第1話
薄暗い部屋の中、私は今日もスマホの光に照らされていた
「あー。シオン、今日もかわいすぎ」
スマホ画面に映るのは、インフルエンサー[シオン]のSNS投稿画面。
オシャレなカフェで優雅なティータイム……
私には到底手が届かない生活をしてるんだよなぁ
「……いいなぁ」
そんなことをつぶやいていると、スマホの通知音が鳴り響いた
“ピンッ”
【スマホ画面】
「時間あるから、ちょこっと質問こたえるよー」
「シオンが質問コーナーなんて珍しい!
シオンに聞きたいことかぁ…」
私は、遠い目でスマホを見つめ続けた。
どれくらいの時間が経っただろう。
きっと3分くらいかも。
でも私には、もっと長い時間考えたようにも思えたんだ。
タッタッタッタッ……
すばやくスマホに文字を打つと、私はスマホをベッドの上に放って部屋を出た。
ベッドの上に取り残されて、寂しげに煌々と光る文字は……
『今、幸せですか?』
お風呂に肩までしっかりつかり、対して疲れてもいない今日の疲れを癒す。
「はぁ〜…」
お湯につかり、浴室の天井を見上げると平凡すぎる自分の人生について考えてしまうんだよね。
「シオンみたいにキレイで人気者だったら、私も幸せだったのかなー」
“ガラッ!!”
「おいフリーター。くだらない独り言いってないで、さっさとでてよね」
…姉だ……
まったく、いつも乱暴なんだから。
情緒ってものを知らないのか。
「わかってるー」
私は軽く睨みながら、不貞腐れて口元まで浴槽に浸かった。
きっとこの時の私は、醜いくらい往生際の悪い顔をしていたと思う。
姉の言葉に後押しされたわけじゃないけど、すばやく着替えて、髪を乾かす。
鏡に映る、仏頂面な自分を見ていつも思うの。
「自分が冴えないって、悲しいほど理解できちゃうんだな…これが」
いきなりだけど、ちょっと私のことを話すね。
私は、[
せっかく就活で勝ち取った就職先を1年目で退社したんだけど……
その理由が、我ながらくだらない理由すぎて笑える。
そんなこんなで、26歳フリーター2年目。
会社員よりもフリーター歴の方が長くなったのも、笑いが止まらない理由の1つだね。
シートパックを付けながら、ダイニングに向かって飲み物を手にする。
そんな平凡すぎる私のルーティン。
みんな、こんなもんでしょ?
でも、私はなんか物足りないんだ。
“プシュ”
ゴクッゴクッ……
「はぁ……お風呂あがりのビールってなんでこんなおいしいんだろ」
思わず独り言をつぶやくと、また口うるさい姉が絡んできたよ。
ダイニングから続くリビングのソファーから、振り向きもせず。
「あんた…なんか寂しいね」
「…ほっといてよ」
こうしてビール片手に薄暗い部屋に戻る。
これも私の冴えない平凡なルーティン。
“バタンッ”
“ガッ!”
「いったぁ~~~~~~~」
大きくベットに倒れ込むと、背中にスマホが激突!
電気くらいつけようかな(汗)
「ん?」
お風呂に入っている間、ずっと手にしてなかったのに、スマホの画面は煌々と光っていた。
「あっ」
『今、幸せですか?』と書かれた私のDMの下に、新しいフキダシが追加されている。
『わかりません』
シオンからは、そう呟く返信があった。
「あなたでわからなかったら、私はどうなる」
そうやって返信したかったけど、そんな勇気もなく、乱暴にシートパックを外して再びベッドに倒れ込む。
「……(なんて返そう)」
しばらく考えたけど、いい返信なんて思いつかないんだよね。
私は寝落ちしそうになりながらも、真剣にスマホを見上げた。
「……言ってみるか」
私はくるりと体勢を変えて、枕に肘を置きながら、真剣にスマホを向き合ったんだ。
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▼シオンの目線
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高層ビルが並ぶ街中で、今夜も一人、タクシーに乗る。
これが私のつまらない日常。
だけど今日は、少しだけ気持ちがざわめくの。
だって…これ見てよ。
『今、幸せですか?』
SNSで質問募集したら、こんなDMが来てさ。
思わず鼻で笑っちゃったよね
「幸せ…ね…」
摩天楼に輝く窓の外を眺めると、この言葉から響く切なさが身に染みる。
でも、悔しいじゃない?
