第10話 ゴミ回収
「おはようございます、皆様」
翌朝、予想通りに部屋のモニターが起動した。
「よいお知らせがあります。長谷川飛鳥さん、間宮叶太さんがクリアしました。おめでとうございました」
言うだけ言って、すぐにモニターの電源が落ちる。とても短い時間だった。
しかし、何か違和感がある。東と唐木の時とは、言い方が違うような気がする。前はもう少し丁寧だったような。
首をかしげつつ着替えを済ませ、廊下に出てみる。
「矢田さん! 長谷川さんと間宮くんがいません!」
と、若島が叫んでこちらへ駆けてくる。
「は? いないってどういうことだよ?」
「部屋にいないんです。荷物もすっかりなくなっていて」
はっとして、オレは無意識に乱橋の方を見た。
「夜中に、外へ連れ出されてたって言うのか?」
「どうやら、そのようだな。先ほどの運営の言葉も過去形だった」
言われて気がつき、違和感の正体がそれだと理解する。
「っつーことは、オレが寝ている間に……くそ、やられた」
部屋へ戻らなければ、いつものように就寝していなければ、運営のしっぽをつかめたかもしれないのに。とんだ失態だ。
「矢田の言うとおりになったな」
と、乱橋が言い、オレはますます悔しくなった。あの時、テキトーに言った言葉が現実になるなんて。
退屈な暮らしのせいで、きっと気がゆるみきっていたのだろう。あらためて気を引き締める必要がありそうだ。
「しょうがねぇな。とにかく、これでまた人数が減った。残るは女三人と、オレと乱橋の二人だけだ」
最初は十人いたのに、半分になってしまった。
「わたしたちも、やっぱり焦ったほうがいいのかもしれませんね」
若島の言葉に空気が重くなる。
「役割分担も含め、また話し合いをするしかないな」
と、ひとまず乱橋がまとめ、オレたちは食堂へ向かった。
男女で向かい合ってテーブル席へつく。
「すっかり、寂しくなっちゃいましたね」
若島がそう切り出し、長山が言う。
「確か、そろそろ一ヶ月ですよね? まだ三分の一しか経ってないのに、人数が半分……」
もう少しじっくりと「愛を育む」ものかと思っていたが、運営の裁量次第でクリアが決まるゲームのためか、何だか展開が早い気がする。
乱橋は苦々しい顔で息をついた。
「今回の二人は『恋愛』だったな」
「あっ、やっぱりそうなんだ!」
と、長山が反応し、竜野も言う。
「あの二人、そんな空気出してたもんね」
彼女たちは薄々それを感じ取っていたらしい。
「あいつらは互いに告白をして、両想いだと確認した。それを運営がクリアだと判断した、っつーことだよな」
オレが昨晩の状況を思い出しながら確認すれば、乱橋がうなずく。
「そういうことだな」
若島は考えこむ様子で口を閉じており、竜野が言う。
「あの、あたしと梨央ちゃんも、『友愛』でのクリアを目指してきたの」
オレは竜野に視線を向けた。
「自慢じゃないけど、あたしたちはすっかり仲良しだわ。もう親友と言ってもいいくらい、お互いに絆を確かめあってもいる。それなのに、どうしてクリアにならないのかしら?」
「それは……運営が認めてないんだろ、たぶん」
「もしくは、まだ何か足りていない、ということだろうな」
オレと乱橋の言葉に、竜野は長山と目を見合わせた。
「疑いたくはないのだけれど、梨央ちゃん、あたしのこと好き?」
「えっ、もちろんですよ! 晴日さんのこと、お姉ちゃんみたいに思ってるし!!」
声を大きくする長山を、じっと見てから竜野は息をついた。
「そうよね。あたしも梨央ちゃんのこと、可愛い妹だと思ってるわ」
二人は確かに仲がいい。よく一緒にいるし、当人たちが言う通り、姉妹のように見えることさえある。
「やっぱ、運営の気分次第なんだな」
ぽつりとオレがつぶやくと、若島が口を開いた。
「それなら、クリアさせてもらえない、ということもあるんじゃないですか?」
「うーん、それもそうだな」
とすると、まったくもって自分勝手で意地悪な運営だ。オレたちが何をしたって、どうしようもないということになるじゃないか。
「だが、まだ二ヶ月残っている。運営が気まぐれでヒントを寄越すかもしれないし、まだ希望はあると考えるべきだ」
乱橋が強い口調でそう言うが、うなずく者はいなかった。
