涼 と 配信 と ダンジョンの難易度


 下見をした日から数日後の土曜日。

 涼と香は準備を整えて、武蔵国府史跡ダンジョンへと来ていた。


 大きな神社の横にある史跡だ。

 かつての建物の柱があった場所に、朱塗りの柱が並んでいた。

 その横に、小さな建物があり、ちょっとした展示場になっている。


 展示場そのものは、入場無料で、この史跡に関する資料を展示していたり、建物のあとがそのまま床に展示されてたりするだけの場所だった。


 だが、今は探索者資格がないと立ち入れなくなってしまっている。


 それもそのはずで、史跡としての窪み。その横に土作りの階段が不自然に口を開いている。それこそが、ダンジョンの入り口だ。


 二人は展示場の入り口の人――本来無人の資料館だったがダンジョン発生のせいで警備員がついた――に声をかけて、ダンジョンの入り口である土作りの階段を下りていく。


 そして、少し広めのエントランスのような空洞で準備をはじめた。


「スニーキングの難易度そのものは低いから大丈夫だとは思うけど、ドローンの設定と操作、丁寧に頼むよ」

「分かってる。そこを抜かる気はねぇさ」


 カバンからドローンを取り出し、浮かばせながら香がうなずく。


「今回はそのコート着るんだな」

「うん。丈夫だし、ポケットが多いから武器とか仕込みやすい」

「SAIに武器のストックとかしまってないのか?」

「あるよ。だけど、SAIから取り出そうとするとどうしてもラグがあるから、咄嗟に扱うならポケットやホルスターとかに入っててくれた方がラク」


 襟が大きく口元を隠すような黒いコートを来た涼は、身体を動かして具合を確かめる。


「それに――万が一に戦闘が発生しちゃうと、相手によってはちょっと本気出す必要があるからね、ここ。それこそ小さなラグが命取りになりかねない」


 だからこそのフル装備だ。


「その姿してると殺し屋って感じするよな」

「殺し屋……悪くない」

「戦闘スタイルもそんな感じだし」

「確かに」


 とてつもない知見を得た――とでもいうような驚き方をする涼。それを見ながら香は苦笑した。


「ともあれ、そろそろ始めるぞ」

「おっけー」


 Warblerワーブラーでの告知はすでにしてある。

 例によって大角ディアが超高速反応でRWリワーブしてくれた。一分たたずのRWだったので、Warblerに張り付いていたのだろう。


 一週間ぶり、二度目の配信開始だ。


 涼は、浮かぶドローンのカメラへと向き直る。

 カメラの向こうで、香が合図を送ってきたので、それにうなずく。


 一拍おいて、涼は挨拶を口にした。


「あ、どうも。涼です。

 一週間のご無沙汰。みなさんどうお過ごしだったでしょうか」


 やっぱりガチガチの棒っぽい挨拶だった。


:きたー

:ごぶさたー

:やっぱ堅いなw

:定型文苦手か


 とはいえ、視聴者の反応は悪くない。


:ディアちゃんのワブから

:荒ぶるディアから

:大角ディアの荒ぶる原因を見に


「大角ディアさんのWarblerからありがとうございます。

 それと大角ディアさんも、WarblerでのRWリワブありがとうございまっす。

 でもディアさん、そちらの話を聞いていると不安になるコトがあるんですが……。大丈夫なんですかね……その、いろいろと……」


:もうダメかも知れんね…

:先週もマネさんに叱られてたな

:じゃあ今日も叱られるのか


「そっか。ダメなんですね……。

 黙祷をしてから、次の話をしましょうか」


:黙祷ww

:いや黙祷って

:本人草葉の陰でアラブっておられるww

:草葉の草食べてそうで草

:今日もWarblerは騒がしそうだw


 変に心配するよりも放置していた方がいいかもしれない。

 視聴者のコメントを見ながら、涼はそう考えて話を進めることにした。


「さて、今日のダンジョンなんですが」


:そういえば黒い格好してるな

:表情乏しいのもあって殺し屋味ある

:厨ニ感あるカッコよさ


「武蔵国府史跡ダンジョンに来ております」


:どこ?

:しらんw

:どこだ?


「場所としては東京の府中市にあるダンジョンですね。

 大國魂オオクニタマ神社という大きい神社の横にある史跡に生まれたダンジョンです」


:つまり大國魂ダンジョンか

:最初からそう言ってくれれば


「あー……それなんですが、少しみなさんの知識に訂正を。

 通称として、そちらの通りがいいのは知っているのですが――」


 予想通りの反応に、涼が待ったをかける。

 そして、理由があって非常にマイナーながらも、大國魂ダンジョンという名前の場所は別途存在していることを説明した。


「そんなワケでこちらを大國魂ダンジョンと呼んでしまうと、本来の大國魂ダンジョンと混同してしまう恐れがあるので控えて頂けると」


:俺探索者だけど知らんかった

:そういうコトなら

:なるほど


 とりあえず視聴者たちが納得したところで、涼は話題を戻す。


「さて今日はこのダンジョンで、ダンジョンならではの光景をお見せできればな――と思います」


:探索風景そのものがならではじゃない?

