5話 散策
翌日、僕とコクリアはクリシュに呼び出され空き教室にいた。悲壮感を抱えた彼女は少しだけ迷った後、口に出した。
「爺やが帰って来ないの」
「爺や……って、昨日の執事のジュピアさん?」
無言でクリシュは頷いた。
「おいおい、行き先も言わずにその爺さんは出掛けるような人なのかよ?」
「違うわよ。爺やはそんなことしない」
「そうだよ。それに、昨日のあの人からはそんな失踪の予兆なんて感じられなかった。きっと、何かしら変なことに絡まれてるのか……」
瞬間、僕は昨日あの人に頼んだことを思い出した。
違法魔剣の出所調査。もしそれが原因で、消えてしまったのだとしたら?
「家族はなんて言ってんだよ」
コクリアの問いに対し、クリシュは答えた。
「パパもママも全力で探してるけど、結果は芳しくないって諦め始めてる。でも私はそんなんじゃ納得できない!」
「だよな……まずは俺らにも出来ることを探してみようぜ」
「うん。とりあえずまた後で話し合おうよ」
そう言って、僕らは授業のために教室へ戻って行った。
いつものランチを終え、午後の授業を終えるとクリシュはそそくさと外へ出て行ってしまった。僕は気になってその後を追いかけていくが、角を曲がる前に足が止まった。
そこではクリシュが泣きじゃくっていた。
それもその筈だ。あんなに優しい人がいなくなって、悲しまない筈がない。
僕やコクリアが考えるよりも、深い悲しみに苛まれていたんだ。
声をかけようか迷っていると、奥からルミリスさんが駆け寄ってきた。
「姫様?」
「……ルミリス」
「大丈夫……な訳ないですよね」
「なんで……なんで爺やが居なくならないといけないの?」
嗚咽を漏らしながら泣くクリシュを、ルミリスさんは優しく包み込み背中を撫でた。通行人も察しているのだろう。彼女らのいる道を通ることはしなかった。
しばらく立ち、ルミリスさんが涙を拭ったハンカチを直した。
「……ありがとうルミリス」
「はい、姫様。姫様が辛い時はいつでも私は側に居ますよ」
「うん、もう平気。ありがとう」
ルミリスさんはクリシュが向こうへ消えたのを見届けると、僕の方へと歩いてくる。
「乙女の涙見るなんて最低ですよ」
「ごめんなさい。でも、僕は昨日家に寄った時にジュピアさんに頼み事をしていたんだ。もし、それが何か関係してるなら……」
「貴方が気に病むことはありません。貴方がわざと姫様を苦しめる真似をする男だとは流石に思ってませんから」
「……僕は、クリシュのことも爺やのこともあまり分かっていなかった。友達になって日が浅いのはわかっています。でも、友人としてあいつの涙を拭ってやりたい。お願いです。手伝ってください。アイツを笑顔にしてあげたいんです」
「……生意気な貴方にしては、マトモな発言ですね。それで方法はあるんですか?」
「まずは人手が欲しい。まずはそれからです」
「わかりました。……ところで貴方、昨日姫様と家で何をされたのですか?」
にっこり暗い笑顔のルミリスがそこにはいた。
僕は渋々と詳細を説明した。
***
僕達は力を貸してくれそうな人物を片っ端から集めた。クリシュとコクリア、ルピカにフィルエットさんとヴェアルさん、それからルミリスさんと僕を加えた7人で、放課後にフィルエットさんの屋敷の会議室へと出向いていた。
僕はクリシュの許可を取ってから、全員に話を振った。
「……てことなんです。皆さん、協力してくれませんか?」
僕がそういうと、全員が首を縦に振った。
「って言っても、作戦はあるの?アタシ、その辺詳しくないから分からないけど」
「確かにな。無謀に突っ込んで敵の罠でした。とかあり得なくもないしな……」
「ならさ、二班に分けてみない?」
フィルエットさんの案に、全員が二班?と反応を示した。
