第23話 これがあなたの生きる道

 街中が、歓喜の声に包まれていた。


 王都イカルデアの中央通りを、馬車の列がゆっくりと行進していく。意匠を凝らした貴族用の馬車は、それを引く馬の一頭一頭までもが、華やかに飾り付けられていた。道の両側でそれを迎えるのは、王都の住民たちだ。

 道沿いに並ぶ老若男女の人垣、その後ろで馬車に並走する子供たち、二階の窓から鈴なりになって行列をのぞき込むメイドの姿。中には、昼間から酒を飲んだのか、赤ら顔で馬車に手を振る老人の姿も見える。中央通りに並ぶ商店も、この時ばかりは商売を諦めて、店主も売り子も行列の方向に視線をやっていた。

 先頭の馬車の窓から、身を乗り出すようにしているのは若い男性だった。黒髪に黒い瞳の、整った顔立ち。太陽の光を受けて、磨き上げられた甲冑がキラキラと輝いている。伝承のとおりの「勇者」様の姿で、彼が手を振るたびに、あちこちから黄色い声が上がった。声の主は若い女性たちで、彼女たちは口々に、


「勇者様~」

「イチノミヤ様~」


と叫んでいた。

 勇者の後ろに続く馬車に乗っているのも、まだ年若い男女だった。こうした場に慣れていないのか、中には貼りつけたような笑顔を浮かべて、ぎこちなく手を動かしている者もいる。だが、彼らを迎える群衆は、変わらぬ歓声でパレードを迎え、その進行を見つめていた。

 と、一台の馬車から、空に向けてするすると一筋の炎が昇り、上空で大きな音をたてて爆発した。一瞬、静まりかえった群衆だったが、すぐにどよめきがあがって、より一層の歓声がわき起こった。王国の魔術師が発した、火魔法による「祝砲」とわかったからだ。

 こうして、パレードとそれを取り囲む人々は、一種異様な興奮に包まれながら、王都の通りを進んでいった。


 ◇


 住民たちの歓声は、王城にまで届いていた。執務室の窓から外を眺めがなら、パメラ王女は軽く嘆息した。


「なんというか、のどかなものですね。あれから、まだ三日しかたっていないというのに……今回、『ブレイブ』の魔法は使っていないのですが」

「それは、いたしかたないかと存じます。そうなるよう仕向けたのは、我々なのですから」


 アーノルド秘書官が答えた。細身の身体に、短めにそろえた銀の髪。まだ二十歳過ぎと年若いが、王女付きの主席秘書官を務めており、執務室では常に王女の側に控えている。パメラは苦笑を浮かべながらうなずいた。


「ともかくも、これで勇者様は、最初の仕事をなされたことになりますね」



 魔族による王都と王城への襲撃があった日の翌日、カルバート国王の名で全国民に向けた布告が発せられた。

 その内容は、勇者召喚の儀に成功し、勇者と聖女が召喚に応じたというもの。それとあわせて、昨日の魔族の軍勢も勇者が撃退したものであること、及び、勇者一行はこれから魔族との戦いに加わり、国内各地を回ることも発表されていた。

 実際には、勇者イチノミヤも聖女シラカワも、今回の戦いには参加していない。実戦投入にはまだ早いと判断した王国側が、彼らが部屋から出ることを禁じていたからだ。

 それでもこの発表によって、突然の攻撃を受けたことによる民衆の動揺は速やかに鎮められ、王都の雰囲気は不安と恐怖から、歓迎と祝賀のムードに転じていた。


「それにしても、よろしかったのですか? このたびの勇者召喚の儀、最大の功労者はパメラ様です。本来であれば、あのパレードの先頭に、勇者様と並んでいてもおかしくはないのですが」

「必要ありません。そんなことをしてエラルド兄様から、王位を狙っているなどと邪推されるのも馬鹿馬鹿しいですから」


 パメラはくるりと振り向いて、アーノルドに向かい合った。


「それで、王都の被害状況はまとまりましたか」

「はい。今回の襲撃はワイバーンによる上空からの魔法攻撃と、降下部隊による地上での攻撃でした。また、それと同時に王都の数カ所で発生した火事と暴動も、魔族とつながった者の仕業と考えて間違いないでしょう。

 魔法攻撃に関しましては、ほとんど被害は出ておりません。ご存じの通り、王城の重要な建物には対魔法障壁が張られていますから、相手によほどの術師がいない限り、被害は限定されたものになります。

 また地上戦闘でも、騎士団員に数名の負傷者があったのみで、死者はありませんでした。相手部隊はわずか二十名でしたから、これも当然と言えば当然の結果です」

「王城以外の王都の被害は?」

「スラム地区で起きた住人たちによる焼き討ちも、騎士団によって即座に鎮圧されております。火災については、件数が多かったため鎮火に手間取りましたが、大きな被害にはなっておりません」

「そうですか」


 それは朗報と言っていい内容だったのだが、パメラの表情は微妙なものだった。しばらくして、彼女はぽつりと漏らした。


「……今回の魔族の行動は、いったい何が目的だったのでしょう」

「その点は不明です。ワイバーンを使った魔法攻撃は、見てくれは派手ですが、実戦的にはさほど意味はありません。城に対魔法障壁があることくらい、敵も想定しているでしょう。

