第16話「未熟者」
ジュリアスは「近日中に不審者が現れるが、敵ではない可能性があるとだけ現場の人間に伝えて欲しい」とティコに伝言を頼んだ。このような注意喚起は
ジュリアスの剣幕に根負けし、ティコは不承不承、承諾した……
「しかし、確信めいてジュリアス師は
「……犯人も被害者も見逃したからさ」
「見逃した? それだけで?」
「いや、それだけで十分だろう。被害者がマール一人ならば、王都に出没した段階で
だから、あの時──彼女を発見したにも関わらず、ジュリアスは保護よりも敢えて見逃すという選択をとったのだ。
……それは、彼にとって
石化魔法を使える魔法使いというのは高度な人材であり、雇うにしても仲間にいるとしてもそれは盗賊めいた集団では到底、
つまり、あの時点で末端と仲介と上層部があるような大きな組織ではないか?
──と、ジュリアスは直感したのだ。
「これは想像以上にでかい事件なのかもしれない。後々に考えれば、動員する人員の規模だって妙に多いしな。最初は捜索にかこつけた軍事演習だろうと、頭のいい人間に上手いことはぐらかされていた訳だが……それ以前にユニオン連邦とノーライトも一枚
軍事演習……「狐狩り」など特定の単語を巧みに周囲の会話に混ぜられることで、ジュリアスはそのように
「初動はとにかく南を封鎖する。次に、準備の整っていない東も重点的に
──ジュリアスは続ける。
「おそらく兵の再編時、手薄にする東の騎馬隊は王都に行き戻りすると見せかけて、クバール方面に出張させたんだろう? ……これらは事後の状況から推測を列挙しただけだが、当たらずとも遠からずってところじゃないかね?」
そう言って、少し得意げにティコに向かって笑いかけた。
彼女は少し間を置いてから──
「……ジュリアス師なら、いずれ宮廷魔術師になれるのでは?」
そのような、皮肉か本気か分からないような賞賛で彼の問いかけに答える。
そしてその返答を、ジュリアスはただ
「……御冗談を。事後ならなんとでも言える。本物は最中に気付いて決断しなくちゃならないからな、俺のような馬鹿者には全然務まらないさ」
「そうでしょうか……?」
「そうさ」
ジュリアスは即答する。
「ジュリアス師は宮廷魔術師に興味は……なりたいとは思わないんですか?」
「思わないよ。まったくね」
彼女にしては珍しく食い下がってくるが、これも即答で返す。
……彼が冒険者として所属するスフリンクには宮廷魔術師は存在しない。代わりに
そもそも、王都スフリンクの政治は大衆と為政者との距離が近い。会議というより会合、議会というより
(質問の意図は分かるがね……)
大方、そのあたりの野心があるかどうか、探りにでもきたのだろう。
例え小国、採用した前例のない小国でも地位や名声を得られるのならば欲する者は欲するものだ。だが、ジュリアスには権勢欲はなく肩書きもある意味では便利だが、同時に厄介なものとも認識している。
長所と短所を天秤にかけて判断すれば、要職に就くなど有り得ない選択だった。
彼にとってそれは人生の
「……ま、なんであれ、予想が見当外れじゃないのは良かったよ。それじゃ、仕事の邪魔して悪かったな。そろそろお
「そうですか。大してお構いも出来ず──」
「おおっと。忘れるところだった」
「……?」
すると、何かを思い出したようにジュリアスがわざとらしく言った。
「年下の君にこういう申し出をするのは本当に心苦しいのだが……御覧の通りの金欠でね。本当に申し訳ないが、幾らか銀貨を融通してはもらえないだろうか?」
「……はっ?」
ティコにとって、その申し出は本当に予想外だった。
*
ティコとの面会も無事?に終わり、王城からの帰路。
外庭を少し歩けど街中どころか、第一の城門さえまだ遠い。
一仕事した気になっているが、今日のジュリアスにはまだやることが残っていた。
──といっても、取るに足らないおつかいだ。特別、難しいこともない。
「まさか本当に貸し付けてくれるとはなぁ……」
ジュリアスは苦笑する。
そこからの方便こそがジュリアスの用意した本筋だったのだが、当人が
そうして、ティコから銀貨を10枚ほど借りてきた。
その代わりに彼女から失った好感度は計り知れないものがあるだろう。
……通常、大の男が年下の女の子に金の無心など常識的には考えられないことだ。
極大の恥と言っていい。
ジュリアスは財布を突っ込んだポケットではなく反対側に手を入れて、そこに一枚だけ仕込んでおいた銅貨を取り出した。そして、親指で宙に弾き、手のひらで掴むと再びポケットに納める。
──互いの銅貨を一枚交換するか、或いは銅貨一枚をティコに押し貸すか。
その後に「ちょっとした
その他の者には「金を借りた」か、「金を貸した」と言い訳する。いずれにせよ、彼女と今一度面会する為だけの
「彼女の魔術の見識を確かめる機会でもあったな、そういえば……最初に選ぶ選択肢を間違ったか。
ギアリングに来てからこっち、どうにも上手い具合に事が運ばない。
自分も冒険者としてはまだまだ未熟だと痛感させられるばかりだ。
弟子二人を笑っていられる立場ではない。一人になってみて、思い知らされた。
「駆け出しの冒険者よなぁ……俺も、あいつらも」
ジュリアスは苦笑いを浮かべて、独りごちた。
……気を取り直そう、これからそんな自分に相応しい仕事が待っている。
──杖を買うのだ。それも、とびっきり古めかしい杖を。
*****
<続く>
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