7. 警察署での一幕と世界的危機の予兆

『そ、そそ、それでは、お、おお、お話を聞かせてもらいたくて……』


 警察署の一室にて若い女性警察官が、ある人物達の前でド緊張して話を聞こうとしていた。

 一般人相手に動揺を露骨に表に出すなど警察官としてあるまじき姿だ。その一室の様子をモニターで見ていた熟練の警察官は眉をひそめて苛立ちを隠さず、一緒に見ていた部下に詰問する。


「どうしてあんなやつを使った!」

「心証を良くするために若い女性を使えって指示じゃないですか」

「だからといって配属したての新人を使ってどうする!」

「他に居なかったから仕方ないんです。ほら、うちの女性陣ってみんなオラオラ系じゃないですか」

「それなら他から借りてくるとかやりようはあっただろ!」

「急に来たからそんな時間無かったんですよ。それとも彼らを長時間待たせるつもりですか?」

「ぐっ……」


 そんなことなど出来るはずがない。

 何故なら彼らが相対しているのは世界で最も尊いとされている人物。総理大臣よりも天皇陛下よりも海外の首脳よりも丁重な扱いが求められる存在、槍杉救・・・なのだから。


「頼むから余計なことは言わないでくれよ」

「胃薬飲みます?」

「もう飲んだ」

「そうですか」


 警察官として数々の修羅場をくぐって来たにも関わらず、あまりのプレッシャーで胃がキリキリと痛む。ここで何か粗相をしてしまったら、救の信者達に何をされるか分かったものでは無い。以前のぴなこの騒動の時とはあまりにも注目度が違うのだ、下手したら警察という組織が終焉を迎える可能性だってある。


『三年前の九月頃に、ボクは日本全国の病院に侵入・・しました』

『は、はい』


 何故救が警察署に来ているのか、それは『住居侵入罪』の容疑がかけられているからだ。より正確には『住居侵入罪』に気付いた救が自主的に警察署にやってきたのである。


 救がエリクサーを使って日本中の重症患者を治し『奇跡の夜』の原因が救であると判明した後、救は家族に具体的に話を聞かれた。今回は救が自らの命を顧みなかった事件では無かったので『会議』にはならなかったが、その話の中で自分が無断で病院に侵入していることに気が付いたのだ。


 慌てた救はすぐに警察署に連絡し、こうして罪を告白しに来たのである。


「せめて昼ならばまだマシだったのに」

「夜は普通は入れませんからね」


 昼間であればお見舞いの一種だと強引にみなして有耶無耶に出来たかもしれないが、一般人の来館を禁止している夜であったがゆえに住居侵入の疑いをかけざるを得なくなってしまったのだ。


 それでも救の行いを評価して住居侵入のことは触れない方が良いのではないかという意見が警察内部では出ていた。他にも、救がどれほどすばらしいことをしても法に則り対応するのが正しい警察の在り方ではないか、救の真似をする人が出て来て逆に患者を死なせてしまうなんてことが無いように罪だと断言すべきではないか、そんなことをして救の信者の怒りをかったら警察は今後信用してもらえなくなるのではないか、などなど様々な意見が出て偉い人達は頭を抱えていた。


 まだ結論が出ていない中で、救が住居侵入に気付き自分から警察に来てしまったが故に大慌てで対応中という状況である。


『ぐ、具体的な日付は覚えてますか?』

『それが覚えていないんです』

『そう、ですか……』


 世間ではそれがいつだったのか完璧に記録されているが、救本人は覚えていなかった。三年も前の事で、ダンジョンに毎日籠っていて日付感覚が薄かったので仕方ないだろう。


『で、では、どこの病院に入ったのかは覚えてますか?』

『それも手当たり次第に行ったから覚えてないんです』

『そう、ですか……』


 世間ではそれがどこなのか完璧に記録されているが、救はスキルを使って死にそうな人がいるところに向かってエリクサーを使っただけなので、どこの病院なのかなんてことを覚えている訳が無かった。


