第30話  教会にて




   ◇◇◇◇◇



 ――王都 ガイアルド聖教会前



「……どういうつもりだ?」



 エリスは俺の質問に応える事なく豪華な装飾が施されている扉を潜った。



 『ガイアルド聖教会』


 

 恩恵(スキル)を付与してくれる女神。

 全世界でその敬意と畏怖を象徴するように建てられている「ガイアルド聖教会」。



「おい、エリス」


「……聖女が神に祈るのは当然でしょう?」


「そ、そういうものなのか?」


「ええ。アルト君も祈るといいわ。……嘘つきが治るかもしれないし、地図マニアの女体地図も作れるかもしれないわ」


「どんなプレイだよ」


「あら。変態のアルト君にピッタリだわ」



 エリスは更に歩みを進めて祭壇に向かう。



 教会を訪れるのは12歳のスキル鑑定以来となる。


(相変わらず、無駄に金を使いすぎだ……)



 魔石とクリスタルが幻想的な空間を演出している。

 聖教会はドワーフ族によって造られ、特殊な結界も展開されている。


 俺はこの場所が苦手だ。


 なにより……神を信じていない。

 極東に伝わる仏と呼ばれる存在も同様だ。


 この世界に蔓延(はびこ)っている「どうしようもない格差」を甘んじて受け入れている神々など信用にたる存在ではない。



 でもこの歳になって、いざ足を踏み入れてわかる。



「……“弱者への吐け口”か」



 ポツリと呟いた俺に、エリスはクルリと振り返る。



「……どういう意味かしら?」


「いや。別に……」


「はぐらかすのはやめてくれない?」


「はぁー……この教会の豪華な装飾品の数々。……これは財が惜しみもなくつぎ込まれている。血税の無駄遣い……。なのに、教会を訪れる民たちは日々の生活が少しでも良くなるようにと、神を拠り所にして祈る」


「……そうね」


「一見、無駄に見えるこの豪華な装飾は“神”を拠り所にしている者にとっては価値ある物になる……。無料解放されているのが良い例だ。それはスラム街生まれの『ゴミ』にも平等……。まあスラム出身の連中は神になど祈りたくはないだろうがな……」


「……アナタのことだから、“偏見”を意味しているわけではないのでしょう?」


「もちろんだ。俺は生い立ちなどどうでも良い。その人間の本質が全てだ。……その点、“身分”なんてのは権力を手にした者の傲慢さと承認欲求の形……。いや、子孫を繁栄させるための方便か……。はたまた、親心か……」


「……」


「まぁ名家には名家なりの苦労がある。選択肢がないのはスラム出身と同じだ。かと言って中身は随分と違うがな……」


「さすが私の悪友だわ。……身分制度には批判的なのね」


「……環境が人を作る。……スラムに生まれたからこそ輝く才能があるのも確かだ。小規模な社会では主導者を設けるのは有効な手段でもあるが、これほど人が溢れかえって状況では“身分”と言うヤツは消し去るべきだな。無能が溢れかえってしかたがない……」


「……正論ね。でも、人間は変わらない。上層部の成否で弱者は食い物にされるだけ……」


「だからこその『聖教会』……。自分ではどうしようもない事を人間は神に祈るのさ」


「だから、“弱者の吐け口”……ね。面白い解釈だわ……」



 エリスは祭壇に立つと両膝をついた。



 フワッ……



 一瞬の違和感の後、ブワッと光り輝く魔力が教会を包み込む。



「……う、そだろ……」



 俺は目の前の光景に顔を引き攣らせた。



 光の魔力は巨人となり、形を保つ。

 俺の目の前には『化け物』が降臨している。


 開いた口が塞がらない。

 俺はただただ目の前の光景に唖然とした。





   ※※※※※



「お久しぶりです。“ガイア様”」


『ええ。お久しぶりね。エリス。彼は誰なの? 妾(わらわ)が見えているようなのだけど?』


「……さあ。何者なのでしょうね。嘘つきで、傲慢で、女たらしで……。私の『愛している』を気の迷いだと決めつける残酷な男です」


『ふふふっ。あなたの欲しい言葉がわかってしまったわ』


「……」


『お行きなさい。そのまま……』


「……ち、違うのです。私はこの“苦しみ”から解放されたく……!! このような心持ちでは世界など救えません」


『世界など救わなくていいのよ? あなたが救われる事の方がずっと大事』


「なにを、」


『“同じ意味”なのよ、エリス。あなたが救われる事と世界がより良くなる事は……』


「ガイア様……」


『エリス……、間違っていないわ。そのまま進みなさい。“雷神”の加護を与えられし『勇ましい者』の胸の中に……』


「……“雷神の加護”?」


『全ては“ノルン”のお導き……。“ロキ”のイタズラ。“太陽”はアナタの元へ』




   ※※※※※




 パッーー……!!



