19話 激戦・ハルカヴァル1
僕はあの後、男の子が見たと言う事実を確認する為、ヴェアルさんの屋敷へ向け駆け出していた。坂道を登ったところで、息を切らしながらルピカが追いついてきた。
「それでぇッ、何を、聞かされたって、いうのさ……」
喘ぐ様に息を吸いながら聞いてくる。
僕は孤児院の少年から聞いた話を彼女達に伝えた。
「なるほどぉ、あの、グルフ団長が謀反を起こしてるかもしれないって?」
「僕だって最初は聞き間違いだって思ったよ。だけど、彼が本当にそんな事をしてるなら、怒られる覚悟で聞きに行くしかないよ。街を泣かせた悪党と組んでるんなら、尚更大問題だ。一刻も早く止めないと」
「その子はハルカヴァルの駐屯地に言わなかったの?」
「そもそも駐屯地には子供は入れないらしい。だから、街の警備兵に話をしたんだけど、この前のテロの後片付けで忙しいからってまともに取り合って貰えなかったんだってさ」
それを聞いてルピカは驚いた。きっと団長の件もそうだが、それよりもこの情報量に驚いているんだろう。
ここまでの内容を端的に伝える能力は本当に凄く、賢いと思う。軍が是非引き抜きたいと言ってくる人材だろう。と言ってもその軍が今は怪しいんだけど。
僕らが噴水広場を駆け上がり奥へ進もうとすると、ヴェアルさんが追いついてくる。
「はぁ、はぁはぁ。お、お話は聞きましたよ」
「ヴェアルさん……」
「……もしそれが本当ならっ、私は彼を止めて叱らないといけません。だって、父を殺す事に等しい行為を行おうとしているんですから」
彼女の目には決意の炎が燃え上がっていた。
僕はゆっくりと彼女に手を伸ばす。
「行きましょう。ヴェアルさん」
「はい!」
僕らがまだミーデンの傷跡癒えぬ民家通りを通っていると、ルピカが「団長がもし謀反を侵してたとして、彼の目的はなんなんだろ?」と言った。
「彼はハルカヴァルの外から来た実力者です。外部侵攻の円滑化のために来た可能性も捨てきれません。そもそも、ハルカヴァルの領兵全体が内部外部関係なく実力のある兵を招き入れて軍団として形成させていますから、実力さえ兼ね備えていればスパイなんて容易なんでしょうね……」
「確かヴェアルさんのお父さんは、完璧な強さを持った防衛を行う為の改革をしたんですよね?」
「はい。この傭兵を使うやり方はその一環です。私の父は、古いしきたりを壊したがっていました。きっと、父にとってその前のルールは、とっても窮屈だったんでしょう」
「でもこうなっちゃおしまいだねー。スパイを考えなければ確かにいい案とは思うけど」
団長の謀反理由を考えながら走っていた僕らは、シュトーレス家の屋敷の前へ着いた。門は完全に閉められていて、入れそうなところもない。
「二人とも、覚悟はいい?」
ルピカが今までに無いほどの真剣な眼差しを向ける。これはきっと、中に突撃する方法を見つけたのだろう。
「大丈夫。ヴェアルさんは?」
「私も、平気です」
僕達の返事を聞いた後、ルピカは2本の魔填筒を取り出し、中の色素を体内に戻した。
「エネルギー効率最高、準備万端。行くよ、二人とも」
彼女は僕とヴェアルさんの腰に手を回し抱き抱えると、足元に力を込めた。
砂利を踏み締め、彼女は一回飛ぶ。その後、膝を折って着地し、もう一度跳ね上がる。その衝撃で靴内部に充填されていたであろう水魔法色素が起動し、ジェット噴射される。
「うぉぁぁぁ!?」
「きゃぁぁぁっ!」
僕らは年甲斐もない声を出しながら、楽しそうに笑うルピカに抱えられて屋敷の屋根へ着地した。
瞬間、右目の先から何かが飛んでくるのが見える。僕は剣を抜き構え、それを防ぐ。
目の前、広大な敷地の庭には、ローブをつけた仮面の人物と、この前とは違う魔獣がいた。
「はぁ、奇襲は失敗か」
その人物は指を鳴らすと、魔獣を横につけた。
「カタリスト。アレを殺せ。殺した後はそうだな。腹に収めても構わん」
カタリストと呼称された熊のように図体がデカい魔獣は咆哮し、飛び上がると、軽々しく屋根上に降り立った。地響きに似た振動が足を伝う。
「ここはアタシに任せて、二人は先に中へ!」
