第二話 溜息と女子高校生(その七)

 週末になって、約束通りクラスの女子達と共に街へと繰り出した。

 買い物と言うから何かお目当てがあるのかと思っていたのだが、そういう訳ではないらしい。いわばウィンドウショッピングでわいわいとはやし立てながら、アレが良いだのコレが可愛いだのあの服が似合うだの似合わないだのと、とりとめもなく話し寸評し買い食いするだけの話であった。

 おしゃべりの内容も色とりどりだ。昨日見たTVドラマから始まって最近食べたスイーツのことタレントの某か誰かと不倫しただの、何処そこの事務所の若い子はアレが好みだの虫が好かないだの、雑貨屋で可愛いアクセサリーを見つけたがお小遣いが足りなくて諦めただの、ネット販売限定の靴で気になるのがあったが試し履き出来ないからどうしようとか、会話に前後の脈略も何も無く、ただただ思いついた出来事や関心事が羅列されてゆく。

 一つの話題について皆で意見の交換がされる訳では無い。ただ話して聞いてもらって軽く賛同があればそれでお終い。たといナニも無かったとしても、直ぐに別の子の話が始まってうやむやに為ってゆくだけだ。他愛のない友人との会話はそういうモノなのかも知れないが、余りにも細切れで止めど無く、ただひたすら咲いては消えを繰り返していった。

 まるで水底みなそこから無限に湧き出る泡のようだ。

「やっぱ無口だねぇ邑﨑ちゃん。遠慮しないで好きなこと話して良いんだよ」

 よっしーがそんな具合に水を向けるが遠慮をしている訳では無い。付いていけないだけなのだ。だがソレを言っても詮無い話で、「聞いているだけで面白いから」と軽く笑んで返した。

 結局買い物も何も無く喫茶店で四時間ほどダベって別れた。あたしが飲んだのは珈琲一杯。彼女らはアップルパイだのシフォンケーキだのを頬張っていたが、会計時には皆ワリカンで一人頭一〇〇〇円未満であったから大した量では無かった。たかがケーキ一つとお茶の一杯でよくもまぁ四時間も粘れたものだ。素直に感心する。

 そして解散とはなったもののまだ喋り足りない様子の子が居て、その二人は別方向へと去って行った。何処で何をするのかは知れないが、逆に知らない方が良いのかも知れない。踏み込んだら一緒に引きずり込まれてしまいそうだ。

「今日は楽しかったよ、邑﨑ちゃん」

 それは何より。またねと言われて手を振って別れた。彼女は最後まで朗らかに笑っていたが、見送るあたしの方は愛想笑いを見透かされていやしまいかと、ただそれだけが気になって仕方が無かった。

 そうか。次の機会もまた今日と同じ事が繰り返されるのか。

 そう思うと少しブルーが入る。思わず溜息が洩れた。些か軽率な選択だったのかもしれないと微かな後悔が胸をよぎった。

 彼女の後ろ姿が見えなくなったので踵を返そうとすると、「邑﨑さん」と男の声で呼び止められた。振り返るとあの自称「新米教師」が立っていた。確かワダとかいう名前だったような気がする、多分。

「奇遇ですねワダさん」

「本当に。あの彼女たちに何か問題が?ひょっとしてアレ、ですか」

「勘ぐり過ぎです。只の付き合いですよ」

「え、あの、普通の女生徒と?」

「何か問題が」

「あ、いえ。意外でしたので」

「紛れなきゃならないでしょう、あたしたちは。浮いて怪しまれたり目立つことなどは極力避けないと。まぁ情報収集も兼ねて、ですが」

「な、成る程。参考に為ります」

 ホントにそうか?と思ったが口にはしなかった。云った所で面倒な繰り言に為るだけだ。この男の教育係を言いつけられた訳でも無いのだし、不必要に干渉して厄介ごとを増やすつもりも毛頭無い。

「それじゃあこれで」

 そう言って別れようとすると、「学校の夜間パトロールをされてらっしゃるのですか」と訊いてきた。

「だとしたら何か問題が?」

「いえ、僕も見回った方が良いのかなと思ったので」

 本当にやれやれだ。

 熱心なのは結構だが、後ろからつけ回されまとわり付くのは勘弁して欲しい。それに万に一にでもソレに出会したらどうするつもりなのか。ただ余分な産業廃棄物と清掃業務が増えるだけである。

 それによもやまさか、此処で会ったのも偶然では無いとか言い出しやしまいな?

