涼 と 暗殺 と 鶏の魔物
「目的地はこの草原にある黄金に湖です。
金色にキラキラ輝く湖なんですが、良い匂いがするんですよ」
涼はそう話をしながら、涼の膝丈ほどはある草をかき分けつつ、姿勢を小さくして進んでいく。
:金色の湖はわかる
:キラキラ輝くはわかる
:良い匂い??
:湖の良い匂い?
:良い匂い←これがわからない
視聴者たちを混乱させつつ、涼は草原を進む。
ふと、涼は足を止めてドローンへ向けて左手で合図を送る。
もう少し低く飛べというハンドサインだ。
前回の配信の反省点として、ドローンへの指示の出し方というのを二人で考えた。それがこのハンドサインだ。
音を出せない環境で行うには、これが一番良いと二人で考えた。
それを受けて、香はドローンを中腰気味の涼の頭よりも下に移動させる。
:なにげにモカPのドローン操作すごい
:わかる
:ハンドサインだったのかな今の
:涼ちんの邪魔をしないという強い意志を感じる操作
コメントに反応せず、涼はどこかを見ている。
「やっぱりグラスコッコだ」
声を潜めながら、視聴者へと説明を始める。
「この草原エリアに多く生える草と同じ色の体毛をした大型のニワトリです。
単純な戦闘力だけならシャークダイルよりもぜんぜん弱いんですけど……仲間を呼ぶ声と、こっちの感覚を鈍らせる声を使い分けてくるので、危険度はシャークダイルより高いです」
:集まってこられるとやばいな
:集まるニワトリ鈍る感覚
:気づくと袋叩きにされてるとかありそう
「無用な戦闘は避けたいのですが、あれはむしろ放置して騒がれる方がやっかいなので狩れる距離にいる時は狩っておきます」
ふーっと、細く長く息を吐きながら、涼は大降りのダガーを抜いて逆手に握った。
そして無言でスキルを発動させる。
気配遮断。視覚阻害。聴覚阻害。嗅覚阻害。
気配を消し、
視界に映る涼を認識しづらくし、
涼が発する音に気づきづらくし、
涼が発する臭いに気づきづらくする。
スキルの発動を確認すると、涼は草むらの中を泳ぐように駆け抜けてグラスコッコの側へと肉薄する。
ドローンも草むらの中、涼を追いかけていく。
途中でわずかなハンドサインを確認すると、香はそこでドローンを待機させる。
香がドローンの動きを止めたあと、涼は気配を消したままグラスコッコの背後へと回った。
次の瞬間――
「
背後からグラスコッコの喉にダガーを突き立てる。
発動したのは相手がこちらに気づいてない時に、攻撃の威力が増えるという変わった武技だ。
それが背後からであった場合はさらに威力が増す。
その為、本来であれば、グラスコッコの首回りの筋肉に阻まれて貫通させることのできないはずの涼の刺突も、しっかりと突き刺さる。
「ゴッ、ゲ……」
驚愕とうめきが混ざったような鳴き声が、
だが、まだ殺し切れていない。
蹴りも嘴でつつかれるのも強烈な威力がある為、ここで殺しきらなければ危険だ。
涼は素早くダガーを引き抜くと、次のスキルを発動させた。
「
まずは
どうしても、涼の腕力ではグラスコッコの羽毛と筋肉の鎧を抜くのは難しいので自己強化は必須だ。
続けて次のスキルを発動しながら、ダガーでグラスコッコの首を一閃する。
「
剣術武技の一つハイスラッシュ。
それの短剣版とも言える、高威力の斬撃技。
グラスコッコの首が落ち、続けて身体もグラリと傾き地面に倒れた。
「ふー……」
一息つきつつ、ドローンに向けて来ても大丈夫だとハンドサインを送る。
ドローンが涼の方へと移動する中、コメント欄は大盛り上がりだ。
香による絶妙なドローン操作のおかげで、遠目ながらその様子はしっかりと撮影されていたのである。
:すげー
:鮮やかにいった
:おおおおおおおお
:マジで殺し屋じゃん
:カッケぇぇぇぇぇ
:さすが殺し屋
:バックスタブは知ってるけど絶命一如ってなに?
