第7話 【視線誘導】の冒険者




   ◇◇◇◇◇



 ――ガルド山脈 麓の森



 グォオオオオン!!!!



 ワイバーンは高らかに咆哮を上げる。

 討伐難度は、確か[B+]。3匹いることを考えれば、Aランク冒険者3人で結成されたパーティーが必要だろう。



 キンキンキンキンキンッ……!!



 ジルーリアはなんとか対処している……というよりも街に近づけないように山脈に戻りながら戦っているように見える。


 無表情で無口。顔の傷痕を内心では気にしているAランク冒険者。


 俺はこの2年間で会釈くらいしか接点がない。

 だが、なかなかにいい女だ。この死地でアクアンガルドを守ろうと命をかけている。



「ジ、ジルさん!!」



 カインは周りが見えていないようで見えている。コイツは普通ではあるが、バカではない。


 街から遠ざけようとジルーリアが動いている事は理解しているだろう。すぐに突っ込むわけではなく、ちゃんと迂回して援護することを選択したようだ。



「……さてさて、どうしたものか」



 俺は必死なカインを追いながら思考する。

 


 ……“駒”が足りないな。


 カインのスキルは【初級剣術】。正直、女神に与えられずとも人間が努力すれば身につく程度の剣術が少し使える程度。


 ジルーリアのスキルは確か【風狼(カゼロウ)】。手で狼を作り照準を合わすことで、風の巨狼を呼び寄せ喰らわせる物だったか……?


 片手でできるとはいえ、ワイバーンの猛攻は両手で剣を握らないとさばききれないだろうし、疲労の色も濃い。


 何より、彼女は魔力切れが近い。


 スキル使用は2回が限度。

 しかも、それでぶっ倒れて終わりだろう。


 俺の“なんちゃってスキル”【視線誘導】でサポートしても、あと1匹……。この場にはトドメを刺せる者がいない。


 まあ、俺が【黒雷】や無属性の魔法を使えば1秒で終息を迎える事案だが、Eランク冒険者がワイバーンにトドメをさせるはずがないし、そこまでする気もない。



 俺がここで本気を出すことはありえない。

 流石にカインが死にかけたら助けるとは思うが、ジルーリアを助けるような事はしない。冒険者なら死ぬ覚悟もできているだろうし……。


 俺は目立つような事はしない。

 ここにいるのは『冒険者A』だ。“本当は怖いけど、友達が突っ走ったから追いかけた”ってだけの存在だ。


(……「今の俺」にできる範囲なら助けるが、駒が揃わないなら……)



「……ん?」 



(……まあ揃うなら出来る事はするよ。だって、それが『普通』だろ?)



 山脈の方向に2kmほどのところに駒を見つけた俺は、少しだけ加速する。


 前方を走るカインが、やっと死地に立つ。

 遠目からでも肩が強張っているのがわかる。



「ジ、ジルさぁーーん!! お、俺も囮くらいにはなれます!! アンタに命を賭けます!!」



 カインの絶叫が森に響きわたる。


(ククッ……、マジかよ。ビビりでお調子者のくせに……)


 どうやら、俺は認識を改めないとダメらしい。

 コイツは『ザ・普通』よりも、ずっとカッコいいヤツだったらしい。


 まあでも、いいと思う。

 好きな女に命を賭けるなんてのも……、



「……なっ、何をしているのだ!! さっさと逃げろ、バカ者!! 死にたいのか!! 足手纏いに構ってる暇はない!」



 ジルーリアの悲痛の叫びが森に響く。


(ぷっ、ククッ……ジ、ジルーリアさん……、そ、それは、あんまりじゃ、)



「ぬォオオオオオオオ!!!!」



 カインはブワッと涙を溢れさせて駆け出した。

 きっともう何がなんだかわからなくなって駆け出した。


 一世一代の決意と覚悟……。

 まあ……死にたくなっても不思議じゃない。



「お、おい!! カイン!!」


 俺は冒険者Aらしく、カインの名を叫んだが、号泣しながら突っ込んでいくカインにたまらず「ふっ」と笑みをこぼした。


 

「やれやれ……仕方ない」



 俺は《不完全な魔法陣》を3つほど空中に描いて従えると、ザザッと地面を蹴り駆け出した。



 スッ……!! スッ……!! スッ……!!