「ルピカちゃん!?一人で魔獣は……」
「お父さんが危ないんでしょ!?団長の件も確かめないといけないし、ヴェアルちゃん一人より、二人で行った方が絶対いいから!」
「ヴェアルさん、行きましょう。ルピカ!死ぬなよ」
「わかってるっての」
魔獣と向き合うルピカに背を向け、僕とヴェアルさんは魔力で身体を強化し、屋根から中庭へ着地する。
その瞬間、領主館から轟音と共に炎の柱が立ち上る。
「急がないと……」
僕らは駆け出していく。安否の確認と、真実を解き明かす為に。
***
レイくんたちを送り出した後、アタシは屋根上の魔獣と向き合っていた。茶色の毛皮の奥の皮膚は分厚そうで、とてもじゃないが、アタシの水では切り裂けそうもない。
「一筋縄じゃいかない奴を、どうしてこうもアタシに押し付けてくるんかねぇ」
「貴方が一筋縄の作戦なんかでは倒れない事を、僕達は知ってるからですよ。ところで見逃してくれませんかね?」
「君たちは……なんか、頭が切れると言うよりも、人への嫌がらせ方法に知能を特化させてる感じがして、少し嫌いだよ」
アタシが構えると、ローブの男はやれやれとかぶりを振り素っ気なく告げる。
「ならしょうがないですね。カタリスト。屋敷は破壊して構わない。その女さえ抑えれば、お前の役目はそれで終わりだ」
カタリストと呼ばれたその魔獣は大声で吠えると、アタシへ突撃してきた。
「四足獣型の子の改良も進んでるとか、どんだけだよ……っ」
アタシは足を魔力で強化して飛び上がる。
そして空中で指を鳴らして色素を辺りに点在させる。そのままそれを弓矢のようにして打ち出すと共に、着地したアタシは魔獣の後方へと回りこんだ。屋根材が剥がれて舞い上がり、目眩しのようになる。しかし、そんなの関係ないと言わんばかりにカタリストは突撃してくる。
鋭利な爪がアタシの腹部を掠める。厚手の服が少し切り裂かれ、布と水が宙を舞った途端、その水を爆破し自身を飛ばした。
「あっぶなぁ……。肝冷えるわぁ」
「ブォァァッ!」
「うるっさ!えぇ!?うるさぁっ!」
すぐに体勢を整えたアタシは屋根を踏みしめ再び跳躍する。靴の側面にナイフを形成すると、そのまま横回転で魔獣の背中を転がっていく。やはり皮膚が分厚いのか、毛皮に水はほとんど吸われてしまって残っていなかった。
「動きにくいな……。しっかりやらないと、こっちが死ぬかも……」
アタシは着ていた服を脱ぎ、長期戦闘用に作り替えた戦闘用コスチュームを露わにする。
肩出しスタイルの上着を身に纏い、ズボンは脱ぎ捨て、腰の辺りに先程まで来ていた上着を巻き付ける。その上着の下には下着のようなものが見え隠れしていた。
黒いロングヘアーの髪の毛をポニーテールのように縛り、アタシは息を整える。この姿は、水のように緩やかに体を動かせるから好きだった。脱衣癖があるわけではない。
「一手一手、考えて動かないと死ぬから、気をつけてね?」
到底人語が理解出来るとは思えないが、アタシは一応カタリストに向けてそう忠告する。カタリストは返事をするかのように「ゴァァ!」と唸った。
片足を上げ、素早く取り出した魔填筒を靴のスロットに差し込む。特徴品のこの靴も実は一種の魔剣のようなものだ。全て注入されたのを感覚で知り、素早く膝を上げ構える。
「魔力、全解放」
それを合図に、靴からアタシの体内に向かって魔法色素が張り巡らされる。それらは循環して体の動きが滑らかになる。魔力による技術のひとつ、身体強化だ。
アタシは地面を蹴って前に駆け出していく。カタリストの腹部に右足で蹴りを入れ、それを起動スイッチのようにして足裏から水を生成し、瞬時に固め形成した棘を差し込む。ダメージが入った事を確認してから、それを崩して足をフリーにする。
一旦バックステップで距離を取り、再度駆け出していく。距離にして2メートルほどの地点で右足を軸にして跳ねあがり、左側面に生成したナイフを使い、回転蹴りで推進力を得た後、そのままの勢いで首元を切り裂いた。
微かに血が溢れ、カタリストは呻く様に声を上げ、よろめいた。
