第1話 朝倉莉奈との邂逅①



 八回目の高校生活二年目にして、初めて学校をサボった。


 六月の中旬。しばらく続いた雨が終わり、久しぶりの快晴。空は雲一つない澄みきった青空が続いているというのに、俺の心は絶賛大雨である。


「はぁ……」


 俺は溜め息を吐きながら、重い足取りで母校から数キロ離れた河川敷へとやってきていた。


 特に河川敷に用事があった訳でもないのだが、学校をサボる時にまず向かいがちな場所と言ったら河川敷か公園というのが俺の頭の中にあったテンプレだった。実に安直ではあるが、たまたま学校からそこそこ離れていて、歩いて行ける距離にあったのが河川敷だったというのもある。


 フラフラとやってきて早々、俺はまるで力尽きた放浪者のように芝の上へと仰向けに寝転がった。


 こんな筈ではなかったのだ。


 最初こそ何度も挑戦できるという安心感から心に余裕があったし、数撃てば彼女の一人くらいできるだろうと楽観視していた自分がいた。事実、彼女が全くできない年は三年程あったが、結果的には彼女を作ること自体は何回か成功した。


 したのだけれど、卒業式の日まで関係を維持することができなかったのだ。


 始めてできた彼女には、一年後に好きな人ができたから別れてと言われ振られた。二人目にできた彼女からはキープ君的な扱いをされ、実際その人は三股をしていた。キープされていただけだったと分かったのは、別れてから友達に三股のことを聞かされ知った。三人目の彼女に至っては、俺自身が彼氏というよりは歩くATMと言っても過言ではない関係であった。極め付けに四人目の彼女は、夜に用事があって電話をした際に、何故か電話に男が出てストーカー扱いをされた挙げ句、後日男からボコボコにされるという始末。


 まぁこうして見れば悪い女に引っかかったということなのだが、俺にも少なからず彼氏として物足りない部分があったのかもしれない。女と付き合ったことがない俺が右も左も分からず、頑張ってアプローチをして自分なりに彼女たちを大切にしようと行動したつもりだったが、何か知らない内に間違っていたのかもしれない。そう結論づけるしかなかった。


 とはいえ、正直もう心はポッキリと折れていた。ちゃんとした彼女ができる自信も、まだ頑張って作ろうという気力もなくなっていた。自分にも非はあるだろうと結論づけたものの、心の片隅では異性と上手く付き合えない星の元に生まれたんだと自暴自棄になっている自分がいる。そして今となっては女が嫌いまである。


「何で彼女ができるまでループさせてほしいなんて言っちゃったんだろ……」


 今の俺の状況は、女神様が言うには強制終了はできないらしい。したがって、永遠の高校三年間という時間軸に閉じ込められてしまったということだ。死んでリタイアもできない、彼女ができるまで終われないなんてとんだ縛りプレイである。


 俺の記憶も三年ごとにリセットされるならまだ良かったが、記憶は引き継がれている為、嫌な思い出を忘れることができない。この下がったモチベーションごと消し去りたいのに。


 唯一良かったことといえば、何回も同じ勉強を繰り返してきたので成績が上位に上がったことだ。なので、多少学校をサボったところで、俺の成績が下がることはない。だが、このループから抜け出せなきゃ成績が上がろうと全く意味はないのだ。


「あー、辛い……何もやる気が出ない……もう全てがどうでもいい……」


 泣きたくなってきた。というかちょっと涙が出てきた。鼻をずずっと啜り、瞼を擦って涙を拭う。


「こんなところで何してるの? サボり?」


 突然声をかけられ、俺は声のした方へちらっと視線を送る。視線の先には鞄を持った両手を後ろに回して、俺を見下ろすように少し前傾姿勢をとったポーズをしている女子高生の姿があった。


 茶髪のボブヘアに、一般的な女子高生より大人びた雰囲気と顔立ちをした女子高生。黒と白のチェック柄のスカートに薄い水色のシャツを着ている。同学年かあるいは一つ上の先輩なのだろうか。


 俺はその女子高生から視線を外すと、目を閉じて狸寝入りを決め込むことにした。


「あれ? こっちを見たのに無視? ねぇ、私も学校をサボっちゃったんだ。せっかくだし話し相手になってよ」


 そう言って女子高生は寝転がっている俺の横に腰を下ろしてきた。


 えー!? 何で座って来るの!? 寝る姿勢とってるのに! というか無視したのに!


「……」


「……」


 お互いに無言の時間が数分ほど経過した。


 えっ、なにこの状況! 拷問か! 怖い怖い! 目を瞑ってるから余計に怖い!


 耐え切れなくなった俺は、態度で伝わらないならと口を開いた。


「悪いけど俺は女が嫌いなんだ。だから話し相手にはならないし、放っておいてくれ」 


「あ……そう……なんだ……ごめんね。やっぱり迷惑だったよね……」


 再び女子高生の方をチラッと見ると、苦笑を浮かべ頬をポリポリと掻いていた。


 ぐっ……女は嫌いなはずなのに、何だこのもの凄い罪悪感は……。あれだけの苦い経験をしておいて、俺はまだ非情になりきれていないというのか。だが、ここは耐えろ俺。罪悪感を感じるのは、きっとまだ女嫌いになって日が浅いからだ。こんなものは直ぐに慣れてくる。それにこのまま別れてしまえば、二度と会うことはないのだ。気にする必要はない。