だから私、インフルエンサー・シオンになりきって、ちゃんと返信書いたんだよ?
「幸せですよ♡」
……でもね。
送信は押せなかった。
そんな心が晴れない薄暗いタクシーを降りると、まぶしいくらい輝くネオン街にたどり着くの。
まったく、まぶしいっての。
「遅かったね、シオン」
目の前に立つのは、私のセフレ。
こいつは自分のこと、「彼氏」だっていうけど、じゃれごとなのよ。
だけど今日も私は、この男の手を取り、腕を組み、ネオン輝くClubの入口へと吸い込まれていくの。
「…ちょっと待って」
彼の胸元に手を置きながら、色っぽい目線を送るのも、まるで無意識。
「先に行ってて?すぐ追いかける」
すっと手を離し、笑顔をここに残しながら、Clubの中へと入っていく男の背中。
それを見送ることなく、私はClubの入口の壁によりかかりながら、スマホに文字を打ったの。この時のスマホは、いつもより重たく感じた……。
いつもにも増して不愛想な私に、友達も話しかけずらそうに通り過ぎていくのをよそ目に、私はスマホだけを見つめたよ。
『今、幸せですか?』
そんなDMの返信に、私はこう返さずにはいられなかった……
「わかりません」
だってそうでしょ?
空っぽな私は、このネオンの入り口を通り過ぎたら、空っぽなスポットライトに照らされるだけ。
これが幸せなことなのか……
そんなの、私にわかるわけがない。
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▼楓の目線
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翌朝起きると、私はスマホを持ちながらうつ伏せで眠っていた。
いつもの平凡な部屋で。
サイドボードには飲み終わって潰したビール缶が一つ横たわっている。
私はおじさんか?
「ん〜〜…」
窓に向かって寝返りをうつと、カーテンから差し込むわずかな朝日が眩しくて顔が歪んだ。
…と同時に、スマホの画面に目をやる。
8時45分
「わっ!!?」
寝ぼけながらもスマホを見て飛び起きたよね。
「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!」
“バタバタバタバタ……”
急いで階段を降りた先には、歯を磨く姉がわざわざ廊下でお出迎えしてる
「あんたの今の姿が一番やばいよ」
「わかってるよ!!」
鏡を見ながら荒々しく髪を束ねながら、今日も仏頂面をかまし、洗面室から立ち去ろうとすると、姉がうるさいくらいの大声で嘲笑う。
「えっ、ウソでしょ?」
「んっ?」
振り向いて睨みつけると、鏡に映っていたのは化粧もほとんどしてない私の顔
「あんた、それでお店立つつもり?