 つまり事件の情報と、救の証言が一致させられないのである。


 これが防犯カメラに映っているなどであれば日時や場所どころか侵入の証拠にもなるのだが、スキルを使って完璧に隠れていたのでそれもない。


「これだから探索者関連の事件は面倒なんだ……」


 救に限らず探索者が事件を起こすと、スキルを使って通常ではありえないことが起きるので捜査がもの凄く大変なのだ。


 その後も新人女性警察官が救にいくつか質問するが、芳しい情報は得られなかった。


『そ、それじゃあ次は……ひっ!』


 質問を繰り返して徐々に雰囲気に慣れて来た新人女性警察官だったが、ここでまた最初のように緊張しだす。


 実は彼女が緊張していたのは救という大物が相手だったからというわけでは無かった。

 むしろ救くんちゃん可愛いな、お話できるなんて超ラッキーくらいに思っていた。しかし蓋を開けてみれば、彼女が話す相手は救だけでは無かったのだ。


『お、おお、お父様・・・に、お、おお、お話を聞かせって、く、くください』

『はい』

『ひっ!』


 そう、なんとここにはシルバー父こと、救の父親も同席していたのだ。


 救は十八歳なので成人だ。

 誰がなんと言おうと成人だ。

 だが学生の間に警察の厄介になる場合は、親の同伴が推奨されている。


 それゆえ救の家族を代表して父親が同席している。


「まるで一昔前のヤクザみたいな面だな」

「あの父親であの子が生まれるとか、遺伝子情報バグってませんか?」


 いかつい、キツイ、濃い。

 一睨みするだけで相手を殺してしまいそうな程に怖い顔を持つ救の父親、槍杉まもる


 そのあまりの迫力に新人女性警察官は漏らしそうな程にビビっていた。

 しかも今は自分の子供がやらかしてしまったということで真面目で神妙な顔になっている。それがまた守の恐ろしさをより際立たせることとなっていた。


『この度は救がご迷惑をおかけしました』


 もちろん怖いのは見た目だけ。

 その内面は救の家族であると納得出来るほどに心優しく真面目な人物だ。


 ボランティア活動に精を出し、困っている人を見過ごせない性格であるがゆえ、怖い顔にも関わらず昔から多くの人に愛されている。その在り方は間違いなく救に大きな影響をもたらしていた。


『救にはきつく言っておきましたので』

『あ、あはは、家族会議、ですね』

『ぷぎゃあ……今回は普通に怒られただけです』


 家族会議は主に救が心配をかけたときに開催されるものだが、今回は普通に両親に叱られただけだった。救の性格コミュ障上仕方なかったとはいえ、皆を困らせないように侵入ではなくて事情を説明して入れてもらいなさいと言われたのだ。

 もちろんそれと同時に助けたことを褒められもしたのだが、それはそれで居た堪れなくて辛いので救としては二重苦だったりする。自分が悪い。


「とりあえず無事に終わりそうだな」

「あの親子相手で問題を起こす方が難しいと思いますけどね」

「まぁな」


 少し前の救ならコミュ障が酷すぎて話が出来ずに問題が起きていたかもしれないが、一対一くらいならば普通に話が出来る上に、真面目な父親も同席しているとなれば問題など起こる筈も無い。


 ただ怖がるのは仕方のないこと。


 ぴなこの時も彼女が自分から出頭し、その後に探索者の襲撃にあった。

 救の場合はありえないと分かっていても、当時のトラウマの影響で慎重にならざるを得なかったのだ。


 その警察にトラウマを植え付けた原因とも言える男は……


――――――――


「くそ、くそくそくそくそ、どいつもこいつも舐めやがって!」

『うるさいぞ!』

『さっさと歩け!』

「てめぇ殴りやがったな! うっ……わ~ったよ、行けば良いんだろ!」


 日本の愚かさにトドメを刺しかけた男、悪田組男は中国政府の命令により最難関ダンジョンを探索させられていた。


 中国の優秀な探索者パーティーの一員に入れられて、囮や罠の対処などの危険な作業を割り当てられていたが、悪運だけは強いのか辛うじて生き永らえていた。


「このままじゃ殺される。早くなんとかしないと」


 だが監視役でもあるパーティーメンバーとは手も足も出ない程の実力差があり、逃げ出すのは容易ではない。そもそも最難関ダンジョンで逃げて一人になろうものなら入口まで辿り着かずに死ぬだろう。仮に運良く辿り着けたとしても入り口を管理している人に捕まるだけだ。


 悪田は完全に詰んでいた。


『おい、あそこを調べろ』

「チッ」


 中国語は分からないが、言いたいことはジェスチャーで何となくわかる。

 すぐ先にある小部屋を調べてこいという命令だろう。


 逆らえば斬り捨てられてもおかしくないため、どれほどの危険が待っていようとも従うしかない。


 その小部屋には外から見る感じでは何も無かった。

 露骨に宝箱が置いてあるなんてことも、強そうな魔物が待っているなんてことも無い。

 かといって部屋が狭すぎるのでモンスターハウス的なトラップがあるとも考えにくい。


 とはいえ特に用が無ければスルーするのが賢明な判断だ。最難関ダンジョンの探索は石橋を叩いて叩きすぎるくらいで丁度良いのだから。


 しかし調べろと言われたら中に入るしかない。

 このような自分達ではやりたくないことをやらせるのに捨て石でもある悪田の存在は便利だった。尤も、悪田だって似たようなことをして探索者を犠牲にしてきたのだから、自分が同じことをやられたからといって文句など言えるはずが無いのだが。


