ディア と 良轟 と ゴブリン と
エントランスを抜けると、そこには不思議な森が広がっている。
緑は萌ゆる森――と言えば間違ってはいない。
花を付けたり、紅葉したりはしていないが、桜や銀杏、楓の葉などが見受けられる。
他にも松や杉、クヌギなど、見慣れた木々が立ち並んでいるのだが――この森、全体的に白く見える。
地面が白いのはそうだ。
土や砂、石や岩などが真っ白で、枯山水を思わせる。
だが、それだけではない。
木々の幹――というか樹皮というか――も真っ白なのだ。
おかげで、白と緑のツートンカラーのような印象を受ける森となっている。
(この不思議な森、もっと堪能したいんだけど……)
初めて入るダンジョンの見慣れない光景に感動しつつも、涼は木々の合間を縫って進んでいく。
ゴブリン系のモンスターを何匹か見送りつつ、先に構える別のゴブリンに狙いを付けた。
(アローゴブリン――弓を使うレンジャータイプのゴブリンは、見える範囲で全部潰しておこう)
この森は多種のゴブリンが連携をしてくると、事前に情報を仕入れていたからこその判断。
木の上や物陰などから矢を射ってこられるのは面倒である。
姿を探しづらい分、同じ遠距離型でも術士タイプのゴブリンよりも厄介だ。
いつものように気配を消したまま愛用のダガーを引き抜き、投擲用のナイフも準備すると、涼はそろりそろりと、アローゴブリンへと近づいていった。
(……鶏系なんて贅沢は言わない。野菜系とかでいいから、美味しそうなモンスター……出てこないなかな……)
そんなことを考えながら――
一方のディアたち。
「ほいッと!」
前に出たディアが、戦槌を装備したマッチョなゴブリン――パワーゴブリンを切り裂く。
続けて、もう一匹――少し先の方にいるパワーゴブリンへと向かおうとした時、守が声を上げた。
「ディアちゃん、前に出すぎだ。
今日は、中遠距離をカバーする
「……とっとと、そうでした」
よく見れば、正面のパワーゴブリンはこちらの様子をうかがって足を止めているように見える。
「正面のパワーゴブリンの雰囲気からして、恐らくはアローゴブリンがどこかに控えている。
今のまま迂闊に近づけば、狙い撃ちだと思うぜ。涼ちゃんの合図を待った方がいい」
そう言いながら、守は手で後方を制す。
それを見て、一成と旋は足を止めた。
ついでに一成は、良轟の襟を摑んで無理矢理足を止めさせる。
「なぜ進もうとするのかね?」
「むしろ何故、止まったのだ!?」
「そういう指示がありましたからな」
事もなげに答える一成。
なおも喚こうとする良轟を、守が睨んで黙らせる。
「大声を上げないでもらえますかね。余計なモンスターが寄ってくるんで」
淡々と守が告げて、周囲を窺う。
「先行した少年がどうにかしているのではないのかね?」
良轟の言葉に、守は肩だけ竦めるだけだ。
代わりに、ディアが答えた。
「一人で全部をどうにかできるモノでもないので。モンスターにしろ罠にしろ、危険度の高いのを優先的に潰して貰ってるだけですよ」
だから、パワーゴブリンなどは何事も無かったかのように近づいてくるのだと、旋が補足する。
「ちなみにだ、良轟殿。ここで足を止めるのは、ここがギリギリ間合いの外だからだ」
「間合い?」
一成の説明をよく分かってなさそうに首を傾げる良轟。
それを見て、ディアがわざと一歩前に出た。
次の瞬間、ディアが手にしていた剣で何かを弾く。
弾かれたモノの軌道を見極めた一成は、その場で軽くジャンプして、弾かれたモノをキャッチした。
「和戸会長……それは?」
「矢だ」
これ見よがしに、良轟へと見せる。
「言ったであろう。ギリギリ間合いの外だと。鳴鐘殿より一歩でも前に出れば、今のように射貫かれる」
「…………」
言葉を失った様子の良轟を尻目に、ディアは守に訊ねる。
「撃ったやつどこにいるか分かりました?」
「左前方――仁王立ちしてるパワーゴブリンより手前の楓の辺り。分かる?」
「なんとか。涼ちゃんは右から回ってましたよね?」
「ああ」
そのやりとりのあと、ディアは右手の親指と人差し指を伸ばして銃の形にすると、左手を下に添えた。
「涼ちゃんじゃないけど、色々とスキルの使い方を考えていかないとね」
「ま、そうだな。ディアちゃんは何をする気なんだ?」
「スキル:
「お?」
技の威力を落とす代わりに射程を伸ばすスキルを自分にかける。
「威力が落ちるなら、最初から少し威力のあるブレスをセットすればいいかなって」
「なるほど。一理ある」
これから使うのは、フレア・バレットの強化版。
弾速が少し落ちる代わりに、威力の大きくなった火炎弾を放つブレス。
「バースト・バレット……」
伸ばした人差し指の先端に炎が灯る。
中央のパワーゴブリンの表情が変わった。
同時に、アローゴブリンと思われる殺気が、二つ同時に発生する。
直後、ディアから見て右側の方に隠れていたらしいアローゴブリンが、突然道の真ん中へと飛び出してきてそのまま地面を転がった。
首筋に投げナイフが刺さった状態で横たわり、血を流したまま動かない。
パワーゴブリンが明らかに驚いた顔をし、左側にいるアローゴブリンからも動揺の気配を感じ取ったその瞬間――
「ファイアッ!」
ディアは、構えた火炎弾を発射した。
「
同時に、鳴鐘が息吹と共に地面を蹴る。