「それならいいんですけどね」
若島がそう言って
「とにかく、話を進めよう。間宮がいなくなったから、食事係を新たに決めなければならない」
「あ。それなら、わたしがやります」
若島がすぐに立候補し、オレは問う。
「負担にならないか?」
「大丈夫です。どうせやることはないんだし、だったら厨房で過ごす方が、気が楽でいいので」
それならいいかと思い、オレは引いた。
「もし大変そうなら、誰かに頼れよ」
と、言ってから乱橋へ視線を戻す。
「で?」
「あとは洗濯係だな。長山さん一人でできるか?」
長山はうなずいた。
「できます。人数が減った分、仕事量も軽くなってると思いますし」
「もし大変な時はあたしが手伝うわ」
と、竜野が言い、長山は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、晴日さん」
「それなら、あとは……若島さんが食事係になったから、掃除係がいないな」
乱橋がふとオレを見た。
「矢田、やってくれるよな?」
「げっ」
思わず声が出た。これまで何の仕事もなくて楽だったのに。
「掃除と言っても、一人でやるのは大変なので、最低限、ゴミの回収だけしてくれれば大丈夫ですよ」
と、若島が優しい言葉をかけてくれて、ほっとした。
「ゴミの回収な。分かった、やるよ」
「よし。他に話すことはあっただろうか?」
乱橋の問いに女性三人は首を振る。
「もう無いと思います」
「大丈夫だと思うわ」
「もし何かあれば、また話し合えばいいでしょ」
オレはため息をつきたい気分だったが、すぐに乱橋が話を終わらせた。
「それじゃあ、ひとまず終わりにしよう」
「すぐに朝ごはん、作りますね」
と、若島が厨房へ駆けていき、オレはこっそりと息をついた。
ゴミの回収は数日に一度、各部屋を回って大きいゴミ袋にまとめ、玄関外に置いておくのだという。最近は各人で廊下にゴミ袋を出しているため、オレはそれを拾って大きな袋へ詰めればいいだけである。
それくらいなら時間もかからないし、自分のペースでやれるから楽だ。何も難しいことではない。
オレもゴミが溜まったタイミングで、適当に部屋の外にゴミ袋を出していたことを思い出す。他にも出しているやつがいれば、回収して大きい袋に入れてしまおう。
そう考えながら二階の奥にある物置部屋へと向かう。
掃除用品だけでなく、日用品も置いてある物置だ。オレはゴミ袋がどこにあったか探しあて、五枚ほど取り出した。今後のため、自分の部屋に常備しておけば早いからだ。
物置部屋から出て、自分の部屋へ戻りがてらゴミを回収していく。オレの分を含めて三つだけだった。これなら一枚で十分足りる――のだが。
自分の部屋の前で袋の口を結ぼうとして、はっと思いついた。
「あいつらの部屋にも、ゴミあるんじゃね?」
荷物も残っていないと聞いてはいるが、ゴミ箱はそのままではないだろうか?
結ぶのをやめて、オレはまず隣の間宮の部屋へ入ってみることにした。
扉を開けて室内へ足を踏み入れれば、確かに何もない空っぽの部屋が見えた。ベッドはぐちゃぐちゃのままだが、荷物はどこにもない。
ベッド脇にゴミ箱があり、オレの予想したとおりにゴミはそのままになっていた。
「あるじゃん」
つぶやきつつ、袋ごと取り出して口をきゅっと結ぶ。
「っつーことは、長谷川の部屋もそのままだな」
すぐに間宮の部屋を出て、今度は長谷川の部屋へ入る。
ここもベッドは誰かが寝ていた痕跡を残しているが、荷物はなく、人もいない。まるで神隠しのようにこつ然と消えていた。だが、ゴミ箱のゴミは溜まったままだ。
「ったく、運営は細部に気を遣えないのか」
先ほどと同じように取り出して口を結び、自分の部屋の前へ。
大きな袋に二つのゴミを放りこみ、今度こそ口を結ぼうとしたが、またまたひらめいてしまった。
「東と唐木の部屋にも、あんのかな?」
考えてみると、彼らがいなくなって以来、二人の部屋は誰も見ていないのではないか。もしかすると、まだゴミ箱にゴミがあるのではないか。
「一応、見ておくか」
彼らの部屋がどこだったか、もうあまり覚えていないが、とりあえず二つ隣の乱橋の部屋だけ避ければいい。いわゆる角部屋なので、間違えようがない。
というわけで、オレが見るべきは長谷川の部屋の向こうにある部屋だ。
