第一章【第一話】「歌でも一つ歌いたいようないい気分」

 午後五時二十二分香龍町発の鈍行列車に、少年は乗り込む。暦の上では冬もいよいよ盛りだと言うのに、おもむろに鞄から小説と団扇を取り出すと、暫くの間残暑に耐え抜いた我が身を労うように、扉の少し横で風を奏でる。そして、今度は車窓近くの壁に体を預け、栞の挟まれたページを開いた。その本のタイトルは、……いや、ここでは言うまい。こんな本を読んでいる読者の傷口を、岩塩でもって抉る程度の痛みは十分に備えていたのだから。

 何かに気付いた少年は顔を上げ、羞恥に顔を染めたかと思うと、取り繕うようにスマートフォンを取り出す。

 少年は後悔した。

「やば、この本カバーしてなかったぁ…」

    ◇◆◇◆◇

 ライトノベル―――小説の一種であり、若者を主な対象とするため、より刺激的な内容を要求される読み物。少年が取り出した本は、その中でも特に刺激的な内容を含むものであった。なんと、表紙絵のヒロインがその肌のほとんどを露出している、いと尊き本だったのだ。よってオブラート(カバー)がないそれは、目の薬にはなっても、口には苦い。

 まあ、模範的紳士の皆様はもうお分かりかもしれないが、この少年も思春期男子の例に漏れず、カバーがあったとしてもなぜか挙動不審に陥るのだ。そして、「うわーなんかキョドっちゃった。やばいやつとか思われてないかなあ……」などと独り羞恥に悶える。そして、メンタルが回復してくるタイミングで同じようなことが起こって……をループする。そのループ性能たるや、そのうち、救おうとしていた魔法少女が世界の理の一部にでもなってしまう勢い。もう本当に、そういう感じのラノベに覗き込み防止機能が備わるんだったら、課金も惜しくない(作者談)。それが、「ライトノベル」である(大嘘)。―――

    ◇◆◇◆◇

 そんなこんながありつつも、何不自由なく生きて、笑って、食べて、寝て、そんな面白みのない「紛い物」が少年は、大嫌いだった。

――◯――

何が書きたくて小説家やってんだ?

―――――美女。

ヒロインは誰だ?

―――――美少女

だーい好きなのは?

―――――ようじょ

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