ディアの放ったバースト・バレットは見事アローゴブリンのいた枝を射貫き、炸裂する。
だが、肝心のアローゴブリンは慌てて木から飛び降りていた為、ノーダメージ。
「キミ! ちゃんと狙え! 当たってないぞッ!」
「もともと当たればラッキー程度で撃ったやつなので問題ないです」
良轟の言葉に、ディアはゴブリンたちから目を離さずに答える。
直後、守が着地したばかりのアローゴブリンへ向けて、一歩踏み込む。
アローゴブリンは目を見開いて守へ向けて弓を構えるが――
「遅いッ!」
――白刃一閃。
一瞬の間に抜き放たれた刃が、ダンジョンの明かりを反射して白く煌めきながら、アローゴブリンの首を通り抜けていく。
そして、アローゴブリンが斬られたことを認識するよりも先に納刀され、チンという涼やかな音を響かせた。
「?」
不思議そうな顔をするアローゴブリン。
一拍遅れて、アローゴブリンの首が落ちると、地面にぶつかりゴトリと音を立てた。身体も方も、それを追いかけるように地面に倒れる。
想定外のことが立て続けに発生して困惑するパワーゴブリン。
それでも気を取り直して、守に向けて戦槌を構えると――
――急に動きを止める。ややして白目を剝き、グラリと傾いた。
そのまま、ズシンと音を立てながら、うつ伏せに倒れ伏す。
「お、奥のやつは何が起きたんだ? あの日本刀の青年が斬ったのか?」
「奥のパワーゴブリンは先行している涼ちゃんですね。殺気もろとも気配を消して、油断している相手を一撃で倒すのが基本スタイルなので」
実際、倒れたパワーゴブリンの首元には、先のアローゴブリン同様にナイフが突き刺さっている。
「うむ。話に聞いていたが、若くて有能な面々というのは本当のようだな」
「ええ。探索者界隈に大きな影響を与えている若手たちですよ」
涼たちの活躍に、一成も旋も楽しそうにやりとりしているが、良轟だけは何か怖いモノでも見たかのような表情になっていた。
「ゴブリンの群れはいったんコレで終わりみたいですね。
鳴鐘さんが手招きしてますし、行きましょう」
ディアは背後の三人にそう声を掛けて歩き出す。
歩きながら、何か思い出したように一成が告げる。
「ああ、そうだ。せっかくのハイゴブリンたちだ。
ハンマーや弓、一部の装飾は回収してくれていいぞ。今回の探索は突発ゆえに、あまり報酬が用意できそうにないからな。現物支給で申し訳ないが、持って行ってくれ」
「現物支給も何も、退治したのわたしたちですけど?」
「うむ。それを言われるとこちらとしては辛いな!」
がはははは――と笑う一成に、ディアも釣られて笑う。
「いや報酬が少ねぇとか笑いゴトじゃねーぞ?」
さすがに守は半眼になったが。
「ううむ……彼の言うのも一理あるが、紡風殿、どうする?」
「考えておくしかないでしょう。正直、お三方を同時に雇ったと考えると、安すぎるのは事実ですし」
「ったく、しっかりしてくれよ、ギルドもさぁ」
不満げに口を曲げつつも、ゴブリンたちから回収するべきモノはテキパキと回収していく。
「ねぇねぇ鳴鐘さん」
「どうしたーディアちゃん?」
声を掛けてきたディアに、守は作業の手は止めず聞き返すと、彼女はかなり真剣な表情で訊ねた。
「……ゴブリンって美味しいのかな?」
「……味は知らんけど、リスナー減らしたくないならやめておくのを勧めるぜ。というかそんなディアーズ・キッチンはファンとしても見たくないのでやめてくれ、頼む」
わりと切実な
「……でもちょっと残念」
本当に残念そうなディアの姿に、彼女のことを知っている一成と旋は苦笑する。
だが、彼女のことを知らない良轟は――
「こんなの食べたいとかゲテモノ食いにもほどがあるだろッ!?」
――思わず常識的なツッコミを入れるのだった。
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【Idle Talk】
良轟「なんなんですか、彼女は……?」
旋「ダン材料理配信者にして、ダン材料理の第一人者でもありますね」
良轟「断罪料理?」
一成「ダンジョン素材の略ですよ、良轟殿。彼女の動画の切り抜きをいくつか見ましたが――いやはやあの鴨カツカレーはさすがに儂も度肝を抜かれたというか、画面にかぶりつきそうになりましたよ」
旋「ブラックロックの黒唐揚げは現地で頂きましたが、最高でした。仕事でなければビールが欲しかったほどです」
一成「なんとも羨ましい話だな。次の機会があれば相伴預かりたいところだ」
良轟「ダンジョン素材? 鴨カツカレー? 黒唐揚げ? ダンジョン素材と料理が全然結びつかないのだが、なんなのだ一体……?」
【Skill Talk】
《バースト・バレット》:
中級に分類される攻撃系
指先から火炎の弾丸を放つフレア・バレットの上位互換。ちょっと弾が大きい。
フレア・バレットと比べると射程と威力が向上し、ヒット時に炸裂するようになった。カスった時も破裂するので、耐性を持たない相手であればそれなりの効果が期待できる。
ただし、フレア・バレットと比べると弾速がやや遅くなり、溜め時間が延びたので、どっちが強いかというとケースバイケース。
牽制技としてならフレア・バレットで充分なので、本業の術者以外でこちらを使う者は意外と少ない。
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