 吐き気がするほどの魔力が離散し、眩い光が教会を包み込む。俺はあまりの発光に姿が消えてしまいそうなエリスに慌てて手を伸ばした。



「《九重(ココノエ)》……!!」



 正直、何がなんだかわからない。とにかく、エリスを引き寄せ、9層の結界を構築し多種多様な攻撃に備えるが……、



「……嘘つき」



 耳元で呟かれたエリスの言葉と、徐々に消え去っていく魔力に軽いパニックに陥る。



「え、何が? なんだ、今の!?」


「アルト君、」


「無事か?」


「……え、ええ」


「魔力にあてられたか? 顔が赤いぞ? 何かされたのか? なんだ、今の“化け物”は?」


「……」



 頬を赤くしている無言のエリス。

 分厚い眼鏡でその顔色はうかがえない。


 何があった? なんなんだ、“アレ”は……。

 いや、まずはエリスだ。

 紅潮……脈はかなり高い……。呼吸不全……。


 病気……いや、“呪い”の類(たぐい)か?

 俺はこんな近くにいたのに、何もできなかったのか?



 グッ……



 無意識のうちにエリスの腰に回していた腕に力が入る。首元に添えて脈を測っていた俺は、


 

「エリス……眼鏡をとるぞ?」



 エリスの眼鏡に手を伸ばした。



 カチャッ……



「「…………」」



 数秒の沈黙。

 顔を真っ赤にして紺碧の瞳を潤ませるエリス。

 恥ずかしそうに俺から視線を外し、キュッと唇を結んでいる素顔に俺は言葉を失う。

 


「……そ、そろそろ離してくれるかしら?」


「えっ……? ああ。悪かった……」



 エリスを離し、トクントクンッと鳴る心臓に狼狽えていると、真っ赤な顔のままのエリスは俺に視線を向ける。



「いいえ。……こ、これからもその調子でしっかりと護衛してね」


「……え? ……ああ」



 エリスは俺が持ったままになっていた眼鏡をパッと取り上げるとスッと装着した。



「……あ、挨拶などもういいわ。レイラさんと合流し、転移陣に。準備が終わり次第、通信用魔道具で知らせてくれる?」


「……わかった」



 俺はトコトコと教会を去っていくエリスを見送り、ドサッとその場に座り込んだ。



「……結局、なんだったんだ? 今のは……」



 俺はおそらく答えを知っていた。

 明らかに人外の存在。

 エリスが聖女なのだから、“それ”でもおかしくはない。


 だが、それについて深く思考はできなかった。


 頭の中には、俺の腕の中で顔を真っ赤にしているエリスの素顔しかなかったからだ。



「クソッ……厄介この上ない」



 ツラがいい女はタチが悪い。

 憎まれ口ばかりを吐く無表情の女はもっとタチが悪い。


 少しの変化すら新鮮で耐性を得るのも一苦労。


 所詮、俺も1人の男。

 ツラのいい女には無条件に胸を高鳴らせたりもするのだ。





  ◇◇◇



 ――高級酒場「夜蝶」




「ハイルから伝言だ。ヴァルカンのおバカが主要人物を連れてこちらに向かっているとのこと……。レイラリーゼ、アルト様に連絡を。サーシャ、そろそろ姿勢を正せ……」



 オーウェンの言葉にレイラはフイッとそっぽを向き、サーシャは「はぁ〜……」とため息を吐いて立ち上がる。



「……“コレ”は見せない方がいいかも!」



 すっかり『人間』の幼女になっているマリューが魔王軍四天王アーグを指差せば、



「もちろんだ、マリュー。即刻この場を退避する」



 ヴァルカンの勝手な行動にコメカミをピクピクとさせているオーウェンが小さく呟いた。







  ーーー【あとがき】ーーー


コメント感謝です!!泣

もちろん、☆、フォローしてくださっている皆様方の応援もありがたいッ!! 読み進めて頂いている皆様方も本当に感謝です。


2000フォロー、☆500越え!

週間総合の100位に入ってないのに、けっこう伸びるんですね! 少しびっくりしつつも、それもこれも皆様のおかげ!


10万文字も超えましたし、ここまで来たら一章完結までは意地でもエタれないww

綺麗にまとめて早く勇者パーティー登場させたい!


明日は久しぶりに完全休養なので、書けるだけ書きます! 今後とも何卒よろしくお願い致します!

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