「そう、二班。二手に捜索の手を分けたほうが効率的じゃないかなー?」
「……確かに、僕もそれには賛成です」
「レイくんが賛成するならアタシも賛成」
「俺も賛成だな」
「私と姫様もその案には賛成します」
「決まりだね。じゃあ、ルピカさんはコクリアくん補助してくれる?彼、魔剣士だけど相方まだ居ないからねー」
ルピカはしばらく悩んだ後、諦めたような顔をして腰のホルスターを漁った。
青く染まった三つの瓶を取り出した。
「これ昨日作った魔填筒。使ってね」
「え、いいの?」
「大丈夫、私の分はまだあるから」
「こほん。……とりあえず探索は今から三時間後まで行います。国の中は広いから、探し漏れのないようにね。行きましょう!」
フィルエットさんのその声を皮切りに、僕らの探索はスタートした。
「無いねぇ……」
探し始めて二時間が経った頃、僕らは市場のエリアにいた。この辺にいる住民は人と喋ることをよく好むため、何か情報を持っているかと思ったが、僕の推測は綺麗に外れた。
「ハズレかぁ。見つからないもんだね」
フィルエットさんはヴェアルさんと手を繋ぎながら辺りを捜索していた。いつも通りマフラーに隠れていて彼女の口元は見えないが、きっと綻んでいることだろう。
「ヴェアルはどこか怪しいところ見つけた?」
フィルエットさんがそう尋ねるが、彼女は横に首を振るだけだった。
「先生も協力してくれるかな……。っと、その件に関してレイ君は先生に聞いてみた?」
「聞きましたけど、先生は国の戦力を育成するために国家から派遣されている存在なので、身勝手に動くと罰刑をもらうため今回は自由に動けないって言ってました」
「そう……ゴルアム先生も当てにならないなら、本当に私達だけでやるしかないねー」
僕らはそう言って市場を抜けた後、あの日ヴェアルさんと初めて話した路地のある方へと向かって行った。
奥へ進んでいくと、路地裏からまた声が聞こえた。この路地裏は何かと犯罪行為に使われるのだろうか。
僕らがその路地裏を見ると、筋骨隆々な男達が屯して何かを取引していた。
その手元には、やはり違法魔剣のようなものが握られている。
「……なんだオメエら」
「この前、この辺で怪しい人達に会ったんですけど、その人達に魔剣渡したのあなた方ですか?」
「魔剣……。あぁ、これの事か。それなら俺らだな。なんだ?俺らを罰しようってかァ?ガキだろうと舐めてたら容赦しねぇぞ」
その言葉を境に、悪党達は臨戦態勢へと入った。
全員が魔剣を持っている。
「フィルエットさん、戦闘避けられなくなりました。すみません」
「あちゃあ……。しゃあない。ヴェアル、四割ちょーだい」
ヴェアルさんはフィルエットさんに四割分の色素の入った魔填筒を手渡し、一歩後ろに下がって援護に回った。
「今回は水の操作できないので撹乱だけになると思います。大丈夫ですか?」
「なんとかなるでしょ~。ま、やってみれば分かるよ」
そう言って僕とフィルエットさんは魔剣を振り、剣を構えた。
その剣身は薄い青と赤に包まれていた。
***
レイくん達が市場の方に向かった後、アタシ達の班は一般市民が住むような住宅街を捜索していた。
中には破損した怪しい家などもあったけど、その中は何も手がかりが無く、ただ家主がいなくなったまま取り壊されず残り続けているだけのようだった。
アタシは仕方なく、崩れた家も調べていくことにした。
「しっかし、見つかんねえなぁ本当に」
「姫様、辛かったらお休みになられてもいいですからね?」
「いいの。爺やを見つけたいのは私のわがままだし」
「ちょっと聞きたいのだけど、その人ってどんな人なの?」
アタシが尋ねると、クリシュちゃんは少し悩んだ後答えてくれた。
