第38話 プリクラ
喫茶店で一時間ほど話をしながらのんびりしたあと、帰る前にプリクラを撮って帰ろうということになった。恥ずかしながら、俺はこれまでの人生でいまだプリクラというものを撮ったことがない。
ゲームセンターで見かけるのはカップルや女子グループ、男子たちだけで撮っているのを見かけたこともあるけれど、俺も蓮も進んで撮ろうとは思わないタイプだ。
自分とは縁のない機会だと思っていたけれど……こんなことになるなら事前にポーズとか予習しておけばよかった。ピースぐらいしかできないぞ俺は。
「あっはっは! 有馬めちゃくちゃ棒立ちじゃんっ!」
「それじゃ集合写真みたいだよ~」
一枚目、熱海たちが俺の前でかがみ、顔にピース状態の指を近づけるような形をとっていたので、俺はその後ろで似たようなポーズをとった。だが、確認画面に映された画像を見て見ると、熱海の言う通り棒立ちだし、黒川さんの言う通り集合写真のようだった。
「慣れてないんだから仕方ないだろ……」
しかも右手はいまだギプスをつけた状態だから、できるポーズも限られている。
そしてこの狭い空間に、学校で一、二を争うんじゃないかと思える美少女たちと一緒にいるのだ。多少この二人に慣れてきたとはいえ、この状況では身体や表情がこわばらないはずがないだろう。
「あ、次あれやってよ有馬! ピエロのやつ!」
熱海が俺の肩をペシペシと叩きつつ、期待を込めたキラキラとした目で俺を見る。
まぁあれなら指で口角を押し上げるだけだから、簡単だけど。別に恥ずかしくもないし。
「なになに? そのピエロとやつって」
「これ――あ、もう撮られるみたいだぞ」
首をかしげる黒川さんに実演して説明していたところ、機械から撮影のカウントダウンの声が聞こえてきた。――が、黒川さんや熱海は、俺の顔を見てケラケラと笑いだす。
「あははっ! 有馬くん、目が全然笑ってないよそれっ」
「もっとほらっ、ふふっ、笑わないとっ」
「これが俺の笑顔だ」
そして、カシャ――という音が響く。
涙目になりながら笑う二人と、さすがにちょっと照れ臭くなっているピエロスマイルの俺。女子二人の休日お出かけの記念品としては、十分すぎる代物ではないだろうか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
プリクラの撮影が終わってから、お絵かきタイムに移る。
そういう流れなのはわかっていたけれど、俺には何を書けばいいのかもわからないし、操作方法もよくわからない。
そもそもお絵かきをするスペースは二人ぐらいしか入りそうになかったので、俺は大人しく撤退することにした。
プリクラ近くにあるベンチに腰掛けて、ゆっくりと息を吐く。
チラっとプリクラ機がある場所に目を向けてみると、二人の足が椅子の上でプラプラと揺れていて、なんだかあの部分を見るだけでも楽しいそうだなと思えた。
「ほんと、なんでここまでしてくれるんだろうな」
熱海といい、黒川さんといい。
熱海は、親友を救った俺がケガをしてしまっていることに罪悪感を覚えているらしいし、それに加えて俺が昔人助けをしてその見返りがなかったことを気にかけてくれている。
黒川さんは熱海が強引に引き寄せた俺という存在を全く否定せず、すんなりと受け入れて仲良くしてくれている。もし熱海が引き寄せた人が俺ではなかったとしたら、彼女はいまの俺のように一緒に休日に出かけたりしていたのだろうか。
好みや趣味が一緒ということで、少しは親近感があったりするのかもしれないな。
「運命……か」
俺が信じずに、熱海が知っているという、曖昧な言葉。
偶然に見える必然を、彼女はその言葉で表しているのだろうか。
ひとつひとつの出来事の連なりが、今という現実を引き寄せている――そう考えれば、きっかけを運命と呼びたくはないが、未来には運命という言葉を使うのも悪くないかもしれない。
「父さんの死がきっかけで、俺と熱海たちが出会うのが運命――とかな」
もし父さんが生きていたら、俺は蓮たちと友達になっていなかったかもしれないし、階段から落ちる黒川さんを救うこともなかったかもしれないし、熱海と会話をすることもなかったかもしれない。
ただただいじめられて育ち、暗い人間になっていたかもしれない。
「天国に行ってまで俺を救うつもりかよ、父さん」
そうつぶやき、クスリと笑う。
だとしたら少々過保護だけど、やっぱり良い親だよなぁ。
物思いにふけるのをやめて、視覚に意識を向けると、どうやら熱海たちがプリクラへの落書きを終えたらしく、数メートル先で二人ならんでこちらを見ていた。周りの音はうるさいから、俺の独り言は聞こえていないはずだが。
二人はなぜか顔を赤くして、ぽかんと口を開けていた。
「な、なに今の素敵笑顔……? どうしたの?」
「ど、どう言えばいいんだろうね? なんかこう、これ、ドキドキって感覚なのかな?」
熱海は口をあわあわと動かし、黒川さんは胸に手を当てて俺を見ている。
「えぇ? あぁ、ちょっと笑ってたかも。というか、そんなこと言われると恥ずかしんですが」
ポリポリと頬を掻きながら言うと、熱海がこちらに近づいてきてガシッと俺の肩を両手でつかむ。
「その顔で、もう一回プリクラ撮るわよっ! 行くわよ有馬っ!」
「う、うん! そ、その……私も欲しいかもっ」
そう言われましても、俺は直前までどんな風に笑っていたとかまったく記憶にないぞ。
二人には「無理」と断言したのだが、聞く耳は持たれず、結局もう一度プリクラを撮る羽目になってしまった。
わかっていたことだが、俺は二回目の撮影もピエロスマイルしかできなかった。
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