第26話「交渉決裂」


 ジュリアスと船長とでこれから行われる話し合いは交渉というよりも説得に近い。

 こちらの言い分を上手く通せれば穏便に解決する可能性はあるが、さもなくば先に言われたように盗人か、密航者か。


 そのように判定されて捕まるか、多勢に無勢の乱闘になるだろう。


 ……これまでの様子を見た限り、この船での命運は船長キャプテンの一存で決まるようだ。

 丸め込む対象が限定的なのはいいが、どうみても難物なんぶつなので説得は楽ではない。


 言葉は十分に選ばなければならなかった……船長の気分を害し、神経を逆撫さかなでするなどもってのほかだ。あっという間に交渉は頓挫とんざし、決裂するだろう。


 はからずも現代の魔術師に要求される円転滑脱えんてんかつだつたる話術の技量が、今のジュリアスに試されようとしていた──


*


 紙巻きの煙草をくわえたまま、船長はジュリアスと対峙たいじしている。

 ジュリアスは憂鬱ゆううつな気分を一息で吐き出し、頭を切り替えて交渉にのぞんだ。


「……それじゃあ、聞いてくれ。これから話すことはアンタたちのこれからに関わる重要なことだ。一つ間違えば、アンタたちは首をる羽目になっちまうからな」


 まずは即座に会話を打ち切られないように──また、対象以外の者の興味も少しは引くように意識しながらジュリアスは話を切り出した。


「いいかい。首を吊るって物騒な表現は何も比喩ひゆじゃない、本当の話だ。アンタらは犯罪に巻き込まれている」


 まず、ジュリアスは不安をあおるような物言いで船長と水夫らの耳目じもくを集める。

 怒声どせい野次やじか、いずれにしても聞こえてくる声は動揺というより、懐疑的かいぎてきなものがほとんどだった。


(……聞く耳はあるようだな)


 意外に冷静なのか、それとも船長の存在が重しとなって軽率に動けないのか?

 ともあれ、取り巻きが初手から暴力に訴えてこないのはジュリアスにとっては実に有り難い。


「この船に積み込まれた貨物の中に違法な物がある。要は知らず知らずのうちに悪事の片棒を担いでしまっているんだな。俺がこの船に侵入したのはその事実を確かめる為で、実際にそれはあった。後ろの部屋にあった生き物たちがそうさ。アンタ達には好事家こうずか愛玩動物ペットにしか見えないだろうが……」


「……違うのか?」


「詳しくは教えられないがね。違うと強く言っておこう」


 船長の問いに対して如何いかにもふくみのある──ジュリアスは肯定した。


 男の瞳は虚無きょむてきだが、それ故に話の裏よりもこちらの腹の底を探っていそうな……そんな得も言われぬ不気味さをジュリアスは感じていた。


 相手はここまで一貫して表情や態度を崩していない。話に興味どころか、反応すらなかった。それが簡潔な問いかけとはいえ、話に乗ってきたのだ。ここは好機と思うしかない。


「──ところで、アンタたちは魔法には詳しいのか? 魔法に詳しい人物はこの船に乗っているか?」


「いいや……? 少しは知ってるヤツもいるが、専門はいねぇな……」


(……会話になってきたな)


 そのようなことを思いながらもジュリアスは船長の返答に対して短く、「ほう」と呟いて一拍置いた。


 ──


 この場は船長のみならず水夫にも、自分が魔術師であると早急に印象付けなければならなかった。ただの不法侵入者と神出鬼没の魔術師では自然、言葉の重みも違ってくるからだ。


「そうかい……あそこの扉にかかっている鎖な、あれは魔法道具マジックアイテムだろう? おそらく防犯用の道具だ。同じ材料を使って一対の鎖を作り、もう一方には鳴子なるこのような物をぶら下げて魔術によって連動させるんだ。これで鎖が動く度に鳴子が鳴る、そっくりそのままってはずじゃないが当たらずとも遠からずってところだろう」


 すると、船長は吸っていた煙草を足元に落として火を靴で揉み消した。

 そして、一言──


「……詳しいな」

「──合ってるかい?」

「大体はな……」


「そうかい。それはよかった」


 ジュリアスは涼し気な顔で答える。

 防犯道具というところまでは分かったが、仕組みについては当てずっぽうだ。


 ……とはいえ、知識のとぼしい人間でも扱える代物しろものなら予測を大きく外してはいないだろうし、外れていたなら高度な魔法道具マジックアイテムを使用している、となる。それならそれで次の会話の糸口になったはずだ。


「あの魔法道具は借り物かい? 有り物かい?」

「それがどうした……何の関係がある……?」


「大有りさ。あの倉庫に鍵までつけて守りたかったもの……或いはそこまで用心して守りたいものがあった。そいつは一見するとただの美術品だが、実は秘密がある」


「秘密……?」


「そう。それを話せば下手すりゃ共犯者になるから明かせないが、ね」

「……話にならんな」


「いや、これは繊細デリケートな問題だ──悪く思わんでくれよ? 繰り返しになるが具体的に明かさないことにも意味がある。俺は、君らの側に立って話しているんだ。知らずに済むなら、それに越したことはない」


