涼 と 野次馬 と エンドリーパー
「涼ッ!!」
「香ッ!?」
「とりあえず領域から出ろ!」
「うん!」
:涼ちゃんの知り合いか
:涼ちんめっちゃ安心した顔してる
:エンドリーパーと鬼ごっこしてたからな知り合い見れば安心するだろ
:心配して駆けつけたのかな?
涼が追いかけっこしている間に探索者たちが集まってくれたのだろう。
本来は目に見えないダンジョン領域の境目に、チョークのようなもので線が引かれている。
香の手招きを受けて、涼はそちらへと向かい、線を越えた。
「モカPはそのままドローンを回しててくれ」
「香?」
ドローンに向けて話しかける香を涼が訝しんで視線を向けると、香は小さくウィンクをして見せる。
それで意味をある程度察した涼は、小さくうなずく。
どうやら、この場ではオート操作を利用して、モカPとは別人として振る舞うつもりらしい。
:現場でもドローン回してくれるのは助かる
:っていうかこんな物々しくなるの?
:エンドリーパーはフロア移動をするし領域のギリまで顔を出すからな
:こちらから手を出さなきゃ反撃はしてこないが万が一がある
:そういうことか…
野次馬が領域の境界線の中には入らないように探索者や協力者がガードをしている。
それでも、手は足りてないのか、興味本位で覗いてくる者も多い。
呼吸を整えながら涼が周囲を伺っていると――
「君が涼くんだね」
――パッと見、冴えない雰囲気のおじさんが声をかけてきた。
大量生産低価格のファストファッション系ブランドのカラーティーシャツの上にカラーシャツ。下も同ブランドのジーンズで、履き古したスニーカーを履いている。
色や服の組み合わせは悪くはないのにパッとしない。全体的にヨレて見えてしまうおじさんだ。
そんなおじさんは、ポケットから警察手帳を取り出して見せてくる。
「警視庁の
今日はオフだったもので、このような格好で失礼」
「いえ。ご協力感謝します」
実際、申し訳なく思いながら涼は頭を下げた。
「君の配信を見ていた娘から連絡をもらってね。近所で買い物をしてたから、ちょうど良かったよ。
そろそろ所轄の面々や探索者協会からの派遣組も来ると思う。初動が早かったから、テンポよく人員が集まるというのは助かるね」
配信を見ていた人も通報したと言っていたし、涼の遭遇と同時に人員要請が行われたと考えて間違いないだろう。
「何であれ君が無事で良かった。娘がファンみたいでね。君がやられちゃったら、娘が悲しむだろうから」
:名前の通り冴えない感じのおじさんだけど良い人だ
:オフにダンジョン絡みの出来事に協力してくれる警察関係者は貴重
:↑の探索者ニキ警察となんかあったの?
:お父さんありがとう
:↑むしろナイス父への通報
:しかし場所が場所だからか野次馬が多いな
:アキバ近いしな
:バカが何かしなきゃいいんだが
「ありがとうございます。
……ボクは遭遇者の責任として境界線付近に立ちます」
「そうか。君のその矜持に敬意と感謝を」
冴内は涼に対してビシっと敬礼をすると、野次馬たちの牽制に戻っていく。
「香は探索者じゃないんだから、境界線付近は危ないよ」
「そんときゃおまえが助けてくれるんだろ?」
「ふつうの相手ならね」
「確かに、ふつうじゃねぇモンなぁ……」
:悪友って感じのやりとりだ
:仲間や友達に恵まれてるのうらやま
:ぼっちども涙ふけよ(涙
:学校名物のリョウカオの尊さを浴びろおまえら
:は?カオリョウだろ間違えんな
:は?は?
:ここでアホなケンカしてんじゃねーよ
:学校の名物コンビなのかw
本人たちの預かり知らぬところで、コメント欄が無駄に沸いていた。
涼も一息ついたし、友達とやりとりをしている。
ダンジョンの中では非常に緊迫していたから、その反動なのだろう。
配信を見ていた探索者ニキたちも、多少気を抜いていた。
だが――
「香」
「おう」
――緩いやりとりをしていた当事者二人の表情が一瞬で引き締まったのを見て、視聴者たちは「え?」と呆けた反応をする。
涼が愛用のダガーを構えた直後、香が大声をあげた。
「エンドリーパー! 顔を見せるぞ!」
瞬間、現場の理解者たちの間に途方もない緊張が走る。
それは画面越しですらビリビリと来るほどだ。
:涼だけじゃない 香ってやつもプロだな
:切り替わりがすごすぎてビビる
:そういやエンドリーパー警戒現場だったな
それまで涼を中心としつつ、周囲を見ていたカメラが、ダンジョンの方へと向く。
年期を感じる古書店に挟まれた、やはり年期を感じる古書店。
すでに廃業し、倉庫のようになってたその店の中央に、ある日突然階段が現れた。
それこそが、文巡る風の書架の始まりだ。
そして、そのダンジョンの出入り口たる階段から、怪人が上がってくる。
:左右の店、境界線の内側にある?
