただそうとしたらまさかの母の失踪&置き去り。
お巡りさんの同情と言う物凄い視線をうけ、思わず「俺もどうしたら…」と言う言葉しか出なかった。
取り敢えず被害届けは出した。
そうして元カノの本来の年齢を息子くんから聞いて、お巡りさん達と共に驚いた。
女って怖い。
化粧って怖い。
40代って怖い。
年上だとは思ったけども、30代位だと思っていたよ。
美魔女か。女って言うのは恐ろしい。
どれだけ若作りしていたのだ、元カノ…。
※
「阿久津さーん、朝ですよ、ご飯ですよ、起きてくださーい!」
ゆさゆさと揺らされる身体に面倒いと思いつつも目を開く。
「ほら、起きないと」
ベッドで寝ていた俺に掛け布団の上から軽くポンポンと叩かれ、叩いた相手に視線を向ける。
「お早う御座います。そろそろ起きないとご飯冷めちゃいますよ?」
今日は阿久津さんの好きなシャケと豆腐とワカメの味噌汁です。海藻サラダもありますよ。
等と言われて起きないわけにはいかない。
焼き鮭好き、あと豆腐とワカメの味噌汁も。
出来たら胡瓜の浅漬けがあると嬉しいな~と声に出すと、ありますよってニッコリと微笑まれる。
「阿久津さん、胡瓜好きですもん。当然用意しています」
「おお、サンキュー」
寝間着のままモソモソとベッドから抜け出して、靴下を履く。
俺、困ったことに冷え性だから。
朝は早々から靴下を履かないと、足の爪先から動けなくて死ねる。
ベッドの上で靴下を履いていると、男子高校生…湯川久仁彦が俺の髪になんかのスプレーをしてからブラシを丁寧に掛けてくれる。
なんだろうかこれと言ってみたら、「洗い流さないヘアトリートメントです」だって。朝から王侯貴族な気分。
「御飯食べる前に顔洗って下さいね?そうそう、歯ブラシは食べた後に。その後着替えて下さい。阿久津さんは御飯食べる前に着替えるのは禁止です」
「うへい」
「返事はうへいでは無く、はいでしょう?」
「う、あ~…はい」
「宜しい」
二カッと笑う久仁彦(くにひこ)。
訂正、王侯貴族では無く世話焼きのおかんだった。
ま、飯が旨いから良いけどな。
エプロン姿の男子高校生を背中に連れ立って食卓に座る。
相変わらず美味そうな食卓だ。いや、美味そうではなくとてつもなく旨いのだけど。
いただきますと作ってくれた久仁彦と、食材や農家さん達に感謝をしつつ、ちらりと久仁彦を見ると同じ様にいただきますと言ってから箸に手を伸ばす。
平和だなーなんて思わず呟くと、向かいに座った久仁彦も同じく平和ですねって呟く。
ついこの間阿久津の母親が警察に自白しに行ったこと等、まるで無かったかのようだ。
そうしてこの母親以外に身寄りの無い湯川久仁彦君は、正式に俺が引き取ることにした。養子とかではなく、あくまでも面倒を見ると言う感じで。
この件に関しては住まいと食事の提供をする代わりに、掃除・洗濯・料理をすると言うアルバイトと言う形にした。今後のことを考え、久仁彦君もどうしても高校を辞めたくないらしいが孤児院へ入るには年齢的にギリギリだろうし(年齢的には18まで。延長して20まで良いらしい)、それならば家を寮みたいに考えて貰ってアルバイトとして雇ってしまえば良いかという事にした。
彼の場合元々アルバイトをしていたので今迄通りに継続をして貰い、もしきつかったら減らしていく方向でと言ったら、久仁彦君はこのままアルバイトを続けたいとハッキリと言って来た。
そうして出来たら大学に行きたい、なりたい職業があるとのこと。
ならばやっぱり養子をー…と言ったら断られた。
あんな母親でも縁を保ちたいのかも知れない。
俺なら速攻縁切るけど、それは久仁彦君に強制は出来ないししたくない。
「そう言えば今日は遅いのですか?」
「いんや、まっすぐ帰宅予定。変更になったらメールする」
「相変わらずLINEでは無いのですね」
「苦手なんだよ、そういうの」
「阿久津さんまだ若いのに」
「もう若くないでちゅ~」
「…キスしますよ?」
「あ、朝からパス」
「します」
「ちょ!」
俺の右手ある箸を久仁彦が抑え、そのまま俺の唇にムチュっと音が鳴る程のキスをされる。
ひぇぇと慌てて仰け反ると、
「そう言えば阿久津さん、次のヒート何時ですか?」
「え、あ~…週末か来週位かな」
「じゃ、僕学校に休校届出しておきます」
「は?」
「気が付いていませんでした?僕等『運命の番』ですよ」
「え、は?」
「因みに僕、こう見えてαです。成長期が遅いみたいで今はまだ阿久津さんよりも身長低いですけど」
※
阿久津 帆貴(あくつ ほだか)
元カノにヤラしてやられたか~と思っていたけど、とんでもない状態に陥りながらも身寄りがない、飯が旨い久仁彦を預かることに。因みに再発行した為に通帳の中身は無事。盗まれた家電等はまぁ仕方ないと開き直って全部買い換えた。
湯川 久仁彦(ゆかわ くにひこ)
阿久津の元カノの実の息子。高校生。
いい加減な母親とは違い、掃除洗濯料理と完璧な人。
アルバイトで高校の授業料を支払っている。大恩人である阿久津に尽くすべく、家事の腕を更に上げている。
湯川 (元カノ)
30代にしか見えない40代の美魔女。
本命は別に居る。浮気相手である阿久津の貯金通帳やらなにやら盗み、この度犯罪者になりました。
速攻でお手々にお縄になり、初犯では無いために投獄されております。南無三。
生嶋
元カノの本命相手。
50代の某会社の社長。元カノの挙動が変だった為に問い詰めた所、白状した為に警察に連れて行った。現在は関係を解消し、阿久津に申し訳無いと謝罪と慰謝料を包んで渡してくれた。
湯川 久仁彦のパパ
???
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。