幻の第九診察室

第1話

 私の勤めていたある病院の話です。

 そこは地域に古くからあるベッド200床以下の中規模病院でした。内科と外科、整形外科があり、病状が落ち着いた患者が長期入院してリハビリをしながら自宅復帰を目指す、そんな病院です。


 私はそこで看護アシスタントとして働いていました。あれは勤めて間もない頃、夜勤をしていた時のことです。

 深夜一時をまわった頃でした。上席の看護師から医材を取ってくるよう指示がありました。


 通常なら搬送スタッフに依頼するのですが、夜間はそうした補助スタッフは不在で、看護師やアシスタントが地下の材料倉庫へ直接払い出しに行くことになっていました。


 私は伝票を持って病棟のエレベーターから地下へ向かいました。ここは地上部分は二年前にリニューアルを行い、明るく清潔な雰囲気で患者やスタッフに喜ばれていますが、地下は創設時から変わりません。


 低いコンクリートの天井に薄暗い蛍光灯、緑色のリノリウムの床。地下ということもあってまるでホラー映画の舞台になりそうな陰鬱な雰囲気です。

 夜中に地下へ降りるのを嫌がるスタッフも多かったのです。


 材料室へ伝票を提出し、医材を受け取りました。病棟へのエレベーターに戻ろうとしたのですが、私は道に迷ってしまったのです。

 この病院の地下は増設を繰り返したためか入り組んでおり、新人は必ず迷子になるという逸話もあるほどです。


 方角がわからなくなり焦っていた私は、来た時にはなかった扉の先へ進みました。その時は医材を早く病棟へ持ち帰らねばと気が急いており、違和感に気がつかなかったのです。


 そこは暗く長い通路でした。天井から裸電球がぶら下がっています。足を踏み出した途端、体感温度がグッと下がった気がしました。

 こんな場所があったかな、と思いながらも私は小走りで薄暗い通路を進んで行きました。


 ふと、足音が変わった、と気がつきました。足下を見渡すとリノリウムの廊下はいつのまにか古いレンガ造りに変わっていました。一体私はどこに迷い込んだのだろう、不安でいっぱいになり周囲を見回しました。

 左右に迫る壁は打ちっぱなしの冷たいコンクリートで、ところどころ水漏れの染みが黒く浮き出していました。


 地下は老朽化しているとはいえ、ずいぶん古臭い作りだな、とそのときやっと気が付きました。。

 早くエレベーターを探さないと。


 狭い通路を進んでいくと、奥の部屋から灯りが漏れていることに気がつきました。

 あそこに誰かいるかもしれない、エレベーターの場所を尋ねよう。私は駆け出し、部屋の前にやってきました。錆の浮いた鉄の扉の上には、「第九診察室」と看板がついています。


 地下には診察室などありません。これはおかしい、そう思った私は慌てて引き返そうとしました。

 

「わあああああああっ」


 突然、部屋の中から耳を塞ぎたくなるような恐ろしい絶叫が聞こえました。

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