もんじゃ焼き
片早 進
もんじゃ焼き
私は北関東の田舎出身の大学生です。
今年の春に進学を機に上京し東京の下町に住むことになりました。
下町の大きな河の近くにある古いアパートに住んでいて、外観は古さ丸出しだったんですが、内装だけはキレイでちょうどリフォームが済んだタイミングで借りることができました。
バイトはしていますし、食べ物は親から段ボール1箱分仕送りしてもらっていますし、数万円の家賃はこの辺りではそこそこ安いものの、学生の私には中々痛い出費です。
正直色々遊んだりもしたいですしね。
ですので私は節約のため食費を抑えるためにあるものを作って食べることにしました。
それはもんじゃ焼きです。
キャベツ、小麦粉、水、調味料なんかが有れば作れるし、1人前ならチーズをちょっと入れたり、麺のあのお菓子を入れても大した金額にならない。何ならなに入れてもそれなりの味になるので、仕送りの品々やスーパーのおつとめ品でもいけるし、野菜も沢山とれるという最強万能料理だと一人テンションが上がっていました。
幸い上京する際に買った調理道具の中に1人用の小さめのホットプレートもあったので新たな出費なく始めることができました。
飽きが心配ではありましたが、調味料や具材を変えての味変が容易でしたので難なく節約を続けることができました。
その甲斐あってか友達と遊んだりするのに困ることなく楽しく過ごしていました。
そんな楽しい生活の中でもただ一点だけ気になることがあるんです。
それは夜になると不思議な現象が起きるということです。
毎晩夜中に目が覚めると、微かに人の呻くような声とジャバジャバというような水の音が聞こえるのです。
不思議だし怖いのは怖いのですが、それ以上の何かがあるわけではなかったので、隣近所の人が遅番終わりに風呂でも入っているのかな、などと考えていました。
しかしくる日もくる日もこの現象が起きるため少し憂鬱になっていました。
ある日また夜中に目が覚めるとまた呻き声と水の音が聞こえてきたのですがなんだか違和感がありました。
あれ?なんか声と音が近づいてる?
前はウーウーという呻き声が遠くに聞こえていましたが
タ…ケ… タ…ケ…
と何かを言っている声が聞こえます。
それに水の音もジャバジャバという音に混じって低いゴーという音も聞こえます。
それが何か分かりませんし、どうすることもできないので私は布団を頭から被り朝まで過ごしました。
登校したときに大学の友達にこれまでの体験について相談してみましたが
「お化け的なこと?そういうの信じてないんだよね。」
とか
「お祓い行った方がいいんじゃない?まぁどこでできるかよく知らないけど」
といった感じで、ほとんどの友達はあまり真面目に取りあってはもらえませんでした。
ただ友達のAは気をつかってくれて
「上京して生活環境が変わって疲れてるのかもしれないし、今日の夜一緒に飯でも行って気分転換しようぜ。」
と誘ってくれたのです。
じゃあそうしようかという話になり、お互いの授業が終わり次第学内の広場に集合することになりました。
授業を終え広場に出るとAの姿はなかったので近くのベンチに座って待つことにしました。
5分も待っていなかったと思います。
「すまーん!お待たせしたー!」
とこちらにAがニコニコと声を掛けながら現れました。
「授業中考えてたんだけどお好み焼きなんかどう!?1人じゃお店とか行きにくいからさ!」
と上機嫌な様子で提案されました。
普段もんじゃ焼きを食べてるので一瞬考えましたが、Aが楽しそうな様子だったので了承しました。私の家の最寄り駅の辺りで良いとAが言ってくれたので、その辺りにお店がないかと2人でネットで探し昭和レトロな安くて良さげなお店を見つけ行くことにしました。
電車でお好み焼き久しぶりだから楽しみだなとか具材は何が好きか等と話している内にあっという間に目的の駅に到着しました。
駅前の商店街から一本路地を入った所にお店はありました。
かなり古びた外観でかけてある暖簾もヨレヨレになっていましたがそれも味という感じで2F建ての1Fがお店になっているようでした。
ガラガラガラ
お店に入ると古いながらも清潔感はある印象で、4人掛けのテーブル席が2つと座敷があり4人掛けのテーブルが2つありました。
座敷はおそらく常連さんであろう2組で既に埋まっており、テーブル席に案内されました。
The下町頑固オヤジといった印象の大将と恰幅のよい肝っ玉かあさん的な奥様が経営するお店のようで、奥様が席への案内と同時に飲み物の注文を取りに来ました。
2人ともウーロン茶を注文し日焼けしきったメニュー表を見ながら何にするか相談し待っていました。
ぶた玉とミックスを頼むと女将さんが持ってきてくれて
「焼き方とかは大丈夫?」
と確認されましたがAは明るく
「大丈夫です!ありがとうございます!」
と言い、届いたぶた玉の具材をかき混ぜ始めました。
私もミックスを混ぜ、お互い鉄板に乗せ焼き始めました。
Aは鉄板のぶた玉の様子を見ながら
「そういえば毎日もんじゃ焼き食べてるって噂聞いたんだけど本当?」
「うん、毎日食べてるよ。」
「そんなにもんじゃ焼き好きなんだ?」
「ううん、特別好きなわけじゃないよ。節約に1番適してるんじゃないかと思ってさ。」
「なるほどね。じゃあ今日はもんじゃはやめとくか。」
そう言ったAが少し残念そうだったので
「良さげなの1個頼んで一緒に食べない?」
と言うとAは
「いいの!?」
と明らかにテンションが上がった様子で
「何にしよっかなぁ。」
