異世界バーサーカーと地雷系女子高生

屋代湊

第1話 ゴードン、15歳

名前:ゴルザレアス・ゴードン

年齢:15歳

体形:身長200センチ、体重150キロ

チャームポイント:深めのえくぼ

誕生日:9月15日生まれ、おとめ座

住所:家賃3万5千円、トイレ風呂なしアパート「たくみ荘」201号室。


【今日の好きな言葉】


良い人間のあり方を論じるのはもう終わりにして

そろそろ良い人間になったらどうだ。

             マルクス・アウレリウス


「どぐぁじゃぁぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


およそ人間が発したとは思えない声が、早朝4時の閑静な住宅街に響く。

新幹線の車両基地を潰して新たに都市開発が行われている華南かなん市には、今、マンション開発競争の足音がその工事の騒音とともに街に響いている。


あたかも地上高くから建設中の鉄骨が落下したような騒音に、家々の窓から白眼の住民が顔を出す。


何事かとざわざわする人々を他所に、その大男はこれもまた巨大すぎるをすっと下した。


「ふぅぅぅぅぅぅぅ、これで一件落着だな、がははははっははっ」


大男は満足そうに、太すぎる鷲鼻に浮いたような小さな丸眼鏡をくいっと持ち上げ、肩で風を切って歩く。


「おうおうおう、これで俺もいい人間に一つ近づいただろう」

「いやいや、ただの近所迷惑でしょ、、、」


その隣を歩く優男イケメンに気づいた者は少なかっただろう。

色素の薄い目を流麗にして、隣の大男と比較せずとも小さい顔を首に乗せている。


「、、、迷惑、、、俺、うるさかったか、、、?」

「うん、かなりね」

「そうか、、、


その大声に、住民たちはわらわらと一斉に窓を閉めた。


「謝れるのはいいことだね、うん。で、僕はもう帰るよ」

「おい勇音いさね、だめだ、こいつを家に帰してやらねばならん」

「勘弁してくれ、、、徹夜で探したんだ、僕は寝る」


大男のしょんぼりする背中を他所に、勇音と呼ばれた高校生はすたすたと家路につく。その男のかいなには、刻下絞め殺されてはたまらんと暴れる子猫が一匹。


「ちゃんと家に帰してやる、俺に任せよ」


そう言って駆け出したのは、何を隠そうゴルザレアス・ゴードン、15歳。

高校入学を待つ、春休み中の少年である。


ただその疾走する体躯を見たものは、1人残らず気絶したことだろう。

熊か、象か、はたまた鬼か。


「うわっはっは、これが桜吹雪というやつか!!!」


川岸の桜は、花見を待つ人々の楽しみなぞ知らぬというように、その理不尽な暴風に儚くすべて散っていった。


☆☆ 



「迷惑をかけてすまぬ、ババ」

「ええってことじゃ、ええってことじゃ」


ゴードンはパンパンに膨れ上がった肩甲骨を丸めて、しょぼしょぼと歩いていた。

隣には、同じくほとんどダンゴムシのように背を丸めた老婆とともに。


「まさか飼い主に通報されるとは、、、」


そうなのである。

大男、ゴルザレアス・ゴードンはその計り知れない膂力で以て、廃ビルの高層で降りられなくなった猫を弓で仕留めた、もとい救出したのである。しかも一昼夜かけて捜し歩いた。