:そうだよ半分くらい飲まれてる
:ここのダンジョンのやべーところはそれ
:左右の店は店長が探索者だったり探索者を雇ったりで経営してる
:ふつうに経営しているのにビックリなんだけど
ジャラリ……ジャラリ……
顔を見せたエンドリーパーの姿に、野次馬の多くが息を飲む。
「あの化け物はあの境界線から出てくるコトはありません!
帰るまで刺激を与えないようにしてください!!」
誰かが注意と警告の為に大声をあげる。
それに連鎖するように、探索者や警察たちが声を上げて注意を促していく。
――しかし、注意や警告など聞き入れぬ者には意味がない。
誰かが小石を投げた。
涼の顔を通り、エンドリーパーに向かっていく。
「え?」
なにが起きたか分からず涼は目を瞬く。
:は?
:え?
:おい
その様子を見ていて、何かに気が付いた視聴者たちすら、なにが起きたのかが分からない。
直後――
エンドリーパーが涼の方へと殺意を向ける。
「……ッ!」
最大限に警戒していた為、涼は威圧に耐えきったものの、その視線の方向にいた野次馬たちの中には腰を抜かしたり、失神する者が出た。
:バカがよけいなコトしやがった!
:涼ちん!!
それでも、涼はエンドリーパーに警戒し、視線の矢面に立つ。
エンドリーパーの特異な在り方を思うと、簡単に境界線を越えてはぐれ化するのではないかという不安がつきまとう。
野次馬に向けて何らかの攻撃を行うのであれば、身を挺してでも守らなければ――
そう思い、涼はエンドリーパーの一挙手一投足に注視に攻撃の予兆を見逃さないように警戒する。
警戒していた。
警戒していたからこそ、想定外には反応が出来ない。
それは涼の横にいた香も同様だ。
二人は完全に、エンドリーパ―だけを警戒していた。
「……え?」
エンドリーパーにだけ警戒していたからこそ、涼も香も一瞬何が起きたのか分からなかった。
涼の背中を誰かが押した。
押されたなんていうのは生ぬるい。
突き飛ばされたというのが正しいか。
涼の身体が前に倒れていく。
咄嗟にバランスを取ろうとして
身体が、境界線を越えていく。
領域内に入った瞬間の、身体能力が高まる感覚。
だが、それが今は余計な感覚だった。
バランスを取っている途中で、必要なバランス感覚の情報が変化する。
目の前には――
(エンド、リーパーッ!?)
:涼くん!?
:涼ちん!?
:は?なにが起きた?
:涼!!
:ちょっと!!!
:度しがたいバカ野郎が!
コメント欄が涼の名前と悲鳴で埋まっていく。
エンドリーパーが、右上の腕を振り上げる。手首辺りから生えるチェーンソーの刃が音を立てている。
「涼ぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
雄叫びのような香の叫び。
直後、その雄叫びの主は、前につんのめって転びかける涼へと手を伸ばし、コートの襟を鷲掴みにした。
「うおおおおおおおおッ!!」
絶叫と共に、香はコートを全力で引っ張りる。
涼の目の前をチェーンソーが通り過ぎていき、しかし涼に当たることはなかった。
:掴んだ!
:友人ナイス!!
香は引っ張る勢いそのままに、涼を背後へと放り投げる。
「テンメェぇぇぇぇぇッ!!」
そして、涼が尻餅を付くのを確認すらせずに、香はすぐそばにいた男の胸ぐらをつかみあげる。
「自分が何したのか分かってんのかゴラァァァ!!」
=====================
【Idle Talk】
現場に行けず、ハラハラしながら配信を見ていた湊も、さすがの光景にリアルで大絶叫をあげ涙をこぼした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます