13話 Frenzy Blue

 師匠から聖剣のことを聞き、僕は列車に飛び乗った。リアフェリスから王都へ戻るまでの間が、なんだか行きよりも長く感じる。

 強い緊張感が僕たちの間を流れていった。


 王都へ到着すると、僕たちはすぐに列車から飛び降り、あの貧民街のバーがある通りへと道を進んでいた。


「ええか。今から言う三つの約束絶対守りや。一つ、国民に被害は出すな。二つ、フクロウの安否の確認は怠るな。三つ、絶対に死ぬな。ええな?」


 僕たちは師匠に無言で肯定を返すと、左右を確認しながら通路を駆け抜けていく。そこで僕は、最悪な者達の姿を再び目にしてしまった。

 狂蒼の、あの日学園を潰しにきたテロリスト達と同じローブと仮面を身につけた輩が3人ほど、バーから出てきたのだ。

 深い怒りが沸き上がり、呼吸が乱れる。


 そのまま怒りに任せて足音を荒げたまま駆け寄る僕。奴らもその姿に気づいたのか騒ぎ始めた。


「おい、あれって」

「あぁ。閣下が仰っていた……」

「だが想定より早いな?」

「計画が狂ったかもしれないなぁ。本部に確認したいところだが」

「邪魔が入りそうだ。適度に応戦して撤退させるぞ」


 3人はそう言うと剣を抜いた。


 それはどれも違法改造の魔剣。

 僕はその剣士たちから一定の距離に近づくと、素早く自分の剣を抜いて構える。師匠達も続いて追いつき、臨戦体勢を整えた。


「バーの中は任せます」

「一人で大丈夫なんか?レイ」

「大丈夫ですよ師匠。ここは、僕に任せてください」


 僕はそう言って息を整える。冷たい空気で体の中を冷やし、冷静な思考を獲得していく。


「ああ。任せた」


 僕は師匠の返事が聞こえるのと同時に飛び出していた。

 先手は僕が戴く。


「やぁぁっ!」


 地面を蹴り、剣を構えて僕は走る。相手は犯罪者、しかもテロリストだ。躊躇はするな、手を抜くことが、死に繋がると思え。


 僕はすぐに剣を横に大振りに振り抜き、3人を後退させる。その隙間を縫うように師匠達はバーへと駆け込んで行った。


「お前たちの相手は僕だ!」


 僕は素早くバーに近づく男に接近し、剣を閃かす。そのまま男の剣を奪うように弾き飛ばし、蹴り倒した。

 男の声も聞かぬまま、顎を蹴りあげ意識を飛させる。


 そこに背後からすらりと剣の気配が伸びてきた。


 僕はすぐさま横に倒れこむように躱し、受け身を取りながら体勢を整える。そして中腰のまま数撃剣を交えるが、決着がつかない。

 埒が明かないと判断した僕は、足をばねのように使って無理やり体を後退させ間合いを取る。


 そこに追撃を加えようと前身してきた男の顔に向かって、足で小石を蹴り上げた。それに合わせ、右手の剣も素早いく振るう。全力とは言えないが今できる渾身の一撃だ。


 意表を突かれたのか男は一瞬隙が生まれるが、振り被られた剣を見てすぐに剣を構え応対した。しかし、避け切れなかった石が当たったことで仮面に深いひびが入った。


 互いに剣を強く弾き、そのまま距離をとる僕たち。

 男は横に割れてあらわとなった所を確認して、ニヤリと口元を歪ませた。


「アンタ、なかなかやるな」

「だからどうした!」

「いやぁ、相手として申し分なし。結構結構!」


 その男は僕に飛び掛かるように剣を持ち上げ、僕の真上から大きく振り下ろした。それは明らかに先程までの剣とは違い重く感じた。

 僕は思わず硬い石畳を転がりその剣を避けると、息もつかずに男の方へと走り出した。


「はぁぁっ!!」


 男は完全に振り下ろした体勢から直ぐに右足で踏み込み、斜めに切り上げるように持ち上げ僕が振り下ろした剣を受け止めた。

 そのまま僕の剣を弾き返したあと、上手く着地して後ろにいたローブの人物に魔填筒を受け取る。それに合わせ僕も魔填筒を取り出し、魔剣に充填する。


「戦いにくいなぁ……」


 そう言って男はローブと仮面を剥ぎ取った。良質な筋肉とスキンヘッドが露わになる。

 その様子に後ろのローブの男が狼狽する。


「おい、何をしている!」


 ローブの男は思わずスキンヘッドの男が落としたローブと仮面を拾うが、その様子を一切気に留めず男は僕に話しかけてきた。