ナチュラルメイクが過ぎるでしょ」
そう言い捨てて、姉はリップを手渡す。
手元に収まるリップを見つめ、また静かに時間が過ぎるの
「……こんなの塗っても」
うっすらピンク色のグロス感のあるリップを塗ると、わずかに潤った私の唇。
でも鏡に映るのは、無愛想な表情の私。
「私の唇は、使い道がないのに」
そんなことをつぶやきながらも、猛ダッシュで走った甲斐あって、遅刻ギリギリの電車に飛び乗る。
ラッシュが落ち着いた電車内に座りながら、電車の揺れに身を任せていると、思い出しちゃったんだよね。
「我ながら、めんどくさいことをしたもんだ」
そう、私はあの後シオンに、おせっかいでメンヘラな長文のDMを送っちゃったんだよね。
「はぁ~…」
そりゃため息も深くなるわ。
(シオンの意味深な答えが気になって、長文DM送るなんて…恥ずかしい。)
(きっと彼女は笑ってるよね)
反省をしていると、目に映ったのは車窓に広がる“懐かしの河原”
思わず、河原が見えなくなるまで、名残惜しそうに目で追っちゃったよ。
(私の幸せのピークは、あの頃しかない)
高校時代、私は絵に書いたように冴えないメガネ女子だった。
だけど、そんな私にも“あの人”は、ちゃんと挨拶をしてくれたんだよね。
「おはよう!」
とぼとぼ歩く私の目の前を、友達と楽しそうに歩くユウ先輩の笑顔は、いつもまぶしかった。
(名前も知らないであろう私にも、毎朝爽やかに微笑みかけてくれたな…)
“ピーーーーーッ!”
「!!」
物思いにふけっていたら、ホームから聞こえた電車の出発音で我に返った。
どうやら、終点の駅に着いていて、なんなら折り返しの出発前らしい。
(……なんでこんなにどんくさいのよ。)
「キャッ」
電車から駆け降りるも、ふらついちゃった。
“パッ”
とっさに男の人の心強い手が支えてくれた。
「大丈夫ですか?」
「すみませんでし…」
その声に惹かれるように顔をあげると
「……えっ?」
目の前にいたのは誰だったと思う?
心配そうに私を見つめるのは
憧れのユウ先輩だった。
しばらくユウ先輩に見惚れて、時が止まっちゃったよね。
だってユウ先輩……前よりももっともっとカッコよくなっていたから。
「これ、線路に落ちなくてよかったね」
ユウ先輩も私を見つめている…?なんて勘違いしていたら、ふらついた時に私が落としたスマホを手渡してくれていた。
私、それを受け取るとき、きっと手が震えていたと思う…。
恥ずかしいな。
「気をつけてね」
そう言って、ユウ先輩は眠たそうに目をこすりながら、向かいのホームに停まっていた列車に吸い込まれていった。
(あれって…ユウ先輩だよね)
(もう一度会えるなんて)
職場のデパートの更衣室についてからも、私は頭の中で今朝の出来事を何度も回想していた。
でも、何度思い返しても……
「…私に気づいてはいなかった……」
“ピンッ!”
ロッカーを閉めようとしたその時、スマホが鳴ったの。
うっかり忘れていたマナーモードの設定だけをしようと、スマホを手に取ると、通知がはっきりと目に入った。
「えっ…?シオンから…?」
【スマホ画面】
『はじめまして。DMありがとうございます。
本音で話してくれて、ありがとう。
私も、少し本音で話すね。』
その先も読みたかったけど、出勤時間が5分前に迫っていたので、私はスマホをカバンに入れて、ロッカーのドアを勢いよく閉めた。
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▼シオンの目線
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“ピーンポーンッ!”
(…ん…うるさっ)
まだ早朝だっていうのに、元気すぎるインターフォンの音が私の部屋に響く。
ソファーで寝ていた私は、ブランケットを頭までかけて、その音が聞こえないふりをした。
“ピーンポーンッ!”
(…しつこいなぁ……)
眠たい目をこすりながら、玄関のドアを開けると
そこにいたのは、“あの”自称彼氏。
「シオン、なんで急に帰ったんだよ」
イタズラに微笑み話しかける彼に背を向けながら、私は大きくあくびをしてリビングへと進む。
「ごめんね」
「急にダルくなって」
そんな言葉を言い切る前に、ユウは私を後ろからそっと抱いた。
「何も言わずに帰るなんて、寂しいじゃん」
そんなこと言われたって、コイツの言葉は私に響かない。
でも、私はまた嘘を重ねるの。
「うん…
ごめんね、ユウ」
そして私とユウは、いつものようにベッドに向かった。
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