「よし。設置完了……」




 ワイバーンたちはギロリとカインを視認し、翼撃を繰り出そうと急降下し始める。



「クッソォォオオオオオオオ!!」

「何をしている!!!! 早く逃げろ!!」



 剣を抜いて叫ぶカイン。

 ただでさえ白い顔をさらに白くさせるジルーリア。




「《視線誘導(ミスディレクション)》!!」



 俺は不必要に声を上げた。

 全ては俺のスキルが【視線誘導】であると認識させるため……。



 ポワァッ……



 俺が設置した不完全な魔法陣は、文法や文字を意図的にめちゃくちゃにしているものだ。



 モヤァア……



 つまりは、ただの魔力の残滓となって宙に漂う。


 ……“無から有”を生んだ。

 常に思考をしている「人間」相手とは違い、理性のない魔物の視線を操るには、一手間が必要だったのだ。



 『グォオォオオッ……?』



 突発的に出現した“魔法の気配”……。

 《不完全な魔法陣》。その魔力の残滓は、強力な魔物ほど敏感に察知する。ビュンッと軌道を修正し、空に舞い上がったワイバーン。


 その視線は、魔力の残滓しか残っていない場所を見つめおり、翼をバサッとはためかせて《暴風》を放った。



 もちろん、そこには何も無い。


 コレが俺の恩恵(スキル)【視線誘導】の種明かしだ。



「い、今です!!!! ジルーリアさん!!」



 俺は慣れない大声を出して、“焦燥”を演出する。ジルーリアはハッしたように、片手で狼を形造り、



「《風狼牙(カゼロウガ)》!!」



 ガッジュッッ!!



 1匹のワイバーンにトドメを刺した。



「グッ……ハァアッ……!!」



 吐血と血涙。

 ジルーリアに魔力切れの兆候。


 やはり間違っていなかった。

 あと一回が限度……。



「《視線誘導(ミスディレクション)》!!」



 俺は2つ目の《不完全な魔法陣》を起動させ、上空にいるワイバーンの視線を誘導……。



「グハッ……!! 《牙狼噛砕》……ッ!!」



 グチュンッ!!!!



 即座に跳躍して照準を合わせたジルーリアは流石だが……、



 ドサッ……



 ジルーリアは地面に堕ち、痙攣し始めた。



「カ、カイン!! ジルーリアさんはもう無理だ! 抱えて逃げろ!! 俺も、もう無理だぞ! 逃げるからなッ!!」


「えっ、あ、おう!! あ、ありがとう、アルト!! ジルさんは、俺が死んでも連れ帰る!」



 ジルーリアを抱え、一目散に逃げ出したカインを見送りながら、俺はワイバーンをいい具合に引きつけながら逃げ出した。



 グォオオオォオオオオオオオッ!!!!



 残り、1匹……。



 俺は残りのワイバーンの翼撃、暴風、突進を必死なフリをしながら逃げ回り、時間を稼ぐ。



 ビリッ……


 

 地中に展開している【黒雷】で、到着を確認すると同時に“誘導先”を計算。


 全てのタイミングを合わせ、助っ人に最適解を提示する。


 ここまでは予定通り……。

 さぁ……、いいとこ持ってけ。



(《視線誘導(ミスディレクション)》……)



 ポワァッ……



 最後の一つを発動させる。

 ここでは声に出すような間抜けなことはしない……。


 俺は、完璧に、『普通』に、逃げている。



 『グォオオオッ……?』


 

 俺に猛突進して来ているワイバーンが違和感を察知し、横を向くが、それはまるで助っ人に首を差し出したようだ。



「うわぁあああああ!!!!」



 後々の事まで考えて、大絶叫の一つでも上げてやろう。これがカインから学んだ『冒険者A』の極意だ。



(ほら。行け……! お膳立てはここまでだ)



 大剣を振りかぶり、高く跳躍したのはグリード。やれやれ。太陽がスキンヘッドに反射して眩しいぜ……。




「カッカッカッ!! 死んどけ! クソ飛竜!! 《爆破斬撃(ニトロスラッシュ)》!」



 ドゴォーンッッ!!!!