「アンタ、いい剣の筋だ。誰かに習ったのか?」

「それは」

「俺や。そいつは俺の弟子や。暴れんぼで狂犬で……やけど、強いやろ」


 そこに、軽く息を切らした様子の師匠が帰ってきた。それに続き、ルピカとアグニもバーから飛び出してくる。

 僕は思わず声をあげた。


「師匠!フクロウさんは!?」


 彼は首を横に振った。それで、全てを理解できた。

 僕は思わず顔が歪み、剣を持つ手に力が篭もる。


「流石にバレちゃったか。俺達も引き時かねぇ」


 スキンヘッドの男はそう言うと、ローブの男に手で何かの暗号を示す。男は頷くと、別々の方向へと逃げ出した。


「師匠!」

「向こうのローブの方は俺達に任せとけ!」

「ありがとうございます!ルピカ、行こう」

「うん」


 ルピカは頷くと、僕と共にスキンヘッドの男の方を追いかけていった。


 前方から悲鳴が聞こえる。あの男は貧民街を抜け、一直線に駅へと向かっていた。

 僕たちも人をかき分け、それを追いかける。


 係員の静止の声も聞かず改札を抜けると、男がたまたま止まっていた回送列車に飛び乗ったのを目視した。僕たちもそれに習い、列車に飛び乗る。そしてそのまま先頭車両へと急行すると、やはりあの男がいた。


「うっわ。やっぱ追いかけてくるのかよ」

「勿論だ。絶対ここで捕まえるぞ犯罪者共!」

「……犯罪者?誰のことだよ」

「貴方達のことだ。テロも殺人も立派な犯罪だ」

「テロって何のことだ?」

「とぼけても無駄よ。貴方達のチームが私たちの学校を襲ったことは既に分かってるの」


 ルピカがそう言うと、男は思わずといった感じで大声で笑った。

 あまりの態度に思わず僕は顔を顰める。


「あれがテロだと!?笑わせるな!あれは閣下の剣技だ!そうだ!華麗な!技なんだよ!」


 男がそう叫ぶと、床が揺れた。いや、列車が動き出したのだ。それに合わせ、先頭車両の奥から1人の仮面をつけたローブ姿の人物がスラリと中へと入ってきた。


「うるさい。あと発車させた」


 その女は苛立ちを隠そうとせず、ぶっきらぼうに話す。それと同時に、数本の魔填筒を取り出し魔力を吸収していった。


「もう一人いたのかよ……」

「元々駅から逃げる算段でなぁ?」


 スキンヘッドの男はそう言うと、改めて剣を構え直す。


「おい。お前はあの女の方を相手しろ」

「わかった」


 男に指示されたローブの女は座席の上を駆け抜けるように走ると、僕の背後にいたるルピカだけを押し流すように莫大な水を生み出す。

 そして、ルピカとローブの女はさっきいた2号車へと押し流されていった。


「ルピカ!」

「よそ見してていいのかなぁ!」


 その声に思わず振り向きながら剣を抜刀する。バーの前でしっかり魔力を込めていたためギリギリ応戦できたが、次はないと思う。それぐらい大きな衝撃が手に走った。


 僕は思わずバックステップで距離をとり、中腰のまま武器を構える。そのまま揺れる床をしっかりと踏み締め、狙いを定める。

 男もまた、魔力を通した違法魔剣を大きく上段へと構え直す。


「これ以上の茶番はいらないよなぁ!さぁこい、レイ!」


 その声を合図に、僕らは勢いよく互いへと、つまり目の前の敵へと向かって飛び掛かっていった。



***



 同時刻、リトヴィア王国の王都にある貧民街通りのバー周辺を、俺とアグニは疾走していた。あのローブの奴を捕まえるために……。


「レイが倒したやつは拘束した……と。アグニィ!灰出す準備しときや!」

「はい!」


 アグニに指示を出しながら俺は走る。すると、ローブの奴が目の前の路地に入っていくのが見えた。足を壊す勢いで急ブレーキを掛けながらも、俺は路地を曲がる。


 すると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。


 そのいくつもの体は地面に触れていた。しかし、そこに頭部はなく、体はただ血を吹き出すだけの装置となっている。辺り一面には血液が散乱し、石の地面と白い外壁を全て赤く染めていた。そして、俺が何より目を疑ったのは、その中央にいた異形の存在だった。