「何も……ないか?」


 恐る恐る部屋の中に足を踏み入れるがトラップが反応する気配は無い。

 部屋の中央まで移動しても何も起こらない。

 後は壁を調べて隠し通路でも無いかを調べるだけだ。


「うおっ!」


 奥の壁に手を触れた瞬間、壁に体が吸い込まれるように引き寄せられる。


「ぬおおおおおおおお!」


 必死で踏ん張って耐えるが吸い込む力の方が上で体が徐々に壁に埋もれて行く。


「てめえら助けやがれ!」


 たまらずパーティーメンバーに助けを求めるが、彼らは助けるどころかニヤニヤしながらスマホを向けて撮影をしていた。


「おい! 何してる! 助けろって言ってるだろ! 俺を誰だと思ってる!」


 その喚きようがあまりにも無様に見えたのか、中国人パーティーはニヤニヤした笑いをより深めるだけで全く手を貸す様子は無い。


 こんなところで死ぬなんて絶対に嫌だ。


 だが無情にも悪田の体は壁の向こうへと消え、助けを求めて伸ばした指先は最後まで何にも触れることは無かった。そして悪田が消えたと同時にその小部屋もまた消滅し、入り口だったところがただの壁となっていた。




「いってぇ……ここは?」


 壁に吸い込まれた悪田は、細くて狭い通路のようなところを壁に何度も体を打ち付けながら飛ばされ、最後にやや広い部屋に落下した。


 部屋の中央の床には魔法陣のようなものが描かれていて、赤色に明滅している。


「まさか魔物召喚部屋か!?」


 それは上級レベル以上のダンジョンで稀に見つかるトラップの一種。魔法陣から出現する魔物を倒さなければ部屋から出ることが出来ない。出現する魔物はボス級の強さであり、最難関ダンジョンでこのトラップにかかったということは……


「ふ、ふざけるなふざけるなふざけるな!」


 自らの死を確信し、恐怖で立ち上がることも出来ない。

 そのまま這いつくばって逃げようにも部屋は壁で囲まれていて逃げ道は無い。


「出せ! ここから出せ! まだ死にたくない!」


 必死で壁を叩くがもちろん無意味な行いだ。


 やがて魔法陣は一際強く赤い光を放ち、一匹の魔物が出現する。


「ヒイイイイイイイイ!」


 斬られるのか潰されるのか喰われるのか。

 魔物の種類で自分の死に様が決まる。


 そんなもの見たくも無いけれど、生存本能が見て逃げ回れと叫ぶが故に、それを視認してしまった。


「は?」


 だがそこに居たのはあまりにも予想外の魔物だった。


「スライム?」


 ダンジョンでのスライムは強い方の部類に入る魔物だ。

 物理攻撃はほとんど効かず、通常は魔法で倒す。かといって種類によっては特定の魔法を無効化するものもあり、攻撃手段が無いと逃げるしかない相手なのだ。


 だがいくら悪田とはいえ上級ダンジョンをソロで探索できるほどの力はあり、魔法もそれなりに使える。今更スライムごときに負けるはずがない。


「は、はは、俺の命運はまだ尽きてなかったようだな!」


 もちろんこんなところで普通にスライムが出てくるわけが無いのだが、恐怖による現実逃避が相手を弱者だと思い込ませる。


「へへ、こいつを倒して外に出て、俺を侮辱した連中をぶっ殺してやる。待ってろよ……」


 震える足でどうにか立ち上がり、ありえもしない未来を支えにスライムに立ち向かう。


「ファイアーボール!」


 燃え盛る火球がスライムに直撃した。


「チッ、炎はダメか。アイスコフィン!」


 それならばと今度は氷漬けにしてみるが、それも効果が無い。


 風、土、雷、そして無属性。

 覚えているあらゆる魔法を使ってみたが、全てスライムに当たったかと思うと消えて無くなった。


「くっ……なら核を潰してやる!」


 自分が使える魔法の属性では効果が無いと判断した悪田は、物理攻撃で唯一効果のある核への攻撃を狙った。しかし核が何処にあるかも分からず、闇雲に攻撃しても意味が無い。しかもスライムの動きが素早く体に当てることも出来ない。


「このっ、このっ、避けるな!」


 スライムは何度か攻撃を避けると、隙を見て悪田に飛び掛かる。


「ぐわっ、離れろ!」


 スライムの体は酸で出来ていることが多く、このままでは溶かされてしまうため慌てて引き剥がそうとするが、掴もうにも半分液体のようなものなので掴めない。


「溶けない……? いやこいつ、まさか俺を!?」


 すぐに体が溶かされる激痛がやってくるかと思いきやそれが来ないことを不審に思い、改めてスライムの様子を確認するとスライムは悪田の体を覆い尽くそうとしていた。


 それはまるで悪田を喰らうかのように。


「やめろ、やめろ、やめろおおおおおおおお!」


 痛みは無かった。

 だが体の感覚は確実に無くなって行く。


 そしてスライムが頭全体を覆った時、悪田の意識は闇に消えた。


「許さない許さない許さない許さない。俺をコケにした奴らを全員ぶっ殺してやる!」


 そんな逆恨みからなる悪意と共に。




 不幸にもスライムはその悪意すらも吸収することになってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る