涼 と 香 と 親たち と


「もうちょっと! もうちょっとだけ!」


 帰れと告げるエンドリーパーに対してそう言いながら、涼はパシャパシャとスマホのシャッターを切ってあちこち撮影する。


:マイペースにもほどがある

:いや脱出しろって!!

:《モカP》画面揺れます


 モカPはそうコメントしたあとで、ドローンで何度も体当たりを繰り出す。


「ちょっと! モカP邪魔! ちゃんと操作して! 写真撮れない!」


:いいぞやれ!モカP!!

:モカP怒りのドローン体当たり

:モカPがんばれ!

:let's go droooooooone!!

:こら涼ちん!!

:早く脱出しろ!!!


 画面が激しく揺れるものの、ドローンで体当たりすることを視聴者たちは応援する。


 その様子を見ていたエンドリーパーは、嘆息するように細い方の左腕を掲げて涼に向けた。


「……魔技ブレス:ウィンドガッシュ……」


 本来は風の刃が、獣のあぎとのようになって敵に襲いかかる上級のスキルだが、エンドリーパーは大幅に手加減をしてそれ解き放つ。


「うわああああああ……ッ!?」


 攻撃力を持たない巨大な風の顎は、涼とドローンにまとめて喰らいつき、炸裂してダンジョンの外へと吹き飛ばしていくのだった。


:ナイス、エンドリーパー!

:よくやった死神

:Thank you! Death!!


「あああ……ッ! す、スマホが……!」


:そりゃあ握った状態で吹き飛ばされりゃあな

:スマホ落としてるし

:命あってのなんとやらだから


 直後、歪んだ黒い渦――本来は綺麗な円形の渦なのだが今はひどく歪にゆらいでいる――から、涼とドローンが吐き出される。


 涼は受け身もとれずお尻を地面に強く打って、目を白黒させた。


「……つつつ……まだ、スマホが中に……!」


 それでも何とか立ち上がり、中へと戻ろうとすると黒い渦からスマホが飛び出してきた。


「ボクのスマホ!」


 涼はそれを受け止めると同時に、黒い渦の歪みが激しくなり、表示のバグったゲーム画面のような姿になったあと、上の方から四角い粒子のようになってゆっくりと消えていった。


:マジでギリギリじゃねーか!

:スマホ投げ出してくれたエンドリーパー優しい


「涼!」

「あ、香」


 お尻をはたき、スマホをポケットにしまった涼は、声を掛けてきた香の方へと向き直る。


 すると、鬼のような形相をしていた香は、涼の脳天にげんこつを落とした。


「痛ったぁぁぁぁぁ……ッ?!」

「うるせぇッ! 今月だけで二度だかんなッ、さすがにキレるわッ!」


:かおるくんの怒りはごもっとも

:あとで聞かされるんじゃなくてリアルタイムで見せられるものな


「お前、とりあえずここで正座な」

「え?」

「正座」

「でもここ土間……」

「正座」

「でもドローン回ってる……」

「ダメならモカPが配信切る。だから正座」

「……はい」


:有無いわさない

:残当

:ちょっと怒られるべき

:Pleas be properly scolded!

:モカP 怒られ涼くん見たいんでそのままお願い


「前回の不要な責任背負ってエンドリーパーとやりあおうとした時点で気が気じゃなかったんだが……今回は輪をかけて最悪だッ! お前、なにモタモタやってんのッ!?」


:そうだそうだ!

:言ってやれ!言ってやれ!

:前回はともかく今回は擁護しようがない


「いやだってあんな壊れゆくダンジョン風景とかレアでしょ? 撮るでしょ?」

「モカPのところにクレーム入ってるんだよ」

「クレーム?」

「シロナさんから、ミナ……ディアが号泣しちゃって動けなくなってるって」

「湊が号泣? なんで?」


 こてり……と、不思議そうに首を傾げる涼。


:涼ちゃんさぁ

:さすがにこれは何も言えん


 その姿に香は盛大に嘆息したあとで、岩より硬く握りこんだげんこつを落とした。

 ゴチンという音が聞こえてきそうな重みあるげんこつだ。

 見ていた視聴者さえ、ちょっと渋面を作りたくなる奴だった。


「めちゃくちゃ痛ぇ……」


:マジでめちゃくちゃ痛そう

:オーバーリアクションする余裕がなさそうなのが殊更に痛そう


「ダチが死にかけてんだぞ? 俺はキレた。ディアは号泣した。リアクションの違うってだけで、俺と湊の反応は同じなんだよ。分かるか?」


:カオルくん冷静に説教しているけど冷静さ欠いてるな

:ちょいちょいディアちゃんの本名が出てくる

:そういやディアちゃんからのコメント途中でぱったり止んだな

:ワブも途中からまったく更新されてないぞ

:涼ちんがエントランスに到着したあたりから止まってるっぽい?

:涼が死ぬかもからの助かったで感情の乱高下に色々決壊したのかも

:そりゃあ推しであり友達でもある涼くんが死ぬとかキツいもん

:俺らもあん時はキツかったもんな

:プライベートの付き合いがあるかおるくんとかディアちゃんはもっとキツかったんじゃないの?

