第22話 意中の人への興味
一度、村に帰ろうかなあ。
なぜか、来賓用の部屋なのに扉のない部屋で窓辺に座りもたれかかりながら、ミケは思う。
思い出す村。町。
父は生まれてから少したったミケの頭髪の特徴に気づく。適当に髪の色から私にミケと名付けた。それから可哀想な赤ん坊の話は村と町へと駆け巡る。
そして同時期に生まれたデュラハンの恐怖の根源たる言い伝え。村と町、果ては城までを巻き込んだ、王子様の愚行の人々のやらせない思い。
城にも届いていたみたい。メアリーも知っていた。
部屋の掃除をしているメアリーに声をかけてみる。
「メアリー」
「……」
無言。
「なにも無かったから。信じて。私の育った村じゃ恋をすれば呪は解ける、なんて言われてるのよ。でも、シノブさんの話じゃ『特別な人』ならなんでもいいみたい。誓ってなにも無かったし、恋もしてないし、髪はほら、三毛よ」
「ほんとね、ほんとよね!コクヨウ様が裸で、あなたはちゃんと服を着てた!そういう話なのだけれど!」
説明する。どうしてそうなることになったのか。あと上半身だけ、裸だ。抱きしめあったらくだりは飛ばす。朝のやりとりも面倒なので飛ばす!
「メアリー、一緒に村にいかない?まあ、家畜が大事で滅多にお肉料理なんて出なくて、貧血の時とか口寂しい時は女はみんなレーズンを口にするような村なんだけれど」
「行けないわ、でも興味がある。教えて?」
「うちはパン屋でね、小麦粉を運んでくる、麦畑を持った家のお兄さんが、またイケメンで村の女全員が、来ると恥ずかしがるのよ」
「……コクヨウ様以外気にならないけれど、おもしろいわ、他には?」
ハタキを棚にかけながら、背中がもっと、と促してくる。
「あとは、……ちょっと待ってメアリー。大事なことが聞きたいわ」
「なに?掃除の手は止められないわ」
ぽんぽんぽんぽん、と速度が上がる。
「コクヨウ様についてだけど」
速度が下がって恨みがましいオーラが出る。
「コクヨウ様、馬が好きよね?」
「そうよ!お世話は使用人たちでするけど、蹄鉄のつけるところとか、鞍を装着するところまで、馬に関することは、馬自体も全部好きね、たぶん。私は乗らないけどコクヨウ様が好きなら私も好きになりたいけど、大きくてちょっと怖いのよ、蹴られて顎でも割れたらコクヨウ様に嫁ぐ時に大変だし、でも、死ぬかもしれないけど死ぬほど心配してくれるかもしれない!」
パタパタパタパタ!
ハタキのパターンが心に応じて変わってきている。
ひっかかる。
城にまで噂が来るほどなのに、当のコクヨウは馬が好き。噂を少し気にしていたようだけれど。そもそも生まれてもいない。馬を怖がったり、嫌ってもいない。
それに他のことも気になる。
「メアリーは、外に行けないの?」
「……行けないわ、ほんのちょっとでも王族の血を引いていると厄介なのよ。攫われるかもね。それに何よりコクヨウ様も我慢なさってるし」
「え?私六歳の頃最悪な形でコクヨウ様と会ったわよ」
「お小さい時のことはよく知らないわ。私も気づいたら、クロキ様とトキ様のおかげでダンと他のきょうだいとここにいたの。あのままあそこにいたらどうなっていたことか。他のきょうだいは皆男で外へ冒険に行ったけど。私も出ても安全なのかもだけど、ここがいいわ。……ダンは、昔からよく分からない」
「そう。そういえば、赤い花が好きなのはなぜ?」
「花以外でも赤が好きよ。コクヨウ様が黒薔薇をお好きだというならしょうがないけど、これだけは譲れないわ。私の育った所は野菜ならトマト、旗に掲げるなら自らの赤き血潮の色を表し。女性に送るなら赤い薔薇、とまあ、とにかく郷愁よ。赤がロマンチックなの」
「じゃあ、コクヨウ様から赤いものを貰えたら?」
「……想像して申し訳ないような烏滸がましい。そんな立場を弁えた気持ちになるけれど、……そうね、想像がつかないわ。ハンカチとか選んでくださるかもしれないけれど勿体無くて使えなくて部屋にしまうか、ずっとポケットに入れて心にいつもコクヨウ様を……」
想うわ、と。
「メアリーは、恋占いをしないの?」
「恋占い?」
「この世界はほら、『結婚』の占術があったじゃない。でも、今は良い方に占って貰えるって。私相手が誰かまでは村の水の国の人じゃ分からなかったのだけど、コクヨウとはプラトニック?なんていうんだっけ。そんな関係をまず目指して呪を解くわ。そしたらメアリーの恋占いにも変化があるかも」
「いま、コクヨウ様を呼び捨てにしたわね」
しまった。
「年下だったのでつい」
「え?!」
「ミケ、あなた、何歳?」
「十六歳」
「コクヨウ様は?!」
「十五歳」
口を開けて、動きを止めてから、
「ショックだけど、燃えるわ。年下の男なんて。うん?なんか引っかかる」
やはりそうなる。
「首無し騎士の首無し馬をコクヨウ様が盗むのは無理なのよ。コクヨウ様が嘘をついていなければ。あるいは若く見えるか。なにかカラクリがあるか」
「はじめから、デマじゃないの?今でこそ当主はコクヨウ様ということになっているけれど元はイタズラ好きのロキ神を信仰するクロキ様が主だったもの」
「じゃあ、父親のせいで、変な噂を立てられたの?」
「コクヨウ様、お可哀想に!私、もっとお力になりたいからこのフロアぜんぶお掃除する!」
バケツやらハタキを持って勇足で向かうメイド。
「ふつう、お客様の前でお掃除しないわよね」
多分、私とメアリーは友達決定。
嬉しい。
「誰か他の人が盗んだのかな」
それとも。
首無し騎士を見た人はいるけれど、首無し馬を見た人はいない。
「馬は、最初からいなかった?」
「ずいぶん昔のお話をなさるのですね」
「シノブさん」
「デュラハンが暴れたのは何も一回ではないのですよ」
「え」
「その昔、他領と争っている時に、死の気配につられたデュラハンが両家の争いに参加し、たまたま、他領の兵を多く倒したのです。その戦果によってこの領地は安定し、この地で最高の武勲を上げたのは、たまたま参戦したデュラハン。そんな言い伝えもあります」
「なぜ今更」
「古い出来事ですし。これも神獣様の教えです。それに、死の気配につられてくる妖精。ミケ様のお母上の、産後の経過の悪い未来を予知してのデュラハンの訪れとも取れますし、言い出しにくかったのです。あの夜は」
「様はやめてください。本当に何も無かったのです」
「そのようですが、もともとお客様でもあり、今更、ミケ、と呼び捨てにするのもなんだか心持ちが違うのです。メアリーのことはよく知っているからメアリーなのですが。ミケ、様はたとえ村出身とはいえいつか、奥様になってくれるかもと……」
「それはないですし、現に、そのぅー、コクヨウはまだ、女の子というものに興味が」
シノブは気を悪くするかと思ったが笑って
「そのようですね」
と賛同してくれる。
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