 ジュリアスとしては焦らず、粘り強く説得を試みるつもりだ。だが──


「……その方が都合がいいのか」

「その通り。中途半端に知ってしまうと、その矛盾をつかれて不利になるだろうね」


「──おい」


 その声はジュリアスではなく、近くの水夫に呼び掛けたものだ。

 船長は返事も待たず、水夫に命令する。


角灯ランタン持って来い」


 短い返事をして水夫が走り出し、壁に掛かっていた角灯ランタンを指示通り持ってきた。

 水夫は船長のかたわらに立ち、緊張した様子でなかば硬直している。


「……気に入らねぇな」


 再び煙草箱シガレットケース外套コートのポケットから取り出しながら──その中から煙草を一本手に取りながら、不機嫌そうに船長は呟いた。


「……というと?」


「お前のぐさが気に入らねぇ。話を進めていやがる」

「そんなつもりは──」


?」


 角灯ランタンの明かりから紙巻き煙草に火を点ける。

 先端から煙が出ると船長は煙草を口にくわえた。


 煙草の先端が鮮やかに赤く光り、息を吐きながら煙も吐き出す。


「長く生きてりゃ商売柄、そういう手合いはよく見かける。魂胆こんたんは二つに一つだ……くるまぎれの命乞いのちごいか、したり顔で罠にめようって連中だ」


 当初は生気がなく不気味な印象しかなかったが、今や男の目は油断なくギラギラと輝いていた。比喩として適切でないが、これまでは眠っていたかのようだ。そして、現在は覚醒している。


 ──おそらく、これが彼本来の性格なのだろう。


(さて、どうするか……)


 ……ジュリアスは難しい選択を迫られた。

 わらすがる気持ちで対話を継続するか、それとも対話を諦めて脅しをかける強硬策に出るか。


 しかし、そのどちらも彼の心を動かすには至らないだろう……ジュリアスは嘆息たんそくをついた。


(となれば……開き直るしかない、か……)


 ジュリアスは腹をくくった。慣れない役回りもこれで仕舞いだ。


「……今、この町にはギアリングの兵隊も駐留していることは知っているよな?」


 その話題に及んだ時、船長の煙草を吸う手が止まった。

 好奇心か、それとも猜疑心さいぎしんによるものか……いずれにせよ、聞き捨てならない話であった。


「何を知っている?」

「流石。耳聡みみざといな」


「雇われか密偵か、そんなのはどっちだっていい……回りくどいのはだ。本題を言え。目的はなんだ?」


 ……しかし、船長に凄まれてもジュリアスは慌てず、動じず、このおよんでまだ勿体もったいぶり──たっぷりといた後、言った。


「……俺は、人を捜している」


「人を……? 話が食い違うな。お前が追っていたのは確か──動物と、人間じゃ、話が違う」


「よく覚えているな、その通りだ。だが、俺も方便のつもりはない。……俺は、人を捜している。ギアリングの目的も、おそらくは同じだ……?」


 ──今度は船長が考え込む番だった。

 長考し、くわえた煙草の灰が自然に落ちても、なかなか答えを出せずにいた。


 やがて──


「……?」


 それが、船長の出した答え──いや、提案だった。

 最初で最後の、自身が譲歩じょうほした取り引きだったろう。


 だが、話を持ちかけられたジュリアスも意図を計る為に逡巡しゅんじゅんし、即答出来ない。

 そのわずかなを尻込みしたと見做みなすや、船長は一方的に宣言した。


「──ご破算だな」

「!? ……待て!」


「うるせぇな。儲け話でもねぇなら、もう黙ってろよ……」


「待て!」


 こうなれば、ジュリアスのことなど眼中になかった。

 集まっていた水夫の尻を蹴飛ばすように出港の命令を通達すると自身もきびすを返して甲板に上がろうとする。


 ……最初から、ジュリアスは交渉の方向性を間違えていたのだ。

 表には表の、裏には裏のやり方がある。正しさを訴えるだけでは裏側の人間を説得出来るはずもない。


 これは後ろ暗い世界に生きる者達の基本的な理念と言っていい。


 ──金が全てではないと知りつつも結局のところ、現実は金が全てということだ。

 突き付けられた結論は実に単純シンプルなものだった。


「待て! 最後にひとつ聞かせろ! アンタは船長として、この船に運び込まれた物の正体を正しく把握しているのか? あの部屋の動物に関しても、そこの倉庫の石像に関しても──……、だ……!」


「……それがどうした」


?」


「だから、それがどうした……?」


 それ以上の問答は不要だった。船長は甲板に向かい、ジュリアスも引き留めない。

 元々、説得を諦めて言質げんちを取る方向へ方針転換したのだ。そうして、目論見もくろみどおりに彼から内情を引き出せたからにはこれ以上の会話は意味がない。


 ──かくして、交渉は決裂した。




*****


<続く>


※「魔法道具(魔法の鎖)について」


「(ジュリアスは鳴子と言ってましたが実際には鈴のつもりです。同じ金属を使って術式込めて、のくだりは合っているはず。鈴の中にある玉が鎖と連動していて念動の術式が付与されている為、動き回って音が鳴るという仕組みですね。それを内包する

金属部には生物から魔力を充填する術式を。大きさは拳大かなぁ。ちなみに鎖と鈴は距離が離れすぎるとリンクが切れます。作中では鈴は船長室にありました)」

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