第20話

▫︎◇▫︎


 眠った鈴春の身体を脱いだマントの上に横たえた俺は、立ち上がり1歩前に踏み出す。


「さて、どういうつもりでことを犯したのか弁明してもらおうか」


 俺が見下ろす先には、鈴春が氷付けにしたことによって全身の皮が無くなり、凍傷になりかけている男朝比奈拓人が呻き声を上げながら痛みにのたうち回っている。

 次男が次男ならば、三男は三男だとはよく言ったものだ。あそこの家は長男以外にまともな人間がいない。


「醜い妖魔に鉄槌をっ!!」


 足が凍っているか動けないらしい朝比奈拓人は、痛む身体を叱咤して俺に向けて大声で叫び始める。呻いていると思ったらいきなり変なことを叫び始めるのだから、元気な男だ。というか、あまりの痛みに感覚の神経が切れてしまったようだ。情けない。


「………お前の兄がなぜ死んだのか知っているか?」

「は?んなもん!妖魔にいきなり襲われてっ!!」

「お前の兄は成人をしていない妖魔の少女を手籠にしようとし、抵抗した妖魔の少女によって誤って殺されたんだよ。妖魔の少女曰くちょっと押したら身体が吹っ飛んで木に頭をぶつけて死んだらしい」

「は?」


 あぁ、やっぱり知らなかったのか。

 己の男へ浮かぶのはただただ深い落胆。


「お前たちの親は醜聞を揉み消すために、罪のない無抵抗な妖魔たちを惨殺していった。………お前はただの人殺しであり、俺の妻をも殺そうとした悪魔だ」

「あぁ!桂華院大佐!!可哀想に!あなたは騙されています!!今すぐにでも悪魔祓いをしなくては!!」

「狂っているのはお前の方だ」


 ここに至ったであろう経緯はなんとなく予想できている。

 俺の部下であると偽り、無垢で能天気な鈴春を騙し、この屋敷に入り込み、鈴春を殺そうとして返り討ちにあったのであろう。昔、僅かな間でも、こいつを俺の部下として置いていたという事実が悍ましい。

 血走った目で喚き立てる朝比奈拓人に、俺は大きく溜め息を吐いた。


「善悪の区別もつかず、親の言いなりになっている人形など軍には不要だ。今回の件、妖魔との友好派である王太子殿下は大変お怒りであり、朝比奈家の降格とお前の軍追放を決定なさった」

「ーーーは?」


 今日、俺は華族のトップたる朝比奈家に呼び出されていた。

 ここ数回はどうにか躱していたが、今回ばかりは躱せなかった。朝比奈家の人間たちが俺がいない隙間に鈴春を襲うことは分かっていた。だが、朝比奈家の力は大き過ぎ、どこまで力を侵食させているかは未知数だった。


 誰も頼れない。

 悲しくもそれが現状。


 だから俺は出来うる限り早く話を切り上げ屋敷に戻ったのだが………、


「………まあ、だいぶ遅かったようだな」


 朝比奈拓人が何やらわんわん喚き出したが、そんなことは知ったことではない。

 俺はポケットに入っていたハンカチをグジャッと丸め、痛みやら妬みやら驚きやらでわんわん喚いている朝比奈拓人の口に突っ込んだ。腰につけていた長剣で無造作に氷を切り刻み、氷ごと男の足を切り出した俺は、ひょいっと腹の真ん中で担ぎ上げ、屋敷の外に出る。

 そこには多くの軍人たちが整列していた。


「………コレを王宮の地下牢へ。こいつは王家へ仇をなした者。逃したらどうなるかは分かっているな?」


 恐怖に慄きながら頷く部下たちに指示を出し、俺はうざったらしい軍服の首元を緩めて溜め息を吐いた。

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