「この子を探しています」


電柱の張り紙を見て、すぐに勇音に連絡して、そこからずっとである。

嫌がる勇音に、ゴードンは語った。


「あれは、ザンゲルブラント城での戦いでのことであった。そこには稀代の魔法使いがいてな」

「魔法、、、ね」

「やつはすごい魔法使いであった。領域内の兵士のまつ毛を全て逆さまつ毛にしたり、どういう理屈か分からんが、俺もひどい股ずれを起こされてな、一歩も歩けなくなった」

「、、、、、それは大変だ」

「ああ、獄炎だの絶対零度だのの魔法は耐え忍んだんだが、いかんせん大打撃だったのは、奴に近づくと全ての爪が巻き爪になるという極悪なものでな、、、」

「なんか、意地が悪い魔法が多いね、、、」

「そんなことないぞ、彼女は心根もその相貌も美しく、まるでザッケバラン山脈に咲く花のようであった」

「ごめん、その例え分かんない」


そこでゴードンは咳払いを一つ。


「とにかく、ようやく彼女のところにたどり着いたとき、言ったのだ。どうかこの子だけは助けてください。父も母も幼少の頃に先立たれ、心許せるのはただこの子のみだと」

「それが猫だったと」

「いや、歴史上最強と恐れられ、と言われた三頭の虎であった」

「ああ、、、そう、、、」

「そのとき彼女が流した涙ほど、俺の心を打ったものはなかった。だから猫といえど、いなくなったら寂しいものだ」


そう言ってゴードンは駆け出した。


猫を見つけ出した後は想像に難くない。

スマートフォンの音声認識で電柱にあった住所を探し、


「たのもう!!たのもう!!」


その大声に玄関を開ければ、異形の男が最愛の猫を抱えて立っている。

そして今に至る。


「なぁ、ババ。神様も警察と同じ考えだろうか。でもそうだろう。警察はこの世界で正義だ。ならば彼らに怒られた俺は悪だ」

「いんや、神様はちゃんと見てるよ」

「俺はこの図体で、狭き門を通れるだろうか」


そう。

ゴードンは天国に行きたかった。

ただ、こちらの世界に来て初めて読んだ本にこう書いてあった。

神様のところに行くためには、狭き門を通らなければならないと。

きっと、すごく良いことをして、立派な人しか通れない狭い、狭い門なんだろう。


俺は図体がでかい、それに悪いこともたくさんしてきた。

まだその門を通れるとは思わない。


「うん、、、どうだろうね。ババは神様に会ったことないからね」

「そうか、やっぱりだめなのだろうか」


そう言ってほとんど崖を転がる大岩のようになったゴードンの背中を撫でながら、ババは、


「ババはもうすぐ死ぬが、あたしはあんたのいない天国より、あんたのいる地獄にいきたいがね。ババはお前さんが好きだよ」


その言葉は大粒の涙を流すゴードンに届いたかどうか、誰にも分からない。



☆☆


名前:星崎勇音ほしざきいさね

年齢:15歳

体形:身長180センチ、65キロ

チャームポイント:内緒

誕生日:9月15日生まれ、おとめ座

住所:家賃12万8千円、「レジデンシャル菅生すごう」705号室。



まるでモデルルームのような間接照明と観葉植物のある彼の部屋に、異物がいた。


「、、、という結末だ」

「で、弓矢は没収されたと」

「いや、なんとか法にはひっかからないらしいんだが、念のため処分するように頼んだ」


ゴードンはフローリングに正座しながら鼻を擦っている。


「ぐわっゃじゃんじゃーーーーーーーーーーーー!!」


それはくしゃみであった。

その衝撃に部屋に置いてあったディフューザーがあっけなく倒れた。


「ああ、ごめん。匂いだめだったね」


そう言って勇音はディフューザーとやらを撤去した。

以前、お香的なものだとゴードンは教わった。


ゴードンがこちらの世界に転生してきたとき、最初に出会ったのが、ババと勇音であった。


世界を二分する戦争に敗れ、自決した俺。

悔いはなかったはずだが、なぜか二度目の生を受けた。

あるいは死んではいなかったのかもしれない。


それから、いろいろなことをババと勇音に教わった。

ババは自分が持っているアパートに住まわせてくれ、今ではすっかりお馴染みの市役所とやらにも何度も一緒に行ってくれた。

勇音はこの世界のことを一つ一つ丁寧に教えてくれた。


この恩はかならず返さなくてはならない。

くしゃみでぐしゃぐしゃになった顔が、新たな涙にもっと崩れた。


そうゴードンは涙もろい。


「すまんなぁ、すまんなぁ、、、迷惑ばかり、、、、お前が大変なときは絶対助けるからなぁああ、地獄の魔王でも、世界の創造主でも倒して見せるからなぁ、、うごぁおおおおじゃじょじぇーーーーーーーー!!!」

