第123話 良い思い出に




「みっちゃんの席はここだよ~」


 そう言って由布が道夏を促すのは、ローテーブルとベッドの間の席。少々狭いだろうが、テーブルを囲もうとするとどうしてもこうなってしまうのだ。許してほしい。


 そして、道夏から見て左前の席には黒川、正面には由布、右前には蓮が座った。


 ちなみに俺は、道夏の右隣である。


 俺の部屋のローテーブルが長方形の形をしているとはいえ、リビングのテーブルと比べると小さい。つまり狭い。


 主役が一番窮屈な思いをするとは何事か――なんてことをやんわりみんなに伝えてみたけれど、『そうしたほうが道夏ちゃん喜ぶよ?』という黒川の意見を尊重し、従った。


「お祝いしてくれるとは聞いてたけど――こんなの聞いてないわよ!?」


「なんかノリで」


「ノリで!? やりすぎじゃない!?」


 うん。俺もちょっとやりすぎたかなぁとは思う。


 だけど楽しそうにどんどん折り紙を折っている黒川や由布がいる前で、何もしないというのも気が引けてしまった。結果、みんなでやり過ぎてしまった。


「まぁまぁ、楽しいからいいじゃん! ほら、あそこの金ぴか私が作ったんだよ!」


「て、手作りなんだ――買ってきたのかと思ったわ……」


 テーブルの前に腰を下ろし、会話をしながらも道夏の視線は部屋の壁面に注がれている。過剰なほどに装飾しちゃったからなぁ。


『HAPPY BIRTHDAY』なんて書かれたプレート系の飾りは、また他の人の時にも使えるからとっておこうと思う。風船とか輪飾りはさすがに処分するだろうけど。


「えへへ~、道夏ちゃんびっくりした? 私も頑張ったんだよ!」


 呆然としている道夏を斜め下から見上げるようにして、黒川が言う。いたずらっ子のような楽しそうな表情だ。


「びっくりするわよ……あ、あのペンギンは陽菜乃が作ってくれたんでしょ?」


「あははっ、さすが道夏ちゃんだ! よくわかったね!」


「中学の時に陽菜乃が作っていたの見たことあるもの」


 じゃあ他はどう思う――そんなことを黒川が道夏に聞いているなか、由布が立ち上がる。


「じゃあ私たちはケーキとか準備してくるね~。いくぞぉ蓮!」


「いつにも増してテンション高いねぇ」


「そりゃそうだよ! 心の底から楽しんでるもん!」


 よっこいせ――とでも言いそうなしぐさで立ち上がった蓮が、俺に「二人で十分だよ」と声を掛けてから部屋の外に出る。まぁ冷蔵庫から飲み物とケーキを持ってくるだけだしな。


 食器類はあらかじめ取りやすい場所にまとめてあるし、問題はないだろう。


「あ、あの、私もお金出すわよ? 手間賃も上乗せして――」


「誕生日パーティで主役が金を払うことはないだろ、大人しくしとけって」


「そうそう、道夏ちゃんは今日そこから動いてはいけません! 今日一日はお姫様だからね! ――あ、でも王子様と恋人になったんだから、ずっとお姫様なのかな?」


「ずっと動けない――トイレも禁止か、随分とハードだな」


「――っ! あ、あんたねぇ、そういうデリカシーがないこと言わないの! 陽菜乃もおかしなこと言わないっ!」


 頭から湯気を出すようにして注意をする道夏――その様子を見た俺と黒川は、顔を見合わせて笑った。その動きもぴったり一致していたので、さらに笑った。


 あぁ、楽しいなぁ……みんなも俺と同じように、楽しく思ってくれていたらなお良し。


 もぉ~、とため息交じりに言った道夏が、「ありがとね」と壁面に視線を映しながら言う。


「こんな風にお祝いしてもらったことないから、すごく嬉しい。びっくりしたけど、絶対ずっと記憶に残る誕生日だと思う」


「道夏ちゃーん、まだ私たちケーキもプレゼントも出してないんだよ!? 感想を言うのが早い! まだ感動のセリフはとっておいて!」


 黒川に指摘され、道夏は「あっ」と声を漏らしてから口に手を当てる。


 彼女の口から感動のセリフが出てくるのかは知らないけど、早いことは確かだな。まだ来たばかりじゃないか。


 道夏の都合や皆の帰宅時間があるからあまり遅くまでは遊べないけれど、時間ぎりぎりまでは楽しむことにしよう。




 そうこうしているうちに、由布と蓮が飲み物とケーキを部屋に運び入れてくれた。


 バースデーソングを歌い、道夏がろうそくの火を吹き消したのち、由布が綺麗に切り分けてくれる。さすが料理慣れしているだけあって、手際が良い。


「じゃあ私と蓮から渡そうか! 私たちは二人でひとつね~」


 そう言いながら、由布は持ってきたバッグの中からラッピングされた小さな箱を取り出す。


 くそ――先を越されてしまった。こういうのは後になるほどハードルが上がってしまうから、できれば最初のほうに渡してしまいたかったんだが……。


 プレゼントを受け取りながら「ありがとう、由布さん、城崎!」と弾むように言った道夏を見ながらそんなことを思っていると、


「んふふ~、もちろん有馬くんはフィナーレだよ! 次私だからね! はいどうぞ道夏ちゃん!」


 黒川に心を読まれてしまった。無念。


 彼女はこの前一緒に買いにいった包みを道夏に手渡している。まぁ、中身が見られる前だったら、あまり順番は気にしなくてもよさそうだな。


「ありがと陽菜乃、大切にするね」


「使う系のものだから、保管したらダメだよ~?」


「なるほど、なにかしら――」


 可愛らしくラッピングされたピンクの袋を持ち上げて、部屋の電気で透かそうとしている道夏。よし、俺もこの流れで渡すことにしよう。タメがあるとよろしくない。


 俺は布団の中に隠しこんでいたプレゼントを取り出して、道夏の眼前に持ってくる。彼女は黒川のプレゼントを透かすのをあきらめて、ちょうどテーブルの上に置いたところだった。


「……ほら」


 なんというへたくそな渡し方なのか。いくらなんでもぶっきらぼうすぎないか? 部屋の飾りつけに夢中になりすぎて、こちらのシミュレーションをするのをすっかり忘れていた。


「あ、ありがと。……いいの?」


「道夏のために買ってきたからな。受け取ってもらわないと逆に困る」


「う、うん。ありがと。大事にするね――ありがと」


 二度お礼をいった道夏は、俺の渡したプレゼントを大事そうに胸に抱える。


 本当に宝物のように扱ってくれているから、なんだかこちらも照れてしまう。はやく他の話題に移って、この空気を変えなければ――。


「あーっ! 有馬くん、道夏ちゃんのこと名前で呼んでる! 仲良し度が上がってる!」


「絶対みっちゃんも『優介』って呼んでるよねぇ~」


 嫌な方向に話題が移ってしまったなぁ……。道夏、本当にすまん。


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