涼 と 香 と ダンジョントーク
1999年。7の月。
空から恐怖の大王が来るだろう。
アンゴルモアの大王を蘇らせ、
マルスの前後に首尾良く支配する為に。
有名な予言の一説。
当時は世界終末説まで流れて世間をにぎわせていた。
もちろん信じてない者も多く、ただ淡々といつも通りの日常は流れていた。
そして、同年の7月は、特になにも起こることなく過ぎ去った為、人々の間でその終末説を幕を閉じ、気にかけていた者たちもいつも通りの日常に戻った――はずだった。
同年の8月11日。
ヨーロッパ圏での皆既日食の観測予定日。
その日のイギリス、グリニッジ時間での正午。
空から巨大な光が降ってきた。
光としか形容できないもの。
それが落ちてきて、だけど何も起きなかった。
巨大な光が降りてきたあとは、続けて流星群のように光が地上に降り注いだ。光に触れた者も多かったというが、特になにも起こることはなかったという。
それが地球全土でほぼ同時に観測された現象だ。
だが、世界中のあらゆる計器は、その光を観測せず。
肉眼、写真、ビデオ。そういう画像や映像による記録だけが残された。
記録に残っているからこそ、その現象は確かにあったのだ。
人々は戸惑うも結局は何も起きず正体も分からなかった為、すぐに普段通りの生活に戻っていった。
翌年3月。
マルスとはフランス語で火星の意味を持ち、三月という意味も持つ。
つまり、2000年の3月とは予言にあるマルスという言葉が示すとされる説のある月だ。
そんな三月に、日本の広島県でそれが確認された。
コンピュータゲームが好きな者たちが、それを『旅の扉』と称し盛り上がったそれ。
その渦をくぐると、氷を思わせる水鏡のような大地に、白く輝く神々しい木々が森を作っていた。
それが、人類が最初に観測したダンジョンだ。
ダンジョンの中には未知なる異形の動植物が生息し、通常とは異なる
厳島ダンジョン発生を皮切りにして、世界中で様々なダンジョンが発生あるいは発見され始める。
入り口の形は様々。
厳島ダンジョン同様に、渦のようなものもあれば、黒いモヤのようなものもあり。
あるいは、本当に洞窟のような入り口もあれば、地面の亀裂や、建物と建物の隙間にある裏通りに擬態しているケースもあった。
予言がどこまで正しいのかは分からないながら――世界はダンジョンの存在を受け入れた。あるいは受け入れざるを得なかった。
そうなれば、ダンジョンの恩恵であったり、ダンジョンに関わる仕事というのも生まれるのは必然だ。
とはいえ、人類はダンジョンだけにかかずらっているワケにもいかない。文明と文化は時代と共に変じ続けている。
やがて、動画配信と呼ばれるコンテンツが若者の間で爆発的に流行り初めてきた頃。
ダンジョン探索を配信する者が現れ、それが爆発的にヒットした。
そうなれば、後続も色々とマネしていく。
気がつけばダンジョン配信は、配信ジャンルにおいては大きなシェアを誇るコンテンツへと成長した。
「すなわち、大ダンジョン配信時代の始まりというワケだ」
香の家の、香の自室。
そこで香の話を聞いている涼。
「…………」
「寝るなッ!」
ダンジョン配信って結局なんなの――という素朴な疑問を涼が口にした結果――
それを聞いた香は、まるで歴史教師のように真面目に説明をしていたのだが……気がつけば、涼はちゃぶ台につっぷして寝落ちしていた。
髪を伸ばしチャラい雰囲気の香だが、実家でもある自宅は純和風の一軒家。
自室も当然のように畳の和室だ。しかも部屋着も和服である。
女子が見れば、香の新しい一面に間違いなく声をあげることだろう。
そんな和服姿の香が、ちゃぶ台につっぷしている涼を見ながら目を細める。
「むにゃむにゃ……もう食べれないなんてコトはないので、じゃんじゃんもってきて……」
「ベタ逆張りの寝言をほざいてるんじゃねー!」
ぺしっと香が涼の頭をはたけば、涼は不満そうな表情をしながら身体を起こした。
「むぅ……」
涼はあまり服装に頓着がないので、自分で適当に見繕った格好だ。
シャツにだぼっとしたジャケット。そしてジーパン。
ただその中性的ながらも女性に寄った容姿のせいもあってか、見た目はマニッシュな女性のようになっている。その為、見る人によっては新世界の扉を開きかねない危険なものともいえた。
もっとも二人はお互いにお互いの私服や部屋着を見慣れている為、別段なんとも思わないのだが。
「だってさぁ、ダンジョン配信ってよく分からないから教えてって言ったら、急に歴史の授業始めるんだもん」
「悪かったよ。順を追って話そうと思ったら、最初からがいいかなって」
「最初すぎるんだよ」
さすがに学校の授業でもやるようなダンジョンに関する基礎知識を語られても、涼としては退屈なだけだ。
「最後くらいじゃん、ボクが欲しかった情報……」
「なんだちゃんと聞いてたのか」
「そりゃあね。