奥でそれを静かにみていたローブの男は「はぁ……。カタリスト!負荷を上げるぞ」と言ってもう一度指を鳴らした。カタリストの体が大きく跳ねる。それと同時に、嗅いだ事のないどす黒い匂いが鼻の奥をつんざいた。
これは、何かまずい予感がする。
そう思った次の瞬間、アタシの体は屋根を貫き三階建ての屋敷の二階部分にいた。
ほぼ受身を取ることができない状態で背中を打ちつけたアタシは意識が朦朧とする。
カタリストはとんとんと、自分の首元を叩いた。そこにはあった筈の傷はなく、出鱈目に塞がった痕跡だけがあった。
「修復も……お手の物……ってかよ」
口の中に溜まった血を吐き出し、アタシは水を纏う。
旅の中で格闘センスを伸ばしておいて良かったと、この時だけは本当に思った。
地面に手をつき手の中から水を生む。
そして水の壁を形成すると共にアタシは奥側に走っていく。一度体勢を整えなければならない。
屋敷の連絡通路口まで走って身を潜めていると、逃げ遅れた使用人がいた。最初こそアタシの服装に驚いただろうが、その後アタシを追って現れたカタリストに大層顔を青くしていた。
「逃げて!」
アタシは飛び出し、彼女を水で完璧に包んでから窓の外に投げた。水は着地の衝撃を消し、その後霧散する。使用人は怪我一つなくこの場を離れて行った。
「ゴガァ!」
大きく雄叫びをあげ、カタリストが飛び掛かってくる。振り向き様に反応できなかったアタシは拳を腹部に受けた。奥の方へ飛び、着地もままならない状態で何度も床に叩きつけられる。
口の中から血がどろりと流れる。出血量が多すぎて身体に力が入らない。
壁に手を当てゆっくり立ち上がる。視界が霞み、脳の処理が遅くなるが無作為に伸ばした片手が腰の魔填筒を掴み吸い上げる。そして水を生み出す。ゴボゴボと音を立てて流れ落ちたその水を不恰好な鎌の形にしていく。
もっと魔力を込めて。もっと。
「生きるか死ぬかの瀬戸際か……アタシもやらないと」
アタシは壁から手を離し、ポケットから白色の魔填筒と杖を取り出し注入する。その杖を当てると傷の痛みが退き、切り傷や打撲痕などが忽ち消えていく。
息を吐き、目の前で笑う魔獣を見据える。
落ち着け、アタシならやれる。レイくんの元へ行くんだ……。
「やぁぁぁっ!」
大きく声を上げ、崩れた瓦礫に塗れた床を蹴り跳ぶ。そのまま鎌を下に下ろしカタリストの腕を切り落とす。真下に振り下ろした鎌を90度曲げて横に振る。胴体を切り落としたが、気味の悪い音を立てて切れた胴が繋がる。
「ッ!」
その勢いのまま、私は神経を研ぎ澄まし、人間で言う心臓の部分に向かって水の魔法色素を圧縮して形成したナイフを突き刺した。鋭さだけを意識したナイフは、その体とあたしの手を傷つけながらどんどん貫いていき、ついに心臓へと至る。それを最後に、苦しみの雄叫びをあげカタリストから力が抜ける。
最後の一撃と言わんばかりに伸びた手を、私は鎌で切り落とすと、素早く離れた。ゴトンと重たい音をあげ、カタリストが崩れ落ちた。
深く息をつくと、ごまかし程度に癒した傷が広がった。
壁に背を預け、私はその場に座り込む。
視線の先には、悲鳴を上げながら逃げ出すローブ男の姿が見えた。
「あー。ローブ男……。でも、なんか、すんごい……眠い」
私は、そのまま目を閉じた。
***
僕とヴェアルさんは領主館の本殿に着いた。
一眼見ただけで地獄だと口から言葉が漏れそうな光景を目の当たりにしている。
美しい庭は業火の魔の手に侵されており、花々は塵となり空気に舞上げられていった。
パチパチと音を立てながら、領主館の壁や玄関、屋根などが燃えて朽ちようとしていた。
「ッ……お父さん!」
「やめてくださいっ……ヴェアルさん!」
「離してください!お父さんが!お父さんが死んでしまいます!」
「今貴方がここで行ったとして、貴方が死んだらどうするんですか!」
僕は彼女を抱きしめ辺りを見回す。そこら辺に避難誘導を開始する兵士の姿が見えた。
「すみません!団長は何処にいますか!?」
「え?君たちは一体……もしかしてヴェアルお嬢様?」