とニコニコしていました。
お好み焼きが良い感じに焼けてソース、マヨネーズ、鰹節、青のりをかけ2切れずつ分けあいました。
シンプルな具材なのにやたら美味しくて2人とも無言でムシャムシャ食べているとAが
「もんじゃだけど明太子チーズでいいか?」
と目をキラキラさせて問いかけてきました。
どんだけもんじゃ好きなんだよと少々呆れつつ
「いいよ。」
と答えるとAは
「すいませーん。明太子チーズもんじゃとウーロン茶2つ下さい!」
と厨房の辺りにいる女将さんに注文し、つづきを食べ始めました。
ちょうどお好み焼きを食べ終わる頃に女将さんがもんじゃとウーロン茶を持ってきてくれました。
「もんじゃの焼き方は大丈夫?」
と聞かれAは先程と同様に明るく
「大丈夫です!ありがとうございます。」
と答え女将さんが厨房の方に行くと
「こっちには毎日作ってるやつがいるからな。」
とAはニヤニヤしながらこちらを見ている。
「しょうがない奴だな。」
そう返し焼き始めました。
軽く油を引き直し、ボウルの具材をかき混ぜますが皮のついた明太子のせいで混ぜにくく少し苦戦しましたが一応満遍なく混ぜ合わせ、具材だけを鉄板に乗せていきます。
「慣れた手付きだなー。」
などとAは茶化してきますが軽く無視し、ヘラを使って炒め合わせます。
そしてヘラで具材たちをみじん切りのように細かくし、ドーナッツ型の土手を作りました。
すると女将さんが
「あぁー! ちょっとちょっと!」
とこちらにやってきました。
私とAは驚き、えっ?という表情で女将さんを見ました。
すると女将さんはヘラで土手を崩しながら
「この辺の地域はこうやって焼いたらダメなのよ。」
と言いました。
Aが
「そうなんですか?因みに理由とかって聞いても…?」
と言うと女将さんは
「あそこに大きな河があるでしょ?昔はその河が大雨なんかで洪水が起きて、沢山人が亡くなったのよ。」
正直それがなんなんだと不思議な顔をしていたと思います。Aも同じような顔をしていました。
女将さんは続けて
「もんじゃ焼きって土手を作って真ん中に汁を流したら大体土手から溢れるでしょ?それが河が決壊する様に似てるから、不吉だし縁起が悪いから土手を作って焼くのはダメなのよ。」
なるほど、そんなこともあるんだと感心して話を聞いているとAの顔が妙に緊張していることがわかりました。
「そうだったんですね。ありがとうございます。」
私がそう言うと女将さんはにこやかに厨房の方へと戻っていきました。
「どうした?」
そうAに尋ねると
「…ううん…なんでもない。」
となんだか元気がなさそうだったので茶化すように
「お前が食べたがってたんだろ。」
と言いながらもんじゃ焼き用の小さなヘラを渡すと
「確かに!」
と先程までのような笑顔でもんじゃ焼きを食べ始めました。
もんじゃ焼きを食べた後で、最後にキムチぶた玉1枚を2人で分け合って食べ食事を終えました。
ワリカンで会計をし店を出ると
「じゃあ俺電車だから。また明日学校で。」
とAが言いましたが、私は先程の緊張した様子が気になり
「さっき様子が変だったけど何だったの?」
と聞くと
「別に… 女将さんの話が興味深かっただけだよ。」
私はあまり納得はできませんでしたが、しつこくするのはあれだと思い
「そっか、じゃあまた明日学校で。」
そう言いその日はそこで別れました。
家に着き荷物を下ろしそのままシャワーを浴びベッドに寝転びました。
最近のあの出来事で寝不足気味だったこともあり、時間はまだ9時になる頃でしたが寝ることにしました。
気がつくともう朝でした。
なんなら遅刻ギリギリまで寝ていました。
夜中に起きることなく、あの現象にも遭遇することなくぐっすり眠れたのです。
寝起きもスッキリでテンション爆上がりで学校へと向かいました。
教室に着いた頃Aよりチャットアプリで
『昼休みに広場に来てくんない?』
とメッセージが来たので
『了解!昨日はありがとう!』
そう返し授業を受けました。
昼休みになりAは既に広場のベンチで座っていました。
「おまたせ!昨日はありがとー。」
「お疲れー、昨日あの後どうだった?」
Aの質問の意味はあまりわかりませんでしたが
「あの後速効寝ちゃってさー、珍しくぐっすりで寝坊しかけたわ。」
と答えました。
「ぐっすり…… 夜中起きてってヤツは無かった?」
「うん!もうぐっすりもぐっすりよ!」
Aは少し考えてから
「…そっか!良かったな!」
といつもの笑顔で言いました。
しかしその考えている様や昨日の変な様子が気になり
「Aこそなんか変じゃね?昨日もなんか緊張してたし。」
「うーん…何か昨日の女将さんの話が気になってさ。」
「女将さんの話?」
「昔洪水があってから土手を作らないって言ってたけどさ、お前家でもんじゃ焼き作る時に土手作るんだよね?」
「うん、作るね。」
「で、昨日土手を作らなかったら何も無かったんだよね?」
「そうだね…」
「縁起が悪いとか不吉とされてることって案外バカにできないのかもね。」
「…………… 確かに…」
一瞬間が空いてからAはいつもの明るい調子で
「まぁ、原因らしきものもわかったんだし良かったんじゃね?」
「そうだな。何にせよ昨日誘ってくれたおかげで助かったよ!」
私はそれから家でもんじゃ焼きを作るのはやめました。
土手を作らなきゃ良いのかもしれませんが、またあんなことがあったら嫌なので…
もんじゃ焼き 完
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