 そこには黒い体毛を真っ赤にさせた二足歩行の魔物が佇んでいた。元々は綺麗な黒だったんだろうその色は、被された血のせいで汚くくすんで見える。

 手には人間の子供の頭部が握りしめられていて、その魔物はそれを仕切りに貪っていた。その絶望した表情からは、事態の凄惨さを物語っていた。


「ア……アギ?」


 あまりの光景に思わず立ち止まっていたが、ついに魔物……いや、怪物の目が俺たちを捕らえた。


「アグニ!魔法の準備してくれ!」

「……」

「アグニィ!」


 あまりにも反応が無かったため、怪物から一瞬視線を逸らし彼女を確認する。その瞬間、彼女は悲鳴のような叫び声をあげて前方を指さした。俺はすぐにその指につられて怪物の方を振り向くと、俺の目にはその怪物の右手から伸びた爪が視界いっぱいに溢れていた。

 慌てて顔を左にそらすと、俺の顔の横を爪が掠める。その殺意と力の暴力を間近に感じ、俺は思わず後退した。


 冷や汗がゆっくりと流れ、心臓が激しく鼓動してるのが分かる。原色と戦った時とは違う、野生の死の感覚。

 この感覚は久しく感じてなかったものだ。俺は思わず口元が緩んでしまう。


 その様子を見て、怪物は抱えていた子供の頭部を落とし、頭を抱えて何かを叫び始めた。

 奇怪な行動に、思わず剣の柄に手を当てる。


「なんやこいつ!?もしかしてあれで喋ってるつもりなんや!?」

「分かりません!わかりませんけど……」

「アギ……アガ……アガ!!」


 魔物はそう言うと、瞬時にアグニへと接近する。そして回し蹴りをくらわせた。彼女からボキボキと骨の砕ける音が響き、そのまま壁際へと蹴り飛ばされた。

 それは先程の比では無くて、生身の俺じゃかろうじて見えるような速度だった。


「アグニィ!」


 思わず俺は彼女の側へ駆け寄ると、剣を抜き知り合いの白魔法色素使いから貰った魔填筒を差し込み、全魔力を消費して白魔法を行使する。

 俺の技量じゃ折れた骨は直せたが、意識は戻らなった。そのまま壁へともたれかかせる。


「ちょっと待っとれ」


 ジャケットを脱いでアグニの上へと被せると、俺は立ち上がった。今度は魔剣に灰色の魔填筒を差し込む。相手は原色とはまた違う強者だ。もしかしたら負けるかもしれない。だが、こんな道半ばでこんな所でこんな奴に負けるわけにはいかないんだ。


「最近つえーヤツらばっかと当たってる気がするな俺。だけどなぁ、魔物だかコスプレ変態野郎だか知らんけどなぁ、女子供に手ェ出す奴は絶対許さねぇ。……これ母ちゃんからもキツく言われてんねん。だから、お前はここで倒す」

「アガ、アゲ、アギ……」


 黒い狼のような怪物はそう唸ると、一吠えし、俺の方へ駆け抜けてきた。


「うらぁ!」


 俺はそう言って剣を振り、怪物の胴体へめり込ませる。

 魔剣から引き出した魔力で身体強化をした俺は、動きを完全に見切ってカウンターを叩き込んだのだ。

 骨を斬る感触はした。だが厚い体毛に阻まれたのか、完全に断ち切ることは出来なかった。


「アギャァッ!」


 怪物は倒れ込んだあと、すぐに体を起こした。その傷は既に塞がっている。


「なんやこいつ……不死身かぁ!?」


 間髪入れず、怪物の大きな爪からひっかき攻撃が何度も繰り出される。二発を避けたあと、俺は上から叩き込むようにそいつの片腕を切り飛ばした。魔物はまた苦痛の声を上げながらも、腕をボコボコと膨らませて再生させる。