:ふつうのコトでは?


「まぁその反応は予想してました。

 でも、モンスターの寝顔ではないですが、ああいうダンジョンの中の自然のようなモノをお見せできればな、と」


:なんとなくわかった

:探索やバトルとは違う風景ってコトか

:確かに背景とかあんま注目しないもんな


「今回もスニーキングメインで進みますが、万が一バトルが発生した場合――ちょっと手強いのが多いので、前回の配信よりも装備重めです」


:それで黒いのか

:殺し屋スタイル

:スニーキングもあいまってスパイ感ある

:厨ニ感たまらん

:幼い頃からスパイや暗殺の教育されてきた少年兵味ある

:武器もナイフだしな

:美貌も武器にならない?


「なにやら褒められてるっぽくて照れます」


:さてはお気に入りか

:その格好好きなんだなw

:無表情なのに嬉しそうかわいい


「あ、そうだ。ところでみなさんダンジョン難易度ってちゃんとご存じですか?」


:AとかSとかのやつ?

:肉みたいにA5とかじゃなかった


「それですそれです。

 基本的にダンジョンそのものの探索の難しさがA~Eの五段階。

 砂漠や極寒のような環境の辛さや、迷路の複雑さ、解除の難しいパズルのようなギミックが多いとかだと難易度が高いと判定されます。

 そして、そのダンジョンに出現するモンスターの強さを1~5で表されてるんですね」


:ちなみに探索難易度はAが難しい

:モンスターは5が強いって感じだったよね

:ちなみにSはない

:AAとかはなくはない


「みなさん補足ありがとうございます。

 前回の多摩川中州ダンジョンは公式見解としてDの2となっています。

 シャークダイルを思うと3でもいいのでしょうけど、あれは避けても最奥にいけますからね。

 ダンジョン構造も迷路にはなってますが複雑ではないのでEでも不思議ではないのですが、シャークダイルと遭遇する危険性からDになっています。

 シャークダイルの縄張りを突っ切って一直線にボスを目指すだけなら、Eの3くらいかもしれませんが」


:あそこの難易度は低めなのか

:シャークダイルだけ突出してるのね

:それはそれで大変そうだ

:あそこの終盤はシャクダが群れるしな


 涼の解説に、思い思いのコメントが流れていく。

 それを少し読んでから、涼は告げた。


「そして、今日挑戦するこのダンジョンなんですが――その難易度はCの4です。

 ここだとシャークダイル級のモンスターが低層から出現します」


 瞬間、コメント欄に沈黙が訪れた。



=====================



【Idle Talk】

 涼たちとはまず関わらないし、知らなくても読み飛ばしても良い無駄に長い設定の話をします。


 以下、早口言葉。


 現在観測されている範囲での最高難易度ダンジョンはAA6。

 通称アトランティス。センターコアとも呼ばれていた。

 太平洋のど真ん中に出現。日本式世界地図の場合、まさに地図の真ん中のような場所に小さな島と洞窟の形で発生していた。

 原因不明ながら消滅してしまったダンジョンだが、いわゆるボスラッシュ系のダンジョンだったらしい。

 モンスターハウス→ボス→を1フロアづつ交互に延々と繰り返す。

 深さは分からないものの、ボスを倒さないと進めない上に休憩できる場所がほぼないというのが難易度の理由。

 序盤のモンスターハウスフロアの出てくる雑魚ですら、ランク2のダンジョンボス相当の強さで、当然深層にいくほど強くなる。

 フロア41まで確認されており、フロア41に出てくる雑魚は、一体一体が20台フロアのボスと同格くらいであったそうだ。

 フロア40の時点で当時観測されていたダンジョンボスの中でも上位に入る強さだった為、先にまだ強いのがいる可能性から6となった。


 現存するダンジョンとしてのA5ダンジョンは結構ある。

 日本にもいくつかあり、中でも有名なA5ダンジョンは富士の樹海に発生したモノ。

 エンタメファンからはローグライクダンジョンと呼ばれており、入る度に形が変わる。

 観測当初はE1だったのだが、あまたの探索者の尽力により、ランクが変更された。

 階段は一方通行で先へは行けるものの戻れない。

 しかも50階まで潜っても終わりが見えず、当然潜るほど敵が強くなる。しかも35階あたりから強さの上がり方が跳ね上がっていく為、このランクになったそうである。

 10階ごとに安全地帯があり、そこから地上へ帰還できるのが唯一の救いと言われている。

 このダンジョンの最高到達記録保持者は42階辺りから「もう無理!限界!」となった為、階段発見即降りを繰り返し命からがら50階へ到達したそうだ。

 その最高記録保持者は帰還したあとにこう叫んだ。

「あんなクソダン、二度と行かねぇぇぇぇぇ!!」

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