 「じゃ、じゃあ……私行くね。邪魔してごめんね。なんか私……嫌われてばかりだな。……あはは」


 そう言いながら女子高生はスッと立ち上がる。


 おえっ、吐きそう……心痛で吐きそうだ。誰か助けて! 罪の意識に押し潰されそうだよぉ。


 俺は眉間を押さえ、苦虫を潰した表情になりながら、


「やっぱり……ちょっとぐらいなら話に付き合っても良い」


 そう女子高生に向けて言った。


 あああぁぁぁっ――――! 我ながらなんて甘いんだ! だが今回だけだ。今後は精神を鍛えて絶対に女に優しくなんかしない。


 俺の言葉を受け、女子高生は帰ろうとするのを辞め、こちらを振り向く。


「いいの? 話し相手になってくれるの?」


「少しだけ」


「ありがとう。何だか気を遣わせちゃったみたいでごめんね。でも嬉しい」


 そう言ってまた俺の横に座ってきた。

 ちょっとぐらいなら話に付き合うと言ったので、俺も身体を起こし胡坐をかく。


「私、朝倉あさくら莉奈りな。あなたは?」


「楠川修」


「楠川君かぁ。この河川敷にはよく来るの?」


「いや、今日初めてきた」


「じゃあ私と同じだね。私も初めて来たの」


「そうなんだ」


 会話というよりは一方的な質疑応答みたいな感じがしばらく続いた。


 やっぱり気乗りしない。罪悪感から引き止めてしまったとはいえ、本当は今日は誰とも会わずに、自然の中でボーっと寝るつもりだった。誰にだってあるだろう、気分が落ちている時は会話をするのも面倒な時が。今まさに俺がその状態なのだ。完全に無気力状態なのだ。


「楠川君はさっき何で泣いてたの?」


「えっ?」


 突然の朝倉さんからの質問に俺は少し驚いた表情になる。そして徐々に顔が熱くなってくるのが分かった。


「な、ななな泣いてないし! 眠くて目を擦ってただけだし!」

 

 さっきの鼻を啜りながら、目を擦っていたあれを見られてたのか。めっちゃ恥ずかしい! 動揺から出た言葉が、下手な言い訳みたいになっている。今自分でも顔が赤くなっているんだろうなぁと分かるくらいに顔が熱い。


 俺の慌てっぷりが面白かったのか、朝倉さんは口元に手を当ててクスクスと笑っている。


「ふふっ、ちょっと声に元気が出て良かった。楠川君、会った時からずっと退屈? んー違うかな。何て言ったらいいんだろう。私馬鹿だから適切な表現が分からないけど、凄い辛そうに見えたからさ。私で良かったら話を聞くぐらいならできるよ」 


「別に大したことじゃない。まぁ気持ちだけ受け取っておくよ」


「そっか」


 朝倉さんには悪いけど、今の俺は女を信用していない。優しさの裏には何かあるのではないかと疑ってしまう。それにもう勘違いをしたくはないのだ。変に優しくされて、僅かでも期待してしまう自分に懲り懲りだ。


「つか、人の心配よりあんたはどうなんだ? あんたも学校をサボってるんだろ? 何か悩みでもあるんじゃないのか?」


 朝倉さんは俺に凄い辛そうに見えたと指摘してきた。だが、俺から見た朝倉さんも元気がないような印象を受けた。今の俺と同じような生気を感じさせない目。


「私は……私のは……もういいんだ」


 朝倉さんは正面を向いて遠くの方をじっと眺めていた。特に決まった所を見ているわけではないのだろう。視線はまっすぐ、しかし意識は別の方に向いている。そんな雰囲気。まさしくその目なのだ。


「もしかして私たちって悩みは違っても、似たような状況なのかな?」


「さぁ? どうだろうな」


 くっ……空気が重い。俺はこんな空気を味わいに来た訳ではないのだが。もうお互いのマイナスとマイナスが合わさって二人の空間が暗黒だよ。この空間ならどんな陽キャですら無に還すレベル。やべっ、帰りたくなってきた。ここに居たら俺の精神がもたないし、とにかく今日は一人で過ごしたいのだ。


 俺は立ち上がり、お尻に付いた草をパンパンと払った。


「どっか行くの?」


「帰って寝る。あんたに何があったかは知らないし聞かないけど、まぁいつか良い事あるよ。きっと……多分……断定できないけど」


「……そう……だね」


 そんな無責任かつ見事なブーメランな台詞を吐いて、この場を立ち去ろうとする。


「ねぇ、また……会える?」


 背後から聞こえた朝倉さんの言葉に、俺は振り向いた。


 朝倉さんの表情を見ると、僅かな期待を込めて、しかしこれ以上困らせるのも申し訳ないと言わんばかりの、いわゆる小動物の様な瞳で見つめてきていた。


 もうやめてくれ! そんな目で見ないでくれ! 俺のメンタルは瀕死だよ! 女なんかに優しくしたくないのに、今の俺では罪悪感に天秤が傾いてしまう。


「き、気が向いたらな。でも期待なんかするなよ。ホントにするなよ」


 そら見たことか! もうある意味才能だよ。女を憎めない体質なんだ


「うん……気が向いたらでいいよ。私何日かここに来るから。またね」


 その言葉を最後に俺は歩き出した。歩く速度が次第に速くなっていき、ついには全速力で走りだした。


 うぉぉおおおーん! 何でこんな気持ちにならないといけないんだ! 痛いよぉ! 心がもの凄く痛いよぉ! 女に優しくしても、冷たくしようとしても最終的に俺の精神にダメージがくるとかもうこの世のバグじゃないか! とんだ一日だよ!


 帰り際に、学校に休む連絡を入れるのを忘れていたことに気づき、風邪を理由に学校へ電話した。

 


 

  



 

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