でも、やっぱりわからんだよ。ダンジョン配信がバズった結果、みんながやりはじめたのは分かった。でもさ、ダンジョン配信のどこがウケたの?」
涼の問いに、香はキッパリと即答する。
「非日常」
「非日常?」
だが、やっぱり涼は首を傾げた。
そんな涼に対し、香は言葉をかみ砕くようにしながら、解説する。
「探索者なり探索事業に関わってきた奴からすれば、ダンジョン内の現実感の無さというのは当たり前のモノだ。
だけど、一般的にはそうでもない。むしろ名前だけで内容までは知られてなかった。そもそもダンジョンというモノそのものすら、一般には名前くらいの認識だったんだよ」
「だった?」
「ああ、そうだ。ダンジョン配信が流行るまではあまり認知されてなかったんだが、配信によって一気に広まったんだよ」
「そうなんだ」
「そういう意味じゃあ、配信は探索者にとっても国にとっても追い風だったんだよ」
「人々に知られるコトが追い風なの?」
よく分からない――と、涼は何度目ともなる首を傾げた。
「まぁ、おまえはそういうの興味ないだろうけどな。
世間じゃあ、ダンジョン探索者――というかダンジョンに関するコトへ税金などが使われているコトそのものが批判対象だったんだよ。
何をしているのか分からない
そんなモノに国や企業が金を掛けて研究したり、研究者を支援したりしているコトが、一般人には理解できなかった」
「……ダンジョンで手には入ったモノで、薬や日用品とかも作られているのに?」
「それを知っているのはダンジョンに関わってる奴だけだしな。
今だってそうだ。配信でダンジョンに関する知識や常識が広まっても、そういう話はそこまで広まってない」
涼は思い切り眉を
「じゃあ、ダンジョン内のモンスターは定期的に間引きしないと、時折外に出てくるって話、世間にはどれだけ知られてるの?」
「あー……そういや配信とかでその辺りに触れてる人あんまいない気がするな。探索者でも知ってる奴少なかったりしないか?」
「ダンジョン庁のホームページに書いてあるのに?」
「国のホームページに目を通している奴なんざ少数だよ」
そんなもんだろうか――と、涼はまたも首を傾げる。
「……っていうか、オレも詳しく知らないんだけどな。モンスターが外に出てくるって話は。大量に溢れ出たりしてくんの?」
教えて――と、言ってくる香に、涼は少し考えてから答えた。
「溢れ出てくるるコトはないだろうって言われてるけどね。
ダンジョンから数匹はぐれ出てくる可能性が増えるだけだよ」
「それだって問題だろ? いわゆる魔法や必殺技みたいなのは、ダンジョン内でしか使えないんだから、退治する手段がない」
「
「モンスターは領域の外には?」
「出るよ。その場合は、自衛隊が主力かな。
銃火器は多少通用するしね。ゴブリンみたいな人型のモンスターなら、空手とか合気道とかの一般的な格闘術も通用するかもだけど」
「……ドラゴンとかが外に出てきたら、戦車とか戦闘機とかで何とかなるのか?」
「ならないんじゃないかな」
さらりと、涼がそう口にするものだから、香は天井を仰いだ。
「だから探索者がダンジョン内でモンスターを狩ってるんだよ。
ダンジョンにはいくつか種類はあるけど、共通しているのは、モンスターを一匹倒すと、それだけではぐれが外に出てくる可能性が少し減るってコト。
付け加えるなら、ボスモンスターや、特殊な強敵モンスターを倒すと、そのダンジョンのモンスターが外へとはぐれ出る確率が大きく減るってコトかな」
涼の解説を聞いていた香が、ふむ――と小さくうなずく。
腕を組み、顎に手を当てている姿が妙にサマになっている。
「その話。配信する時に雑談がてらすると良いかもしれないな」
「そうなの?」
「ダンジョン配信に興味持ってる奴ってのは、ダンジョンに対しても大なり小なりの興味があるモンだろうしな」
「ふーん。まあ、その時が来たら言って」
「あいよ。
……ったく、おまえは配信中のトークに興味なさそうだな」
「興味なくても、鶏肉の為ならがんばれるよ」
「そうだったな……んじゃあ、その時が来たらよろしく」
「はーい」
気の抜けた返事をしながら、涼はちゃぶ台につっぷした。
そして、突っ伏したまま香に訊ねる。
「ねぇ香、お腹すかない?」
「ああ、すいてきたな。そろそろ昼か」
部屋の壁掛け時計を見、香はうなずく。
「どっか食べに行く?」
「そうだな――そういや、市役所近くの
瞬間、涼は勢いよく起きあがる。
「行こう! すぐ行こう! マッハで行こう!」
「はいはい。着替えてくるから待っててくれ」
「うん!」
そんな感じで、二人のダンジョン配信向け作戦会議の第一回はランチタイムを迎えるのだった。
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【Idle Talk】
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