第58話 好きな人
一夜目。
今日はここが野営地となった。
これだけ大人数だと、まるでキャンプのような気分だ。
冒険者達のお陰で、見張り番がほぼ回って来ない。ここまで優先的に楽をさせてもらうと何だか申し訳ない気分だが、勇者パーティーはこれから一番危険な魔王に挑まなくてはならない。
最後の我儘だと思って、甘えさせてもらっている。
「いやぁ、これぐらいの頻度なら、全然俺達だけでも行けたね。このまま何事も無く魔王城へ着けたりなんかしないかな」
「......それ、フラグだぞ」
「おっと」
テントを設営して大木に一人で腰掛けていた所、如月が隣へ座った。
最終決戦の前だからか、やけにしんみりした雰囲気だ。
冒険者達もすっかり楽しんでしまっているようで、酒を持って来た者達がはしゃいでいる。
踊れや歌えやまるで宴のようだ。
「元気だな」
ここは勇者として、お叱りになるかと思っていたが、如月は彼らを見てにっこりと笑顔になった。まるで子供が遊ぶところを見守る保護者のように。
「こういう騒がしい方が、俺は好きなのかもしれない」
「いいのか?明日に響くかもしれないだろ」
「いや、むしろこの方が変に緊張しなくて済む。明日死ぬかもしれないんだ。いつ死んでも未練がないよう、楽しめる時に楽しんで欲しい」
裏目に出なければいいけどな。
確かに、いつ死んでもおかしくは無い。楽しんで欲しいという気持ちも分かるが、騒ぎ過ぎて死んでしまっては元も子もない。
まぁそこは、程よくといった感じか。
「おい如月!お前もこっち来いよ!」
高津の呼ぶ声。高津の周りには、他の冒険者達の姿もあった。
すっかり意気投合したようだ。
「呼ばれてしまったよ」
「あぁ、お前も楽しんで来いよ」
「......じゃあ、そうさせて貰おうかな」
如月は立ち上がり、高津の呼ぶ方へ向かって行った。
途中で俺の方を振り返って来たので軽く手を降ってやると、嬉しそうにまた前を向いて歩いて行った。
可愛いやつだ。いつも大人びている癖に、自分も楽しむとなると急に子供っぽくなるのだから。
「......ふぅ」
何だか学校を思い出す。
教室で元気な奴らがずっと騒いでいるのを尻目に、俺は大人しく席で静かに過ごしていたあの頃を。
「おひとりですか」
俺の視界に、ひょっこりと現れた可愛い顔。
早瀬さんだ。
「たった今、そうなりました」
「それでは失礼しますね」
イタズラな笑顔の早瀬さんは、そのまま俺の隣へ座る。
つい先程まで如月が座っていた場所なのに、こんなに雰囲気が違うのか。
やはりまだ、近距離だと緊張してしまう。
「ありがとね。ずっと、手握ってもらっちゃって......何だか恥ずかしいわ」
「それだけで、また魔法を使えるのならお安い御用さ」
「体調は万全。胸の痛みも無くなったし、今の所記憶も問題無さそう。完璧!」
「それは良かった」
もしこの運用方法が上手くいくのなら、肉体を若い状態に保つという常識を覆すような事も出来るかもしれない。
実際に、武器や防具では似たような事が出来ている。
ただ、人でやっていい事なのかどうかは、しっかりと考えなくてはならないな。
「楽しそうだね」
如月達、皆が騒いでる所を見て早瀬さんは言った。
休み時間、馬鹿みたいにはしゃぐ男子を見るような目だ。
軽蔑ではなく、子供を見守る保護者のような。
「混ざらないの?」
「今はいいよ。もうちょっと明来君と話したいかな」
「そ、そう......」
そう......なんだ。
それは、とても嬉しい言葉だ。
雨の中。早瀬さんと二人で、皆がワイワイガヤガヤしているところを見て座っている。
それだけでも、俺は幸せを感じている。
単純だと笑われるかもしれない。
だが、俺にとってはこの上無い貴重な時間なんだ。
「勝てると思う?」
早瀬さんは、唐突にそんな事を言った。
か、勝てる......?
