第4話 ミッション ①



「昨日はよくも逃げたな」


「あのまま居たら何されるかわからないからな」


「本当にするわけないだろ? ジョークだよジョーク。我が校にいじめはない」


「どの口が言ってるんだ?」


 翌日、学校へ着くと早々に俺の席に来た太一が話しかけてきた。


 あれがジョークだと。完全にマジな目だった気がするけどな。というか、この件がなければ俺は朝倉さんに大きな借りを作ることはなかったのだ。どうしてくれるんだ! と言いたいところだが、そんな事を言ってしまえばまた昨日の二の舞なので黙っておく。


「つか、二日続けてサボりとは天才様は違うなぁ~」


「元々天才だったってことだ。昔は手を抜いていたんだよ。高校に入ったら本気出してみようかな的な?」


「くっすーこそ、どの口がほざいてるんだ?」


 もちろん冗談である。だが、太一に実は俺は高校生を何度もループしているから成績が上がったんだと言っても、それこそ頭がおかしい奴認定されてしまう。


「あーもう少しで期末テストが始まっちまうし、くっすーはまた上の方なんだろうなぁ」


「太一も今から頑張って勉強して上がってくればいいだろ? 俺が上がれたんだから」


「いやいや俺には無理だ。俺バカだから。でもそうだなぁ~頭が良い人に勉強を教えてもらったらワンチャンあるかもな」


 なるほど。太一は遠回しに俺に勉強を教えろと言っているのか。まったく、素直にお願いすれば教えるというのに。でもまぁ仕方ない、親友の為に一肌脱いでやるか。


「わかったよ。俺が勉強を教えてやるよ」


「くっすーが一人で? いやいや、俺の頭の悪さを舐めたらいかんよ? 二人がかりじゃないと俺を攻略することはできんな」


 攻略ってなんだ。太一を攻略しても何も達成感なさそうだが。好感度がカンストでもするの? 勘弁してくれよ。というか、俺一人だけでは力不足ってか? 何気に腹立つな。


「そうだなぁ~やっぱり女の子がいる環境が俺のやる気に繋がるよなぁ」


「……」


 なるほど、言いたいことが分かった。つまりは朝倉莉奈に会わせろということか。そして俺と朝倉さんで(太一の中では朝倉さんがメインだろう)勉強を教える計画が既に頭の中に出来上がっているに違いない。


 まぁ太一相手に勉強を教えるくらい二人でやれば余裕だろうな。太一にしても朝倉さんに会えれば、本人が言うようにやる気に繋がって思わぬ効果が現れるかもしれない。


 「仕方ないな。じゃあ今度――」


 言いかけて俺はあることに気付いた。


 太一は俺が朝倉さんの連絡先を知っていることは知らない。ここで、もし勉強会をセッティングしてやるなんて言ったら、太一は俺と朝倉さんが付き合ってるのではと疑ってくるかもしれない。となれば連絡先を知らないから無理と断るのがベストだろう。


「残念だが太一、俺は朝倉さんの連絡先を知らないから、その勉強会とやらを企画してあげることはできない」


「それに関しては大丈夫だ。くっすーにミッションを与える」


「ミッション?」


 話の流れからして、嫌な響きにしか聞こえない単語が登場した。


「くっすーは一度、莉奈ちゃんと会ってるから面識はあるだろ? んで、莉奈ちゃんは桜野丘高校に通っている。高校に行って莉奈ちゃんと連絡先を交換しろ」


「全然大丈夫じゃないんだが!? 何で俺がそんなこと」


「俺たち親友だろ? 俺の成績アップの為に協力してくれよ」


「太一は成績アップの為じゃなくて、ただ単に朝倉さんに会いたいだけ――」


 太一が俺の首に腕を回しギリギリと締めてきた。太一の太い腕に捕まったら抜け出すことは不可能に近い。


「くっすー、お前の発言は“はい”か“イエス”か“了解”の三択しかねぇ」


「そ、それは実質一択だっ」


 苦しい。俺がやるというまで放さないつもりか。くそっ! こんな太腕、強引にでも引き剥がして――あっ、やっぱり無理です。


「わ、わかった。やる! やるから腕を放せ」


「さすがくっすーだ」


「この筋肉ダルマめ」


 あ、待てよ。よくよく考えたら俺は、既に朝倉さんの連絡先を持っている。ということは、実際に高校に行く必要ないじゃないか。行ったことにしてしまえばいい。それで明日、朝倉さんの連絡先を見せてやれば変な誤解は生まれないし、辻褄が合う。なーんだ簡単な話じゃないか。