:モカPもロクにコメントしなかったしな

:体当たりするってコメした時、絶対に香くんみたいなキレ方してたと思う


「…………」

「なんで鳩が豆鉄砲喰らったようなツラしてんの?」


 こちらを見上げてくる涼に、香は顔を顰めてから、盛大に嘆息する。

 両手をポケットに突っ込んだ香は、そのまましばらく天を仰いだ。


:涼ちんの変に天然なところが今回ダメな方向に動いてるな

:怒られている理由にピンと来てない顔だぞアレ


 ややして思考でもまとまってきたのか、天を仰いでいた顔を涼へと戻し、それからドローンへと視線を映した。


「おーけー。こうなったらコメント欄を開くぞ。

 チキンたち。涼に言いたいこと好きに書き込め」


:らじゃ

:おk

:りょ


 そういって香はドローンの頭頂部のスイッチを切り替えて、コメント欄のホロウィンドウを表示させた。


「かもん。チキン!」


:涼ちゃんのバカ! 生きてて良かった!

:涼ちゃんねる最終回かと思った!

;ばーかばーか!無事で良かったけどばーか!!

:かおるくんとディアちゃんにしっかり怒られろ!

:I'm glad you're safe.but will your friend forgive you?

:チキンだって泣いてキレたいんだからな!


 バカといいつつ、無事を喜ぶ。

 無事を喜びつつ、もっと怒られろと望む。

 そんなコメントがひっきりなしに流れていく。


「ええっと……もしかして、みんな香や湊と同じような気持ちだったんですか?」


:それはそう

:むしろ周囲の心配を蔑ろにしすぎまである

:周囲のリアクションに無頓着すぎん?


「これ以上、涼を叱ってもしかたねぇか。この思考の原因となったコイツの両親であるダンジョンバカップルに説教しねぇとダメっぽいし。久々にモカPパパを連れて乗り込むか」


:久々にっていう時点で初めてじゃないのがやばい

:ダンジョンバカップルというフレーズよ

:ある種の英才教育されたタイプか涼ちん

:《涼ママ》残念だけこれから海外出張なの

:《涼パパ》涼、またしばらく留守番よろしくな

:ん?

:まさかのご両親光臨?


「香。今、なんか変なコメなかった?」

「あった。たぶんもう空港だな。しかもそろそろ搭乗時間と見た」

「毎度毎度ボクに事前情報ゼロなのどうかと思うんだけど」


:知らされてないの涼ちゃん!?

:これはマジで香くんやモカPパパのお説教必要なやつでは?

:《モカPパパ》悪いけど俺も出張だ。偶然にも涼のご両親と同じ便みたいだけどな

:モカPパパまで来たwwww

:とんでもねぇ偶然で草

:それ本当に偶然なんですかね?


「出張するなら声かけてほしかったんだけどな」


:《モカPパパ》今の香には配信の手伝いって仕事があるだろ。言えば着いてきたい言い出すと思って黙ってたんだよ。すまんな

:モカPパパってボディーガードだっけ?

:その出張に着いていって仕事手伝いたいってコト?

:手伝えるの?


「まぁ一応、素人よりマシ程度の仕事は出来る」


:なにげにすごい

:高校生のスキルじゃねぇよそれw


「モカPのパパさん。うちの両親のお説教よろしく」


:《モカPパパ》まかせとけ涼。毎度毎度お前のことを放置しすぎなんだよなアイツら

:コメント欄でプライベートな連絡しないでくれます?ww

:何て言うか親子ともども仲良しなんだなって笑

:《モカP》行ってら。おみやげよろ

:《モカPパパ》木刀とか剣に絡みついた龍のストラップとかでいい?

:海外でも売ってるんかそれ?笑

:どう考えても日本の土産物屋にある謎の定番アイテムww

:だからここはlinkerのトークルームじゃないんで笑


「あー……なんというか、唐突に親が登場してすみません」

「さすがにボクも予想外というか、驚きました……」


 香と涼は、ドローンへ向けて頭を下げる。


:いやさすがに親がコテハンでコメとか想定しないもんねw

:面白かったのでよし

:でも涼ちん一人で平気なん?


「まぁいつものことなんで」

「心配ありがとうございます。でも涼は家事能力は高いんで。

 それに最悪は、うちやモカPの家に転がり込むし、こっちの両親も様子見てるから大丈夫なはずです」


:そういやディアちゃんと一緒に料理してたな

:よく一人になるから習得した家事スキルかぁ

:まぁかおるくんやモカPとその両親が様子みてるなら平気、なのかな?


 そんな感じでコメント欄も納得や理解の声が増え、話題としても一区切りといったところだ。


 ちょうどそこへ、新しい声が混ざってきた。


「そろそろ区切りは良いでしょうか?」

「ん?」


 涼と香が声のした方に顔を向けると、ビシッとビジネススーツを決め込み、細フレームのメガネを掛けた、どこか神経質そうな男性が近寄ってくる。


 ワックスで固められ光るオールバックの黒髪を撫でながら、彼はこちらへとやってきて一礼した。


「お初にお目に掛かります。涼ちゃんねるの皆様と、視聴者の皆様。

 探索者協会の紡風ツムカゼ メグルと申します」


 ある種――隙のないその様子に、香は警戒するように目をすがめるのだった。



=====================



【Idle Talk】

 香、ポケットに両手を突っ込んだ状態で、スマホをブラインド操作して、モカPとしてコメントを流すなど、アリバイ工作がんばってる。

 当然、モカPパパもそのあたりは汲んで話を話を合わせてくれている。



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