「ほんまに不死身やんけ……怠いわ。でも案外突破口ありそうやな」

「アギゲェ!」


 少しの油断が俺にミスを誘ったのだろう。

 瞬間的に飛び出た怪物の腕が、俺の右脇腹を貫いた。それは先程よりも更に早くなっていた。


「ゴハッ……ッ」

「師匠!」

「叫ぶな。お前の傷が悪化するやろ。ったく、まさか怪物に学習されるとはな。それにホンマに痛いわ。あぁ、お兄さん泣きそう。どないしてくれんねんこの傷。お兄さんの体ズタボロになってしまうんやが?」


 俺の馬鹿みたいな言葉の羅列に、怪物はそんなの知らないと言わんばかりに首を振った。

 そのまま爪についた血を舐める。


「なんやお前。ほんとムカつくな。あの黄色の女よりムカつくわ」


 額から脂汗が滝のように流れてくる。痛みに耐えながら、俺は唇を噛んで剣を構え直した。


「メアちゃーん。時間だよー帰ろーよー」


 唐突に場違いな女の子の声が響く。メアと呼ばれたその黒い狼は、返事のような鳴き声を張り上げると、俺に最後の一発と言わんばかりの拳をくらわせた。そのまま吹き飛んだ俺はゴミのように地面を転がり込み全身をぶつける。そのまま頭部とそれから爪により切り裂かれた腹部と内臓損傷で、俺は痛みの倍乗せを味わった。


「ま……てや……」


 もがくように伸ばした手の先にはもう何も無く、ただ血溜まりだけが広がっていた。2つの音が立ち去るのを最後に、俺完全に意識を落とした。



***



 2号車の車内にて、アタシとローブの女は対峙していた。

 彼女の水に流されたあと、アタシは自身の靴から少量の水を零して左右に流れるように形状を整え、水を全て後ろへと受け流した。ついでに体についた水分も分離する。


「……やっぱり噂通りだ」

「君がアタシの何を知ってるんだい」

「……任務通り、彼には痛い目を見てもらいますよ」

「ダメだ。あれはアタシのなんだよ」


 彼女は思わず水を止めると、手を背後に回す。

 それに合わせ、アタシも水の形状を変化させる。


「……そういう自分勝手なところ、嫌われますよ」

「手遅れの場合、どーすりゃいい?」


 アタシは地面を蹴り相手の懐へと飛び込んだ。床を弾き飛ばすように炸裂させた水が、アタシの足を強く突き動かす。そのまま、水でコーティングした硬い握り拳が相手へと向かった。

それに対し、彼女は再び取り出した魔填筒を握る手を突き出し、それを起点に水をベールのように張り、アタシの拳の威力を殺した。

 アタシは相殺されたのを確認したまま、左右の拳を殴りつける。


「上手いな君。感がいいよ」

「ありがとうございます。特訓の賜物です」

「そうかい!そりゃ良かったねぇ!」


 そのままアタシは足に力を集める。

 右足を完全に水でコーティングし、集中して、神経を研ぎ澄ませて、奥の奥から水を絞り出す。

 圧縮に圧縮を重ね、瞬間的に足の裏から激流のように水を溢れさせると、思いっきり床から上に向かって膝蹴りの要領で突き出した。その衝撃はとても大きく、しっかり身体強化していなかったら足は折れていたかもしれないほどだ。

 その甲斐あってか、その衝撃は水のベールと周りの座席を破壊しながら彼女に迫り、全てを吹き飛ばした。


 その衝撃に、彼女の仮面も窓ガラスも全て破壊されている。あまりの飛び具合だっため、アタシは彼女の意識を完全に刈り取ったと思っていたが、彼女はゆっくりと上体を起こしてきた。

 その様子にアタシは少し愉快になる。


「ぐっ」

「なかなかやるじゃない。じゃ一個だけ良いこと教えてあげる。青、つまり水は魔法色素の中でも極めて安全性が高く汎用性が高いものよ」

「はい?」

「赤の火や黄の光じゃ身に纏えないし緑の植物じゃ出力に欠ける。白の聖じゃ逆に纏うことしか出来ない。しかし青の水は纏うことも出力することに於いても一流。つまり青は最も自身の拡張をしやすい色素なの。こんな風にね」