 俺は強烈な爆風を大木に隠れてやり過ごす。

 グリードの到着とともに全てのワイバーンの討伐完了。


 武器に爆破を付与する【爆裂付与】のグリード。アクアンガルドの出世頭の名はダテではない。


 魔力量が多ければ、かなりの逸材になるような強スキル……。ジルーリアしかり、グリードしかり……、もちろん、心意気はカインしかり……、アクアンガルドにはいい冒険者が揃ってる。



「あ、ありがとう、グっさん!! マジで死ぬかと思ったぜ!! 本当にありがとう!!」



 俺は顔に土を塗り、服を少し破いてから大木から飛び出した。



「……アルト!! す、すまねえ!! 俺とジルが派手にやっちまったから山脈から降りちまったんだ!! 大丈夫だったか!?」


「ああ。大丈夫だ! グっさんが来てくれなきゃ死んでたけどな!!」


「ほ、本当に悪りぃ! 俺は山脈のヤツらもこっちに降ろさせるわけにもいかなくて、かなり迂回しながらこっちに、」


「ハハッ。頭なんて下げないでくれよ。本当に助けてくれてありがとな」


「アルト……」


「グッさんはやっぱ強いな。俺なんて逃げるしか出来なくて、」


「バカやろう! アルトがここで足止めしてくれなきゃ街にまで被害が出てた……。こちらこそ、マジでありがとな! 本当に悪かった!!」


「それは、ジルーリアさんのおかげだ。山脈に誘導しながら戦ってくれてたから……」


「にしてもだよ……。ありがとな。酒でもなんでも奢らせてくれ!」


「ハハッ! んじゃ、今日は死ぬほど飲ませて貰うよ。俺、酒弱いけどな!」


「ぷっ、カッカッカッ! 好きなだけ飲んでくれ!」



 俺はグリードと笑い合いながら、『完全なる異常』を視認していた。


 グリードの背後にある山脈。

 グリードは気づいていない……。


 魔力を知覚しないと魔法陣は見えないのだから、スキル頼りの戦闘をするグリードが気づかないのも頷ける。



 でも、だからって……。


 

 ポワァアアアッ!!!!



 ワイバーンたちの断末魔すら聞こえて来ない《特殊結界》の中、巨大な魔法陣から降り注ぐ《白光の雨》。



(……『聖属性』? 『光属性』の魔法? ……勇者か? 聖女か……?)



 グリードに言葉を返しながら、俺は思考は“異変”に全振りし、目当ての人物を察知した瞬間に【黒雷】を解除する。



「カインたち、大丈夫だったかな?」


「ジルも一緒か?」


「うん。なんか急に倒れちゃったけど……」


 他愛もない会話でグリードを引き留めながら、不自然な空気を纏う存在に全神経を尖らせる。



「……お怪我はありませんか?」



 俺たちの横から現れたのは、白いローブを纏い、ビンの底のような分厚い眼鏡をかけている三つ編みの女。


「えっ、あっ!! せ、聖女様っすよね!?」


 グリードの驚愕に満ちた声が響き、俺は当然の如く絶句するフリをした。意識はスゥーッと空に消えていく魔法陣にある。


 コイツが“異変”の正体でまず間違いない。


 『地味すぎる聖女』と有名な女。


 先月、魔王軍の四天王の一角を落とした勇者パーティーの1人にして、世界で唯一、《治癒》を司るスキルを与えられ、聖属性の魔法まで扱う能力値最強の平民。


(“どこにでもいる村娘の聖女”か……)


 これが、平民上がりの聖女……『能力』以外、平均以下である地味聖女“エリス・ミレイズ”。


 第一印象は「地味すぎる」の一言……。

 “すぎる”事が気にならない俺ではないし……、


「……?」


 それは、俺を見て首を傾げられれば尚更だ。



 



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