「爺やは私が小さい時から一緒で、よく遊んでくれて、困った時には助けてくれて。本当に良くしてもらってばかりなのに、こっちからはお礼の一つもできてない……」
言い終えた後、彼女は少し俯きながら辺りを捜索しに行った。
「しっかしこの辺は本当に瓦礫しかねぇなぁ」
「崩れた家を壊すのにもお金が掛かるんですよ」
「そういうもんなんかねぇ」
そう言ってからコクリアくんは瓦礫を捲り上げて辺りを探していた。
「なんかよ、特徴とかねぇのか?その爺さんの」
「えっと……コートかな。胸ポケットに刺繍があって、いつもそこに私が上げたイニシャル入りの万年筆を入れているの」
「コートね。了解」
「クリシュちゃんは平気?疲れたなら休んでいいよ」
「まだ大丈夫」
「そっか」
笑顔で言う彼女に、アタシは「そっか」と返して辺りの瓦礫を掘り返した。
歩く度に足元が崩れ、歩き難い事この上無かった。本当は今すぐ帰りたかった。だけど、レイくんが友人の笑顔を取り戻すためと奮闘しているんだ。アタシも頑張らないと。
「……あった」
唐突にクリシュちゃんが声を上げる。
二時間捜索していた私の足はもつれ、瓦礫に腰から着地する。打った腰を摩りながら、私はクリシュちゃんの側へ向かった。
「……それって、万年筆?」
「姫様、そのイニシャルは……」
「『J・H』……。そっか」
クリシュちゃんはそれを取って立ち上がると私達に泣きながら笑っているようなくしゃくしゃに歪んだ顔を見せた。
「ありがとうみんな。もう大丈夫だから」
「とりあえず、一段階達成だな」
そう言いながらコクリアくんは暗い顔をしていた。みんなも同じだ。
しばらくの間、沈黙が流れた。
「絶対見つけてやる」
クリシュちゃんの顔を、アタシは見ることが出来なかった。
***
僕とフィルエットさんが戦闘を始めてから少し経った直後のこと。チンピラはすぐにダウンし、残り一人になったところで丸刈りの恐ろしいやつが乱入してきた。しかも、こいつは戦いのセンスがとてもいい。僕の水による目眩しも、フィルエットさんの炎による攻撃も悉く避けていく。
ヴェアルさんの炎球もくらいはしたものの、そんなのダメージになっていないと言わんばかりの猛攻だった。
僕の魔剣に装填した魔法色素は底をついていた。二本目を追加するかどうか迷っていると、顔を少し赤らめながらヴェアルさんが魔填筒を差し出してきた。
「み、水、操作できない……から、私の使ってっ」
「おー?珍しいねぇ。ヴェアルが私以外に能力あげるなんて。とりあえず挿しなよ。使いこなせなくても、ヴェアルがなんとかしてくれるから」
僕は二人に言われた通り、それを魔剣に挿した。やっぱり、あの時と同じだ。僕が剣を振ると、とぐろを巻くように炎が噴き出し暴れ始める。まだヴェアルさんの補助無しじゃ戦えなさそうだ。
「大丈夫、私もいるから。ヴェアルのサポートが外れても私がカバーする」
フィルエットさんはそう言って敵に突撃していく。彼女は下段から大剣を切り上げると、軌道から直線上に炎が地面から噴き出した。
丸刈りの男は受け身で回避すると、すぐに姿勢を取り直す。
「ハァッ!」
その隙間を縫うようにフィルエットさんが近づき、大剣同士を打ち合わせた。
何度も大きく鈍い音が響き渡り、炎と炎が飛び交う。
ヴェアルさんがそれを補助するように飛ばした炎を鋭く伸ばし炎の矢として飛ばしていくが、丸刈りの男は障害物やフィルエットさんを盾にすることでうまくかわしている。更にもう一人の男が懐のナイフを次々とヴェアルさんに投擲する。
それを炎の矢で撃ち落とすのに余儀なくされていった。
彼女たちが苦戦しているのはわかる。だけど僕は動けなかった。
