#4 ヒーローズバー

「あんたが知らねえんならここは後にした方が良さそうだな、マスター」

 昨日さくじつのウルフの葬式を終え、俺は元ヒーローがマスターをしている、現役ヒーロー達もよく集まるバーにまずは足を運んだ。因みに夕方までは今回の依頼にあたり、調査するべき場所にあたりをつけるため、ここ数日のニュースを見漁っていた。

「そうは言ってもな、マナヒコ。オレァ引退した身だ。全てのヒーローが何をしているかまで把握しているわけじゃ当然ない。ザ・ロワイヤルヒーロー派遣営利会社みてぇのが極秘裏に動いているとかだったらオレみてぇな奴の耳には情報は入ってこねえからな。奴ら、ウチの店には来ねえし、来たとしてもロクに注文なんてしやしねえ」

 マスターはその褐色の筋肉質な腕でシェイカーボトルを振り、繊細な手付きでグラスにカクテルを注ぐ。

「ほらよ、いつものだ」

「ありがとさん。いただくよ」

 俺は差し出されたグラスを受け取り、くいっと傾けて一口味わう。

 アルコールとフルーティな味わいが口いっぱいに広がった。

「やっぱりマスターのとこの酒は格別だ。ここ最近、安酒ばっかり飲んでたもんだからすっかり身に染みる」

「そりゃどうも」

 調査のためとは別に、この店の酒は気に入っている。

「お前にとっちゃことそのものに意味があるだけなんだろうが、それでも毎回こうやって店の酒を味わってくれるのには感謝してるんだ」

 マスターは数年前に脚を負傷してから引退し、このバーを営んでいる。ヒーロー時代には若いヒーローから慕われる人望もあり、東南アジア出身で東京に住む外国人にも顔が聞く彼の店には、ヒーローやヴィジランテ自警団問わず集まる。

 ……だがそれ故に、苦手な客層もいる。

「おいおい、蝙蝠野郎こうもりやろうじゃねえか」

 店入口の鐘が鳴り、入ってくるなりそんなことを言う男はパンカーバイス。特徴的なモヒカンに軍用ジャケットを模したコスチュームとボクサーのチャンピオンベルトのような物を腰に巻いたこの男も、歴としたヒーローだ。

 この店の常連でもあり、店に来るたびこうしてを入れてくる。

 昔のアメコミのヒーローに、蝙蝠の格好をしたスーパーヒーローがいたが、俺がなんて呼ばれているのはそんなかっこいいものじゃない。

「マスター、悪い。邪魔したな。俺も次の調査に移るよ」

 そう言って代金をカウンターに置いて立ち上がる俺に、パンカーバイスが立ち塞がった。

「聞いたぜ。昨日はお前、ウルフの葬式に参列したらしいじゃねえか」

「それがどうした。葬式に参列したのは何もヴィラン共だけじゃない。奴に借りがあったヒーローや警察関係者も正体を隠して参列していた。俺がいたからと言ってお前みたいなクソ頭に何か言われる覚えはないね」

「ハッ! よく言うぜ。ヒーローでもヴィランでもない蝙蝠野郎が。今日はどうした? こうも噂を聞いたぜ。お前が雌狼とねんごろにして、ウルフの残りっ屁を少しでも頂戴しようとしてるってな」

 俺は舌打ちをした。噂が回るのが早いな。昨日の今日でこんなやつにまで全貌ではないと言え、ウルフレディと俺の繋がりを噂されると今後がやりづらい。

「さあな。俺はただ仕事をするだけだ。お前さんの知ったことじゃ……」


「テメェら毎度毎度いい加減にしやがれ!!」


 ドシン、と急激に後頭部に痛みが広がり、瞬く間に顔が床に叩きつけられた。

 隣ではパンカーバイスの野郎も同じように顔面で床にキスをしている。


「いや、すまんマスター」

「喧嘩なら他所でやれ。……迷惑料は次にツケといてやる。」


 引退したものの、マスターの元トップヒーローの膂力は現在だ。脚を負傷して、満足に活動ができないと言うだけであって、そのパワーは紅ヤマトにだって引けをとらない。

「じゃあまたな、パンカーバイス。お前みたいなのでも、仕事がありゃいつでも受け付けるぜ」

 俺は痛む頭を摩りながら、バーを後にした。

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