:ニワトリまじ気づいてなかったな
:どっちも微妙なスキル
:気配を消して喉刺して声を封じてからの
:流れがスムーズすぎて何度もやってるのがわかる
:どっちも知らん
:↑どう微妙なんだよ
:誰かスキルをゲームで例えて
:何げに撮れ高映像を逃さないドローン操作してるモカP
:↑絶命一如は相手のHPが減っているほど攻撃力アップするバフ
:↑バクスタは相手に気づかれてないと攻撃力アップするバフ
:マジで微妙じゃねそれ
:涼ちんソロのガチ勢だったの嘘偽りないなこれ
:スキルの使い方がうますぎる
「周囲に他のグラスコッコはいなそうですね。
血の匂いで、よけいなモンスターが集まってくる前にここを離れ――」
ドローンに向いてそう告げる途中で、突然ドローンが勝手にコメント欄のホロウィンドウを展開した。
「なに、急に?」
目を眇めてやや低い声を発する涼に、コメント欄が何故かお礼で埋まっていく。
その中に、涼の目に留まるコメントがいくつかあった。
:グラスコッコ鶏肉やないの?
:グラスコッコって食べれる?
:血抜きすれば鶏肉では?
「……その発想はなかった」
:急にどうした?
:なんかコメント見たん?
「でも食べ方が分からない」
:ああ鶏肉だと気づいたのか
:なんで無視して行こうとしてたのかなって
:モンスターであって肉と認識してなかったのか
:《モカP》とりま収納してリアルフレンドに頼めば?
「あ! モカP、それだ」
香のコメントに従って、涼はSAIにグラスコッコの死体を収納する。
:リアフレに裁ける人いるんだ
:すごい知り合いがいるな
「どんな味がするのか楽しみ……」
:涼ちゃん嬉しそう
:滅多にみない崩れ顔涼ちん
:滅多もなにもまだ配信2回目だけどな
ふっふっふ――と、普段見せないようなほくそ笑む顔をしていると、なにやらコメント欄が騒がしくなっていく。
:ディアちゃんwww
:ワブであらぶりすぎwww
:どうして自分じゃないのってwwww
どうやら、大角ディアがWarblerで騒いでいるようだ。
そもそも香が示すリアルフレンドというのは湊なのだから、騒ぐ必要はない気がするのだが――
:《モカP》涼、リアフレの名前をうっかり口にしたりするなよ
:《モカP》その人もネットでハンドル使って活動してんだし
「……しそうだった」
:気をつけて涼ちゃん
:そういうの危ないから
:変な視聴者が涼ちゃんじゃなくそっちに向くコトあるからね
:ネットで活動してる人なら相手にも迷惑かけちゃうよ
「わかった。こういう場ではリアルの名前や本名はあまり出しちゃダメなんだね。勉強になります……ってボク、ほぼほぼ本名なんだけど」
:《モカP》フルネームださなきゃいいんだよ
:モカPも雑なw
:まぁあながち間違ってもいないw
「そういうモノなら、そういうコトにしておくけどさ」
そう言って、ドローンの頭を撫でて表示を隠す。
「またしばらくコメント欄を隠した状態で動きますので反応できないコトを謝っておきます」
涼の見えないところで「OK」などの返事がコメント欄に流れていく。
それを確認したワケではないのだが、涼は少し間をおいてから、そろそろと動き出すのだった。
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【Skill Talk】
《バックスタブ》
武技に分類される自己強化系のバフスキル。
発動後、一定時間、こちらに気づいていない相手に対して攻撃力に強化が掛かる。それが背後からであった場合、さらに強い補正がかかる。
斬撃なら切れ味が増し、刺突なら貫通力が増し、打撃なら破壊力が増す。
また攻撃系の武技には補正がのるが魔技には補正が乗らない。
《
武技に分類される自己強化系のバフスキル。
発動後、一定時間、怪我や疲労によって弱っている相手に攻撃した時、攻撃力に強化が掛かる。
相手が弱っていれば弱っているほど補正が強くなる。
斬撃なら切れ味が増し、刺突なら貫通力が増し、打撃なら破壊力が増す。
また攻撃系の武技には補正がのるが魔技には補正が乗らない。
《
中級武技。ナイフやダガーなどで発動する短剣スキルに分類される。
剣術によるハイスラッシュと同格の技。力を込めた短剣で横薙ぎの斬撃を放つ。
スキルによって強化された斬撃である為、通常の斬撃以上の威力を発揮する。
ザックリとした計算式として【(素の腕力+剣の性能)×スキルによる強化=一刹の威力】となっている為、素の腕力や高性能な武器を使っているほど、性能があがる。
スキル強化値はだいたい1.1~2倍と言われており、練度が高いと腕力が低くともバカに出来ない威力になる。
習得しやすく適当にブッパしても悪くはない威力が出るので、短剣をメインウェポンにしている人はもちろん、予備に短剣を持ち歩く人も習得していることの多い、使い勝手のよい人気スキル。
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