そちらへ向かっていき、確か東の部屋だったような気がする扉を開ける。
「うん? 何か臭うな」
窓が開いていないせいで、空気がこもっているようだ。
ベッドは綺麗に整えられていた。
「?」
何かが変だ。
荷物はないし人もいない。そして、ゴミ箱を探すと見事に空だった。
「……誰かが片付けたんだろうか」
オレが知らなかっただけで、もしかすると誰かがすでに片付けたのかもしれない。ベッドが綺麗になっているのも、きっとそいつがやったのだ。
とは思うものの、どうにも変な感じがする。
とりあえず部屋を出て、唐木がいたはずの部屋へ移動した。
こちらも同じだった。ベッドが綺麗にされており、ゴミ箱は空。変な匂いがするところまで、まったく同じだ。
「……うーん」
何かが引っかかる。何だろう。
あらためて室内を見回してみた。家具の配置は他の部屋と変わらず、クローゼットと丸テーブルに椅子が二脚。カーテンはクリーム色で閉ざされている。
後ろを振り返り、今度は扉の方を見てみる。他の部屋と違う部分など、やはりどこにも――なく、ない。
「こんなの、あったか?」
床の隅にゴム製のドアストッパーが置かれていた。少なくともオレの部屋にはないものだ。
「ストッパー?」
だが、これが何だというのか。
しゃがみこんでドアストッパーを手に取り、観察してみる。どうやら、臭いの原因はこれだったようだ。
ぶっちゃけると、ホテルの部屋には必要のないものである。ただでさえ、オレたちは見知らぬ人間とここに閉じこめられている。ドアを開いたままにしておく必要性が、まったくオレには分からない。
とりあえずドアストッパーを元の位置へ戻し、東の部屋へ戻ってみる。
「……あるな」
こちらにも、先ほどと同じドアストッパーが置かれていた。道理で臭うわけである。
「何でだ? そんな必要がどこに?」
首をかしげつつ、今度は物置部屋へ移動した。もしかすると、備品として用意されていたのかもしれないからだ。
しかし、物置部屋のどこにもドアストッパーはなかった。それが置かれていたと思しき棚もなく、あの二つしか無いというのも変である。
「……女子にも聞いてみるか。その前にゴミを出さねぇとな」
ひとまずゴミ出しを済ませてから、オレはまだ厨房にいるはずの若島を訪ねることにした。
「え、ドアストッパー?」
厨房で皿洗いをしていた若島が目を丸くする。
「そんなもの、ありませんけど」
「だよな。けど、東と唐木の部屋にはあったんだ」
と、オレはスツールに腰かける。
「それは、何だか妙ですね。竜野さんの部屋にもなかったはずだし、梨央ちゃんとひばりちゃんの部屋にも入ったことありますが、そんなもの見ませんでしたよ」
若島の証言を信じ、オレは息をつく。
「やっぱ変だよなぁ。何であいつらの部屋にだけあるのか、ちっとも分からねぇよ」
「そうですね」
「ドアストッパーってことは、扉を開けたままにしておくってことだろ。何のために?」
若島は皿洗いを続けながら答えた。
「普通なら、郵便の受け取りとかで、人とやりとりをする時に使いますよね」
「ああ、ハンコを押したりな。けど、ここではそんなことしない」
「うーん、それなら何でしょう?」
郵便物は届かないし、荷物だって届かない。食材だって玄関外に置いてあるだけで、やりとりはしない。
「でも、それが何かに使われたとしたら……」
ふと若島が顔を上げる。
「東くんと唐木くんは、何かをしていた。つまり、運営だったという可能性があるのでは?」
オレはやりきれなくなってため息をついた。
「マジかよ。まだ証拠はないけど、やっぱそうなるか」
若島も、どこか苦しそうに息を吐いた。彼らのことはよく知らないし、もう顔もほとんど覚えていないが、信じたくなかった。
いや、もし彼らが運営だと仮定するなら、その目的は何だ? 何で早々に二人はクリアした? 例を示すためか? 何で?
考えても分からない。このままだと迷宮にはまりこんでしまいそうだ。それに、もっと情報を集めないと答えは出ないだろう。彼らのこと、ドアストッパーの件はひとまず置いておくことにした。
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