「それより所在を教えて頂きたい!一刻を争うんです!知ってるなら教えてください!」
「えっ……と、団長殿なら、領主様を抱えて出て行きました。確か、領主様が煙を吸われて衰弱されていましたので、屋敷に在中されている白魔法色素使いの所に至急お連れしたとの事です」
「どっ、どっちですか!?」
ヴェアルさんの大声に驚いたのか、兵士は肩をすぼめながら反射的に「屋敷の西の方です!」と答える。
僕らは燃えて焦げた玄関から中へ飛び込んでいく。この世の終わりのような光景に目を疑った。
二階の西、医務室と呼ばれていた部屋の中へ飛び込んでいく。そこは離れのため燃えていなかったが、中はまさしく地獄の名がふさわしい部屋だった。壁には夥しい量の血液が付着しており、薬剤棚の中身は所々が欠品となっていた。診察机の前に置かれた椅子には在中の白魔法色素使いと思われる女性が座っていて、死体となって机の上にうつ伏せになっている。
その他にもメイドや執事、騎士団の団員が血を流して倒れていた。
微かに息のあるメイドに「領主様は!?」と尋ねると、震えた指で場所を示し、そのまま絶命した。
僕は慎重に、それでいて素早くその場所を見た。そこには、複数の切り飛ばされた兵士の遺体と、誰かを庇うように背中から防具ごと体を貫かれた兵士の死体が転がっていた。
そして、リデルさんが倒れ込んでいた。
ヴェアルさんの悲鳴が響き渡る。
悲惨な状況だ。僕はすぐに駆け寄り、兵士を退けてリデルさんの傷と脈拍を調べる。
彼女も駆け寄り父親の頭部を強く抱きしめ、嗚咽を漏らして咽び泣く。
まだ息はある。傷は結構深いが急所は避けてある。それと出血量が多すぎる。
僕は素早く医務室の包帯などで止血をしていく。楽な姿勢にしてあげ、心臓をマッサージする。学園で勉強しておいて良かったと今は本当に思う。
その甲斐があってか、彼の口が開いた。そして目を見開き、僕と泣いているヴェアルを見た。
「レイ……くん、聞け、いいか、時計……塔を……」
掠れ声でリデルさんはそう言うと、苦痛を漏らしまた意識を失った。
「時計塔ですね。分かりました。ヴェアルさん、これ塗ってあげてください。化膿を止める薬です。後、この白魔法色素の魔填筒を……」
「レイさん、これ、持っていってください」
そう言って彼女は取り出したその魔填筒は、見たことも無いほどに濃い赤色をしていた。
そして涙を拭った。
「濃度十割、私の全力を入れた3本、です。……フィルエットにも私にも使いこなせません。だから、貴方が使いこなして下さい」
「分かりました」
「それと、剣を」
彼女は、僕が差し出した魔剣の剣身をゆっくりとなぞる。触れたところから剣が焼け、炎がとぐろを撒き、僕の剣と右腕を包み込んだ。
火の手は落ちるどころか加速の一途を辿り、僕の体を飲み込まんとしている。
「落ち着いて、ゆっくり呼吸をして、コントロールをしてください!」
その魔力は今までとは違った。まるで火の塊を自身に取り込んでいるようで、自然と拒絶反応が出てしまう。
熱い、痛いという感情が僕の心を掻き乱し、更に酷くなっていく。
まるでコントロール出来ず、むしろ侵食されかけてる様子にヴェアルさんは何かを思い切った表情を浮かべ、僕の頭部を自身の眼前へ手繰り寄せた。
唇と唇が重なる。舌を通して頭の中を彼女のものにされていく。僕はゆっくり、体から力が抜けていく感覚を覚えるが、ヴェアルさんはしっかり掴んで離さなかった。
そして息を吐くように唇が離れる。
「落ち着けましたか?」
彼女はそう言って僕を見つめる。彼女の首に巻かれていたマフラーは足元にあって、頬に走る傷は炎に照らされ痛々しく映っていた。
僕の焦りが何処かに消えたお陰か、剣の炎は勢いを落としていた。
「はい。もう大丈夫です」
「私の全部をあなたに託します。だから、私の分も戦ってきてください」
「はい!」
彼女の強い言葉に、僕は思わず強く答えていた。
屋敷を後にする。
急ごう。僕は時計塔へと火に照らされる夜道を駆け出した。
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