「じゃあ今日の学校終わりに一緒に行くぞ」


「えっ?」


 綺麗に話がまとまったのに、太一から思わぬ台詞が飛び出してきた。


「太一も一緒に来るのか?」


「当たり前だろ」


「いやいや、別に俺一人で十分だから。ちゃんとゲットしてくるから。太一だって明日学校に来て、俺から朝倉さんの連絡先を見せられたら嬉しいだろ? 朝からの吉報に喜びもひとしおだろ? 楽しみは明日に取っておけよ」


「いーや、くっすーのことだ。もしかしたら行ってないふりでもして、ごめん無理だったとか言いそうだからな。俺も一緒に行って見届ける必要がある」


「な、なぜそう思う?」


「勘だ」


 なんてことだ、意外に鋭い。半分正解で、半分不正解だ。変なところで妙に勘が働きやがって。


「いや、勘と言ったが実はな、世の中のマッチョには筋肉ルーレットというモノが備わっている。そのルーレットの結果、くっすーは行かないという結果が出た」


「そのルーレットは壊れている! 太一はまだマッチョと呼ぶには程遠い。だいたい親友を信用できないのか?」


「できないね」


「即答!?」


 参ったな。太一が一緒に来たら、それはそれでややこしいことになりそうだ。太一の中では俺と朝倉さんが会うのは二回目の筈なので、親しい雰囲気を出してしまったら変に勘ぐりそうである。ただでさえ、昨日の件で少しだけ打ち解けてしまったのだ。かといって、このまま太一が一緒に来るのを諦める訳がない。


 こうなったら、事前に朝倉さんにメッセージを送って口裏を合わせてもらうようお願いするか……。でもなぁ~昨日の今日で交換したばかりの連絡先にメッセージを送ったら、まるで俺が浮かれてる奴みたいじゃないか。女が嫌い嫌いと言いながらも早速連絡してくるツンデレ野郎とか思われてしまうじゃないか。しかも、内容が簡単に言ってしまえば、朝倉さんに用事があるから高校に会いに行くっていう内容だぞ? 連絡だけでは満足できず、会いたくなった奴とか誤解を招きそうじゃないか。


 いや、流石にそれは考えすぎか。ちゃんと事情を説明すれば理解はしてくれるだろうけど。くそーあれこれ考えてる時間はないな。仕方ない。


「わかったよ、一緒に行けばいいんだろ」


「そうこなくっちゃな」


 太一は満足したようで意気揚々と自分の席へと戻って行った。


 俺は俺で早速、携帯を取り出して朝倉さんにメッセージを送る。ホームルームが始まるまで、まだ時間はあるので今の内に送ってしまおう。すぐに気付いてくれるといいけど、もし万が一気付くのが遅くなったり、最悪気付かないままの状態で高校に行ってバッタリ遭遇なんてことになったら面倒である。


『おはよう、朝倉さん』


 俺がメッセージを送ると、割と早く既読がついた。


『おはよう楠川君、楠川君の方からメッセージを送ってくるなんてどうしたの?』


『あーちょっと相談というか、お願いがあるんだけど』


『お願い? 何?』


『一から説明すると長くなるから、とりあえず簡潔に要点だけ言うと、今日朝倉さんの通ってる高校に放課後行くことになって、そこで俺と連絡先の交換をするフリをしてほしいんだけど』


 うん……送っておいてアレだが、なんて気持ちの悪い文章なんだ。そして意味が分からない。


『えっ!? 放課後、うちの高校に来るの!? 連絡先の交換するフリってどういうこと? よくわかんないんだけど』


 この文章では当然の反応だわな。だって、送った本人も分かってないんだもの。


『詳しいことは会った時に話すから、今はこの文章で納得してほしい』


『わかった。とりあえず放課後来るってことね。じゃあ……私からもお願い良い? 来るのは良いけど、十九時に校門前に居てくれる? その時間に私も出るようにするから』


『十九時に校門前に居れば良いんだな。了解。じゃあまた後で』


『うん。また』


 十九時とはまた随分遅い時間を指定してきたなと思ったが、まぁ朝倉さんにも都合があるのだろう。それに無理言ってお願いを聞いてもらったのはこっちだ。言われた通りにしよう。


 とりあえず、手は打った。後は、何事もなければいいが……。


 俺の不安を余所に、ミッション始動の時間は刻々と近づいてくるのだった。

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