第39話 VSオーガ変異種
森の中は、文字通りに森閑としていた。
その中を通る一本の道を、ビクトルと一緒に歩いて行く。最初のうちは、ビクトルが先頭に立って、ずんずんと進んでいった。
道とは言っても、ほとんどはただのけもの道だ。雑草が生い茂っているだけの場所や、落ち葉でいっぱいな急勾配の斜面もある。そんな難所もものともせず、騎士団長の体力で突っ切っていってしまうものだから、ついていくだけで大変だった。
しばらくはそのまま進んだけど、スピードを落としてくれる気配がないので、しかたなく、ぼくは彼に呼びかけた。
「団長、ちょっと待ってください。速すぎますよ。これでは、敵の気配を探る事ができません」
「……ああ、そうだったな。少し気がせいてしまったようだ。それでは、おまえが先を進め」
「わかりました」
立ち止まったビクトルを追い抜いて、ぼくが先頭に替わった。これで、歩くのは少し楽になった。けど考えてみれば、もしも敵に襲われた時、最初に的になるのはぼくなんだよな。あれ、なんかしくじったか? ちらりと後ろを見ると、ビクトルは厳しい顔のまま、
「ここが、森の中では一番大きな道なんだな」
「はい。ぼくの知る限りでは、ですが」
「うむ。ではこのまま、先に進め。図体の大きな相手であれば、ここを通る可能性が高いだろう。
先ほども言ったが、おまえには戦闘面での期待はしていない。敵を発見したら、その旨を告げるだけでいい。その後、すぐにこの場を離れて、ジルベールに報告に走れ」
はい、と答えて、ぼくは再び前を向いた。
しかたない。こうなったら、やるしかないか。こっちはぼく一人ではなくて、騎士団最強で剣神の、ビクトル団長がいるんだ。だいじょうぶだいじょうぶ。でも剣神が後ろにいたって、相手から先に一撃を食らったら、ひとたまりもない。ぼくは探知スキルの示す結果に細心の注意を払いながら、道を進んでいった。
しばらく歩いても、依然として、森の中は静かだった。魔物の気配は一切ない。鳥や獣さえ、姿を見せることはなかった。ときおり風が吹いて、さわさわと葉のこすれあう音が聞こえてくるだけだ。
やがて、以前に大高たちと一緒にゴブリンと戦った、森の中の広場のような場所に出た。少し、腐敗臭がしてきた。倒した魔物の死体を埋める、なんて事を一々するひまはなかったので、倒したゴブリンは首をはねた後(アンデッドにならないよう、こうするらしい)、草むらに投げ込んでおいたんだっけ。
なんとなく眉をしかめていると、突然、一つの気配を感じた。それも、前方ではなく、ぼくの真後ろからだ。背筋に悪寒が走るような、死の気配。まるで強烈な殺気のような……急いで振り向くと、そこに立っていたのはビクトルだった。
ビクトルは、あわてた様子のぼくを見て、いぶかしげに片方の眉を上げた。
「どうかしたか」
「いえ……団長こそ、どうかしましたか?」
「うむ。ただの気のせいかもしれんが、前の方に、何かがいるような感じがしてな」
団長はそんなことを言ったけど、ぼくの探知スキルには、まだ何もひっかかっていない。ぼくはビクトルに「鑑定」をかけてみた。
【種族】ヒト
【ジョブ】重騎士
【体力】146/146
【魔力】22/22
【スキル】強斬 連斬 シールドバッシュ 縮地 威圧 打撃耐性 大剣 剣 盾 雷魔法
【スタミナ】 126
【筋力】 139
【精神力】55
【敏捷性】9
【直感】8
【器用さ】2
やはり、探知のスキルは持っていないようだ。「直感」が高めだから、そこが関係しているのかな。まあ、本当に何かが近くにいるのかどうかは、わからないけど……念のため、警戒レベルをさらに上げて(といっても、さっきから探知は使っているので、あとは気の持ちようくらい)から、ぼくは前に進んだ。
それほどの距離を行かないうちに、ぼくは再び立ち止まった。確かに、探知エリアのギリギリのところに、何かが引っかかっているような気がする。まだ、かなりの距離はあるけど。ぼくはビクトルに「待て」のハンドサインをして、その場でゆっくりと身をかがめた。
呼吸の音にも気をつけながら、そのまま前方を見つめる。と、それは不意に明らかな気配となって、ぼくの脳裏に浮かんだ。何かいる。しかも、とても強い気配だ。
ビクトルの言ったとおりだった。ぼくは感心した。探知とかのスキルとは別に、純粋な努力や経験とかの積み重ねがあって、それが何かを感じ取らせていたのかもしれないな。
「団長、いました……前方に、大きな気配があります」
「距離は?」
「たぶん、五百メタほど」
「わかった。気配を消して、もう少し先に進もう。おまえは目視で敵を確認してから、村へ報告に走れ」
小声で報告すると、ビクトルも声を抑えて、こんな指示を出した。ぼくはうなずいて前を向き、前進を再開した。
じりじりと前へ進む。木々に阻まれて相手の姿は見えないけれど、刻一刻と、魔物の気配は強くなってくる。すでに探知スキルなんていらないくらいに、あたりはピリピリとした、嫌な空気に包まれていた。手が縮こまり、足がすくみそうになる。
もう一度後ろを振り返ると、ビクトルは余裕の表情で、ゆっくりと剣を抜いていた。そして小声で呪文を詠唱すると、ビクトルの剣が青白い光をまとった。以前、上条が言っていた、「魔法剣」というやつらしい。光っているのは、スキルにあった雷魔法だろうか。
道がやや真っ直ぐになって、少し見通しがきく場所に出た。ぼくは「隠密」スキルを発動して、木陰に隠れた。ここからなら、五十メートルほど先まで、見通すことができる。かすかな足音と、木の枝が折れる音に続いて、ついに化物が姿を表した。
現れたのは、まさしく巨人だった。
身長は三メートルを超えると聞いていたけど、実際に目にすると、それよりさらに大きく感じる。筋肉は隆々として、多少お腹が出ている感じもあるけど、だらしない体つきではまったくない。筋肉質の力士といった印象だ。
オーガはオークの上位版といった位置づけで、顔もブタに似ているはずなんだけど、すでにブタの面影などは残っていない。とにかく圧倒的な、凶悪な獣の顔だった。
ぼくは即座に、この場から逃げることにした。ビクトルもすでに相手の姿は捉えたはずで、発見の報告など不要だろう。ただその前に、相手の力だけ測っておこうと思いなおした。やばそうな能力を持っているなら、それとなく団長に教えておいた方がいいだろう。
ぼくはオーガに目を向け直し、「鑑定」と心に念じようとした。こっちは隠れていたつもりだったんだけど、なんとなく、オーガと目があったような気がした。
その瞬間、ぼくは意識を失った。
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