第7話 勉強会 ②



 今から朝倉さんに勉強を教えるわけだが、まずは今の朝倉さんの全教科のレベルがどれ程のものか知る必要がある。通っている高校が同じであれば、太一に渡したプリントを朝倉さんにも渡し、それでもう勉強会自体はほぼ終わったようなものだったのだが。


「とりあえず、朝倉さんが今どのくらい問題を解けるか知りたいから、太一に渡したプリントを朝倉さんも解いてみてくれる?」


「わかった」


 俺は朝倉さんにも同じプリントを渡す。


 英語と社会は、この前の小テストの得点で何となく実力は見当がつくが、残りの国語、数学、理科の三教科がどれ程のものか……まぁ俺の高校用のテスト問題だがそこまで大きな違いはないと思う。


 俺も自分の勉強をしながら朝倉さんが問題を解き終わるのを待つ。時折、悩んで頭を抱えている様子やシャーペンの進みが遅い様子を見るあたり、だいぶ苦戦しているようだった。


 太一の方はどうだろうかと、様子を窺うと左手を頬に当て、右手でシャーペンを持ったまま見事な姿勢で眠っていた。肘で軽く小突いてやる。


「太一、何寝てるんだよ」


「んあ、もう夕方か?」


「まだ始まって二十分しか経ってねぇよ」


「あははは、古賀君ずいぶん爆睡してたね」


「文字を見ると眠くなるんだよ。一文字一文字が絶対眠気を誘ってやがる。ちょっと炭酸飲んで目を覚ますか」


 そう言って、太一は袋からコーラを一本取り出しキャップを開けた。


 その時、突然コーラが吹き出し、太一の上半身と下半身がびしょびしょに濡れてしまった。


「きゃっ」


「うわわわわっ」


「ちょっ、何やってんだよ太一」


 太一は慌ててコーラのキャップを閉める。辛うじてカーペットの上に零れることはなかったが、太一の服が悲惨なことになっていた。


「「「……」」」


 その場に数秒ほどの沈黙が流れる。


「「「あははははははは」」」


 直後、突然起きた出来事に笑いが込み上げてきて、三人が一斉に笑い出した。


「くっそー、びしょ濡れになっちまったよ。これくっすー用のコーラだったわ」


「ホントに振ってやがったのか! なんて奴だ」


「でも、古賀君が被害に遭っちゃったね。やっぱり悪い事は自分に返ってくるんだねぇ」


「危うく俺が一生懸命作ったプリントが台無しになるとこだったぞ」


「というかこれ、莉奈ちゃんに当たらなくて良かったな」


「ねー、私が開けてたら服が透けちゃってたね」


「悪いくっすー、シャワー借りていいか?」


「罰としてそのまま居ろって思ったがまぁ仕方ない。服は渇くまで高校のジャージを貸すから」


 太一にタオルとジャージ、それと新品のパンツを渡す。受け取った太一は、そのまま浴室へと入って行った。俺は太一の濡れた服を洗濯機にブチ込み、洗濯乾燥モードでボタンを押した。


 部屋に戻ると、朝倉さんは必死に問題を解いていた。


「あ、おかえり。びっくりしたね」


「全くだ。惨事にならなかったから良いようなものを」


「あはは、もし私にあのコーラが当たってたらどうする?」


「どうするって別に、どうもしないけど」


「え~コーラで服が透けても同じことが言えるかな?」


 そう言われ、俺はつい反射的に視線を朝倉さんの顔から胸元へと移してしまった。時間的にほんのコンマ一秒ぐらいだったのだが、朝倉さんはその視線の動きを見逃さなかった。


「今一瞬、私の胸見たでしょ? 顔赤くなってる」


「見てない」


「えっち」


「だから見てない、気のせいだ」


 自分の体温が少し上がったのが分かった。


 落ち着け俺、こんなことで……この程度のことで翻弄されるんじゃない。冷静さを失い変に慌てるから、良いようにからかわれるのだ。浴室で見た太一の半ケツを思い出せ。


 その瞬間、自分でもびっくりするくらいの速さで、体温の熱が引いていった。むしろ、少し気分が悪くなったがこれでもう大丈夫だ。太一もたまには役に立つものだ。


「それより早くプリントを終わらせてくれ」


「はーい」


 そこからまた部屋には静寂が訪れる。


 十分後に太一が部屋に戻ってきて、ジャージのピチピチ加減を見た俺と朝倉さんのツボを見事に捉えたせいで、再び部屋に笑い声が響いてしまったのだが、それ以降は太一も真面目にプリントに取り組み、無音の空間に戻った。


