涼 と 寝顔 と 撮影難題
「あんまりネギ魔導同士の距離が近いところは狙いたくないんですよね……」
畑エリアの先に見える大きな池。
その畑と湖の間の草地に多くのネギ魔導がいる為、あそこで寝顔を取るのは難しそうだ。
「畑エリアにも池エリアにも身を隠せる岩や木などが少ないのも問題です」
そこまで口にして、涼は「あっ」と声を出すと、慌てたようにドローンへと視線を向けた。
「モカP。畑の上を通る時、植わってる作物の真上は通らないように。
野菜型のモンスターが擬態していたり、寝たりしてるから」
:なかなか無茶をいいよる
:一応
:セクシーダイコンがランニングしてる……
:Oh... What on earth is that radish?
「たぶん気になってる人がいるでしょうから解説すると……。
走り回ってる大根はお化け美脚――とかそんな名前だったかな?
数は少ないし余り強くないんですけど、野菜型モンスターのアイドルか何かなのか、攻撃したり倒したりすると、他の野菜型モンスターがすごい勢いで集まってくるので放置です。
基本的にお化け美脚は、トレーニングの邪魔をしなければ、こちらへ攻撃はしてこないので。
うっかりぶつかっちゃっても謝ると結構見逃してもらえます」
:おもしろモンスターかと思ったら結構なトラップモンスターだった
:見逃してもらえるんだw
:こっちから手を出さなきゃ襲ってこないなら手を出さないは世界だわな
:モンスターに謝る涼ちゃんも涼ちゃんだけど許して貰えるっていうのが最高に草
:倒した方が面倒くさいのもいるんだ
:っていうかうっかりなら許して貰えるコトあるのか 覚えておこう
「むしろ、この畑で厄介なのは似たような姿のニンジンの方です。こっちは好戦的というかモンスターらしく、人間を認識すると襲ってきます。
名前はマッドカロッタって言うんですけど、自分の頭の葉っぱをちぎって丸めて投げてくるんです。これが非常に厄介で、個体によって葉っぱの効果が異なるんですが――だいたいが腫れやかぶれなどを引き起こす毒草なコトが多いので、うっかりぶつかると、探索そのものに支障をきたしかねないんですよね」
:集中力が切れれば動きに精細も欠くだろうしなぁ
:Ever since I was a child, I thought carrots were my enemy, and it seems I was right
:《翻鶏》↑子供の頃から人参は敵だったけどそれは正しかったな
:↑それただの好き嫌いなので
:人参苦手な海外チキンは好き嫌いなおしてもろて
「この畑のお化け野菜たちも、唐揚げの添え物として食べたいところですが……今は寝顔です」
:さらりととんでもない宣言してたな
:主役ではなく添え物っぽいけどw
:唐揚げ弁当メシ抜き副菜抜き唐揚げマシマシを好んで食べてる人が何か言ってる
畑エリアも、全面が畑になっているわけではなく、ある程度の大きさの畑が並んでいるような形だ。
そして畑ではない部分――畑と畑の隙間には岩や木もあるので、それをうまく利用しながら涼は進んでいく。
畑エリアの終端。
池と畑の間にある芝生エリアの一部。
そこにある岩の陰に身を潜ませながら、涼はどうしたものかと考える。
芝生エリアから池にかけては、多くのネギ魔導が目に入る。
だが、多くのネギ魔導がいるからこそ、いつも通りの寝顔撮影は難しそうなのだ。
「理想はこの近くまで来てもらうことですよね。
芝生エリアのど真ん中で眠らせても、接写で写真撮れませんし」
:確かに難題だな
:これまでは一匹だけでいるのを狙ってたもんな
:まばらとはいえ、複数が近いところにいるのは初めてか
涼の悩みをコメント欄も理解する。
「おびき寄せつつ、臨戦態勢にはさせないように、眠らせる……」
:いや無理でしょ
:臨戦態勢にさせないが難しすぎる
ぶつぶつと口にしながら涼が思案していると、ドローンの頭頂部のスイッチが自動的に切り替わった。
恐らくモカPが遠隔で切り替えたのだろう。
表示されるホロウィンドウには、モカPからのメッセージが表示される。
:《モカP》ドローンを利用するか?
「どういうコト?」
:《モカP》あいつらは好奇心旺盛らしいから見慣れないドローンを見ると近寄ってくるかもしれない
「悪くない……かも」
:マジか
:つまり俺たちもちょっと冒険気分味わえそう?
:ジェットコースターの間違いかもしれんけどな
「モカP頼める?」
:《モカP》まかせとけ
:良質なリョモカありがとうございます
:カプ厨のコトはよくわからんがバディ感あるのは間違いない
「スランバーウェイブを準備しとけばいい?」
:《モカP》おう バッチシやってやるぜ
そうして、モカPはホロウィンドウのスイッチを切って、ドローンを操作しながら手近なネギ魔導へと近づいていく。
:おお 近づいていく
:なんか不思議な画面体験
:《モカP》さてどうやって一匹にだけ気づいてもらうか
:確かに難しいな
モカPとコメント欄のチキンたちが、考えながら飛んでいると、ドローンの背後から小さな小石が飛んでくる。
:《モカP》さすが涼だな 完璧だ
:え?なにが?
:今の小石を投げたの涼ちゃんなん?