 アタシはそこまで言うと、全身の関節に水を被せた。

 そして、指先で何かを弾くように中指と親指で円を作る。すると、その指先に水が自動的に溜まっていく。

 そして弾いた。弾かれた水は瞬時に弓矢となって加速し、床に転がる彼女の肩口を抉った。


「アタシの動き全ては水の魔法となる」


 それをうけ、彼女は傷口をすぐさま水で塞ぐ。

 痛みと悔しさに思わず歯を食いしめたような表情をしながら、彼女はゆっくりと立ち上がった。列車の揺れと体の不調に、思わず近場の座席の背を握りしめている。


「じゃあ問題です。もしこの水全てをアンタに今みたくぶつけたら……どうなっちゃうかなぁ?」


 ニタリと悪意を込めた笑みを浮かべた途端、彼女は動き始めた。


「答え合わせしよっかぁ!」


 アタシは魔填筒を握り、全ての水を腕へと集め振るった。雑に飛んだかのように思われた水は、全てアタシの意志のままに数本の弓矢へと変形する。アタシの全力が込められたその水の弓矢は、あの日レイくんとのコンビ技で披露した速度をはるかに超え、瞬時に音を置き去りにした。


「ッ!ベール!」

「無駄さ。その水は、アタシの本来の色。つまり並大抵の水じゃ吸収できない、エリートなアタシの最大魔法なんだからね」


 彼女が生み出した2枚の水のベールは容易く砕け散り、なす術もなくその体に全ての弓矢を受け入れた。

 そこからはおびただしい量の血が流れていた。


 思わずアタシは駆け寄り応急処置を施す。


「こんなに弱いなんて思わなかった。でも今死なれたら困っちゃうよ。アタシは聞かなきゃいけないことがたくさんあるんだ」

「……ですよ」


 掠れ声でそのローブの女は言う。アタシは直ぐに安全を確認し、彼女の口元に耳を近づける。すると、もう一度彼女は同じ事を言った。


「……は?」


 理解が出来なかった。今、彼女が言ったことは本当なのか?いや、だとしたら、あの匂いは……。


「ならもしかして、任務の意味は……」


 色んな考えがアタシの頭をよぎる。現状を無視し、アタシの脳は完全に立ち止まってその言葉の意味を考えていた。

 しかし、体は脳とは違い最適に動き出す。荒い息を吐く彼女とただ駆動する列車のエンジン音とは別の音、つまりもう一人の息の音を捉えていた。


 先ほどの酒場の前にいたローブの男が一人、疾走する列車の天井を突き破り、その中へと入ってきた。


「新手!?」

「ツヤ、カッコの良い姉ちゃんだな。俺と遊ばねえか?」

「お前、さっきの……」

「俺は演技者でなぁ。さっきのは咄嗟の演技ってやつだ。弱者演じるの、上手かっただろ」


 フードが風で剥がれ、自ら仮面を取った。その下には、ドレッドヘアが浮かんでいた。


「俺ァNo.006ってんだよ。あれ、そういやお前とは初めましてじゃねえよなぁ。どーでも良いけど、とりあえずまぁ。殺ろうや」


 ニヤリと微笑む彼はダガータイプの魔剣を取り出すと、アタシに向かって飛びかかってくるのだった。

突然の行動の数々に思わずアタシは水で各部を守り完全に防御し受け止める。彼はそれを見てすぐさま後退した。


「狭ぇなぁ!?」


 そう言って彼は斬撃でアタシの背後の座席と壁を吹き飛ばす。先程とは違い強い魔力の籠った斬撃は避けるしか無く、列車に完全に風穴が空いてしまった。そのままアタシごと突進して飛びこみ、一緒に外に出た。いや、落ちた。