「はい、終わったよ」


 朝倉さんが俺にプリントを差し出す。


「どれどれ」


 俺が確認すると、まぁ予想はできていたがどのプリントも解答欄の空白が目立っていた。頑張って書いたであろう問題も、小さいミスで間違えてしまっていたり採点の結果、国語と理科は二桁であったが、数学と社会と英語は一桁というまぁ太一に負けず劣らずの悲惨な結果であった。


「お、おう……」


「おいくっすー、なんだその反応は! 莉奈ちゃんに失礼だろ!」


「そうだよ……私頑張って解いたのに……」


「ほら見ろ! 莉奈ちゃん泣いてるじゃねぇか!」


「いや泣いてないから……だったら太一、お前もこれ見てみろよ」


 俺は太一に朝倉さんが解いたプリントを見せた。


「お、おう……」


「太一も同じ反応じゃねぇか」


「二人ともひどーい」


 さて、朝倉さんに関してはこの短い期間にどういう風に教えていくのがベストだろうか。というか、勉強はどの科目もひたすら問題を解く。この一点に尽きるわけだが。だから予習、復習が大事なのだ。


 勉強が苦手だとか、嫌いな人は、問題が解けないからそもそも予習、復習ができない。そして問題が解けないのは最初から勉強が嫌いだという精神でやっているので頭に入りにくいのだ。


 誰だって自分の好きな事、楽しいことはどんどん覚えるし、取組む熱量が違う。勉強だって好きな人は少ないかも知れないが、勉強を理解できれば楽しいと思えるはずだ。


 とはいえ、朝倉さんは勉強が嫌いという風には感じられない。きっと自分はバカだからと思っているせいで、その思考が記憶力の邪魔をしているのではないだろうか。


 となれば、まずは解ける喜びを思い出させてあげれば違うはずだ。


「朝倉さん、今回の期末試験のテスト範囲を全教科教えてほしいんだけど」


「……ごめん。わからない」


「なんとなくで良いんだけど、この教科書のどのページ辺りを授業でやってたとか覚えてない」


「えっと……先生の話聞いてなかったから……覚えてないんだよね。あ、でもこのプリントの問題はどれも授業でやってた気がするよ」


「なら、とりあえず今日は太一と同じで、このプリントを解けるようになるのを目標に勉強してみようか」


「うん。わかった」


「それで、次の勉強会の時に朝倉さんに持って来て欲しい物があるんだけどいい? 持ってればの話だけど」


「何?」


「前回の中間テストの問題用紙を全教科分見せて欲しい」


「持ってるけど、そんなのどうするの?」


「まぁもしかしたら、テスト勉強の参考になるかなと」


 朝倉さんの学校のテスト問題がどんな内容の問題が出ているのか、俺の学校のテスト問題と比較してみて勉強を教えていこうと思ったのだ。短いとはいえ期末試験まではまぁ時間があるので、朝倉さんがテスト範囲を確認しといてくれれば更に効率は上がる。


「わかった。じゃあ次の時に持ってくるね」


「よろしく」


「くっすー、俺もプリント終わったぜ」


 太一が俺にプリントを渡してくる。


 太一のプリントを見てみると、朝倉さんよりも空欄が多くほぼ真っ白と言っても過言ではなかった。英語と数学に関しては完全な白紙である。


「太一、もうちょっと頑張れよ」


「解らんものは解らん」


「古賀君、これでよく私のプリントにあんな反応できたね」


「全くだな」


「返す言葉もないぜ」


 二人の学力を見せつけられ、どっと疲れが出てきた。だが、今日は二人に同じ問題を教えていけばいいだけなので、少しは楽だと思う。

 俺はコーラを一口飲み気合を入れた。

 

 

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