 降下部隊に至っては、二十名という数ではまさしく自殺行為で、実際に部隊は全滅しています。この程度の規模の攻撃では、王城を攻め落とせるわけがありませんし、大きな損害を与えることさえ、ほぼ不可能でしょう。

 考えられるとしたら、何らかの陽動作戦、となるのですが」

「だとしたら、本当の狙いはおそらく、勇者様となりそうですね。召喚から間もないという時期から見て、それ以外にはないでしょう。

 確認しますが、勇者様や聖女様には、被害はなかったのですね? あるいは、あの方たちがお住まいになっている建物への攻撃は、ありませんでしたか?」

「勇者様を含めたマレビト二十四名は、全員の無事が確認されております。個別に聞き取りをしましたが、何者かの攻撃を受けたという証言もありませんでした。

 ああ、正確には、勇者様が住まわれている建物の近くに魔法が着弾したらしく、それに巻き込まれた下女一名が死亡しております。今回の戦いの、唯一の死亡者です」

「下女が、ですか? あの建物の近くといえば、庭園があるだけですよね。あんな時間に、なぜ庭園になど?」

「詳しい事情はわかっておりませんが、おそらくは攻撃魔法の爆発音を聞いて恐慌状態になり、外に飛び出してしまったのではないか、と思われます。まだ年若い女の子だったそうですから。そこに運悪く、魔法の直撃を受けたのでしょう。死体はひどい状態だったとか……建物の中でじっとしていれば、安全だったはずなのですが」

「それは気の毒なことをしました」


 そう言いながらも、パメラは別のことを考えている風で部屋の片隅を見つめていたが、やがて、ふっと息をついて、


「魔族の本来の目的は、何らかの理由で不発に終わったのか。それとも、どこか私たちの目の及ばないところで、深く静かに進行しているのでしょうか。

 ……アーノルド。あなたの脳裏には、何か訴えかけてくるものはありませんか?」


 少しいたずらっぽい笑みを浮かべて、パメラは彼女の秘書官に問いかけた。アーノルドは秘書官になってまだ数年で、職務の経験は浅いのだが、「直感」のステータスが高い。そのせいか、これまでにも王女の意表を突くような提案や指摘をし、それが正鵠せいこくを射ていたことがときおりあったのだ。

 しかし今回は、アーノルドは首を振った。


「いえ。私から申し上げることは、特にございません」

「そうですか。では、今はこれ以上、考えてもしかたがありませんね。とりあえずは、王都の守りの堅固さが証明された、と考えておくことにしましょう。

 それで、勇者様方は、パレードを終えた後、このまま都を出られるのですね?」


 今回の襲撃の余波で、既に決定されていた勇者一行の魔物退治への参加が、予定を繰り上げて実施されることになっていた。勇者の存在が魔族に知られていることがほぼ明らかになった今、存在を秘匿しながらの訓練を続ける必要性がなくなったからだ。それならば、より実践的な訓練へ早期に移行した方が良い、との判断だった。


「はい。布告では魔族と戦う、としていましたが、当面は魔物退治に参加していただきます。まずはアイロラの街に拠点を構えた上で、周辺の町に短期の遠征を繰り返して、実戦訓練をつんでいただきます。冒険者登録も、アイロラのギルドで行う予定です。

 通常、冒険者ランクはFランクからのスタートなのですが、今回は特例として、勇者様のパーティーはCランク、その他のマレビトはDからEランクで登録していただくよう、冒険者ギルドと調整済みです。

 護衛及び教官役としては、第五騎士団の騎士十名と、ビクトル騎士団長が同行します。現地での指揮判断は、騎士団長に行っていただくことになります」

「勇者様のパーティーの構成は?」

「勇者イチノミヤ様と聖女シラカワ様、そして重騎士のカミジョウ様、七属性魔導師のカシワギ様。この四名に、騎士団からテリーが随行します。テリーは武術組一班の指導にも携わっており、勇者様やカミジョウ様とも顔なじみですから、連携も取りやすいでしょう。

 また、冒険者ギルドからも一名、Aランクの冒険者を派遣してもらいます。ジョブは盗賊シーフです」

「そうですか。妥当な人選でしょうね」


 満足そうにうなずいた後、パメラはふと思いついたような調子で尋ねた。


「それ以外のマレビトはどうするのですか? 先日の会議では、彼らにも冒険者として活動してもらう、とされていましたが……」

「会議の決定どおり、ほかのマレビトも四名から五名でパーティーを作って、魔物退治に参加して頂きます。武術組一班、魔術組一班の数名を勇者パーティーに加える案も検討されましたが、やはり実力差が大きいため、勇者様と行動を共にするのは難しいと判断しました。

 とはいえ、当面は同じアイロラで活動してもらいますので、騎士団長の判断によっては、勇者パーティーに合流することも可能です」

「当面、とはどの程度の期間を想定しているのでしょう」

「勇者様が、どれだけの速度で成長してくださるか、によります。ビクトル団長は、これまでの経過から見て長くても三ヶ月、短かければ一ヶ月ほどで、一人前の戦士になるのではないかと話されておりました。

 マレビトの皆さんには、その間に、この世界で自立して生活していただくための手段を見つけてもらうことになります。一班、二班はともかくとして、三班のマレビトには、厳しい選択になるのかもしれませんが……」


 アーノルドはわずかな笑みを、その口元に浮かべながら言った。


「ですが、これがこの世界での、生きる道ですので」



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