 そのまますぐに離れる。


「うわっ!?」

「よっと。おら、広ぇ広ぇ。存分にやりあえるじゃねえか」

「そういえばアンタ、あの時の決着をまだつけていなかったね」

「そーゆーお前こそひとりでいいんか、んん?」


 彼は憎たらしい顔をしてアタシを煽ってきた。

 思わず挑発に乗りそうになるが周りを見てすぐに冷静になる。列車は完全に居なくなっていた。


 彼は突然、何かを思い付いたかのようにニヤリと口角を吊り上げた。


「そうだ。お前の首、差し出したらさぁ、全力のアイツと戦えるかなぁ?そんで、そいつも殺して……」


 私は水を鋭い矢のように圧縮して打ち出した。

 男は魔力を込めた魔剣でそれを弾く。


「まだ喋ってんだろうがぁ!!」

「どうでもいい話はもうやめて。さっさと終わらせたいから」

「殺す」


 No.006と名乗った彼は、殺意を完全に剥き出しにしながら私の方へと飛び込んで来た。



***



 僕は足から座席の背の上へと飛び降りた。戦闘は激化し、お互いの疲労はかなり大きくなっている。僕も男も、流血がひどい。頭がくらくらする。呼吸が少ししにくくなって、意識が朦朧とする。


「やるじゃねえか、お前。俺の剣を受け止めるなんて相当だぜ」

「そりゃ、どーも!」


 僕は立ち上がると、足に魔力を集中させて加速する。すれ違いざまに剣を振るうが、難なく攻撃を避け、カウンターまで叩き込まれそうになった。

 僕はそれを無理やり避け、無茶な体勢で床を転がり起き上がる。


「剣筋は完璧なんだ。あとはどうしても予備動作がな」

「うるせぇなぁ……分かってるよ」


 思わず怒りに呑まれそうになるが、息を整え体を抑える。

 狭い車内での戦闘だ。しかも床が揺れる上に体力も消耗している。そのため剣技が雑になっていることも自覚している。

 本来のパフォーマンスが発揮出来ないとはいえ、このままでは本当に負けてしまう。どうにかしなくては。


 次の瞬間、僕は水で激しく後ろへ吹き飛ばされた。それと同時に誰かが無理やり1号車に入ってくる気配がする。

 無理やり振り向くと、そこにルピカはいなくて、水浸しになった床と倒れ込んだ1人のローブの女だけがいた。

 その仮面は完全に砕け散っており、深い傷口からはおびただしい血が流れた跡があった。


 その隙間から見える2号車の壁は完全に破壊されていて、何処を見渡してもルピカがいない。思わず手にはまったバディ契約の指輪を触るが、この周囲の何処にもいないことが僕に分からされた。

 僕は思わずルピカの敗北を悟り、強い怒りが湧き上がっていく。


「ギール、上官が一緒に……」


 ギールと呼ばれたスキンヘッドの男は、女の方を見て何か納得したような表情をした。


「なるほど……No.006か。あの時は一体何をしてるんだろうと思ったが、この為だったのか」


 僕はその言葉を聞いた瞬間、内なるどす黒い感情が大きく跳ねた感じがした。


 この街に、アイツが……あの時の野郎がルピカと一緒にいる。

 こんなとこでグズグズしてる暇はない。

 僕は立ち上がると予備の魔填筒を一本差し込み、剣を振る。


「よそ見、してんじゃねえよ!」


 僕はそう言って駆け出し、膝を抜いて男の左に回る。


「予備動作、隠せっての」


 腹に直接蹴りを受け、僕は横へ吹き飛ばされる。全身を壁に打ち付け、座席を転がる。更にそこに追撃が打ち込まれた。

 思わず剣で受け止めるが、体重を載せた両手による押し込みには勝てず、ジリジリと体の内側へと押し込まれていく。


 肋骨が折れたのか、呼吸がしにくくて、肺がズキズキと痛む。

 掠れたような呼吸しか出来なくなって、僕は更に意識が朦朧としていく。


「苦しいだろ。楽にしてやるから大人しく負けろよ」

「……誰が、こんなとこで死ねるかよ」


 俺は剣先で水を生み出し、自らの頭にぶっかけた。

 頭が少し冴えていく。それにより、俺はこの殺し合いを躊躇していた事を後悔した。躊躇うんじゃない。これは、必要なことだ。頭を冷やせ、俺。冷静になる事で、俺は躊躇なく戦えるんだ。


