第31話 あくまで実験台




 学校を終えて、いつも通り五人で電車に乗って帰る。

 駅を降りてからは蓮たちと別れて、熱海と二人だけになった。

 五人でいるときはそれはそれで楽しいのだけど、なんだかこの二人になった瞬間から空気が少し変わる感じがしている。見知らぬ土地から、地元の見慣れた土地に帰ってきた時の気分と似ているだろうか――気が休まる感じがするのだ。


「今日スーパーは?」


「特に用事はないわよ? 有馬は?」


「俺もなし。今日は作り置きしてくれてるから」


 俺が少し自分を取り繕ってしまうのは、おそらく黒川さんが影響しているのだろう。彼女は俺にとって手の届かないような存在で、アイドル的な位置にいる女の子だ。見た目だけでなく、性格的にも、周囲の反応的にも。

 だから、たぶんかっこ悪いところを見られたくないとか、気持ち悪いとか嫌な奴だとか思われたくないのだと思う。これが恋なのかと聞かれても、俺には分からない。

 まだ恋をしたことが無い俺には、何が正解なのかわからないのだ。



「今日さ、有馬がモテそうだって陽菜乃が言っていたでしょ?」


 当たり前のように我が家にやってきて、当たり前のように洗濯物と食器を片付けてくれた熱海が、当たり前のように我が家でご飯を食べて、当たり前のようにくつろいでいる。

 俺もこの光景に違和感を覚えなくなってきているあたり、かなり毒されているよなぁ。

 熱海は黒川さんとはまた別のタイプとはいえ、美少女ということには間違いないのだから、俺もふとした瞬間にドキッとしてしまう。本人には絶対言わないが。


「似たようなことは言ってたな」


 ソファに並んで座って、バラエティ番組を見ながら会話する。

 テレビに映る芸人が一発ギャグをキメて、会場を大層しらけさせていた。


「実際、どうだったの? 告白とか――その、彼女がいたこととか」


「ない」


「それは、どっちが?」


「……両方だよ」


 しぶしぶそう回答すると、彼女はなぜか嬉しそうに「そうなんだ」と話す。グニグニとソファーを手で押して、その場で弾んだりもしていた。俺の不幸がなぜ嬉しいのか。人の不幸は蜜の味ってやつですかね。


 ちなみに熱海に同じことを聞いてみると、彼女は告白の回数を正確に覚えていないらしい。入学してから半年で告白ラッシュは落ち着いたが、その期間だけでも三十は超えていると言っていた。同学年だけでなく、先輩たちからも告白されていたらしい。


「こっちからは一回もないけどね。もちろん、付き合ったこともないわよ」


 つまり彼女に告白した人イコール振られた人の数ということか。俺もゼロだからイコールで結べるな――という自虐的な考えが脳裏に浮かぶ。


「熱海はずっと王子様にご執心だからなぁ。朝起きてから寝るまでずっと王子様のことばかり考えてそうだ」


 すべての行動に王子様が絡んでいそうな気がしてならない。

 彼女が泥パックを使ったりして可愛くあろうとするのも王子様のためだろうし、弁当を作るのも王子様のため。勉強を頑張ったりしているのも、王子様のためなのだろう。


「そ、そこまで考えてないわよ! せ、せいぜい九割ぐらいだもん!」


「熱海の中では少なく言ったつもりかもしれないけど、それでも十分すぎるぐらい多いからな? どんだけ王子様のことが好きなんだよ」


 俺がそう言うと、彼女はカーっと顔を赤くして、なぜか俺の肩を無言でべしべしと叩き始める。俺は極めて一般的なことを言ったと思うんだが。


「あたしのことはいいの! あんたがモテるための作戦会議でしょ!」


「いつの間に作戦会議が始まっていたんだ」


「さっきよ!」


「ふわっとしてんなぁ」


 俺のツッコみをスルーして、熱海は俺の胸を人差し指で突き刺しながら口を開く。


「バレンタインとかも貰ったことないの?」


 モテるための作戦会議はいったいどこに行ってしまったんだ。


「……母さんと由布に貰ったぐらいだよ」


「由布さんからは本命? 義理?」


「義理に決まってるだろ。俺が貰った時はすでに蓮と付き合ってたから」


「なるほどね」


 そんな軽い相槌を打った熱海は、先ほどと同じようにソファの上で嬉しそうに身体を弾ませる。だから人の不幸を喜ぶんじゃない。モテマウントでも取ってるつもりだろうか。


「あ、来年のバレンタインはあたしが作ってあげるわよ。あたしは女友達にしか渡したことないから、男子では有馬が一番ね!」


 なんでもないことのように、熱海はそんなことを言ってきた。

 そりゃ貰えるのは嬉しいんだけど……こいつはそれでいいのだろうか?

 てっきり熱海のことだから、最初の一つは運命の人に渡したいとか言うのだと思ったんだけど。

 俺の訝しむような視線に気づいたのか、熱海は「いいのいいの」と答える。


「弁当の時も言ったでしょ? 有馬は実験台みたいなものよ。だからあんたも女子から貰ったとか思わずに、ただ味だけ評価してくれたらいいから」


「熱海がそれでいいって言うなら、俺としてはありがたいけど……え? これって一個にカウントしたらダメなやつ?」


「有馬の好きにしたらいいんじゃないの」


 ではありがたくさせてカウントさせて貰うことにしよう。

 由布は蓮のついでにくれるだろうし、母さんも毎年のことだからどこかでチョコを買って来てくれるはず。それに加えて、次回のバレンタインは熱海からの物もプラスだ。

 まだ四月だというのに、二月が待ち遠しくなってしまったな。



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