キミを二度好きになる

ミハラタクミ

プロローグ

 


 楠川くすかわ しゅう、三十歳……没。


 今まさにそうなってしまいそうな状況に陥っている。


 昨年、誕生日を迎え、二十代の終了と共に三十代という新たなステージへと登った自分へのご褒美的な意味を込めて、本日一月一日、奮発して高級おせちにお雑煮という一人では決して食べない料理に舌鼓を打っていた。


 毎年、実家で新年を迎えるというのが恒例だったのだが、今年は帰らなかった。


 その理由としてはここ数年の親戚の結婚ラッシュが原因だった。


 一年起きの立て続けの結婚に、とうとう結婚していないのが俺だけとなってしまったのだ。その結果、実家に帰省すれば俺の結婚の話が上がり、親戚が家に来ようものなら肩身が狭いなんてものじゃない。


 おまけに俺の友人たちもどんどん結婚していき、家族で正月を過ごすという人ばかりだ。


 そうして実家すら居心地が悪くなってしまった俺に残された選択肢は、今年はこのアパートで一人寂しく年を越すの一択だった。


 ……が、この選択がいけなかった。


「うっ……がっ……ごほっごほっ」


 まさか餅を喉に詰まらせてしまうとは思わなかった。


 必死に咳込み餅を出そうとするが、喉に完全にくっついてしまった餅はびくともしない。


「ぐぅ……ぐぅ……」


 次第に呼吸が難しくなり、徐々に意識が朦朧としてきた。薄れゆく意識の中でふと思う。


 くそっ! なんでこう贅沢をした時に限ってこんな目に遭うんだ。まだ高級おせちにも手をつけてないというのに。お雑煮なんて食べるんじゃなかった。というかそもそも、一人じゃなければ……俺に彼女がいて一緒に過ごしていればこんなことには……。高校の時に彼女の一人でも作っていれば良かった。もう一度高校生ができればな……あーなんて最悪な人生だ。


『あなた様の後悔の念聞き届けました』


 命の終わりを覚悟し目を閉じた瞬間、耳に透き通るような声が聞こえてきた。その声に反応し目を開けると、そこには美しい女性が立っていた。いわゆる女神様というやつだろう。きっと俺を迎えに来たに違いない。


 女神様が現れると俺のいる部屋の中が、まるで時が止まったかのように静寂に包まれた。俺自身の身体も動きが止まっていた。


『さて、この空間の中ではあなた様と私は思念伝達にて会話が可能です。そしてあなた様が望むなら、あなた様が抱いた後悔の念を一つだけ叶えてあげましょう』


『本当ですか! 俺をこの状況から救って下さるんですか?』


『えぇもちろんです』


 死を目前にしてなんという幸運。こんな漫画やアニメでしか起きないようなことが現実に起きようとは。しかも俺の後悔を一つ叶えてくれるとは千載一遇のチャンスだ。


『このままですとあなた様は死んでしまいますので、お餅を食べる前の時間に戻して差し上げましょう。次は良く噛んで食べて下さいね。ではいきます』


『え、ちょっとストップ』


 女神様が何か力を発動させようとしていたので俺は慌てて止めに入る。


『どうされました?』


 俺の制止を不思議に思ったのか小首を傾げる女神様。


『いや、どうされましたも何も今何と仰りましたかね?』


『お餅を食べる前の時間に戻すと言いましたが、何かご不満でしたか? 死なずに済みますし高級おせちも食べれて一石二鳥だと思いましたが。一つの願いで二つの後悔が報われるんですよ?』


 確かに、“高級おせちにもまだ手をつけていないのに”とは思ったけどあえてそこをチョイス!? こんな神の奇跡をたかだか数分前に戻す為だけに使うとか勿体ないにも程がある。それ以前に俺に選択肢はないのか!


『あ、食べる前に戻してもまたお餅を喉に詰まらせないとは限りませんよね。それでしたらお餅を買う前の昨日に戻して――』


『なんでそんなに時間遡行の範囲が短いんですか! せっかくのチャンスをお餅回避の為に使いたくないですよ!』


『ということは高校生に戻りたいってことですか?』


『むしろその三択でそれ以外の選択肢あります?』


『そういうものなんですね。目先の利益より過去の利益というわけですか』


『いやよく分かりませんけど、まぁそういうことですかね』


 この女神様は天然か? あぶねー。危うく後悔が四つに増えるところだったわ。


『ではあなた様を十五年前に戻して差し上げましょう』


『あ、すいません。ちょっと聞くんですけど、僕に彼女ができるまで高校生がループするようにとかってできませんか?』


『高校生をループですか?』


 自分で言うのもあれだが、俺はどこにでもいる普通の平凡な高校生だった。勉強も普通、運動も普通。普通だからモテないっていうのは違うかもしれないが、まぁモテなかった。


 今回、高校生まで戻ったとして、その三年間で彼女が作れるかといったら正直自信はない。ならせっかくのチャンスを最大限活用したい。


 俺の質問に女神様はしばし思案した後、口を開く。


『できないことはありませんが、それをする場合いくつか制約が発生します。一つ、高校三年間の内の一年だけをループということはできません。きっちり三年間のループとなります。一つ、目的を達成しない限りこのループが終わることはありません。この場合ですと三年目の卒業式の時点で彼女と呼べる女性がいることが条件になります。一つ、ループ状態の間は不死となりますので死での途中リタイアはできません。ですので、一度だけ過去に戻りたいという方は沢山いらっしゃいますが、何度もループしたいという選択をされる方はほとんどいらっしゃいません。それでもよろしいですか?』


 女神様の言葉に一瞬、心が揺らいでしまいそうになる。


 ループは何度も挑戦できると思えば良いように聞こえるが、裏を返せば目的が達成されなければそのループの中に閉じ込められるということだ。


 女神様も直接言葉にはしていないが、その最悪なケースになったとしても乗り越えられる覚悟はありますか? と言わんばかりの目をしていた。


 まぁ彼女を作るぐらいなんとかなるだろう。モテなかったとは言っても、それは何もしてこなかった結果でもある。だが今回はやり直しが効くという安心感もあるのだから、何回も挑戦すればいつかは彼女の一人くらいできるだろう。数撃ちゃ当たるというものだ。


『大丈夫です。よろしくお願いします』


『それでは次は後悔のないよう頑張って下さい。ご武運を』


 女神様が両手を広げ何か呪文を唱えた直後、俺の身体は光に包まれ過去へと旅立った。





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