 魔剣から全身に細く制御した魔力を込めて押し返していく。今なら全身の魔力の流れを完全に支配できる気がする。


「俺は、まだ死ねない。お前らから聞かなくちゃいけない事が何個も何個もあるんだ。聞かずに死ねるかよ!」


 俺は立ち上がり、剣を完全に押し返した。

 弾かれた剣がギールを後退させる。


「くっまだそんな力が」

「まだだ」


 俺は剣から生み出した水を螺旋状に放射し、体に突き刺すように右腕に固定していく。そのまま右側上半身の全体を固定した。

 中と外の両側から魔力で強化し補助する感じだ。


 剣を振り、自分の体にその感覚を順応させていく。

片腕に圧縮されアンバランスな力が俺の体を振り回すが、それを受け流すように使いこなす。


「出来損ないだけど、お前にはこれで十分だ」


 顔を歪ませて笑うと、前へと踏み込み力強く剣を振るった。

そのまま剣を交わし続ける。それは今までとは違い、対等な剣圧による剣の応酬だった。


 金属同士がぶつかりあう甲高い音が響き渡り、俺は瞬時に後ろへ身を退く。


「段々反応が良くなってきたなぁ」

「いつまでもヘボな俺だと思ってんじゃねえ!」


 もう一度飛び出した後、俺は男の顔向けて剣をまっすぐ伸ばしていく。体全体を使い、瞬間的に後方に向かって水魔法を放出することで加速と威力をはね上げた最高の一撃だ。

 男はそれに対し、正面から自分の剣を這わせることで軌道を逸らし、受け流そうとするがそうはいかない。俺はそのまま圧倒的な力で男の剣を破壊しながら男の肩口に刺突させ、勢いのままに列車の壁へと縫いつける。


 心の中をぐるり回っていた黒い感情は引くことを知らず、そのまま至近距離のまま剣から大量の矢を生み出し乱雑に四肢を突き刺す。

 そのまま乱暴に言葉を溢した。


「吐け」

「ぐっ何をだ」


 思わず彼の腹を蹴り、手足の力を強めていく。

 その顔に苦悶の表情を浮かべながらも、その目の中の闘志は尽きない。


「イザ!……任せる」


 イザと呼ばれた女は咄嗟に近寄り、無理やり俺をギールから引き剥がす。

 思わず後ろ足で背後にいる女を蹴り飛ばし、振り向く勢いのまま剣を引き抜き、剣で強化された拳で思いっきりぶん殴る。

 そのまま吹き飛んだ女は、車内の奥で完全に動かなくなっていた。そのまわりに大量の水と砕けた魔填筒の残骸が飛び散る。


「邪魔だ」


俺はそう言った後、もう一度ギールへ詰め寄る。


「全てを吐け」

「……くくく。なら教えてやる。生きてるよ、お前のダチは。コクリア、クリシュ、あとフィルエットだったかな。捕虜としてだけどだな」


 ギールはそう言った。

 その言葉に、思わず拘束の足が緩む。


 そして次の瞬間、男はポケットから取り出したダガーナイフで自身の首を切った。頸動脈まで切れているのか、激しく飛び出した血は俺の顔を赤く濡らす。


「……は?」

「役目、果たしましたよ……閣下」


 そう言って男はぐらりと倒れると、体を下に垂らしたまま絶命した。首から垂れる血は、そのまま床に血の海を作る。


 あまりにも呆気ない最後と、色んな感情によって頭がごちゃまぜになる。あらゆる想像が僕を拒んでいく。


 すると、突然の急カーブが列車全体を襲い僕はドスンと尻もちをついた。

 そのまま何も出来ず呆然としていると、高く大きな金属的な悲鳴と更に大きな衝撃が列車全体を襲った。

 ごろごろと転がり、打ち所が悪かったのか意識を失う。意識を取り戻したのは列車が完全に急停車した後だった。


 冷静になった僕は、思わず投げ飛ばしたイザや死体となったギールを探し求めるが何処にもいない。まるで最初から誰も乗っていなかったかのように、列車だけがここにあった。


 無茶な魔力行使の反動に痛む全身を無理やり動かし、僕は列車の外へと出る。

 降りたところは魔物対策に柵が2重に設けられただけの完全なる自然の中だった。


「ルピカ……」


 僕はまた契約の指輪に手を這わせて線路の上を歩き出す。そのまま魔剣に停車の衝撃で砕けた魔填筒の中身を無理やり詰め込んでいく。

 ここからさっきの通りまで戻るにはどれぐらい時間が掛かるだろうか。果たして今日中にたどり着けるのだろうか。


 憂鬱な気分となりながら、僕は夕日の中の線路を駆け抜けていった。

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