あぁ、魔王に勝てるかって事か。一瞬何のことだか分からなかった。
......浮かれ過ぎだな。
「勝てるに決まってる。だって、一度倒したんだろ?」
「まぁね。でも、凄く強いよ」
凄く強い......か。
早瀬さんが言うと、重みがあるな。
あの弱点無しの最強固有魔法を持つ如月ですら、魔王に対しては随分と慎重になっていた。
......そんなに強いのか。
まぁ、どちらにせよ。
「それでも勝つ。だって、勇者なんだから。だろ?」
「......そうだね。勝たないとね」
何だか、あまり自信が無いような感じだ。
俺はまだ魔王を見たことが無いから、どれ程の実力なのか分からない。
正直、如月よりも強いとは思えないのだ。
だから早瀬さんがそんなに思い込む事だとは......俺にはまだ理解出来ない。
「本当はこのまま、皆で逃げちゃいたいんだ」
「え......?」
「あ、もちろん闘うよ!?逃げる為に時間を戻してもらった訳じゃないし、なんなら初手で私がもう倒しちゃおうと思ってるくらいなんだからね」
そこは疑っていない。
早瀬さんがそういう人では無いことくらい、流石に分かっている。
しかし、そう言わせる程に魔王は強いのかと驚いただけだ。
「ただ、怖いんだ。誰か一人でも失ってしまうかもしれないって事が......たまらなく怖い」
「早瀬さん......」
そうだよな。
如月には、そもそも攻撃が通らない。それに比べて俺達は、そこまでタフじゃない。
早瀬さんを残して、死んでしまう可能性も大いにあるのだ。
「俺は、皆を信じてる」
俺よりも強い皆を。
そんな皆が選んでくれた俺自身も。
「俺が皆を治す。絶対に誰も、死なせたりなんかしない。その為に俺がいる。だから......俺を信じて欲しい」
「明来君......」
少し......いや、かなり実力を盛ってしまった。
本当は、俺も心配でならない。俺なんかにヒーラーが務まるなんて、今になっても思えないでいる。
だが、今くらいは虚勢を張らせて欲しい。
今更自虐したところで、何の勇気も湧かないのだから。
「そうだよね、ごめん。私弱気になっちゃってた」
「早瀬さんの元気で前向きな姿勢にはいつも助けられてる。だから、たまにはちょっと自信無い時ぐらいあってもいいんじゃないかな」
「何それぇ、明来君はやさしいね」
「皆ほどじゃないさ」
やさしくなんて無い。
たた俺は、自分の弱さに甘えているだけだ。
そして皆にも。
だから、今度こそは俺が役に立たなければならない。
少しでも、いや......これ以上無いくらいに役に立ってみせる。
それが俺のやるべき事だ。
「ありがと明来君。絶対に皆で帰ろう」
「あぁ、もちろん。皆で帰るさ」
目指すは完全勝利。
誰一人欠けることなく、無事に皆で帰りたい。
それを実現するには、俺の固有魔法が必要不可欠。
誰にも傷は残さない。俺が......全て元通りにするんだ。
「......」
早瀬さんのお陰で、より一層やる気が出た。
後は、魔王城へ向かって行くだけだ。
俺達二人は、ボーッと正面を眺めていた。
俺は早瀬さんの横顔をチラ見してしまったけれど、早瀬さんはずっと遠い目をしている。
何を考えているのだろう......やはりまだ、何かを気負っているのだろうか。
......話題を変えよう。
「早瀬さん」
「ん?」
「早瀬さんってその......す、好き人とかいる?」
「え?」
聞いてしまった。
しんみりとした空気を変えようと思ったが、失敗した。
修学旅行の夜のようにワクワクとした感じではない。
本当にただの質問のように、落ち着いていたはずだ。
だが今じゃなかった。今、この質問をするにはタイミングが良くない。
「ごめん、もうちょっと楽しい話題の方が良いかと思って」
「あ、あぁ!はは!そうだね、んー......」
気を遣わせてしまった。
申し訳ない。
いつか聞きたい質問ではあった。ただ、今では無かったな。
もっと雰囲気とか、そういうものがある。
「うん、いるよ」
「そうか......え?」
え?
今、何て......?
い......る......?
あまりにもハッキリと言うものだから、すぐに反応出来なかった。
「あー恥ずかしっ」
早瀬さんは頬を赤らめて、両手で顔を扇ぐ。
言ってしまった......って感じだ。
「でも、いつかは伝えなくちゃいけないもんね......」
......え?
ちょっと待ってくれ、その反応は何だ。
それは......どういう意味だ?
なんと言えばいい......?
何を言えば......どうすればいいか分からない。
この気持ちは、期待?いや、不安か?
よく分からない。混乱している。
「ち、因みに、誰......?」
「えー、それ聞いちゃう?」
聞いちゃっていいのか?
聞かない方が良かったと、後から後悔しないだろうか。
再び心臓が激しく鼓動する。
この胸の高鳴り......外へ聞こえていないか、心配になる。
倒れてしまいそうだ。
顔が熱い。きっと真っ赤になっている事だろう。
「この気持ち、思い切って伝えちゃった方が良いのかな......」
早瀬さんの言葉の、一言一句が気になって仕方ない。
伝える?伝えるだって?
待ってくれ......まだ心の準備が出来ていない。
好きな人の好きな人を聞くだなんて、誰にしろ精神が耐えられない。
いやでも......どうせ聞くなら今の方が良いのか?
「そ、そうだな......たまには思い切りも大切だ。やらないで後悔するより、やって後悔した方が良いだろう」
偉そうに......何を言ってるんだ俺は。
ずっと告白出来ていない俺が、言えた義理じゃないだろ。
だが......もし早瀬さんが同じ気持ちだった場合、俺は先に早瀬さんに言わせる事になってしまう。
それは、非常に良くない。
......どうする、俺。
「......そうだよね。ありがと。なんか、恥ずかしいな!ごめんね、決戦前にこんな事話しちゃって」
「気にしないでくれ。むしろ、緊張が解けたよ」
嘘だ。緊張しまくっている。
目を合わせられない。なんて情けない男なんだ俺は。
誤魔化す為に正面へ向き直した。
取り敢えず視界に入った如月に触れる。
「......げ、元気だな!如月は。めっちゃ笑ってるぞ」
「確かに。最近はずっと考え込んでたみたいだったから、良い息抜きになりそう」
腰振って踊ったりなんかしちゃってるな。
あんなにテンションの高い如月は初めて見た。
ノリも良いんだな......あいつ。
普段の性格に似合わない所も、またギャップになっている。
なんて奴だ......。
「如月は、皆の輪の中心にいるって感じだな。士気を高めるのが上手い。強いし、優しいし......正直かっこいい」
あんな風に、俺もなりたかった。
だって勇者だぞ?皆の憧れだろう。羨ましいに決まっている。
......でも今はいい。今はこうして、早瀬さんと一緒にいられるだけでいい。
「やっぱり、憧れちゃうな」
「そうだね。あぁいうところが、私は好きになったんだろうなぁ」
「............え?」
今......なんて?
「あ、言っちゃった......み、皆には内緒だよ?実はその、正志君の事が───────」
............は?
何だ?
よく、聞こえなかった。
早瀬さんの声が遠のいて行く。
何を言ってるのか分からない。
何も考えられない、
──────────
頭が真っ白だ。
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