 脳裏を過ぎった不穏な予感であったが、そのまま平静を決め込んで返答をした。

「あなたは余計な気を回さなくて良いわ。あたしが勝手にやっている事だから。ヘタ打って怪我人が増えても困るもの。夜は眠るものよ、ゆっくりとお休みしていなさい」

 そう言ってあしらうと今度こそ帰路に着いた。帰りがてらビールを買っていこう。懐具合がかなり怪しいが何とかして絞りだす、いや出させばならない。

 何なのだ、仕事をした訳でも無いというのに此のへとへとっぷりは。およそ半日で色々なものが削られた気がする。

 とっとと部屋に戻って熱い風呂上がりに一杯引っかける。もはや予定でなどではなく決定事項だ。今夜は飲まないつもりだったが、そうでもしないとやってられない気分だった。


 勤め人には勤め人の苦労があって教師には教師の苦労があるように、JKにはJKの苦労がある。少年少女らが学校生活で苦悶する原因の一つに定期考査なる宿業があるが、あたしにとっては退屈なルーチンワークでしかなかった。

 一〇回、二〇回と同じ事を繰り返していれば嫌でも内容は憶えてしまうし、出題傾向も容易く予想が付くようになる。難しい事は何も無い。後は目立ち過ぎないように点数の調整をすれば事済んだ。

 だが今回は少々見誤ってしまったようだ。考査結果は生徒番号にて掲示されるのだが上位二〇名は実名が公開される。あたしは上位一〇名以内に自分の名前が入っていたことに少なからぬショックを受けていた。

 なんたるコトか。

 おのれの迂闊さに、決して小さくない溜息をついた。

 目立つつもりなどサラサラ無かったというのに、寄りにもよって一桁台の順位に入るなど計算外もよいところだ。

 まぁ確かに低すぎるのも逆に目を付けられるかも知れぬと、今回は些か多めに点数を取るようにしたのだが、よもや此処まで突出するとは。

 今時考査結果を名指しで張り出すなど前時代的でピンと来ないが、この過疎化が進んだ地方の学校においては、何らかのカンフル剤的な役割があると信じられているのかもしれない。

 だが正直迷惑だった。大勢の前で序列を公表されて何が嬉しいというのか。順位など本人と教師が知っていればそれで良い。同じような感情をくすぶらせている者は一人や二人では無いはずだ。今の世の中、匿名性は非常に重要なファクターであるというのに、どうやらこの学校の教師はその辺りに頭が回らない者ばかりらしい。

「スゴいじゃないキコちゃん。頭良かったんだねぇ」

 掲示板の前で密かに舌打ちしているその隣で、よっしーが叫んでいた。

 いつの間にか新たにバージョンアップされた呼び名をひっさげて、彼女はこの所よくあたしの周りをウロつくようになっている。恐らく、好意と思しき何某かで声を掛けて来るものだから無下にも出来ず、成り行きに任せていたらいつの間にかクラスの中でも、「邑﨑キコカの親しい友人」というかなり否定しづらいポジションを会得していた。

「たまたまよ。ヤマが当たっただけ」

「いやいやそれでも学年六位ってのは大したもんだよ。入賞枠じゃん。優勝だって狙えちゃうよ」

「そんなつもりは全く無いから」

 こちらは何事も無く平穏に低空飛行で済ませたいというのに、彼女は何故か鼻息が荒く、まるで我が事のようにはしゃいでいる。困った、何故にこうも食いつきが良いのか。ヘタに対応するよりも素っ気なさを装って居た方が宜しかろうと、軽い相づちだけで済ませた。

 さて、このまましばらく放って置いたら忘れ去ってくれるだろうか。

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