「いやいや、大げさでしょ。急にどうした?」


勇音はいつも表情を変えない。

冷静沈着。

ゴードンが出会ってきた歴戦の戦士の中にも劣らない、馬良白眉ばりょうはくびの男である。


「いや、初めて出会ったときを思い出してな、、、」


そう言うと、


「、、、ぷふっ、、ふふっ、ふははっはははははは!」


冷静沈着のはずの勇音が顔を崩して大笑いした。


「ど、どうした、、、?まさか魔法か!!!人を笑わせ戦意を失わせる気か!!!」

「違う、違う、思い出したんだ。あの日」


お正月のことであった。

勇音は自分の祖母、ゴードンはババと呼んでいるが、と早朝に初詣を終え帰路についていた。


「昔、お前がよく遊んでいたこの公園、なくなるらしいねぇ」


と、祖母が地面を見ながら言った。

ふと勇音が気づくと、そこには確かに小さな、どこにでもあるような公園があった。


「そういえばあったな、ここ」

「あんたはいつも、1人で遊んでいたね」

「そうだったか?」

「そうださ、1人でも別に楽しけりゃそれでええ、そう思っていたがね、一つ不思議だったのさ」

「何が?」

「1人が好きなら、家でもババのアパートで遊んでもええ。なのになんでこの子は公園に行くんだろうってね」

「、、、1人で外で遊ぶのが好きだったんだろ」

「ええ、ええ、そうじゃなぁ。滑り台のてっぺんに一人で座ってるのが好きだったんだなぁ」


ババは腰が曲がって、その顔は見えないが笑っているのは分かった。

勇音は恥ずかしさを紛らわすために、ふとその公園に入っていつも居た滑り台のてっぺんを見た。


「むふぅぅぅぅぅぅぅ、むふぅうぅぅぅぅぅ、むふぅぅぅぅぅっぅぅ」


滑り台のてっぺん。

そこは子どもが落下しないように柵で囲われている。


「むっふぅぅん、むっふぅぅん、むっふぅぅぅん」


赤いペンキ。

小さな四角のスペース。

まるで縛られたチャーシューのように、そこに肌色の何かが詰まっている。

そして、そこから逃れようともがいている。


「ううううううううううううんんんんんんんっっっっ!!ああああああああああああああああああああああぁん!」


見れば、滑り台の支柱付近には大きな水たまりができている。

それが、得体の知れない肉塊から垂れた汗だと気づくのに、数秒かかった。


「EEEEEEEEEEEEEEEEEEEEえええええええええええええ!!」


勇音はその日、その一声で喉を潰した。

消防を呼び、訳の分からないことを言っている裸の大男を救出した。

消防が来るまで、近くのコンビニに頼み込んでサラダ油を大量にもらい、その男にかけ流していたため、テカテカかつ汗と乳化して白濁した肉塊=ゴードンは、泣きながら勇音の手を取った。


「×〇×〇×〇!!!×〇×〇!!!△×▽×〇〇〇×!」


何を言っているかは分からなかったが、きっと感謝しているのだろう。

勇音はその日、その一握りで手を潰した。


その日のことを思い出す度、朝焼けと子ども用の滑り台と大男のコントラスがおかしくて、勇音は笑わずにはいられなかった。


「ふふふふっ、、ふふっ、そうだ、明日は駅前に行こう。学校に行く前に揃えないといけないものたくさんあるだろう?」

「おお、学校か!学校!楽しみだなぁ」


そう言ってゴードンは勇音の書棚から世界文学全集のうち1冊を取り出した。

どうやらまだ居座るつもりらしかったが、勇音は何も言わなかった。




















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