本当は僕もすぐに加勢したかったのだが、まだ炎の制御がままならない。フィルエットさんと矢の制御で手一杯となったヴェアルさんは、こちらに気を遣う余裕がないようだ。
制御の外れた力が僕を強く揺さぶってくる。
前回とは違う制御のされていない魔力が、剣を伝って僕自身を侵してくるようだった。
その力に、僕は完全に呑まれていた。
10本ぐらい投げただろうか。
男はナイフが効果ないとわかるや否や、大きく振りかぶった。
「危ないっ!」
「きゃっ」
魔剣が飛んできたとわかった瞬間、僕は思わず物陰へと剣を捨て、ヴェアルさんを抱き寄せた。
その魔剣は炎の矢を突き抜け、壁へと突き刺さった。
そのまま物陰へと隠れる。男の舌打ちが聞こえたような気がした。
「はぁはぁ。大丈夫?」
「こっちっ、見て」
僕が安否を確認しようとすると、彼女は僕の顔を自らの正面へと抱き寄せた。
至近距離で目と目が合い、一瞬の空白が生まれる。
「あ……あ、あなたならできる。私を信じて。力を受け入れてっ!」
マフラーから覗いた口から、凛とした音が僕の耳を揺さぶった。
彼女のその力強い目に、力強い言葉に僕は応えたくなった。
「わかった」
僕は剣を拾い、魔力を行き渡せる。ヴェアルさんの力が僕の方へと侵してくる。
落ち着け、落ち着け。力に吞まれるな。抑えつけるんじゃない。受け入れろ。
僕は深く深呼吸すると、剣を振るい炎を纏わせた。
もう迷いはなかった。
僕たちは物陰から飛び出す。そこを狙いすましたようにナイフが飛んできたが、すべて剣で弾いた。
「もう大丈夫。あとは任せて」
「はい」
彼女は僕から離れ、頬笑んでそう言った。
僕は膝を抜き駆け出す。剣から伝わる力が僕に力を与え、いつもより早く動ける気がした。
「フィルエットさん!お待たせしてすみません!」
「遅かったねぇ!」
フィルエットさんは満身創痍だった。僕たちの補助なく戦ったのだ。怪我していないのが軌跡だろう。大きく剣を振り炎をまき散らすと、バックステップで僕と交代した。
相手は赤く染まった魔剣を構えている。だけどこの赤、いやヴェアルさんの赤のほうが強いはずだ……!
「魔力全解放っ!」
僕は魔剣に含んだすべての魔力を放出し纏った。持っているだけで体が焼けそうだ。しかし、僕はそれすらも受け入れてみせる。
「ハアアアアッ!!」
僕は雄たけびを上げながら、全力のダッシュで丸刈りの男へと斬りかかった。
回避不能だと察したのか、男は炎の纏った大剣で受け流そうとした。
剣が接触した瞬間、僕の炎は男の剣と肩を断ち切った。
そのまま男は全身が炎に包まれた。
火の手を見て直ぐに離れた僕の手には、剣身の無くなった魔剣が握られていた。
「フィルエットさん!」
僕は叫び、ルピカの最後の一本の魔填筒を投げ渡す。
僕の声を聞いた彼女は、すぐに青の魔填筒を挿し込み水を出した。
数分後、火の消えた丸刈りの男と向き合う。片腕は無く、全身が火傷に包まれていたが、なんとか話はできそうだった。
もう1人の男も、フィルエットさんが取り押さえてくれていた。
「とりあえず、僕らは貴方から聞かないといけないことが……」
そう言った次の瞬間、目の前の男たちの背中に三本の青い流動体が矢のような形で刺さる。それは全て心臓に向かっていた。
その矢がはらりと消えると同時に、男は血液を口から溢し倒れた。
上を見ると、飛び去っていく人影があった。
その人影は、お面を被っていた。
「フィルエットさん!白魔法色素使いを呼んでください!」
「わ、わかった!」
何が起きているのか分からなかった。
矢が飛んでくるまで、誰かがいたことすらわからなかったのだ。
その矢はまるで、これ以上関わるなと言われているようだった。
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