:何でわかるんだモカP
涼が投げた小石はそのまま、狙っているネギ魔導の足下に転がって小さな音を立てた。
すると、そのネギ魔導は不思議そうに首を傾げて周囲を見回す。
:お、こっちに気づいた
:臨戦態勢って感じでもないな
:興味津々に近づいてくる姿かわいいな
:ペンギン味ある
ドローンは、カメラにネギ魔導を収めたまま、ゆっくりとだけど追いつかれないように後退。
:モカP方角大丈夫?
:絶妙な速度で下がってるな
ネギ魔導は、不思議そうに何だ何だと目を輝かせつつ、ペタペタと足音を立てて追ってくる。
:結構強くておっかないモンスターのはずなのに可愛さがやばい
:ビジュアルそのものは恐ろしくはないからなぁ
:So cute!lol
そうやってドローンが後退していると、紫色の輪っかが背後からすり抜けていく。
:涼ちんがスランバーを発動させたか
:輪っかの中にいるの新鮮
:そりゃあ範囲内にいると眠気に襲われてそれどころじゃなくなるしな
:モンスターが使ってくる時はのんきに光の輪を見てられないしw
ペタペタと元気に追いかけてきていたネギ魔導の足の動きが、よたよたとしたものになる。
やがてネギ魔導は「くあぁぁ~……」と大きなあくびをすると、ネギフレイルの石突きを思い切り地面に突き立てた。
:何事!?
:なんでフレイルの柄を地面に立てたし
そして左手(?)の肘をフレイルに乗せて、右手(?)を腰に当てながら、軽く足を交差させる立ち姿勢で、うとうとと目を瞑りだした。
:なんて優雅な寝姿!
:優雅というか立ち飲みバーで寝てる紳士的な感じ?
:シルクハットとか似合いそう
「モカPありがとう」
:久々の涼ASMR
:ありがとうございますありがとうございます
:oh... good whisper
眠っているネギ魔導の近くなので、ドローンのマイクの側に口を近づけて囁きかける。
それによって、チキンたちが悶えだすのだが、コメント欄を閉じているので、涼本人は気づかない。
「さてさて」
涼はスマホを取り出すと、シャッターを切り始める。
紳士な姿勢で優雅に鼻提灯をふくらまし、すぴょすぴょと寝息を立てているネギ魔導は、シャークダイル・サワードの寝姿に負けず劣らずの愛らしさだ。
「これはシャークダイルと同じくらいぬいぐるみがほしくなる」
:わかる
:ネギ魔導は寝てなくても可愛いしな
:煮てよし焼いてよし愛でてよし最高だな
:Monster's sleepipng face!? How adorable!!
:これでモンスターランクが低ければ良かったんだけど
:このダンジョンにいる時点で弱くてシャークダイル並の危険度
:海外ニキたちにも評判良さそうだ
そうして、満足ゆくまでネギ魔導の寝顔を撮影した涼は、大振りのダガーを抜き放つ。
:いきなりどうした?
:Are you going to kill that!? kill that thing!?
:え?
「そろそろスランバーの効果も切れますし、今日は食材調達も兼ねてるので。ちゃちゃっと行きましょう」
:いやそうだけど
:これはいつぞやのディアーズキッチンを思い出す流れ
:wait! wait! waitwait!!!
:マジで?やっちゃうの?
:切り替えの早さと容赦のなさがすごい
:ディアちゃんのコカヒナス潰し再来だぞこれ
「
涼が得意とする状態に異常をきたしている敵へのダメージが大幅に増加するスキルの一つ。
シャークダイル戦で使った毒や麻痺などの肉体的異常が発生している相手に攻撃力が増すマシフルスタブと対を成す技だ。
このスキルは、眠っていたり、パニックになっていたり――そういう精神的な異常をきたしている敵に効果が増すという技である。
そんな武技によるオーラを纏ったダガーを構え、涼は素早く動く。
そして――
「斬ッ!」
:ああああああああああ!!!!!1111
:さらばネギ魔導!!!!
:Oh! my! got!!!!!!!!!!
:うあああああああ
:コカヒナスの悲劇の再来キタ――――ー!!!!!!!
:涼ちんのばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ1!!!
――涼が振るった一刀によって、ネギ魔導を愛でていたコメント欄が、阿鼻叫喚の
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【Idle Talk】
配信を見ていたディアちゃん。
寝顔を愛でたあとの殺戮劇も特に気にせず。
「可愛いと食べるために解体は両立できる!」
そんなワケで思わずLinkerで、涼ちんへメッセージを投げた。
「私の分も狩ってきて。報酬は鴨料理で」
「りょ」
【Skil Talk】
《ペインレススタブ》:
中級に分類される特殊な
本編中にある通り、眠りや混乱、絶望や恐怖などによる精神的な状態異常が生じている相手への攻撃力が高まるオーラを纏う技。
マシフルスタブ同様にマイナーな武技。
理由も同じなのだが、毒や麻痺と違って、眠りや混乱などの精神異常はさらに使われづらいという事情から、輪をかけてマイナー。
威圧による恐怖や絶望の付与は、わりとみんなやっているんだから、使う機会は多そうなのに――とは涼の談。
もっとも威圧が通用するような格下なら、脳筋パワープレイヤーはだいたい力こそパワーで粉砕するので、スキルを使う理由がないともいう。
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